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ハッピーデイ、ハッピーパーティ

 おや? とハリスは目をパチクリさせた。

 アンナが、最近、いつも……というよりも数週間前となんだか違う。

 いや、やっと、俺に興味を持ってくれたらしいっていうのは少し前にはわかってたんだが、なんだか、こう興味のあれがちょっと濃い。濃いというか、なんか深いというか、なんていうんだ、あれ。なんか、アンナに対する俺と同じような感じの興味って感じがする。いや、真面目に。

 と、ハリスは、こちらを見上げて「あなたって案外さっぱりした料理が好きよね」と友好的な笑みを見せているアンナを見つめた。

 アンナはあの「彼が、好き、かも……?」と思った夜に、さっそく手紙を書いた。

 彼が励まし、勇気付けてくれたからというのもあるが、初めての恋らしい恋をまず報告したいという思いがあったのだ。

 彼女の母や義姉、父、兄も、というかほとんどの家族が、恋愛結婚という珍しい家庭であった。そんな家庭の母は「恋愛をしたら教えてね」とワクワクしながらしょっちゅう言っていたし「もしもあなたが恋をすることがあったら、とってもとっても楽しみだわ! ええ、とっても楽しみ!」とも言っていたため、とにかく、なんであろうとまずは言わねばならぬとアンナは思っていたのだ。

 手紙には、まず、婚約破棄の話をつらつらと書いた。いかにショックだったかも書いたし、もうどれだけ口惜しく憎たらしかったか、あの時の状況がどうであったかも書き、相手のマリアのこともマシューのことも書き連ねた。当たり前にも、父母に詫びに詫び、これ以上とないくらい悔しくて申し訳なく思っている、ということを数回に分けて書いた。そうして、最後の方にちょこんとハリスのことを書き加え「私、恋をしたかもしれません」とだけ書いてさっさと手紙を送った。

 それから一週間という速さで親戚や家族からどっさりと手紙やついでになにかのプレゼントが届いた。

 一つ一つを丁寧に読み、丁寧にお礼の返事を書き連ねた。

 大方の手紙には「そういう時もある。それより、恋をしたということについて詳しく」ということばかりが書いてあり、恐怖していた父母の手紙には「婚約破棄など些細なこと。それよりも、恋をしたってどういうこと。相手はハリスくん? お隣のハリスくんでいいの?」というようなことが主だって書かれていた。

 ちなみに、マシューの家の方は、全くもって合意しておらず、親子間でするしないの喧嘩中というのも書いて送ったが、そちらは「オッケー、なんとかする」だけで終わっていた。

 なんとかがどういう意味なのか全くわからなかった。

 ハリスは、大まかに手紙を送った、返って来た、返事を書いた、ということは聞き及んではいたが、どんな内容なのかは知らなかったので、まさか、アンナがきちんと自分に惚れているとは思ってもいないところだった。むしろ、スタート地点に立っている気でいた。

 おいおい、ハリス、お前のゴールはすぐそこだ。障害物は多分すぐに退くぞ。

 ともかく、ハリスはアンナが自分を好きになっているとは気づかずに、自分に興味を持ってくれて、嬉しいなあ、なんてはしゃいでいたのだ。

「そろそろ、春休みだな。アンナは春休みどうするんだ? まあ、どっちにしろ、お隣さんだから別段遊びにいけるんだけどな! はははは! ……いや、待てよ。たしか、親父の仕事について行く約束してたから、春休み期間は親父につれられて全国を……。くっ! なんであの時、自暴自棄になってついていくなんて言ったんだ、俺!」

「まあ、残念ね。私も春休みにハリスに会いたかったんだけど」

「えっ……! え、え、あの、俺に? 会いたいって言った?」

「ええ、言ったわ」

「わあっ、わっ、うわあ……、まじか。へへへ、すげえ嬉しい。俺も親父の仕事めちゃくちゃ手伝ってすぐに帰ってくるから待っててくれよな! そしたら、近所、案内してくれよ。昔すぎて結構道がわかんなくなっててさ。いいか?」

「いいわよ。待ってるわね」

 そうにっこり笑うので、少しばかり赤くなった顔で「いろんなとこいこうな!」と元気にピカピカの笑顔で返事をした。

 さて、そんな会話をしてから数日後、春休みの一週間前にアンナとハリスはそれぞれの父から手紙をもらった。

 アンナは珍しいとも思わなかったが、ハリスの方は珍しいと思った。なにせ、手紙を息子に出す時は、たいていなにか学校の近くの場所に用事があるから、代わりにやれ、というものがたいていだったからだ。

 まあ、ともかく、手紙の内容はそれぞれこんな感じだった。


『アンナへ

 春休みに入る前に父は報告しなくちゃならないな、と思い(帰ってからでいいんじゃないかなと思ったんだけど、ママにお尻を叩かれて書いてるんだが、まあ、それはそれだ)君にとって嬉しい報告だ。

 あと、マシューの件での、諸々の大人の事情は大人の方で解決したので気にしなくて大丈夫です。パパはなんだかんだでできる男です。要は、普通になんの問題もなく婚約破棄に至りまして、向こうもそれなら、まあいっか、ということで、大団円で終わりました。マシューにも報告してあげなさいね。そんで、適当に仲直りしときなさい。繋がりは大事ですからね。

 と、まあ、そちらの件が本題じゃありません。実はですね、ハリスくんとの婚約が決まりました。

 ハリスくん、小さい頃しか知らないけど、あの頃から誠実そうだしね、いいんじゃないかなって思うよ、お父さん。お嫁に行っても、家の近くだしね、嬉しいよ、パパは。

 そんなわけで、大いに青春しなさい。ガンバ!

 世界で一番かっこいいパパより』


『ハリスへ

 ラッキーボーイ、お前の恋煩いがさらに重くなるか、快方に向かうかわからないが、アンナさんとお前の婚約が決まりました。春に挨拶に行くぞ。

 以上。

 P.S. 春休みに仕事に連れまわすのはキャンセルできないので悪しからず。荷物もて

 父より』


それぞれ手紙を受け取った二人は喜んだり、喜んだり、どうしようかとオロオロしたり、春休みまでの日数を数えたり、これからどういう顔で合えばいいのか、そもそも、今すぐ会いに行った方がいいのか、とそれぞれ似たような反応をしめした。

 ハリスの方は、赤い顔のまま、アンナに気持ちを聞きに行った方がいいんじゃないか。だって、こんな数ヶ月で俺とだなんて、いや、嬉しいが! 嬉しいんだが! 整理がつかないんじゃないか、困ってるかもしれない、それは俺の望むことじゃないぞ。ううん、もしも、あれこれで延期だ、なしで、とか言われたらめちゃくちゃにショックだが、それよりもアンナの気持ちだ! よし、男らしく聞きに行くぞ! 俺は今すぐアンナの気持ちを確かめる! と自室から飛び出して、アンナの部屋まで駆け出した。

 寮は向かい合わせなものだから、ものの数分でつく。

 玄関先あたりにいたアンナの友人たちは、真っ赤な顔で勇ましく入って来たハリスに驚きつつも、これはもしかして、なんて顔を見合わせ、こっそりとついて行った。

 さて、それに気がつかずに部屋の前でノックを少し乱暴にし、ぐしゃぐしゃになってしまった手紙を見せ「あ、あ、あのさ! これ! これ、あの……!」と汗をかきながら言うのを、ついて来た友人たちに、シッシッとやって、手を引っ張って、中に入らせた。

 ハリスは緊張だとか、いろいろな感情から扉の前でぴっしりと固まって、アンナをじっと見つめていた。

「そんな怖い顔してないで、こちらにいらっしゃいよ」とソファーを叩けば、ギシギシと言いそうなほど、ぎこちない動作でソファーに座った。

 すうはあ何回か深呼吸をして「これ」と手紙を机の上に出して「今日、届いたんだけど、アンナと婚約することになったって書いてあってさ。一つ確認したいことがある」と言った。

 頷いたのを見て、

「俺はもちろんずっと願ってたことだから、ものすごくありがたくて嬉しくて、まったくもって断る気もない。だけど、アンナの方はどうだ? 色々とあっただろ? だから、もし、気持ちの整理がついてなかったり、まだ、婚約なんていうのはしたくないっていうのなら、俺は待つ気だし、解消して欲しいなら、解消した上で待つ。

 俺は、アンナの望まないことはしたくない、少しでも嫌だと思うことはしたくない。急な話だし、俺の親父は堅い人間だが、そういうことはわかってくれる人だ。アンナが、落ち着いてからで構わないんだ。もしも、友人同士の関係性でいたいなら、正直、めちゃくちゃショックだし、嫌だけど、諦める気もないが……。いや、ともかく、アンナがどう思っているかって話だ。

 俺は一向に構わないが、アンナはどうなんだ? アンナは、俺でいいのか? 俺と婚約していいのか?」

 じっと見つめる目は真剣でとても誠実だった。

 アンナはふわっと笑い、ハリスは目をパチクリとさせた。

「私、あなたのそういうところが好きよ」

「え」

「そうやって、人の気持ちを考えてくれて独りよがりにならないところ。待つだなんて、とっても素敵な言葉、私、嬉しいわ。ねえ、ハリス。私、あなたが好きになっちゃったみたい」

「え、え、え? ほ、本当にぃ?」

「本当よ。あなたったら、とんでもなくお堅くて誠実なんだもの。口説くとかいいながら、実際はずうっと私を気遣ってくれて、優しくしてくれてたんですもの。私、弱いのよ、誠実でお堅い人に」

「あ、え……、あ、そ、そう」

 ハリスは真っ赤な顔で下を見つめて「夢か? 俺、今、夢でも見てるんじゃないか?」とボソボソ言うので、アンナはほっぺたをつねって正面を向かせた。

「いたい?」

「わかんない」

 そう言われたので、ほっぺたをひっぱたいて「いたい?」と再度聞けば、みるみるうちに驚いた顔をして、ほほをさすりさすり「ああ……」と情けない声を出した。

「痛い! 痛いぞ! え、夢じゃ、ない……。夢じゃない! やったあ!!」とアンナの両手をとって立ち上がり、万歳したり、踊ったり跳ねたりとして大喜びをした。そりゃあ、もう婚約破棄の場面でお姫様抱っこで振り回した時以上に大喜びしていた。

「やった、やったぞ! 俺、俺、アンナの婚約者だあ! ばんざあああい! 今なら歌って踊って、街に繰り出せるぞ。ミュージカルだってできちまうくらいの素敵な陽気だ! なんて、今日は素敵な日なんだ、アンナが俺を好きだって言うし、婚約者になれちゃうし、お日様があんなに輝いて、ベランダの花が咲き誇っている。今日は、なんていい日なんだろう! 抱きしめてもいい?」

「もちろんよ」

「うわあ、なんてこった! 俺、アンナをはばかりなく抱きしめられるんだぞ! なんてこった! おいおい、そこのお花ちゃん、見ろよ! 俺ったら、抱きしめられる上にこんなに振り回したって、誰にも怒られないんだぞ! なんたって、婚約者だからな! ははははは! アーッハッハッハッハッハ!」

「ふふ、ははははは! やだ、振り回しすぎよ」

「そんなことないぜ! ああ、なんてこった。本当になんてこっただよ、アンナ! 俺、俺、本当にあんたの婚約者に! 俺、ああ、すげえ、まじかよ。はははは……! 幸せすぎるぜ、幸せすぎる!」

 と振り回すのをやめて、泣きそうな顔をしているのを見られまいと、きつく抱きしめて「アンナ、アンナ、ありがとう。俺がこうして今めちゃくちゃ幸せなのは、アンナのおかげだよ。嬉しくって涙が出るよ」と言った。

「こっちがありがとうって言わなきゃいけないのに。ハリスがこうしていてくれなきゃ、私、きっと惨めで、本当に最悪な日々を過ごしてたと思うわ、きっと死にたくなるくらいよ。奇跡だと思うわ、ええ、本当にそう思う。ハリスという奇跡に会えて、私は幸せだわ、ありがとう」

「ん……」と泣きそうになっているところに、ドアからガタンという音。

 びっくりして、二人はドアの方を見た。狭い隙間から、アンナの友人、ハリスの友人がじっとこちらを見ていた。

「やべ」

「やべ、じゃないわ。逃げろ、今すぐよ!」

「ガッテン。皆の衆撤退じゃ、逃げろ、逃げろぉ〜!!」

 とガタガタと逃げようとするのを、ハリスがすぐさま捕まえ、青筋の浮かんだ笑顔で「おいおい、祝福しに来てくれたんだろ?」とアンナの部屋に放り込んだ。

 アンナの方は、なんだか楽しそうにその様子を見て「どうせだから、パーティーしちゃいましょ」と言うと部屋を真っ先に出て「寮母さんにお願いしてくるわねえ!」とたったかいってしまい、二人きりをもう少し満喫したかったハリスは拳を握って「お、お、お前らあ!」と怒りながら泣いた。

 なんとなく、友人らは悪いことしたなあ、と思いながらも、どうせだから祝福したれと肩を組んで「よかったな!」「おめでとう!」「幸せになれよ!」なんて言った。

 なんだかんだで素直なハリスは「うん、ありがとう……」と青筋を立てながらも返事をした。

 寮母さんに了承を得て、友人らと一緒に就寝時間までパーティーをし、次の日、ハリスは嬉しさやらなんやらで知恵熱を出して、アンナに看病してもらったと言う。

「これが怪我の功名……」とほろりと涙を流しながら手厚い看護を受けた。


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