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卒業前はなぜか突然の告白が多い

 柄にもなく、アンナはドキドキしていた。

 なにせ今日は卒業前の学期末パーティーなのだ。いつも以上にめかしこんで、初めて母に頼んで新しいドレスを作ってもらい、友人を誘って小物を見に行きまくった。おかげで友人に思い切りからかわれまくったが、それも、まあ、いい思い出だろう。

 コンコン、とドアがノックされ「入ってもいいか」と声がかけられ、アンナはひとつ深呼吸してから「どうぞ」と言った。

 入ってきたハリスは、やっぱり強面で凶悪な大型犬のようではあったが、アンナから見るとかっこよかった。言わないけれど、そう思ったのだ。

 いつもは洗ったまま乾かしました、と言ったような無造作な髪がきっちりと整えられており、初めてみる異国風のスーツのような服をきている。それが長身でガタイのいい彼に似合っていた。

 彼は少しばかり照れた様子で、腕を広げて服を見せるようにして「変かな」と聞いた。

「変じゃないわ」

「アンナは、抜群に綺麗だな。それ、新しく作ったのか? 似合ってるぜ」

「……よく新しいのだってわかったわね」

「だって、アンナ新しいの買ったら顔をじっと見て、人差指を握る癖があるし」

「そうだったの?」

「知らなかったの?」

「知らなかったわ」

「へへ、そっか!」

 照れ隠しに「あなたの服は、買ったの?」と聞いた。

 ハリスは自分の格好を見下ろして「いや、昔、行ってた国で仲良くなった大臣の息子に前の休みの時に遊んだから、そのお礼とかでもらった」と言った。

「そんな高そうなのを? ただ遊んだだけで、お礼で? すごいわね」

「だろ? 刺繍が特産みたいになってる国なんだ。いい所だぜ、行くことがあったら遊びに行こうか、そいつの家。アンナのこと話したら、よかったなって言ってた」

「そう」

「今も手紙のやりとりが結構あってさ。いろんな国から来てるから、毎週、手紙とかのお金がかかるんだよな。まあ、それはさておき、行こうか。あの時とは違う男と一緒だけど」

「あら、素敵だわ」と微笑みかけて、差し出された腕をとった。

 パーティー会場には、すでに友人らがいて、二人を見ると、それぞれ立っている場所から手を振ってきた。マシューとマリアももちろんいる。彼らは、こちらに気づいて、ゆるく微笑んだだけだ。

「そういえば、去年の今頃、俺は一人でここまで、アンナを見るためだけに来てたんだなあ」と懐かしそうにハリスが言った。

「たしかここで友人と飲み物とか持って、まだか、まだかと首を長くして、ドアが開く音がするたびに振り向いてたんだ。今年はそんなことしなくてよくて嬉しいや」

 アンナは照れ隠しに彼の腕を軽く叩いて「それじゃあ、私、飲み物とって来るわ」と離れようとした。ハリスは慌てて腕をとって「俺が行くよ。そっちの方が、ほら、もしもアンナが囲まれてもどこにいるかわかるから安心だろ」と言った。

「そんなことなんかならないわ」

「なるよ。アンナは絶対囲まれるね。今年卒業だから、玉砕にやって来る奴らがたんまりと……。まあ、気持ちはわかる。俺も卒業する時、もしも、アンナがまだ婚約中だった玉砕覚悟で挑んでた。うん、さすがに卒業前だし、許されるはずだ。俺も許す……」

「あなた、そんなこと考えてたの」

「だって、最後かもしれないじゃないか、たとえご近所さんでも! 俺は、もう、あんたが想像できないぐらい患ってたんだぞ!」

「は?」

「恋患い!」

 アンナはぽかんとハリスを見上げた。彼の顔はとても真面目だった。

 笑っちゃいけない、と思いつつ、アンナは思わず吹き出して笑った。

「な、わ、笑うなよ……。いや、まじで患うんだって。まじだぜ、まじ。本当に、病気になるんだよ。アンナ、そう笑ってくれるな、めちゃくちゃに照れるっていうか恥ずかしいっていうか」

「ご、ごめんなさ……ふふふ、わずら……うっく、ふふふ」

「アンナ!」

「あははははは!」

「俺、飲み物とって来る! りんごでいいよな!」

 アンナは笑いながら、こくこく頷いた。ハリスは顔を赤くしてずんずん飲み物コーナーに向かった。

 それを笑ったままの目で見送っていると、どこからともなく後輩だろう男子がやってきた。そう、ハリスの予想は当たったのだ。

 少し後ろを振り返ったハリスは、少し眉間にシワを寄せ、不快そうな顔をしたが、自分もそうするかもしれなかった人間だからな、とゆっくりりんごジュースを取っていた。優しいやつである。その間、アンナの方は、さっさと戻ってこいと思いながら、しっかりと断って、少年は玉砕した。きっと、慰めている少女といい感じになっていくだろう。

 タイミングを見計らっていたハリスは戻った途端に、アンナに睨まれた。

「睨むことないじゃないか」

「睨んでなんかないわ」

「じゃあ、そういうことにしておきましょう。向こうに行こうぜ」と友人らのいる場所に向かった。

 そこでぺちゃくちゃと喋っている間に、元生徒会長がやってきてパーティー開始の挨拶を簡単にしてお辞儀をした。

 さあ、ここからは踊って喋って食べて飲む。最後にみんなで楽しむのだ。

 もちろん、後輩たちもいる。去年のアンナたちと同じだ。

 まあ、まったく同じとは言えないが、かねがねここに来る理由は似たり寄ったりである。

 アンナは、冷たそうな美人ではあるが、なんとなく不思議な愛嬌があって、おモテになる。さきほどの玉砕しにきた少年のような、少年少女がいるもので、ハリスが側を離れた途端、そういう輩が周りをぐるりと取り囲む。

 ハリスはイライラとしながらも、その様子を見守った。

 友人らに「いや、さっさと助けにいけよ。玉砕しにきた奴らに付き合う必要はないだろ。っていうか、お前がイライラしてるとすっごい怖いからやめてくれ」と散々頼まれ、彼はアンナの周りにいる輩を追い払った。

 それから、あまりにも煩わしかったようで「ここから出よう。テラスから離れて庭まで行こう」とアンナを引っ張って、会場の外に出た。

 少し迷路のようになっている中庭を歩き、諦められない生徒たちを巻き、やっと二人きりになった。明かりは月と星だけである。

「もう、さっさと助けに来てよ」

「うん、ごめん」

「まあ、いいけど」

「そっか」

 周りはロマンチックのかけらもないただの緑な垣根ばかりで、足元には蟻がぞろぞろ動いている。

「なあ」とハリスは真面目な顔でアンナを見た。

「なに?」

「俺、卒業したら、留学することになった」

「え?」

「親父の仕事みたいなのしたいんだけど、まだまだ勉強したりないなーって思っててさ。進学する気はあったんだが、こっちでそういう国際関係がらみで法律とかを教えてくれるいいとこがなくってな、色々迷ってたんだよ。冬にまだ迷ってるってやばいなーって焦っててさ。それを手紙とかで他の国の友人に助けてくれーって送ったら、もうありとあらゆる学校のパンフレットが届いてな。量がすごくて笑っちゃったよ。

 で、この服くれた友人が丁度こっちに来るって言うから、そこにある学校が気になってたから、聞こうと思ってあったんだよ。それで、どういうのだとか聞いて、あー、もう、さすがに学校案内はしてくれないみたいだけど、こっそり入らせてくれることになったから、来週あたりから、あんまり学校いかないかも。

 とりあえず、ここじゃない他の国で、学ぼうと思ってる。言うのが遅くなってごめんな。

 まあ、言わないと思うけど、行くなって言われても俺は行くよ。アンナのことは大事だけど、俺は俺のことも大事だと思ってるから」

「そう……。そうなの」

「悪いな、アンナ。四年か、それ以上かはわからないが、それまで待っててくれる?」

「待つわ」

 ハリスは即答され、嬉しそうに笑った。

「そっか」

「したいこと、したらいいじゃない。その方が、きっと素敵よ。だから、待つわ。ええ、待っててあげる。だって、あなたも随分とまってたんでしょう? だから、待つわ、私」

「ありがとう」

「他の国に行って、浮気とかしないでね?」

「ははは! アンナがいるんだ、できるわけがないじゃないか! なんたって俺にとっちゃアンナだけが俺の女の子なんだもの。目移りなんかできないさ」

 アンナは熱い耳を髪で隠して「でも、まあ、ちゃんと合格できたらなんだから、頑張ってよね」と言った。ハリスは笑って頷いた。

「そろそろ戻るか」と立ち上がろうとしたが、彼女が袖を引っ張る。「もうちょっとだけ」と言われて、ハリスの顔はゆるみきった。

 そうして、結局、パーティーが終わるまで、二人はそこにいたのだった。

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