未来は明るい
卒業してから数年が経った。彼女は随分と綺麗になったし、大人の女性になった。
友人らとは今でも交流があり、ハリスの友人とも彼女は随分と仲良くなった。彼らや彼女らは、もう結婚を済ましていたり、絶賛婚約中であったり、婚活中、就活中、就業中であったりする。
ちなみにマシューとマリアは結婚済みである。結婚式には、ハリスとアンナ、それから友人らも出席していた。時間の流れは偉大である。
ハリスは、留学先で大いに勉学に励んでいるようで、そこの教授に気に入られ、予定よりもさらに数年帰国を伸ばしてそこにとどまっている。その間に友人らも彼女も、卒業を終えてしまっていた。
少しばかり不満はあるが、それでも、彼女は楽しくのんびりとハリスが満足して帰国するまで待っていた。
まあ、なんだかんだでちょくちょく数ヶ月に一回くらいはあっているので、そう寂しくもない。
ちなみにその会いに行く時は彼の下宿先に泊まり込むのだが、特になにもなく、義兄はハリスのことを色々と心配している。大丈夫だ、やつが無駄に紳士で真面目なだけだ。
ある日、兄が手紙を振り回して「アンナ、ハリスがやっと帰国するって! 一時じゃないぞ、卒業するんだよ!」とドタドタと部屋に入ってきて叫んだ。
「やっと?」
「そうだ!」
「でも、もう一応卒業はしてるんでしょ?」
「らしいな。目をかけてくれてた教授が色々取り計らってくれたらしくて、なんていうんだろうな、普通の卒業よりも偉い卒業? みたいな感じで、そこの国の特権階級? よくわからんがエリートになれる卒業生になれるらしいぞ。お前の旦那、エリートだぞ」
「あなたの義弟もエリートね」
「ああ、誇るぞ、俺は」
「で、いつ帰ってくるの?」
「今日!」
「は?」
「今日なんだよ! これ出したの一ヶ月前みたいなんだけど、ほら、研究だか実地訓練だかで留学先よりさらに向こうに行ってただろ? そこから出したから、検閲だのなんだので遅れたみたいなんだ」
「そ、そんな! 困るわよ、とっても困るわ! 誰か! 用意、用意して! やだ、お隣さんは? お隣さんは知ってるの?!」
「知らないらしくて、今、てんやわんやだ、ははははははは! いやー、楽しいな!」
「楽しいのは兄さんだけよ!」
と、アンナはすぐさまメイドを呼び出して、着替えや風呂やあれこれと出迎えるために着飾り始めた。
ちなみにこの義兄はそんな気はまったくないらしく、普段着でアンナの作ったお菓子をつついている。彼女、おかし作りはが趣味になったらしいのだ。
ケヴィン以外は慌ただしく用意をしており、お隣さんの使用人たちもこちらにきて、ああだこうだと手伝いをしたり、連絡を伝えたりしている。まさかこっちに直接来ることはないだろうから、時間はあると思うのだが、皆、慌ただしい。
のんびりとお隣さんに遊びに行き、ケヴィンは義弟の父親に「こんにちは。妹は今、急いで用意してますよ。いやあ、ハリスは愛されてるなあ、俺も留学してみようかな、なんちゃって。うちの使用人、こっちに送りましょうか?」とのんびり聞いた。
「頼む! とても、頼む!」
「ははは、わかりました」
ケヴィンは、家の使用人の半分をむこうに向かわせた。
おかげで母親に叱られたが、のらりくらりへらりと笑って「まあまあ、お出迎えするのはあちらの家でしょうし、たんまりご飯を食べるでしょう。そうしたら、うちに必要なのはなんでしょう、母上。そう、ただ一つ、綺麗に着飾った妹ですよ」と言った。
母も確かに、と思ったのか、それ以上はなにも言わなかった。
さて、こちらに向かっているハリスの方はといえば、馬車に揺られながら、教授陣や先輩後輩にもらった土産物にぎゅうぎゅうに囲まれ、帰ったら絶対まずはアンナに会う、とだけ考えていた。
もうすっかり大人の男になってるハリスは、中身は少し落ち着いたくらいで変わっておらず、顔面凶悪具合は、留学や教授陣の自由行動などの苦労のおかげで渋みが加わり、さらに怖くなっていた。が、笑うとやはりキラキラしていて犬のようであった。
留学先にて、勉学に励んでいると、運良く教授に気に入られ、さらには体力もあるし力もあるので手伝いと言う名のパシリに抜擢され、いろんな場所に連れ回されるようになっていた。まあ、楽しかったのだが、帰れるとなるとひとしお一時帰国よりも嬉しい。
手紙をしょっちゅういろんな人に送るものだから、あれこれの現状だったりを知っているので、彼は帰国したら、まずは就活しなくっちゃなあ、と疲れた頭の片隅で考えている。もちろん、父と同じ職場を目指している。多分、入れるだろうと彼は思っている。それは、父親のコネだのではなく、自分が今までやってきたことを評価してもらって入れると考えているのだ。
まあ、成長した分、少しずるくなったので、無理そうだったらコネを使おうくらいは考えるようになっていた。昔なら、そんなことしない、と言っていただろう。若かったんだなあ、とハリスはつぶやいた。
「そろそろ着きますよ」と御者が言った。
「ああ、うん、とりあえず、開ける時は慎重に頼む。教授と先輩が物を放り込みまくったから、崩れる可能性がおおいにある。というか、多分、崩れる。ドアを開ける時は扉の後ろにいる方がいいぞ」
「わかりました」
ハリスは周りを取り囲む餞別の品なのか、ただたんにいらないものを放り込まれたのかわからない代物たちを眺めて少しだけ笑った。
ハリスがそろそろ着く頃、ようやくアンナは支度を終えたところだった。
思い切りめかしこむのはやめろとケヴィンが散々言ったので、普段着よりも少しだけおしゃれをしました、という格好で待つこととなった。
不満そうな顔で見て来る妹に「いいかね、アンナ。いつもの格好で出迎えてくれる方がほっとするものだよ。それに、なんだかんだ数ヶ月に一回はあってるんだ。いつもより豪華にでむかえられたってね、嬉しいかもしれないがほっとはしないだろうよ。長旅で疲れてる男には、ほっとできるというのが重要なのだよ」と兄は得意げに言った。
まあ、本当のところは、ハリスの好みと惚れたところを鑑みると、素朴な方がぐっとくるだろう、と思ったからだったのだが、そこはまあ秘密だ。なぜならケヴィンは妹が可愛い格好をしているのを見るのが好きだからだ。素朴な格好もいいけど、可愛く着飾っている方が、俺は好き、それだけの理由である。意地悪な兄である。
玄関先で待っていると、馬車の音が聞こえ、二人は立ち上がった。
ケヴィンは気を利かせて、お隣に教えに行くと裏口から出て行き、アンナはすぐさま表に出た。
馬車がカロカロ向かって来るのを見て、彼女はそちらに向かって走り出した。
小さかった馬車がだんだんと大きくなり、アンナは「ハリス!」と叫んだ。
それが聞こえた彼は品物を押しのけて窓から顔を出し「アンナ!」と破顔し、御者に止めろと言って、止めてもらい、馬車から降りた。
落ちてきた品物を馬車に放り込み、先に屋敷に向かっててくれ、と頼むと、すぐに駆け出し、こちらに向かって来るアンナをぎゅうっと抱きしめて、その場でくるくると回った。
「ああ! 会いたかった!」
「私もよ。あなた、帰って来るのが急だわ」
「え?一ヶ月前に手紙を出したはずだけど」
「検閲で止まってたのよ」
「あ、そうだった。検閲が厳しい時期に出しちゃったんだった……。ごめんな」
「いいのよ、帰ってきてくれたんだもの。会いたかったわ」
「数ヶ月前にあってるんだけどな……。でも、俺も会いたかった」
二人は見つめあった。
それから、ゆっくり近づいて、離れた。
「そういや、卒業式の日に口にするのは戻ってからって言ってたな。うーん、昔の俺ってすごい。預言者だったのかもしれん」
「ばか」
「照れ隠しだ。とりあえず、会いたかった。これからのことを帰ったら話そう」
「ええ」
「これからは一緒の家に住んで、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、一緒に過ごすんだ。うんざりするぐらいな」
「まあ、楽しみ」
「俺もだ!」とピカピカの笑顔でアンナを抱え上げ、彼は走り出した。
アンナはしっかりと捕まりながら、眩しそうに笑った。
ハリスはそれを見て、色々なことを思い出して可憐なヒナギクでも見るように優しく微笑んだ後、大いに口を大きくあけて笑った。
二人の未来は明るい。
これにて完結!
番外はありません。
二人は、今後ともたまにもだもだしつつも楽しく生活していくでしょう。




