怪物の手
この学校には陰謀がある。いつだか、誰かがいった言葉だ。
その言葉、その意味は、いままさにルーシが体験していることであり、そしてメントの表情からも、メントの目が泳ぐように動いていることからもわかる。
メントは何度も何度もルーシへ電話をかける。
「ルーシ!! パーラが……」
ようやくつながった電話口は、果たして誰を救うというのか。もう彼女のことは救えないかもしれないのに。
『……ニュースのとおりなら、もはやパーラの安全保障はできていない証明となる。私たちは致命的な失敗をした。いますぐパーラが入院している病院へ行くぞ。メリットにも伝えておいた』
ルーシは寝間着から、黒のツヤのあるスーツに紫のインナー、そしてトレンチコートを羽織って、つい最近子分になった峰へ電話をかける。
「峰。いますぐ軍用ヘリコプターを用意しろ。軽機関銃と刀、ナイフもだ。刀は日本刀が好ましい。切れ味が良いからな。私の命令とともに出撃できるようにしろ」
『……どのような意図がお有りで?』
「我々は大義名分を得た。ネクスト・ファミリーによる一般人襲撃事件を見ただろ? 3人家族の獣人たちのニュースだ。父親と母親と思わしき者が殺され、娘がかろうじて生き残った。だが意識不明の重体だ。それを行った連中をぶっ叩くのは正義だろう?」
『まさかCEO自ら鉄砲玉のような真似をするつもりではないですか?』
「私の無法者としての人生は使い捨ての駒としてはじまった。だいたい……友だちをあんな目にあわせやがったヤツらは私の手で皆殺しにしねェと気が済まねェ」
『……承知しました。しかし、COOへも伝えておいたほうがよろしいのでは?』
「その判断はオマエに任す。とにかく、一刻も早く手配しろ」
ルーシは電話を切り、家から出ると、目をつむり、頭に流れ込んでくる法則を最適化する。
「重役出勤は通用しねェ。多少体力は削るが……」
パーラの居場所を特定し、ルーシは瞬間移動のように病院前へ姿を現す。
そしてそこには、ガタガタと唇を震わせるメントと、あまりにも非情な現実に表情を強ばらすメリットがいた。
「……もう確認する必要もねェが、改めて情報を洗うぞ」ルーシは普段の張り付いた笑顔を捨て去り、「きのう未明、パーラはマフィアに襲撃された。ご両親はふたりとも死亡。情報筋によると、パーラとパーラのお母様は強姦されたともいう。あえてパーラだけ生かされたのは、ウィンストン・ファミリーによる恐喝だろう。だが、そのパーラすら意識不明だ。つまり、私たちは……」
「…………ウィンストン・ファミリーへの報復とマフィアへの報復をする必要がある、ってことか。親友をあんな目にあわせやがったクソどもへ、相応の仕返しをするわけだ」
メントは涙すら流しているように見えたが、それでも怒りを強めることでその感情を抑えようとしている。
「そういうことだ。いま、パーラは集中治療室にいるだろう。私たちはそもそもあの子へ会うこともできない。だが……パーラは絶対に死なねェ」
「……なんでそう言い切れる?」メリットは怪訝そうな顔だ。
「ひとつ。殺す意味がねェからだ。これはあからさまな見せしめ。かろうじて死なない程度の暴行を加えたんだろう。ふたつ。パーラはこの私が死なせねェ。どんな方法を使ってでも、アイツを悪夢から甘美な世界へ帰らせてみせる」
「……確証があるとでも?」
「ああ……」ルーシは狂気が踊るような表情で、「私もよくそういったことをやっていたのでね。報復はソイツひとりに行われるものではない。ソイツにとってもっとも大切な人間を惨殺することで成立するんだよ」
「……」メントとメリットは黙り込み、うつむいてルーシと目をそらす。
「ともかく、役割分担だ。私は実行犯を潰す。オマエらふたりは命令者を潰せ。メリット、オマエの魔術なら割り出すことができるはずだ。時間との勝負、敗北は時間が消えたときだ。ヤツらだってもう飛ぶ準備はできているだろう」
ルーシはトレンチコートの内ポケットから拳銃を取り出し、バッテリーが100パーセントになっていることを確認する。
「……それは、まさか」メントは緊迫感を隠せない。
「オマエらまで裏社会に関わる必要はねェ。そうだな……あくまでも学生の範囲内で報復をしろ。そうでもしねェと……パーラがかわいそうだろ? これからアイツを支えられるのはオマエたちしかいないかもしれない」
「クソガキ、アンタはやっぱり……」
「想像に任す。だが、上等じゃねェか。畜生どもには相応の対価を支払ってもらおう」
「……根暗、行こう」
「……いわれなくとも」
メントとメリットは闘いへ向かっていった。
彼女たちだって、ルーシの正体に気が付けないほど盲目ではない。この時点で、ルーシがLTAS連邦軍最新の拳銃を持っているのを知った時点で、もはやルーシがそういった世界に住んでいるのは確定的なのだ。
だが、ルーシは気にしない。そんな些事はどうだって良い。
「怪物の手は、所詮人を殺すことしかできねェ。だが、それが必ずパーラを救うはずだ」
後悔はある。
パーラがなぜあそこまでウィンストン・ファミリーと関わるのを恐れていたのか。彼らのNo.2を潰したのに、なぜパーラは浮かない顔をしていたのか。実力と陰謀の学校MIH学園の陰謀が、ルーシたちと潰し合いをするほどのマフィアであることにどうして気がつけなかったのか。
しかし、その強い後悔すら、いまのルーシには関係なかった。
「楽しいねェ。これからいっぱい暴れられるんだ。たくさん殺して、たくさんの恨みを容赦なく踏み潰し、たくさんの畜生どもの人生に終止符を打つ。これがオレに与えられた定めだ。他のヤツらには絶対にできねェ」
峰が手配した軍用ヘリコプターが降下してきた。ルーシは愉悦に狂った表情で、そのヘリに触れる。
「CEO、お疲れさまです!!」
「ああ、ご苦労。オマエらは下がって良いぞ。運転手もだ」
「え?」
ルーシの目つきを見て、これ以上の意見は命に関わることを知った彼らは、去っていった。
「ヘリ動かすなんて何年ぶりだろうな……。だが、案外簡単に動くものなんだよな。よし」
搭載されていた密閉型ヘッドホンをつけ、ルーシはヘリへ乗る。
「自動操縦ありか。良いねェ。装備もばっちりだ。軽機関銃、刀、ナイフ、エナジー拳銃。行こうか」
爆音とともに、開けた場所からヘリは飛び立つ。
「マフィア同士の喧嘩に宣戦布告は要らねェ。そして正義はこちらにある。あとは……どれだけ暴れられるかだな?」
目的地──ネクスト・ファミリー本拠地である高層ビルへたどり着く。場所はノース・ロスト・エンジェルス。富裕層の街だ。なので、ルーシは気を払い、とりあえずミサイルをビルへぶつけた。
「おお、爽快だな。だがこのくらいじゃぶっ壊れねェよな?」
ミサイルを撃ち続ける。さすがマフィアの本拠地といったところだろうか。倒壊することはなさそうだ。
続いてナパーム弾。ミサイルでこじ開けた壁へ向けて、弾をもって構成員を殺していくという算段だ。
ルーシは気が狂ったように、いや、彼の本性が現れたように猛り笑い、
「やはり一方的な暴力は楽しいなァ!! なにもできずに死んでいく連中の無様な顔!! だがてめェらは死んで当然のクズどもだ!! 刺される覚悟なく、無法者なんてできないもんなぁ!? さあ……本番開始だ」
そういったころには、ルーシはヘリを自動操縦でビルへと突っ込ませて、彼自身は「銀鷲の翼」を展開して風の流れを支配しながら数10メートルにも及ぶ翼とともに、軽機関銃による掃射を開始する。
このときになれば、さすがにネクスト・ファミリーのチンピラどもも異常事態に気が付き、武器をもってルーシを撃ち落とそうとした。
だが、無意味だった。ルーシは確実に彼らの頭を撃ち抜き、流れ弾も再生能力で無義にしてしまう。
「もっと骨のあるヤツはいねェのか!? てめェらじゃ役不足なんだよなぁ!!」
ルーシは左側の翼をビルへ差し付ける。それはもはや、包丁でとうふを切るように、あっさりとビルを二分割した。
「もう後戻りはできねェなあ……。だが、罪はてめェらが背負うんだ。なんの心配も要らねェ!!」
真二つになったビルの下部へ、ルーシは降り立つ。うめき声しか聞こえない。ルーシはそれらをひとりずつ、丁寧に殺していった。
「やかましいんだよ、虫けらが」
ここまで殺したのだ。ネクスト・ファミリーもなんらかの対策を考えるはずだ。
そして、ルーシは殺気を感じ取る。
なんらかの攻撃が起きた。ルーシは寸のところでそれを交わす。
「へェ。すこしは骨のありそうなヤツが出てきたじゃねェか」
「セブン・スターズ候補員フィリップだ。ネクスト。ファミリーと同盟を結んでいるのでね。仕方なくオマエを消しに来た」




