195話 『S』の名を冠す者
ユニコーンと別れた後、ようやく山を越えた俺達は大きな木々に囲まれた人の住む領域までやってきた。
飛んでいる間はほとんど人工物が確認できず自然ばかりしか目に入らなかったのものだが、どうやら木々の下に隠れて集落や町は存在しているらしく、地に降り立つことでその特徴を知ることがようやくできたわけである。……木々をかき分けてが正しいかもしれないが。
話に聞いてはいても、実際に見て経験しないとやはり難しい。例えるなら、この大陸の人達は大きな木々でできた天然のドームに囲まれているみたいなものだ。アウトドア好きには堪らない環境と言える。
視線の先にはグランドル同様に大きな人工物である門が待ち構えており、その先にシュトルムの言ったオルヴェイラスという町があることが分かる。
ただ、グランドルと違って全て木製だ。鉄や金属類の加工を施した作りはしておらず、原始的なものと言えようか……。
なんにせよ、火に弱そうな印象を俺は覚えた。
やっとこさ一安心できると思って肩の力を抜いていると、シュトルムが突然…
「さて、そろそろ着くんだが……驚かないで聞いて欲しいことがある」
そんなことを言いだしたのである。真面目な顔で。
「あ? いきなりどうしたんだよ旦那…」
「門で絶対にちょっとした騒ぎになるんだが……全員絶対に驚いたり、俺の言うことと周りの言うことに反応しないでもらいてぇんだ」
「どういうこと?」
歩く足を止めて、門が見え始めたその場でシュトルムが俺達にお願いしてくる。
俺やジークを始め次々に足を止めていき、皆シュトルムの方に向き直る。
……驚く何かが待ち構えてるってこと……だよな? それは一体…。
でも突然どうした?
「いいか? 絶対だぞ? 特にツカサ、お前に言っておく」
「俺?」
「騒ぎになりたくないなら頼むぞ…」
シュトルムのその言い方から、騒ぎになっても問題はないが面倒だからお願いしているように俺には見えた。
こちらとしても面倒事は避けたいのでそれには大いに賛成なのだが、万が一ということもある。
俺はある懸念があったのだが…
「お前……ま、まさか、変な事して追放の身だったりとか…」
「ねーよ。考えすぎだ」
いらぬ憶測に眉を潜めてはみたものの、どうやらその線ではないようだ。
シュトルムが何かやらかしたとかではないのなら、一体何だろうか?
これは考えても分からないので、俺達は疑問を持ったまま、また門に向かって歩き始める。
答えはそこで分かるはずだ。
そして門に差し掛かると、門番であるエルフの兵士さんがこちらに気づき声を掛けてくる。
船でもエルフの人はチラホラと見かけたが、基本的には人族の人と多く接してきた関係上まだ少し違和感を感じていたりする。
「余所者か? 身分証名h……っ!? あ、貴方様は!?」
「よぉ、お疲れさん。5年ぶりくらいか? ちっと背も伸びたみてぇだな。連絡聞いて戻って来たぜ」
「は、はい! お変わりないようでなによりであります!」
始めの一瞬は警戒心剥き出しの対応をしていた兵士さん。しかし途中でその態度を急変させた。シュトルムの姿を見て、突然に…。
シュトルムの方も兵士さんのことを知っているのか気さくに返答しており、それは確かだと思われる。
ただ……貴方様?
シュトルムを指しているであろうその言葉に、俺は疑問を感じていたりする。
そこまで敬意を表するのはこの人の個人的な感性によるものなら分かるが……少々過度ではないだろうか?
「オイオイ、なぁに固くなってんだよ。5年前深夜にこっそり送り出してくれた時はもっとラフだったじゃねーかよ」
「それは……まだ当時は未熟な子供だったと言いますか……」
「そうか……じゃあ大人になったんだなお前は。ま、俺からしたらまだまだ子供みたいなもんだが……」
「そんなとんでもない……」
2人の間に上下関係は垣間見えるものの、随分と仲が良さそうである。シュトルムが兵士さんの肩を軽く叩いているのがそれを物語る。
非常に親しい先輩と後輩に見えた。
「して……そちらの方々は?」
「俺の客人達だ。今回の問題に協力してくれて、ここまで無事に送り届けてくれた」
「! そうですか。ならどうぞお通りください。皆……貴方様が帰られるのを待っておられましたよ?」
「そうか……。普段いない奴に対してそんな風にしてくれなくてもいいんだがな…」
「何を言いますか! 貴方様への感謝は一生尽きることはないのですから当然です。それに、そんな無礼を働いてはクローディア様が黙ってはいないでしょう」
シュトルムが俺達を説明する旨を伝えている姿を後ろで傍観していると、ここでシュトルムが兵士さんの言葉に汗を垂らし始める。
「……ちょこちょこ連絡はしてたんだがなぁ。やっぱり相当マズイか?」
「ハイ、かな~りマズイかと…。先週の段階で狂喜してましたし。今は少し落ち着いてますが…」
「はぁ……そうか」
溜息を吐いて、恐らくそのクローディアと呼ばれる人物に対して困り果てた様子だ。
まぁ、シュトルムが困るようなことはそこまで大したことじゃないと思うけどね。
ちょっとくらいだろう。
……と、この時はそんな簡単な認識でいたんだ、俺は。
「でも、溜息を吐きながらも嬉しそうですね?」
「そりゃな。アイツに勝てる自信はねぇが俺だってアイツが大切だからな。できることなら会いたいさ」
「ハハ……流石我が国のおしどり夫婦です。それを聞けて安心しました。それでは、早くクローディア様に会いに行ってください……陛下」
「「「「「「「………え?」」」」」」」
テンポの良い、比較的普通な会話の中に織り込まれた……最後の単語。それに俺達は思考が止まった。
今この門番のエルフさんが言った単語の位にいる人には、ついこの前会ったことがある。そいつがどんな存在で、どれくらいの影響力を持っているのか、俺は身をもって体験してきたはずだ。
へ、陛下……? ……シュトルムが……?
「シュトルムが……陛下…?」
「それは、王様ってこと?」
「そうですよ? あれ、陛下何も言ってないんですか?」
「……あぁ」
兵士さんは俺達の反応を不思議がっているようだが、それどころではない。
俺達は数秒固まった後…
「「「「「「えぇぇぇええええええええっ!!!?」」」」」」
今度は一際大声を上げて、傍観者だった全員が驚愕を露わにするのだった。
ジークだけはそこまで驚いていないようだったが、若干の驚きは見られる。
「あ~……やっぱこうなるよな…」
シュトルムが頭をガリガリとかいて、こちらを諦めたように見ながら溜め息吐いている。
それがなんとも…「ふぅ…やれやれ」とでも言いたげな様子だったので、殴りたい衝動に駆られてしまう。
アホかてめぇっ! なるに決まってんだろうがっ!!
「なんでそんな大事な事今まで言わないんだよ!」
「馬鹿なのシュトルム!?」
「いや、馬鹿だろ」
「まったくです。消し炭にしますよ?」
「予測すら出来ないよこんなの」
「「「「「この馬鹿!」」」」」
メンバーからシュトルムへの怒涛の罵声。打ち合わせもしていないのに綺麗に繰り出される言葉の数々は、シュトルムへと容赦なく突き刺さる。
こういう突拍子もない事案だからこそ、俺たちは無意識に今心を一つにできたのかもしれない。
「なんでこういう時だけ心が一つになるんだよお前ら……。ヒナギちゃんとアンリ嬢ちゃんくらいだな、まともな反応してんのは」
俺達の反応をシュトルムがそう取り、アンリさんとヒナギさんを感心したように言うが…
まともに見えねーけど? ただ驚きが上回ってるだけにしか見えんぞ。
俺から見れば2人だって相当に驚いている。言葉だけ発していないだけで、俺達とその性質はあまり遜色ないように思える。
「シュ、シュトルムさんって……王族だったん…ですか?」
「そのよう…ですね。まさかそんな…」
その証拠に…
「「信じられない」」
「……そう言われると2人も似たようなもんだな」
2人は声を合わせてそう吐露したのだった。
これを聞いてしまっては、シュトルムも先程の言葉を訂正せざるを得ない。
「酷い言われようですね、陛下。伝えていなかったのですか? 客人では……」
「ちょっと理由があってな……仲間としてが正しいな。俺と皆はだから対等な関係なんだよ」
「陛下と対等……それはつまり……」
「……やっぱ気づくか?」
「はぁ……そりゃ皆さんの恰好見れば分かりますよ。明らかに冒険者の恰好じゃないですか。……一人は凄い軽装ですけど。そういえばそんなことをここを出る際にほのめかしてましたよね」
一人は凄い軽装だと言う兵士さんだが、それはジークのことだろう。
ジークが自分を指さし「俺?」と尋ねてくるが、お前以外誰がいるというんだ。そんな薄着した冒険者がいるわけないだろ。
へそ出しの恰好なんて一般人でもそういないし、特殊な人くらいだ。
「それで、クローディア様はそのことをご存じで?」
「……言ってねぇ」
「はぁ……さようなら陛下。安らかに次のご時世が歩めることをお祈り申し上げます」
「酷くねぇかオイ」
「当然かと…」
何の話を話しているのかはサッパリ理解できないが、取りあえず違和感があることくらいは気づける。
な、なんだこの関係は……。本当にシュトルムが王なのか?
ラフさしかないんですけど。敬意や礼節はどうなってんだ?
「…で、俺の本名……まだ言ってなかったよな。俺の本名はシュバルトゥム・S・オルヴェイラス。シュトルムってのは冒険者やる時の仮の名前で、俺はお前の嫌いな王族さ」
「(パクパク)」
『S』か……。それなら本当に王族確定だ。
シュトルムが俺達に向かって放った本名。それを聞いて、王族なのが確かだと理解した。
何故か知らないが、この世界の王族は全て姓名にアルファベットが組み込まれているらしい。セルベルティアが『L』を使っていたように、イーリスにもその常識は該当するようである。
ただ、それ自体に意味があるかまでは不明であるため、そこまで気にしすぎる必要はなさそうだ。
見分けがつけやすい程度の認識で良いと思われる。
シュトルムが俺を王族嫌いだと言っているのは確かに正しい。正確には貴族等も含まれているが、先日のセルベルティアの一件でそれは俺の中に強く定着させられてしまっている。
しかし…
「い、いや……確かに好きじゃないけど、姫様みたいな人柄は好きだし、露骨に横暴なだけの馴染めないような人が嫌いなだけだから……お前はそれとは違うだろ。……違います」
これだ。
貴族や王族であっても、親しみやすく俺達庶民の考えるそれと近い人がいるのも事実。
だから、貴族と王族を例外なく嫌いなわけではない。
しかし、シュトルムが王族である以上口調を遅まきながら変えた方がいいのかと思い、俺は敬語に一応切り替えるが…
「敬語やめろ。そんなん俺達じゃねぇわ」
やはりというか、シュトルムはそれを取りやめるように言ってくるので、俺のシュトルムに抱いていた認識は間違っていなかったのだと分かった。
「そうですよ。敬語なんて貴方方には不要……僕が許します」
そして不思議なことに、兵士さんのお墨付きまでもらってしまった。
「オイオイ、それは俺の台詞であってお前さんじゃないだろう」
「まぁいいじゃないですか。結局そうなんですし…。陛下だってそれの方が良いんですよね?」
「……一気に調子取り戻したみてぇだな、コイツめ」
軽口を叩きあうように交わされる会話に、やはり固い礼節は存在していないことも確認できた。兵士さんに至ってはシュトルムが食って掛かろうとするのを口笛で受け流している始末である。
流石にこれにはシュトルムの疑問に同意だったが、それが普通のことに見えてしまって俺の感覚が狂っているのか錯覚してしまいそうになる。
「あ、そう? ならりょーかい。よろしくしくよろシュバトゥルム」
「色々ごちゃ混ぜになってんぞ」
ナナは比較的早く順応したようで、シュトルムに対して意味不明な言葉を投げかけている。
今はお前のその切り変えの速さが羨ましい。
◆◆◆
「それで、これから俺の嫁さんに会うわけだが……ちょっと更に追加で頼みがあるんだがいいか?」
「……それはなんですかい? へーか」
少し状況を整理する時間を設けた後、シュトルムからの追加の頼みを聞いた俺は返答する。
「露骨に言うなよ。…で、それなんだが……っ!? もう来やがったか…!」
「はぁ?」
俺の茶化したような返答に口を挟もうとしたシュトルムだったが、門の先……町中の方にバッと振り向き、ユニコーンの時同様に焦った顔をしたのだった。
そしてその後すぐに…
「シュバルトゥム様ぁああああああっ!!」
シュトルムを呼ぶ声が、どこからともなく俺達の耳に入り込んできた。
大声で分かりづらいが、罵声ではなく喜びの感情が強い感じだったので、悪いものではないと思われる。
女性の声だな……。
「? あっちの方からですね…」
「シュトル…シュバルトゥムさん? 誰か呼んでるみたいですけど…」
「…来ましたね」
「あぁ…来やがったか」
兵士さんとシュトルムが二人で悟ったような顔つきになり、シュトルムは身体をほぐす様な動作を行い始める。
まるで何かに備えているかのようであり、その顔には少々真剣さを感じた。
そしてその数秒後、シュトルムは突然地面に叩きつけられた。いや、倒れ込んだというのが正しいか……。
一瞬の間に起こった出来事に、皆目を奪われた。
「……ぐっ!? やっぱ駄目か…」
「お会いとうございましたシュバルトゥム様ぁああああっ!」
仰向けに倒れ込んだシュトルムの顔は確認できない。なぜなら、シュトルムに覆いかぶさっている人物がいたからである。
シュトルムの胸に顔を押し当て、全身で喜びを表現している女性がそこにはいたのだ。
「クローディアは毎日毎日寂しくて寂しくて…。貴方様と会うのを楽しみにしておりました!」
「お、おう。だがお前……もう少し加減してくれよ……」
「嫌です無理です拒否します! あぁ~…シュバルトゥム様の匂い……」
「相変わらずだな……一言声掛けてから出て来たんだろうな?」
「してません」
「オイ」
驚きは更に続く。次は学院で聞いたような、警報に似た何かが辺りに響き渡る。
一瞬ビクッとしたものだったが、シュトルムの反応が大したことない様子だ。
それを見てそこまで危険なものではないことが分かったので落ち着いていられたが……どういうことだ?
今この人は……どこから現れた? 今この場にいる全員が反応できない程だ、どうやってシュトルムに近づいたんだ…?
ジークの匂いも、ナナの魔力感知も、俺達の圧倒的なステータスを持ってして視認できない移動方法を使ったことになる。
「ったく……もう手遅れだったか……。これも全部、ツカサのせいだな」
「なんでだよっ!?」
割と真面目に俺が驚いている所に、シュトルムの理不尽な言葉が聞こえ意識を目の前に戻した。
「お前がいると、気持ち多めに面倒事が増える気がするからよ…。多分その影響もあんだろ」
「ねーよ、あってたまるか!」
都合のいい時だけ俺を利用するのやめてもらえませんかねぇ。確かに俺は迷惑ごとを運んでると間違われても仕方ない奴だけどさ、今の状況に限っては俺に非はないだろ。
警報を無視し、俺たちは暫くの間そのシュトルムと女性の戯れを見ているのだった。
気になることはあるけど、シュトルムの様子からそれが普通のことのように見えるし、後で理由は判明すんだろ。
次回更新は月曜です。




