白粉で真実
ロスト・エンジェルス連邦共和国。この都市国家は決して一枚岩ではない。
人口の7割がなんらかの魔術を使えるこの国で、その状態から省かれてしまった3割の弱者たちは、どうやって自分たちの人権を勝ち取ろうとするのか。
「クーアノン、ねえ」
最前発砲したため、警察の息がかからない場所までタクシーで移動していたルーシは、携帯電話を見ていた。
「ま、こちらへ絡んでこなけりゃなんだって良いんだが」
クーアノン。
『クイーン』と呼ばれる者が、インターネットの匿名掲示板へ、
『ロスト・エンジェルスを退廃させた性依存症患者は魔術師という悪魔が生み出しており、彼らは連邦全域で集団児童買春と薬物取引を行っている。その悪魔崇拝者たちと、次期選挙大統領候補ジョーキー氏は密かに闘っている』
と書き込んだらしく、その荒唐無稽な話を信じ込んだ者たちが暴れまわっているという。
「ここで大丈夫です」
タクシーから降りて、ルーシは自身のシマに異変がないことを知る。相変わらず薬物依存症しかいない街だ。ルーシたちが取り仕切っているとはいえ、彼らには自制心がないのかと文句を言いたくなる。
「……あ?」
そんな光景を見ていて、ルーシは口を開けてしまうのだ。
『ジョーキーがこの世界を浄化する!! 魔術師たちに死を!!』
そんなプラカードとともに、チラシ配りに精力的な者たちを見つけたのだ。
ルーシはすぐさま部下に電話をかける。
「私の位置情報に不愉快な連中がいる。全員消せ」
数分以内にやってくるだろう。ルーシは葉巻を取り出す。
「貴様ァ!! ジョーキーを侮辱するつもりか!?」
「あ?」
最前の政治活動の連中だ。剣幕が凄まじく、ツバがこちらに飛んでくるほどだった。
「タバコはロスト・エンジェルスを堕落させた悪魔の産物だ!! そんなものを吸うとは何事だァ!!」
「ああ、幼女が咥えていることへの文句ではないんだな」
「しかも貴様魔術師だろう!?」
「会話もできねェわけだ」
「魔術師だと!? 兄弟たちよ、この愚か者を浄化しろ!!」
雄叫びが聞こえるものの、ルーシは眠たげに火のついていない葉巻をしまうだけだった。
銀髪の幼女は背中を光らせた。その瞬間であった。
「翼──ッ!?」
「価値観が乖離しているわけでは……なさそうだな!!」
その翼が動き回る。しなやかに、とめどなく。
見た目は銀鷲の翼だが、羽が傷ついたら空も飛べない鳥とは違う。決して傷跡を見せず、相手を単純に突き刺すだけの刃物として、その翼は輝くのだ。
「ぐほッ!?」
虐殺が始まった。ひと気が多くて通報のリスクが高かった最前とは違い、いまいる場所は薬物依存症だらけなので、彼らはそもそも幻覚としか捉えない。
「悪りィ。もう終わっちまった。クーアノンとかいう気色悪い連中だ」
電話先にいる者はクール・レイノルズ。ルーシの父で姉弟分だ。
『アイツらか。ネットの陰謀論が政治にまで介入してくるとは、もうロスト・エンジェルスも終わりだ。インターネットより現実見ろってんだ』
「お悔やみ申し上げるよ。クスリ取引に関する定例幹部会やるから、幹部ども集めておけ。迎えもな」
『了解。白粉で真実ってキャッチコピーだな』




