誕生日パーティー
学園祭が終われば怒涛の試験に次ぐ試験と勉強そして勉強、試験。しかし、青春はきっちりと少年少女たちの元へ訪れる。
そうこうするうちに冬だ。
冬になれば試験なんかはひと段落、あとはそれぞれさらに上の学校に進むか、家に入り、父の手伝いをするかという風に分かれていく。ハリスは上の学校に進む予定であるが、場所はまだ決めてないのだそうだ。なんだかんだでよほど難しいところじゃなければなんとかいけるだろう、とアンナは思っているし、本人もそう思っている。
学校は春に向けて、どこか忙しがないようである。
さらに、卒業前のパーティーがあるのだから、さらに忙しない。
アンナはカレンダーを見て、あれからもうそろそろ一年か、と感慨深げにハリスを見つめた。
彼はきょとんと、もう慣れたようで、ソファーに座ってアンナを見つめ返している。
「あれからそろそろ一年経つわね」
「そうだっけ。早いな」
「ねえ、ハリス、あの時はありがとう」
「いや、礼を言われることじゃないよ。俺なんて、あの時、ラッキーとしかおもってなかったんだ。最低だよな」
「あら、いいのよ。終わりよければそれでよし」
ハリスは、笑って頷いた。
あの剣術大会以来、あの時では考えられないが、ハリスとマシューはそこそこ仲が良くなり、アンナもなんだかそれを見てどうでも良くなってしまったのか、マシューとマリアを許した。友人らは驚いたが、まあ、本人の問題だから、と見守っていた。
結局のところ、彼らはそれぞれ、まあ、仲良く話せる程度にはなっていた。
それを考えたアンナは、時間って偉大だわ、とつぶやいた。ハリスも、確かにと頷いた。
「そうそう、今年の卒業前パーティーは私と一緒に出るのよね?」
「それ以外に誰と出るんだよ」
「前は誰とだったの?」
「寂しい独り身の友人たちと」
笑って「まあ、歳食ったみたいな言い方!」と腕を叩いて、クスクスと笑った。ハリスも釣られたように笑った後、ちょっと失礼と部屋から出ていった。彼女は一体なんだろうか、と首を傾げていると、どこから持ってきたのか真っ赤なバラの小さな花束を持ったハリスが部屋に再度入ってきた。彼女は目をパチクリとしている。
「ハッピーバースデイ、アンナ!」とにっこり差し出した。
「知ってたの?」
「当たり前! 毎年、心の中で祝いまくってた。ちなみに今年は学校で最後だから盛大に祝おうと思ってだな……。うーん、いうより、見た方が早いな。……全員入っていいぞ!」
と、彼の掛け声で、わっと友人らが入ってきた。
「おめでとうアンナ!」
「おめでとう!」
「これケーキ」
「今、流行りの人形と手袋」
「帽子なんか買ってきたよ! 最近寒いからさー!」
「俺はマフラー。これ、ほんと最高だから、触り心地とかもさ」
「食堂にいって、おいしいご飯作ってもらったぜ」
「ちょっと、机入れて! 椅子が足りないわよ」
「誰だ、うさぎなんか持ち込んだ奴は! もふもふだな、おい!」
「ねえ、椅子まだ? やだ、うさぎ、かわいいー!」
「あら、あなたどこから入ったの? まあ、いいわ。一緒にお祝いしましょう」
と、やんややんやの大騒ぎである。
アンナは大勢がぎゅっと集った部屋を見て、楽しそうに嬉しそうに笑い声を立てた。
ハリスと友人らは嬉しそうに笑い返して、誕生日パーティーが始まった。
昔のこと、今までの思い出、いろんな話をしている内に消灯時間が近づいてくる。
友人たちはどこから調達してきたのかお酒入りの食べ物やお菓子を食べまくっていたからか、少々酔っ払ったまま「じゃあねえ」と帰っていった。
残されたのは、ハリスとアンナの二人とうさぎが一匹だけ。部屋の様子を見にきた寮母さんは、散らかりまくった惨状を見て、ハリスを睨みつけ「消灯時間ですが、特別に許可します。片付けてから帰りなさい。二時間以内に!」と叱りつけて、他の部屋を見回りに向かった。
二人は顔を見合わせた。
「ねえ、ハリス」
「はい」
「今日はとっても楽しかったわ」
「うん、よかったです」
「でも、限度を考えて欲しいし、お酒入りのお菓子を大量に持ち込まないで欲しい」
「はい、ごもっともでございます」
「片付けはもちろん、ハリスがやるのよね?」
「やらせていただきます」とハリスはきっちりとお辞儀をしてから片付け始めた。アンナは足元を飛び跳ねているうさぎを持ち上げて膝に乗せた。ふわふわは最高である。
テキパキと片付けながらハリスはアンナに話しかけた。
「そういや、マシューたち誘ったけど来なかったな」
「誘ったの?」
「だって、仲直りしたしさ。まあ、断られるのは予想してた。ただ、プレゼントだけ預かったんだ。あんたの膝の上でのんびりしてるうさぎがそうだよ。あんた、うさぎなんてかわいいの欲しかったんだな」
「まあ、似合わない?」
「似合うもなにもないだろ、かわいがるかどうかだ」
「可愛がるわよ、私」
「……俺もかわいがって、いや、なんでもない。なんでもないからニヤニヤこっちに近づくな!」
「まあ、ひどいわね。最愛の私がせっかく可愛がってあげようと思ってるのに」
「やめてくれ! あんたに頭撫でられると飼い犬の気分になる!」
「あら、ま。あなたはどっちかというと大型犬よね」
「グウ……」と顔を赤くさせながらハリスはアンナに大人しくなでられ続けた。ここでなにもしないで大人しくされるがままになっているあたりが飼い犬である。噛み付くという発想が出て来ないのだ。
「あなたの髪って触り心地がいいわよね」
「おふくろに髪質が似てるんだ。アンナは」と髪を他意なく触って「うーん、お父さん似? でも、ふわふわでいいな! 俺、好きだぜ」と言い放った。
おかげでアンナは恥ずかしくなって撫でる手を引っ込めた。ハリスは不思議そうに「もう撫でないのか?」と聞いてきた。
「いい」
「ふうん。恥ずかしいけど、されるの嫌いじゃないぜ」
「あ、そう……」
「照れてらっしゃる?」
「うるさい」と顔をぺちっと叩いた。
「あいた」
「さっさと片付けてよね」
「はいはい」
またうさぎを膝に乗せて「ねえ、名前はなにがいいと思う?」と言った。
「ロースト」
「最低」
「うーん、じゃあ、ミディアム」
「食べる気?」
「殖やせばいけるんじゃ?」
「最低だわ!」とそばにあった枕を投げつけた。
「冗談だって!」と笑いながら受け止めて「アリスはどうだい」と聞いた。
「アリスゥ?」
「ハリスとアンナの中間的な」
アンナは少しばかり眉間にシワを寄せつつも「じゃあ、アリスにする」と言った。
「不満がありそうな顔だな」
「違うわよ。ただ、言い間違えられそうだと思ったの」
「ああ、アンナとアリスって? はははは! 俺をバカにしてもらっちゃ困るぜ。こぉんな小さな頃からアンナに片思いしてきた俺だ。わざと以外で間違えるもんか」
「わざとも嫌よ」
「じゃあ、わざとでも言わないさ。さて、食器を運ぶのは明日でもいいと思うか?」
「いいんじゃないの?」
ハリスはにっこりと集めたゴミを袋に詰め込み、プレゼントを机の上に並べ、どこからか借りてきた椅子をドア付近に置き、食器の類もおいた。さすが食べ盛りである。残飯は骨などの食べられない部分だけであった。
すっかり片付けたハリスは時計を見て「もう30分くらいはあるなあ」とつぶやいて、椅子を持ち上げ「もういっそのこと全部片付けてくる!」と部屋からガタガタでていった。
そうして本当に片付け終わった頃、きっちり寮母さんが現れて、綺麗になった部屋を見て「よろしいでしょう。それでは帰りなさい」とハリスを睨みつけた。不埒なことはゆるしませんよ、という力強い目つきであった。寮の平和はこの寮母さんに守られている。
「いいですか、アンナさん。今日は誕生日だから大目に見ますが、次はありませんよ。ところでキスのひとつやふたつしましたか」
外に出ていたハリスは吹き出して、壁に思い切り額を打ち付けた。アンナの方はポカンと寮母さんを見つめている。
「やってないのですね。大変よろしい。そのひとつからなにもかもが始まって行くものです。たいへんよろしい。あなたも大変よろしい。あとで飴をあげましょうね」
「りょ、寮母さん、あの、そういうのはきかんでください」
「いいえ、聞きますよ。反応の仕方で風紀を乱すかどうかを判断しますので。あなたは、乱さない人でしょう。今回のことは、本当ならば反省用紙を書かせるところですが、多めに見て差し上げましょう。では、さっさと帰って眠りなさい。それでは、アンナさん、おやすみなさい」
「お、おやすみなさい……」
「おやすみ、アンナ」
「おやすみハリス」
寮母さんはゆっくりと頷き、ハリスの背中を叩いてさっさと行けと促した。彼は寮母さんの鋭い眼光に少し怯えつつ、女子寮を後にしたのであった。




