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誓うぜ、俺は、必ずお前に優勝旗を持たせるってな!

 夏休みが終わって、久しぶりじゃないような久しぶりのような友人らと会い、おしゃべりをし、勉強をする日々が始まった。

 ハリスもアンナも夏休みの間、案外、一緒にいる時間は少なく、学校にいる時の方がしょっちゅう会っている。そうこう過ごしている間に学園祭が迫ってきた。ハリスはほとんど初めてのような学園祭である。

 学年での出し物あり、クラスでの出店もあり、もうはっちゃける。とにかく、楽しんだもの勝ちだというある意味戦いの場である。

 その中でも一番の人気は剣術大会である。

 型は問わぬ、勝てばよかろうなのだ。

 を掲げた、騎士道も紳士もあったもんじゃない、野蛮な上に野蛮を重ねた、というかただのストレス発散のような、そういう大会である。優勝者はその年の間、食堂を食べ放題でタダにしてもらえるという特典がついてくる。飢えた野獣どもが食べ物のために血を流すのだ。

 まあ、そんなことは、ハリスはしらない。と、いうか、彼の認識では、勝てばよかろうなのだ、ではなく、正々堂々とした勝負をし、優勝すれば、好きな子に認めてもらえたりしちゃうロマンチックな大会となっているので、そんなものだとは想像がついていない。

 だから、こんなことを真剣にアンナにいうのも仕方がない話なのだ。

「誓うぜ、俺は。必ずお前に優勝旗を持たせるってな!」

 アンナは、思わず「え?」と聞き返した。ハリスは己の実力をわかってないからの言葉だろうと思った。アンナにしてみれば、お前のために食堂代をただにしてみせるぜっ! と言われたようなもので、ロマンスのひとかけらものっていなかった。

 が、まあ、自分のために頑張るというのだから嬉しいもので、にっこりと「応援してるわ」とだけ言ったのだった。

 さあ、そうなるとハリスの方はやる気を出し、きっと、出てくる相手は歴戦の勇者ばかりに違いない、と毎朝ランニングし始めるようになり、体づくりを始めたのだった。

 それを見た歴戦の勇者たちは戦慄した。あのでかくて威圧感もある強面が、ランニングをし体づくりにはげんでいる! と……。顔面から判断すれば、誰よりも卑怯な手を使い、食堂代をかっぱらう気なのだろう、と思われるだろう。

 しかし、本人は真面目に励んでいるのだ。彼の友人らは、優勝旗はやつの手元に渡るだろうから、賭がいい感じにできないじゃないか、とぶつくさ言っている。ハリスは賭けってなんだ? 状態のピュアボーイ。友人らは彼のピュアさをなくさないように「気にしなくていいんだ」とその事を隠し通した。

 アンナの方は、どうやらこの剣術大会に関して、なにかしらの誤解というか、とても紳士的な勘違いをしているのではないか、ということに勘付いてきた。だが、結局彼女はその誤解を解くのもやめて面白がることにした。

 なにせ、あの卑怯卑屈な手立てを使ってでも食堂食べ放題のただを手に入れようという屈強で悪どい輩がわんさかいる。それをどうするのかが楽しみで仕方がないのだ。

「お前に優勝旗を持たせる!」とかっこよく言ったのだから、そんなときめくところをみてみたい、なんていう乙女心があるのだ。

 一応、この学校の卒業生である兄に、その事を報告すれば「さすが真面目一徹なハリスだけある。当日遊びに行くね」と返事が返ってきた。

 さて、屈強なる歴代の猛者を倒すために日々勉強に筋トレにと欠かさず行った彼は、さすがというかなんというか出来上がっていた。そう、歴代の猛者を必ず倒すという熱い決意もさるものながら、アンナにかっこいいところを見せたいという思いが、彼を伝説の戦士なみのものにしあげていたのだ。

 こっそりとアンナは引いていたが、それはご愛嬌というものである。

 時間は飛んで、学園祭当日、出来上がっているハリスは剣術大会までしばしの間、アンナとの学園祭デートを楽しんでいた。

「このトウモロコシ、甘いな! うん、うまい、うまい!」

「そうね、おいしいわね」

「そっか! あ、次はあそこに行こう! 射的!」

 完全に少年に返ったようにはしゃぎまくっている。アンナは3回目であるから、そこまではしゃぐほどではない。だから、とても微笑ましくハリスを見守っている。それに気がついてないのは幸いである。

「とった、とった! いやあ悪かったかなあ」

「いいんじゃない?」

「そっか、じゃ、いいか。そういや、ケヴィンも来るんだっけ」

「ええ、来るって言ってたわ。久しぶりだから楽しみですって」

「卒業生だったな、そういえば……。俺も、ケヴィンみたいに主席卒業したいなあ」

「頑張れとしかいえないわ」

 ハリスは少しだけシュンと肩を落とした。

「頑張ればきっといけるわよ、多分!」と励ましたが、彼は少しだけ気弱そうな微笑みを浮かべただけだった。なんだかんだでできる男な義兄は遠い……。

「もう、ケヴィンはケビン、ハリスはハリスでしょ。それより、そろそろ剣術大会じゃなかったかしら」

「うん。アンナ、見ててくれよ。俺、きっと優勝旗を手に入れてみせるから」

 そうキリリと言われて、彼女は柄にもなくときめいた。もしも、これが違う男子生徒だったら、多分、ただ食堂のお代わりし放題、しかもタダ、ということだけに気が惹かれているように思えただろう。

 ちなみに、ケヴィンは「剣術大会とか汗臭くなるし、やだ」とかいうので出たことがない。が、この大会の主催者になるのは好きだったようで、先生たちの制止を振り切り、めちゃくちゃにした張本人であり、目玉の食べ放題を作り出したのもこいつである。先生、またケヴィンくんがやりました、の一言で長くこの学校にいる先生たちは、ため息とともにやつか……とこめかみをぎゅっと押すはめになるのだ。ここでのケヴィンは、暴君の再来だとか悪魔だとか悪鬼だとか悪童だとか、それはもう不名誉な名前で呼ばれまくっていた。

 まあ、それは一旦置いておこう。

 ハリスは、張り切って選手控え室に向かっていた時、その暴君、悪魔、悪鬼、悪童と呼ばれた青年がとてもいい笑顔でやってきていた。

 兄に久しぶりに会ったアンナは少しばかり先行きに不安を覚えたが、楽しく剣術大会の間、そこらのクラスを回っていた。

 ハリスの方は、友人らに励まされながらやる気をみなぎらせており、せこく守銭奴な友人らは、剣術大会につきものの賭けを初めていた。もちろん、本命はハリスであるが、他にも騎士の息子や将軍だのとにかく体力や力自慢の荒くれどもが集っているから、最後までどうなるかわからない。それになにより、ピュアボーイハリスが剣術での反則技を用いるとは思えないので、ずる賢い狐のようなやつらに負ける可能性だってあるのだ。

 友人らは己のお財布のためにも、ハリスの補助のような役割を全力で果たしていた。お財布をこれで太らせるのだ。

 さて、そうこう用意している間に剣術大会の時間が差し迫ってきた。

 ハリスはちらりと場内を見渡し、お目当の乙女を探し当て、その横に義兄が座っているのも確認し、さらなるやる気をみなぎらせた。ちなみに己の家族も、ついでに彼女の家族も一応はいるのだが、そちらには目がいっていなかったようだ。

「俺はやるぞ! 必ず、彼女に優勝旗を持たせるんだ!」

「頑張れよ、ハリス! 5試合勝てばお前は優勝だ!」

「お前ならやれる! これでアンナさんもさらに惚れるはずだ!」

「ほ、本当か!」

「ああ、だから、絶対に負けるな、負けたら、俺は破滅だ」

「はめつ…? よくわからんが、負けるわけにはいかない。全力でやるさ」

「ハリス、絶対に負けるなよ!」

「ああ、前の学校でも、優勝できたんだ。きっとできるはずだ。こっちでも、こういう風に騎士道を深めるための機会があるとは思わなかったな……。正々堂々、俺は頑張るぞ!」

「ああっ! うん、頑張れ!」

 友人たちはやはり純粋なハリスに涙となにか心にくるものを感じながら、送り出したのだった。

 彼が最初にあたったのは父は騎士で叔父はここの卒業生である一年であった。

 その一年の少年は、ここが問答無用、勝てばよかろうなのだ、の無法地帯であるのを知っており、色々な対策を立ててきた。特に一番強いだろうと言われている目の前の強面の対策なんていうのはいの一番に立てている。ハリスも一応は立ててあるのだが、いかんせん、正々堂々とした戦いの時のみである。

 戦う前に彼は爽やかな笑みで「正々堂々頑張ろうな」と手を差し出した。

 一年は思った。

 これも作戦に違いないぞ……、と。

 しかし、相手は目上なのだ。彼もぎこちなく握り返した。

 ゴングが鳴り、ハリスはしっかりと相手の目を見据えた。

 一年はとにかくこの図体のでかく、意外と俊敏なところを削がねばならぬ、と手に持っていた砂を開始直後に顔面に向かってぶちまけた。ハリスは驚いたが、そんなことで冷静さを失ってはならない。幸いにも、目潰しは効かなかった。ただ単に一年の技術不足である。

 ハリスは、なるほど、とつぶやいた。

「要は、実戦形式なんだな? 騎士道精神など、泥仕合になった時には不要のものになる。うんうん、確かに昔から物語では不要のものになっているのを読んだ事がある。そういうことなのか。なるほどなあ……。深い……」

 彼は感動に打ち震えつつも、目の前の一年生に向かって、一生懸命に木刀を振り回し、実戦形式なのか、とかいいながら正々堂々とした戦いぶりで、足を掴んだり、砂を投げつけたりする一年を捕まえて、きちんと勝った。

「うぅ、負けました」と食堂食べ放題、タダの権利を失った一年は泣いた。お腹いっぱい食べたかったよ……。うちの食堂、質はよくても量がすくないんだもんな。

 ハリスは、そんなに悔しかったのか……と一年の肩を抱き「来年がある。それまでに己を鍛え上げれば、きっと、あんたは上に行けるさ。大丈夫、来年、再来年、頑張れ! いい試合だった。ありがとう」とやはり爽やかな笑顔で言った。

「せ、先輩……」

「その悔しさがバネになるさ。俺もそういう時があった。前の学校でどうしても勝てない先輩がいたんだ。彼に追いつけ追い越せで頑張って、ここまできた。あんたもきっと成長するさ」

「ありがとうございます!」

「頑張れよ!」

 一年は、なんていい先輩なんだ! と泣きながら観客席に戻った。

 他の先輩は、高笑いで食堂タダ食いで食べ放題の権利を得たことを誇るというのに! なんて高潔な人なんだろう!

 ハリスは知らず知らずの間に後輩にファンを作った。

 二試合目は同じ学年の違うクラスだった。三年間一応出ているが、準優勝止まりである。

 どんな卑怯な手を使ってでも、今年こそタダ飯でお腹いっぱい食べるんだ! と闘志をみなぎらせている。ハリスは、なんて熱いまなざしなんだ! そんなに情熱的な人たちに当たれるだなんて、俺はなんて幸運なんだ、と感動していた。

 彼の相手の三年は、少しぽっちゃりさんである。ぽっちゃりと言っても、力は強く、それなりの実力者ではある。食い意地が張っているこのぽっちゃりさんはどうしても、一度でいいから、お腹がいっぱいになるまで食堂のご飯を食い尽くしてみたかった。これが最後のチャンスなのだ。

 ぐっと目の前の強面を睨みつけ「今年こそ、勝つ!」と宣言した。

 ハリスはニヤリと笑って「さて、どうかな。俺も勝たねばならないんだ。なぜなら、アンナに優勝旗を持たせると約束したから!」とはっきりとそう言った。それが聞こえたアンナは少し赤面した。

 相手はさらに睨みつけ「畜生、リア充め。絶対に勝ってやるからな!」と叫んだ。

 もちろん、三年間でているだけあって、卑怯な手は山ほどあるし、それなりの技術もある。ハリスは、それらの手で前よりも苦戦したが、やはり正々堂々とした戦いをしてみせた。足をひっかけられても、踏んづけられても、卑怯だ! の一言も漏らさず、ただそんな手があるのか、と感嘆しつつ、一生懸命やっていた。

 そうこうするうちにへばってきたらしい相手をエイヤと負かせて、ハリスは腕をたかだかとあげた。

 ぽっちゃりボーイは悔しそうに地面を叩いた。

「いい試合だった。ありがとう」

「くっ、こっちこそ!」と差し出された手を思い切り叩いた。悔し紛れである。が、ハリスは、ハイタッチと勘違いしたのか嬉しそうに「今まであんたみたいな実力者を知らなかっただなんて、俺はバカだな! はははは」と笑った。

 相手はそれに少しだけふっと笑った。

 その後、彼の婚約者がやってきて「まったく、食事くらいいつでも作りますから、もう。かわいいんだから」とイチャイチャと帰っていった。リア充はお前だ。

 三試合目は二年である。

 彼の目的はタダ飯の一つである。食べ放題は嬉しいが、それよりも、なにかと貧乏なうちにはただ飯というのはめちゃくちゃにありがたい。去年は三位で半額にしかならなかった。今年こそ、ただ飯を! そして、浮いた食費をきちんと利用するのだ!

 彼はぐっと拳を握った。

「よろしく頼む、いい試合にしよう」

「はい」と彼は頷いた。

 少し貧乏な彼は潔白な方、というかなにかと守銭奴できっちりした主義なものだから、挨拶にもきっちり返す。返すものの、腹のなかでは、いかにしてハリスを叩きのめすか、というようなことを考えている。基本的に皆、目潰しに砂を使うが彼は違う。小麦粉である。ハンカチに包んだのをバッと振り撒けば、白い煙ができあがる。ハリスは少しばかり驚いたが「まあ、斬りかかられたら受け流せばよし」とシンプルに考え、その通りにシンプルに構え、シンプルに切り返す。

 だんだんと、どれだけ卑怯卑劣な手を使われたとて、今までの地味な基礎がきちんとあれば、案外なんとかなるものなのだな、とハリスは考え始めていた。

 さて、そうこうやりあっているうちに二年は、なんで正々堂々としてるんだ、とどこか悔しさを滲ませていた。

 俺は卑怯な手を使っているのに、彼はまったくそのような手を見せてこない。もしかして本当の騎士道精神的なものを体現しているのではないか。お、俺はなにをやっていたのだ……! 貧乏だろうと、心が豊かであれば良いと母上も言っていたではないか。俺よ、騎士たれ……。

 彼はしっかと胸をはり、その後、堂々とした立ち回りで卑怯な手を使わずに、残念ながら負けてしまった。だが、それ以上になにか得るものがあったのだろう、晴れやかな笑みを浮かべて「先輩! ありがとうございました!」と力強い握手をして観客席に戻っていった。

 三試合が終わり、一時休憩となった。もちろん、三試合とも続けてやったわけではないが、一時休憩なのだ。

 ハリスはアンナとケヴィンのいる席に向かった。

「アンナ! 俺の活躍みてたか!」とニコニコと褒めてくれ! とでもいうようなキラキラした眼差しで幻の尻尾をぶんぶん振りながらハリスは彼女の隣に座った。

「見てたわ、かっこよかった」

「へへ、そうか! へへへ、嬉しいや。それにしても、この大会はとても有意義なものだな。ああいう手を使われると驚くが、しかし、実戦を考えると卑怯でもなんでもない。うんうん、すごく考えられている大会だな」

「そう、よかったわね……」と微笑みを浮かべた。

 なんて純粋……。

 ケヴィンは笑いをこらえるのに必死だ。

「あら、ハリス、ほっぺたに土がついてるわよ」とハンカチで拭おうと身を近づければ、彼はぱっと離れて「お、俺、汗臭いからさ!」と今更そう言った。アンナは襟首をつかんで少しだけスンと嗅いでみたが、臭くなどない。むしろ洗剤とか石鹸とか太陽とかの匂いがするばかりだ。

 彼女は「臭くないわよ」と赤くなればいいのか青くなればいいのかわからないハリスに言った。

「そう言われてもなあ……。恥ずかしいなあ」

「そう恥ずかしがらなくてもいいのに。まあ、いいわ。こういう時はがっつりよりも果物の方がいいと思って。はい、凍ったバナナとイチゴに冷やしパイン」

「うわあ、ありがとう、アンナ!」

「買ってきたの兄さん」

「ありがとうケヴィン!」

「いいってことよ。俺はちょっくらそこらへんを見てくるよ。いやはや、久しぶりの学校は楽しいなあー」と席を離れた。

 ハリスは一時の休憩を大いに楽しんだ。

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