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第39話 ジュリと新たな出会い

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

あと数話で最終話です。



 リビングには食欲をそそる香りが漂う。

 ジュリが野菜のスープを温めて、ふんわりとしたオムレツを焼き上げた。

 どちらも昔、魔女に教わった料理であり、特にスープは何度も作ったことがある。

 不器用な魔女が切る野菜は不揃いで、ジュリの方が細かく、丁寧に切ることが出来た。その様子を見て魔女は、不揃いの野菜もまた味の個性だと強がったものだ。

 遠い日を思い起こし、ジュリは口元を緩める。


「うわぁ! いい香り!」

「朝食の準備はもう済んでいるぞ」

「ありがとう! ジュリ」


 嬉しそうに駆け寄ってきたエレナは髪に寝ぐせが残る。

 起きてそのまま、香りに誘われ、リビングに駆け下りてきたのだろう。

 

「喜ぶのはいいが、身支度を整えるといい。料理は逃げないぞ」

「はい! 今すぐ行ってきます!」


 慌てた様子でパタパタと洗面所に向かうエレナは、ジュリの料理を手放しで褒めてくれる。

 食事は日々の生活に必要なものだ。一人で暮らしていた頃はただ、空腹を満たすために料理をしていた。魔女に習ったスープも、手軽で畑や山で採れる食材で作れるので重宝していたのだ。

 だが、今はエレナに喜んで貰うため、共に食事をするためにキッチンに立つ。

 調理をしているのは同じなのだが、思いやかける手間、そういったものがまるで異なるのだ。

 魔女があのとき、ジュリに誰かと過ごす未来を願った意味が、今のジュリにはよくわかる。

 一人で暮らしていた頃が不幸だとは思わない。しかし、今の日々がジュリに多くのものを与えてくれたのも事実なのだ。

 バタバタとこちらに駆けてくる足音が聞こえる。エレナであろう。

 楽しみにしているのがその行動で伝わってくる。

 ジュリは笑いながら、スープを皿に盛るのだった。



*****

 

 

 ジョーの家に来たジュリはエレナの話に耳を傾ける。

 ジョーとジュリ、二人にきちんとこの間の依頼者アビゲイルの話をしたいとエレナは考えていたようだ。

 どう話していいか迷いつつ、エレナが話す姿にジュリは彼女の思いやりを感じる。

 ジュリにとっては過去のことであり、今の日常に満足している。

 それでも、傷付かないかと案ずるエレナの優しさはジュリにとっては嬉しいものだ。


「ひろせあかり――やはり、不思議な響きの名だなぁ」

「では、魔女からの手紙に書かれていた文字もそう読むのだろうな。まったく、魔女も教えてくれれば良いものを……。私は昔、魔女というのが名前だと思っていたんだぞ?」

「過去と決別するために、名を捨てたのだろうな。そのため、自分からは名を語ることがなかったんだ」


 すっかり回復したジュリの体調にジョーは安堵しつつ、自分の考えを口にする。

 ジョー自身も初めて魔女と出会った日以来、最期の日まで名を教えて貰うことは叶わなかったのだ。


「だが、魔女でもひろせあかりでも私にとってその存在は変わらない。あの人のおかげで私の今があるんだ」


 魔女自身はジュリに名を与えた。その瞬間をジョーは今でも鮮明に覚えている。

 あのときの光、あれはジュリの魔力が目覚める瞬間であったのではとジョーは考えているのだ。

 

「だが、名付けには意味がある。お前さんは狼にシリウスと名を付けたろう? 同じように魔女がお前さんに魔法をかけた瞬間、光が宿ったんだ。あれはハーフエルフが魔力を持たないと言うのは、多くの者が名をつけられなかったことに起因しているんだろうな……」


 ジュリには付与の力がある。それは長らく、彼女の中で眠っていたものだ。

 その魔力自体、名付けがなければ宿ることなかったのではないかとジョーは推測している。


「私の今の日々は、魔女のおかげであるんだな。一人で生きていけるように多くのことを魔女に教わった。ジュリと皆が呼ぶ、この名前もだ」


 受け止めて認める――その言葉通り、魔女はジュリに多くを教え、残してくれた。

 ジュリが一人で生きていけるように育ててくれた魔女、共に過ごした日々には確かな愛情があったと今になり、ジュリは気付く。

 魔女がいなくなった歳月、ジュリは孤独を知った。

 それは魔女がどれだけジュリの日々を彩っていたかの裏返しでもあるのだ。


「あたしが今、ジュリと相談所を開けるのも、一緒に暮らせてるのも魔女さんのおかげだね」

「魔女さん……っていうのはどうなんだ?」


 エレナの言葉に笑うジュリだが、彼女の言う通り、魔女のおかげで今の日々はある。

 エレナと出会い、ジョーとテッドとも知り合い、相談所を開いた。

 そこには付与の力の目覚めもある。相談所では様々な人の悩みに寄り添い、人の思いを知れた。

 もう会えない魔女――そんな彼女にジュリの今は支えられている。

 豊かな黒髪に優しい眼差しの黒い瞳を思い出し、胸が詰まるジュリであった。



 部屋に不似合いな可愛らしいカップにジョーはお茶を注ぐ。

 ジュリとエレナお揃いのカップに、二人は視線を交わし、微笑む。


「今日はテッドはどうしたんだ?」

「本当だ。テッドがいないのはめずらしいね。おつかいに行ったの?」


 二人の問いかけにジョーが頷く。

 

「魔道具の注文が入っていてな。届けに行ったんだが、あいつどのあたりをほっつき歩いてるんだか……」


 そのとき、ドアをばんと開く音がして、皆の視線がそちらへと向かう。

 テッドである。慌てて走ってきたのだろうか。はぁはぁと息を荒げて苦しそうな様子だ。


「おい、どうしたテッド。たしかに遅くはなったが、そんなに慌てて戻ってくる必要はねぇだろう。ほら、お茶でも飲むか?」

 

 帰りが遅いことに不満を漏らしていたジョーも、テッドの様子を心配したのだろう。声をかけ、落ち着くように促す。

 

「いや、じいちゃん。大変なんだよ! 早く教えなきゃって思ってさ……あ、エレナ達も来てるんだな」

 

 テッドはジュリとエレナが来ていることに気付き、目を逸らす。

 そのめずらしい反応に二人は首を傾げる。

 自分達がいては何か困るような内容をテッドはジョーに話したいのだろうか。

 ジョーもテッドのその仕草から察したのだろう。ジュリとエレナに視線を移し、再びテッドへと視線を戻す。


「二人がいると話しにくいなら、場所を移すか?」

「いや、なんていうか……そういうわけじゃないんだけど。でも、気になるかもしれないし……。あぁ、でもそのうち街中に広がっちまうかも……」

「じゃあ、話しても問題ないだろう。二人ともいいか?」


 なんと話せばいいか、迷うテッドに、ジョーは話すよう促す。

 ジュリとエレナも、特に問題はないと頷いたのを確認し、テッドは言葉を選びつつ話し出す。


「あの……用事を終えた帰りに港に寄ったんだ。そしたら、皆が集まって騒いでてさ。ボロボロの船が見つかったらしいんだ。密航に失敗したんじゃないかって皆は話してる」

「密航? そりゃ、大変だな。だが、それが俺達にどう関係するんだ?」


 密航は問題ではあるが、テッドが慌てて走って帰ってくる理由がそれとはジョーには思えない。また、それを話すためにジュリやエレナを気にかけて、言い淀むのもおかしなことだ。

 ジュリとエレナもテッドをじっと見つめ、その答えを待つ。

 困ったように視線を下に落とし、テッドが口を開く。


「……船の中でハーフエルフの女の子が見つかったんだ」

「!! それは本当か……!」


 テッドの言葉に皆が息を呑む。

 ジョーの問いかけにこくりとテッドは頷いて、言いづらそうに話を続けた。


「今、港の連中が保護しているみたいなんだけど、何も話さないみたいなんだ。で、俺の姿を見た港の管理人が、ジョーさんなら魔道具が作れるんじゃないかって相談されて……」

「それで一大事だと走ってきたわけか……」


 慌てて戻ってきたものの、ハーフエルフのジュリがいることに気付き、テッドは今伝えてよいのかと躊躇したのだろう。

 気を遣った思いを汲んだジョーは、テッドの頭を軽く撫でる。

 眉を下げて、困ったような表情を浮かべていたテッドはジョーを見上げる。


「疲れただろう? 茶でも飲んで少し座れ」

「……うん」


 テッドを気にかけたジョーは、次にジュリへと視線を向ける。

 ジュリはというと驚きで目を見開き、一点を見つめている。

 自分と同じハーフエルフの少女がリディルの街にいる――その衝撃は大きかったようだ。隣に座るエレナが心配そうにジュリに寄り添う。


 リディルの港に辿り着いた密航船、それに乗っていたというハーフエルフの少女――それがジュリの日々にも大きな影響を与えようとしていた。

 



 

最後まで皆さんに読んで頂けるよう

書き進めていきますね。

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