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第43話 ジュリと新たな出会い 5

今日で最後になります。

今までお読みいただき、ありがとうございました。



 アルバートはジョーを信頼している。

 彼は非常に優秀な魔道具師であり、父の期待を裏切ったことがない。港に設置された魔道具のおかげで、リディルの街は安全を保てている。

 それ以外にも領主や貴族の屋敷には彼の手掛けた魔道具が多くある。

 それゆえに父を始め、多くの貴族はジョーを信頼し、頼りにもしていたのだ。

 

「最近はどうだ?」

「私ももうこの歳です。後継者の育成に力を入れておりまして……私亡き後もこのリディルの港の守りは続いていくことでしょう」

「それは頼もしいことだ。リディルは貿易の要としてもご評価頂いている。私の代になってもそれが変わらぬと王にもご報告出来るよ」

 

 ジョーからの言葉にアルバートは少々安堵する。

 港に置かれた魔道具は不審な船を見つけるのに特化しているとジョーは言う。

 彼の言葉通り、麻薬などの密輸、武装した密航者、そういった事案を魔道具で発見できるのだ。


「それで、今日はどんな用だ」


 安堵したアルバートの問いかけに、ジョーは微笑む。

 ジュリ達に見せる穏やかな笑みを思い起こすものだが、似て非なるものである。


「今日お伺いいたしましたのはハーフエルフの少女のことでございます」

「……保護者候補にお前まで立候補するのか? ジョー」

「いえ、私以上にふさわしい人物がおります。同じハーフエルフの少女、ジュリです」


 ジョーの言葉にアルバートの片方の眉がぴくりと上がる。

 街で集まる署名、毎日屋敷に訪ねてくるというハーフエルフの少女の情報はアルバートの元にも届いている。


「そうか? 多くの財を持つ者や地位のある者、そんな中から彼女が選ばれるとは思えないのだが」

「それをお決めになるのは領主さまご自身でしょう。このリディルの街の港で保護したのですから決定権もあなた様にある」

「そう、だから選ばれないだろう?」


 不敵な笑みを浮かべるアルバートをジョーは表情を崩すことなく見つめる。

 まだ若いアルバートは、父亡き後、地盤を固めようと必死だ。一方で他の街の領主、貴族とも渡り歩かねばならないのだ。

 ジョーにも足元をすくわれかねないと警戒しているのだろう。

 

「アルバート様はあの子のことをよくご存じではないのですね。いや、正確には私とあの子の関係性ですかな」

「……どういう意味だ」


 ジョーはアルバートに微笑むが、その瞳は笑ってはいない。

 こちらを鋭く見つめる瞳にアルバートはひるむ。


「私の財産の半分はあの子に引き継がれます。あの森の一部の所有権はそもそもジュリのものですし、魔道具の製法の権利もある程度はあの子に残すよう動いております。もちろん、港を守っている魔道具もです」


 アルバートはジョーの言葉に動揺する。

 港の魔道具はもちろん、アルバートの屋敷、他の街の領主や貴族に譲った魔道具も、ジョーが定期的に修理・点検を行っている。

 それはジョーの後継者も引き継いでいくはずだ。

 貿易、魔道具によってダルトリー家は名を挙げた。それはジョーという男がいたからに他ならない。

 その財産や権利を血の繋がらないハーフエルフの少女にジョーは残すと言うのだ。


「アルバート様におかれても、ジュリという少女を保護者にお選びになることで、領民からの反発を避け、信頼へと変えられる。そして将来、街の有力者の一人となるジュリとの良好な関係を構築できます」

 

 ジョーの言う通り、領民の支持はまだ若いアルバートにはない。他の街の貴族や領主ともまた、ジョーの魔道具で関係性を繋いでいかねばならぬ最中だ。

 いや、それだけではない。王都にもジョーの魔道具をアルバートは贈ったばかりだ。こちらは整備や補修が不要だとジョーは言っていたが、今後も魔道具を贈ってほしいとの文が届いた。

 聖女が気に入ったようだというその言葉に、アルバートは安堵していたのだが。


「なぜ、そこまで肩入れする? お前に何の益があるんだ?」

 

 つい感情的になるアルバートに、変わらず笑みを湛えながらジョーは答える。


「愛した人の忘れ形見ですから。この老体に出来ることでしたら、なんでも致しましょう」


 それはジョーの覚悟でもある。

 深々と頭を下げるジョー、彼の魔道具にいつの間にかリディルの街は支えられていた。彼の魔道具はこのリディルの街の要、アルバートの強みであり、弱点なのだ。

 まだ若い領主アルバートはジョーの言葉を受け入れるしかなかった。



*****


 

「私はジュリ、今日からあなたと共に暮らすことになったんだ」

「…………」


 ジュリを見た少女は、紫の瞳でじっと彼女を見つめる。

 皆の署名活動と同じハーフエルフであるジュリの行動に心を打たれた領主は寛大な判断を下した。

 ジュリと民の要望通り、ハーフエルフの少女の処遇をジュリに託したのだ。

 リディルの街はその話で持ちきりであり、まだ若い領主への評価も上々である。

 そして今、ジュリとエレナは少女を家に招いた。


「彼女はエレナだ。掃除や髪型を結うのが上手で、きっとその長い髪も可愛らしく結わえてくれるはずだ」

「あたしはエレナ。あと、力持ちだから何かあったら言ってね!」

「…………」


 話しかけても反応を示すことのない少女だが、ジュリもエレナも焦る気はない。

 二人の家は安全であり、衣食住にも心配はない。

 これから長く続く縁なのだ。少しずつ、ゆっくりと関係を築いていけばいい。


「いろんな魔道具もあるぞ。ジョーさんが作ってくれたんだ」

「おぅ、俺が作ったからな。なんも心配もいらねぇ。俺に何かあった場合はテッドが引き継いでくれるからな」

「縁起でもねぇこというなよ、ジョーじいちゃん。もっと教えて貰いたいことはたくさあるんだから!」

「当たり前だ。まだまだお前は半人前なんだからな」


 そう言うジョーだが、何が起こってもいいように財産の半分はジュリに、残り半分をテッドに残すよう動いている。

 エレナにないのはジュリと共に今後も暮らしていくことを考慮してだ。

 ジョーの目の前の三人はまだそれを知らない。


「もしよかったらスープを飲まないか? 魔女が教えてくれたスープなんだ。あ、魔女というのは私の……まぁ、いい。今、用意するよ」

「ジュリは料理が上手なんだ! エレナは……うん、力持ちだな!」

「いいの! いつも料理の準備は手伝ってるもん!」


 少女が来たというのに三人はいつもと変わらない。

 スープを温め始めたジュリに、エレナはカトラリーを用意し、テッドは少女に座るように促す。それぞれに出来ることをし合う関係性にジョーは微笑んだ。

 まだまだ表情のない少女だが、この様子だと心配する必要はないだろう。

 スープを運んできたジュリをエレナが手伝う。

 ジョーもテッドも席に着き、食事が始まる。


「……どうだ? 口に合うだろうか?」


 少女にはカップにスープを入れてある。彼女が飲みやすいようにジュリが配慮したのだ。カップに口を付けた少女の目が大きく開く。すぐにまたスープを口に運ぶその姿にジュリとエレナは視線を交わして、微笑み頷く。

 言葉を発しない少女だが、その反応だけで味を気に入ってくれたことがわかるのだ。


「なぁ、実は考えていたことがあるんだが……」


 ジュリの言葉にエレナもテッドも視線を向ける。

 

「この子の名前についてなんだ」

 

 その言葉に皆、ハッとする。

 ここで暮らしていくのならば、当然名前は必要だ。


「そうだよね! ……名前ってあるのかな?」

「……ハーフエルフの子は名をつけられず、親元を離れるんだと思うぞ」


 ジョーの推測ではそれが魔力がない理由である。

 ジュリがこの家に来た日、ジョーが見た光景からもそれは明らかなのだ。

 

「――それでだな、よければ私が名前をつけてもいいだろうか?」


 少し遠慮がちに言うジュリだが、エレナはすぐに賛同する。


「うん! もちろんだよ。もしかしてもう考えてる? どんな名前?」


 目を輝かすエレナに、ジュリは照れくさそうに微笑む。

 スープに夢中の少女、その向かいに座るジュリは彼女をじっと見る。


「私が知る素晴らしい女性の名前なんだ――あかり、あかりはどうだろう」


 その瞬間、少女の瞳は大きく開く。

 

「おい! 今のを見たか? テッド」

「なに? じいちゃん、急に大きな声出してさ」

「だー! まだまだ修行が足りねぇな!」


 幼い少女の名が決まった瞬間、彼女から光が発したのをジョーは感じたのだ。

 それはジュリに魔女が名を付けた瞬間ほどではないが、たしかにジョーは魔力が宿るのを見たのだ。

 少女の名はあかり――魔女と呼ばれた女性と同じ名だ。

 ジュリとエレナはジョーを不思議そうに見つめている。


「まだまだ、生きなきゃならねぇ事情が出来ちまったな」


 先程の光は希望である。

 だが、大人であるジョーの力を必要とする場面もこれから多くあるはずだ。

 マリーやアレックスも力にはなるだろうが、ジョーは自身の手で彼らを守りたいのだ。

 

「あぁ、あかり。スープが口元についてるぞ」


 そう言ってハンカチで口元を拭うジュリの姿は、昔、ジョーの最愛の人が見せたものと重なる。

 居場所のないジュリを魔女が受け入れたように、ジュリもまた居場所がないあかりを受け入れようとしている。

 もうすぐ春が来る。

 厳しく冷たい時期を乗り越えた人々に訪れる芽生えの時期なのだ。

 ジュリ、エレナ、テッド、そしてあかり。彼らを守るために、その未来を少しでも自身の目で見たいと思うジョーであった。

 


*****



「ジュリ、エレナ、早く!」


 出かける準備万端、張り切る少女にエレナは困ったように声をかける。


「待ってよ、あかり」

「アンバー、メイジー、あかり待ってる!」


 そう言うとあかりはエレナを見て、手を引く。

 長い髪はエレナが編み込んで、結い上げた。服装もバッグも持って完璧だとばかりにあかりは主張するのだが、エレナとしてはまだ一つしていないことがある。


「ん? なに、そのネックレス。そんなのあかり持ってたっけ?」


 今日の服装はエレナが決めた。あかりに似合って可愛らしいのだが、胸元のネックレスに見覚えはない。


「じょーじいちゃん、くれた! これ、あかり守る!」

「もう! ジョーじいちゃんったらあかりに甘いんだからー!」

「これであかりを守る魔道具は何個目でしょうね……」


 シリウスも呆れたように言う通り、あかりを守るためだとジョーはよく魔道具を持ってくる。森を守る魔道具もさらに強化したと張り切っているのだ。

 まだまだ自分には全て任せられないと言われると、前にエレナはテッドに聞いた。テッドはそう言いつつも嬉しそうでもあった。


「あかり、エレナ、スープが出来たぞ」

「スープ! あかり、ジュリのスープ食べる!」


 ついさっきまで出かけるつもり満々だったあかりはテーブルへと急ぐ。

 

「エレナ、このあいだ失敗した!」

「う! ジュリには秘密って言ったじゃない!」

「私も黙っておりましたのに……」


 あかりの足元に座ったシリウスがぽつりと呟く。

 どうやら皆でジュリには隠していたらしい。

 相変わらずのエレナの料理の腕に少々笑いながら、ジュリが言う。


「それぞれが得意なことをして助け合えばいいだろう?」

「ジュリー! そうだよね! 力仕事ならなんでもするからね!」

「わかったわかった。スープが冷めるぞ」


 全員が食卓につくと食事が始まる。


「あかり、遅くならないようにね」


 ジュリの作ったスープを美味しそうに飲みながら、あかりは頷く。


「大丈夫。ここ、あかりのおうち。帰ってくる」


 当然だというようにあかりが口にした言葉にジュリもエレナも微笑む。

 そう、ここはあかりの家であり、居場所なのだ。

 そして、ジュリとエレナ、シリウスにとってもだ。


「あ、ジュリ。今日は相談者の人が来る日だね」

「あぁ、どんな相談だろうな」


 ジュリとエレナの相談所は今も続く。

 どんな小さな悩みにでも耳を傾けてくれると好評だ。

 そして刺繍を刺したお守りも、もちろん今でも渡している。

 小さな付与は道に迷う相談者の足元を照らしてくれるだろう。

 

 今日もまた、誰かがここに訪れる。

 胸に抱えきれない不安や迷いを抱いて、この家に足を踏み入れるだろう。

 だが、安心してほしい。

 どんな小さな事柄でも彼女達は寄り添ってくれるのだ。

 

 ジュリとエレナの相談所は悩めるあなたの話を聞き、小さな付与であなたの未来を守ってくれる。


 

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