俺にキュンキュンしてくれ
ハリスは宣言した通り、一週間でアンナの意地の悪くもかわいい攻撃に慣れたらしく、急に腕を組もうが、そうっと手を繋いでみようが、平然としたピカピカの笑顔で「構って欲しいのか?」と余裕たっぷりに言い返すくらいになっていた。
「ぜぇんぜん、面白くない」とブスッとしているアンナに友人たちはケラケラ笑って「いいじゃないの別に!」と言った。
「ずぅっと真っ赤でもだもだしてたら大変よぉ」
「そうそう。でも、確かに惜しいわね、面白かったのに」
「ねえー。強面があんな風にあたふた、ふふふ」
「あら、そんなに面白がってたの?」
「アンナったら、ものすごく楽しんでたでしょ。意地悪なんだから」
「ま、慣れたんだったら、今度は進めるだけ進めるわよ」
「でも、ハリス、結構真面目だから」
「でしょうねえ」と友人らは頷いた。
「すごく清らかなおつきあいになると思うわ」
「でしょうねえ。そっちの方がいいんだけども」と友人らはうんうんと縦にふった。
「あーあ、あの面白いのが見れないのはやっぱりちょっと残念ね」
とワイワイしているところにひょいっとハリスが現れて「なにが残念なんだ?」と聞いて来た。
「あ、ハリス! どうよ、うまくやってる? 最近、あんまり休み時間にこないわね」
「ああ、それに関しては俺も悩みに悩んだんだ。休み時間も会いに行きたいが、なんだかんだで最終学年だろ? 友人は大事だしさ。もちろん、俺のってのもあるけど、アンナのってのもある。婚約したんだし、ま、いっかー! とかいう獲った魚に餌をやらないとかじゃなくてな! もちろん、俺は全力で愛するけどな! だけど、最終学年だし、お互いの友人との気のおけないおしゃべりも今年と来年の卒業いっぱいまでだしさ」
「まあー! 入学式が終わってちょっとしか経ってないのに、気が早いわね。でも、嬉しいわ」
「うんうん、なんだかんだでずっとアンナをとられてて面白くなかったんだもの」と友人たちはアンナに抱きついてきゃっきゃと笑った。
ハリスは、なら良かったぜ、とやはりピカピカな笑顔で返した後「そうそう、アンナはそれで何が残念なんだ? 他から来てた店が撤退して買えなくなったとかなら、俺の各国にいる友人知人に頼んで取り寄せられるけど」と聞いた。それを聞いた友人たちは、そろってアンナをニヤニヤ見つめて「大事にされてるわねえ」と腕をつついた。
「もう、やめてよ。わかってるもん。……ええっと、残念だなーって言ったのは、あなたがなにをしても真っ赤にならなくなったからよ。慌ててるの、面白かったのに」
「むっ……。面白がってくれるなよ。格好つけたいんだから、汲んでくれよ、この気持ち。まあ、あれだけ無様な姿見せて言うのもなんだけどさ」
「あら、かわいかったわよ」
それに友人たちも頷き「強面のああいう姿はギャップよね」なんて言っている。ハリスはもっとムッとして「まあ、俺もかわいいかもしれないが、あんたらには負けるよ。やっぱり、女子はみんな可愛いからな、俺みたいな強面は負けます。全面降伏です。かわいいぜ、あんたらは」と言い返した。
女子たちは「あら、まあ!」と声を上げて「お菓子あげるわね」なんてニコニコし始めた。他の女子もやってきて「私は、私は?」なんて悪ノリをし始める。それに男子まで便乗する。
「おうおう、みんなかわいい! かわいいよ! でも、一番は」とぐいっと婚約者を抱き寄せ「アンナだ!」
ときっぱり言い放ち、全員が「おぉ〜」と声を上げて、拍手した。今度はアンナが赤くなる番だった。
「俺のアンナが俺にとっては一番だ。なにをとっても一番。綺麗も美しいも可憐もかわいいも儚いもかっこいいも、ぜぇーんぶ! アンナだ! ……今、俺、俺のアンナって言わなかった? 言ったよな? うわ、ごめん、アンナ! 別に束縛したいとか、俺のもの! みたいなそういうアンナを無視するようなそういうのじゃないんだけど、いや、そうかもしれないけど、そのつもりはないからな!」
「わかってるわよ……」
「あれ、赤くなってないか、耳」
ぱっと髪で隠したが、目ざとい友人たちが「ほんとだわ、真っ赤ね!」と言ったのでおしまいだった。
ハリスは、はっはーん、と急にキラキラした顔でニヤニヤしだし「なあるほどなあ〜。うーん、これは確かに楽しいなあ! よし、俺は今日からアンナを俺をいじめた分、俺もアンナを真っ赤にさせる」と言った。
「は?」
「よし! 今日から俺にキュンキュンしてくれ!」
「はあ?」と取り残されたアンナを別にして、隣クラスのハリスの友人まで混ざって「いいぞ!」「やれやれ!」だのの声と指笛なんかが廊下を賑やかに満たした。一つ学年が下の少年は「三年生ってなんだってあんな元気なんだ…」と思いながらうるさい廊下を通り抜けた。
まあ、ともかく元気な若者たちはわいわいと二人を囲んで色々とおしゃべりを始めた。ハリスはニコニコしながら、しっかりとアンナの隣に立ってこっそりと小指だけ繋いでいた。
「お昼食べようぜ!」
「ええ、いいわよ」
とお昼を食べに食堂に来たのはいいのだが、ハリスは自分の手を止めて、ニコニコとじっとアンナを見つめていた。見られていると食べにくいものだから、少しアンナは睨んで「食べないの? 手が止まってるわよ」と見るなと言外に言った。
しかし、ハリスはどこ吹く風で「いいから、いいから」とニコニコしている。
「見られてると食べにくいのよ」
「いやあ、昔は結構少食だったアンナがこんなに食べれるようになって俺は嬉しいや。なんでもかんでも俺に飯をおしつけてたのに」
「やだ、そんなの覚えてたの?」
「アンナはナスが苦手だった。あと、豆類もだ。俺が食べた。ちなみにその時の俺と言えば、渡されるものが嫌いでも喜んで食べてた。なぜなら、好きな子から渡されたからだ。今でも、全くもって気にしない。食べきれないなら、俺はしっかりともらうぜ」
「もうそんなのしないわよ!」
「おっと、そうか、そうか。でも、お腹がいっぱいになったとか、外であれば俺は食べるからな」とニコニコ。
「なんでそんなにニコニコしてるのよ」
「ふふ、いやあ、なんかこうやって食堂でモリモリ食べてる時にアンナが色々とちょっかいを出してきたので、俺は逆になんのちょっかいも出さずに、アンナを見つめている。正直めちゃくちゃ楽しい。すごいぞ、食べているのを見つめているだけでこんなに楽しくいられるなんて。俺はすごい。アンナもすごい。拍手だ。さあ、俺は気にせず食べて、食べて」
「そんなこと言われるとますます食べられないじゃないの! じっと見てるの続けるなら、もうハリスとご飯食べないわ」
「え! そ、それは困る! 俺はアンナと毎日一緒にご飯を食べたい。今もこれからもずっとだ。もちろん、毎日一緒に食べられないかもしれないが、その時はアンナの写真を取り出して、目の前にこう置いて食べる。でも、本物が目の前にいるなら、本物と一緒に食べたいんだ、俺は! 生のアンナと一緒に、同じ空間で!」
「……ちょっと変態くさいわよ?」
「愛だよ、アンナ! 俺からのアンナに対する愛です!」と食べている手を上から握り込み「マジだぜ」とキリリとして言うので、耳が赤くなった。
それを見たハリスはにっこりと笑って「うん! 食堂で赤くなるをコンプリートだ!」と懐からガサゴソ紙を出して、スタンプをぽんと押した。
「なに、それ」
「今まで散々アンナに色々とやられてきたのでやり返すと俺は言ったぜ? そのためのスタンプだ。ちなみに最後まで行くと、俺はアンナからご褒美がもらえる仕様になっている。多分、なんだかんだでアンナはオッケーしてくれると思う。まあ、とにかく、食堂で赤面……っと」とまた懐に戻して、にっこりとしたまま「もちろん、さっきのは本当に思ってることだからな」と言うだけ言うとさっと離れてご飯を食べ始めた。
アンナはこの時に思った。
「誰が赤面をしてやるものか!」と……。
しかしながら、その後、教室や廊下、寮の前、部屋の中で大いに赤面させられたのであった。
ハリスはやりきったぞ、という笑顔で真っ赤なアンナをニコニコ見つめて「いやあ、さすがにかわいいなあ」と言って、また耳を真っ赤にさせて、一人でニコニコしていた。
人前であんな無様を晒された報復だぜ! と言いつつ、案外人の見てない場所でやるのだから、優しいやつである。
その後の一週間とも、ハリスはあまり人のいない場所で赤面させ、スタンプはしっかりとたまった。
それを見せながら「アンナ! スタンプがたまったからご褒美をもらおうと思いまして!」と部屋にやってきた。アンナは「あなたが勝手にやったんだから、ご褒美なんてないわよ!」と言い返して、部屋から追い出そうとしたが「いいのか? そうなると、俺は2枚目のスタンプを作り、アンナはさらに赤面させられ続けるはめになるんだが」と言われて、大人しく部屋に入れておいてやった。
ハリスは勝ち誇った顔で、定位置になったソファーに座り、隣を叩いて座れとジェスチャーした。
大人しく隣に座ると「よし、アンナ。これで俺がどれだけ恥ずかしかったかわかったかと思う」と言われ、アンナは少し反省の色を見せた。
「まあ、アンナが楽しんでいた気持ちもよぉくわかった。これは楽しい。うん、俺もめちゃくちゃ楽しかった。だけど、俺はこれからわざとそういう真似はしない。だから、ええと……、まあ、アンナがしたいならしてもいいけど。俺はしない。でだ、褒美なんだが、色々と考えて一つ結論に思い至った。俺も照れず、アンナも照れずにいられる大丈夫なものを!」
そう言って取り出したのはカードゲームのカードとボード。
「普通に遊ぼうぜ。実は、最近、この部屋で遊びらしい遊びをしたことがないというのを思い出してな。一つ思い出づくりにやらないか」
少しばかり呆気にとられていたアンナは「私、もしかしてキスの一つや二つねだられるとばかり思っていたわ」と言った。そう言われた方としては、それは考えてたが嫌がるかもしれないしというので却下したことだったので、とてもがっかりした。
「まあ、あなたが大真面目な人だっていうのはわかってたけど、ご褒美だ褒美だとかいうから……。あ、別に私がやりたいわけじゃないわよ」
「そうか……。やりたくないか、そうか……」
「そう落ち込まないで。やりたくないわけじゃないわよ? ただ、進んでやろうとかそういうのじゃないだけよ。だって恥ずかしいじゃない」
「そう思ってやめたんですよ、俺は」
「そうだったの。優しいわね」
「優しいよ、俺は」と少し屈んでおでこにキスをして「こうしてゲームの対戦相手が勝つように祝福するくらいは、優しいよ」と言った。
みるみるうちに耳が赤くなったのを見て、彼はハッと「いや! わざとじゃない! わざとじゃないぞ! 本当にわざとじゃないんだ! やめるんだ、そのボードを振り上げるのは! わざとじゃないって! 俺はただ、アンナが勝った時にニコニコした笑顔が見たかったからやっただけで下心のない、まっさらな祝福なんだってば!」と叫んだ。
ゲームボードを持ち上げていたアンナはため息をひとつ吐くと、伸び上がってお返しをしてゲームボードを置いた。
「あ、アンナ?」
「なによ!」
「アンナ、俺に、今、キスした?」
「おでこにね! 私も優しいから祝福してあげたのよ」とツンとそっぽを向く。
「ありがとうアンナ……。悪い、勝たせる気だったけど、俺が勝つわ」
「いいえ、私が勝ちます」
「いや、俺だって」
「私、これ得意だもん」
「俺だって、友人連中に揉まれて強いはずだぜ」
とさっきまでのもだもだした雰囲気は何処にいったかのようにワイワイ騒ぎながらゲームをし始めたのだった。
ちなみに、結果は引き分けである。




