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卒業式

 あのパーティーの後、ハリスは宣言通り、他国に進学することになった。アンナの方はこの国の学校で母が学んでいた哲学だとかを学ぶことになっている。

 他国からの留学生となるハリスは誰よりも切羽詰まって勉強した。そら、もう、友人の大臣の息子がものすごくえらいやつであったとしても、彼は意地でも自分の実力で合格する気であった。友人らに遊ぼうと言われても断り、アンナがデートに行こうと言っても断り、時々息抜きに寮で馬鹿騒ぎをしながらカードゲームをするくらいで、毎日、毎日、勉強していた。これが他国の、しかも二、三年だけしかいなかった国じゃなければ苦労はしなかっただろう。言語を思い出すのは手紙のやりとりなんかがあったので簡単だったが、やはり、難しいものは難しい。

 そうして、頑張っていると報われるようで、めでたく合格を果たし、今度は入学するための準備に忙しくなった。語学学校にいかなくてはならないらしいので、そこに行くための手続きや、また住む場所を探すのであったりと、学校にいない方が多くなっていた。

 アンナは頑張ってるなら、いいわ、と自分の入学の準備をしていた。

 そうして、忙しくしているうちに春がきた。

 卒業である。

 早い、めちゃくちゃ早い。いつの間に? というくらい早い。

 友人らと久しぶりにきっちりと制服を着て、揃ってパーティー会場だった講堂に向かう。皆、そわそわしている。なんだかんだ卒業式で泣くやつは少ない。

 校長の言葉は長いが、それをしっかり聞いてなどなく、隣の友人とぼそぼそと話したりする。

 数時間の式が終わり、ぞろぞろと教室に戻って、先生の話を聞き、なんとなくここで涙ぐむのである。

 皆、話が終われば、帰れと言われるまで、教室の外だったり中だったりで再会を誓い合ったりする。アンナもハリスもそれぞれの友人らと話をし、抱き合ったり、笑いあったり、時には涙ぐんだりしながら、卒業を祝い合った。

 昼過ぎには、バラバラとみんな帰って行く。この後、卒業パーティーがあるからしょうがない。

 ハリスも出る予定ではあったが、急遽、先に進学先の国に行かなければならなくなったので、彼だけ行かない。それを知っているから友人らは中々彼を離さなかったし、すっぽかせとまで言った。それでもハリスは行くのである。

 みんなに最後の別れを惜しみつつ、手紙を必ず送ると約束して、アンナと一緒に一時帰宅をした。家が遠い生徒は近くのカフェなんかで喋る。彼らの家までは馬車で一時間ほどだ。パーティーは夜からだから、大丈夫だ。

 家に帰りつくと、アンナはなんとなく荷造りを手伝うと申し出た。ハリスはありがたがって、頼んだ。結構こきつかった。荷物が案外多いのだ。

「ねえ、あっちに行っても、手紙を書いてね」

「もちろん」

「夏休みとか、遊びにいっていい?」

「いいに決まってるさ」

「……ちょっとだけさみしいわ」

「俺もさみしいよ。でも、きっと会いに行く。数年だけ待っててくれ。そしたらうんざりするほど一緒だ」

「うんざりかあ」

「大丈夫、退屈はさせないさ。きっと、他の奴らの結婚より遅いだろうけど、その分、多分、いいことがあるさ。大人になった分、きっと、うまく行くことがたくさんできるさ」

「そうね、きっと、そうだわね」

「とりあえず、手紙は毎週書くよ。アンナは筆不精だからなあ、期待してないけど、待ってるよ」

「まあ、失礼ね。書くわよ!」

「ふふ、そっか、じゃあ、楽しみに待ってようっと」

「待ってらっしゃい。こっちに戻って来る時には抱えきれないくらいになってるんだから」

「お、楽しみだな」

「そうね。私も楽しみだわ」

 二人は笑いあって、荷造りを終えた。

 ハリスは馬車に荷物を詰め込むと、慣れた様子で酔い止めを飲んだ。

 一週間程、揺られたり泊まったりしながらその国に行くのだ。

 彼の乗る馬車の周りには、彼の家族や使用人、それからお隣さんである彼女とその家族と使用人たちが見送りのためにやってきていた。

 アンナは買っておいた手紙やペン、それから、友人らに預かっていた手帳を渡し、最後に彼女が苦労しながらつくったお菓子とお弁当も渡した。

「ありがとう」

「大事にしてね」

「もちろん」

 ハリスは馬車に乗る前に、きちんと家族に今までのお礼を言って、これから頑張ると言い、彼女の家族にも礼を言い、あちらでもなんとか頑張って行く、もちろん、浮気なんかしないとはっきりと宣言した。

 周りの皆は立派になり、これからも成長していくのだろう青年に声援を送りつつ、行ってこいと声をかける。

 一つ綺麗なお辞儀をし、彼は馬車に乗り込んだ。

 アンナは思わず駆け寄って「待ってるからね!」と言った。

「うん、待っててくれ」

 ハリスは窓から乗り出し、アンナのおでこにキスを送ると、微笑んだ。

「口になさいよ」

「戻るまでのお楽しみにしとくんだ。そろそろ出すよ」

 そう言われて、彼女は家族のところまで戻った。

「いってきます!」

「いってらっしゃい!」

「がんばれよお!」

「なにかあったら戻ってらっしゃいね!」

「アンナのことは任せとけ!」

「俺もいつかそっちに行くからな!」

「じゃあねえ、がんばるのよ!」

「こっちのものも送るからね」

 とそれぞれ口々に励ましの言葉だったりを投げかけ、ハリスは手を振って馬車を出した。

 彼が見えなくなるまで、外で皆、手を振っていた。

 部屋に戻ったアンナは、初めて寂しさで涙を流した。だが、すぐにキッと前を向き「たかが数年だわ」とつぶやいた。

「そうよ、たかが数年だわ。私だって、彼に負けないぐらい思い切り楽しい生活送ってやるんだから。会うのなんか、数ヶ月後よ。涙なんて馬鹿らしいわ。ええ、それよりも、今日のパーティの用意よ!」

 そうして、アンナは元気よく、今日の準備をし始めた。

 卒業式パーティーはハリスがいないから少しばかり寂しかったが、それでも楽しく終えた。

 帰ってきて、彼女は手紙を書いた。ハリスの羨ましがる顔が見えるようで彼女は少し笑って、それからいつも通りに眠りについた。

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