第37話 魔女とエルフ 2
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「アビゲイルさん!」
「君はこのあいだの……」
リディルの街を歩くその姿にエレナは声をかける。
布で体を覆ってはいるが、すらりとしたその姿は目を引く。
海沿いの屋台にはお土産代わりの様々な小物が並んでいる。アビゲイルが手にしていたのも可愛らしい人形である。
「お土産……ですか?」
「いや、幼い頃にあの子がこれに似た人形を持っていてな。懐かしくなったんだ」
「街の散策をしてたんですね。どうですか? リディルの街は」
「そうだな……」
潮風が香るリディルの港は人が多く、活気もある。
アビゲイルもこの港に泊まる船でこの街にやってきたのだ。
歩いてみてわかったのは、賑やかなこの街には様々な人種、文化を持つ人々が住んでいる。貿易が活発で他国からの往来も多いため、アビゲイルの服装にも皆、過度な反応を示さない。
アビゲイルの生まれた土地とは全く異なる風通しの良い場所だ。
「良い街だと思うよ。多種多様な文化を持つ人々が生活し、輸入品と共にまたここに新たな文化を持ち込む。おそらく、寛容なんだろうな。子どもの成長にもいいはずだ」
そう言ってこちらを見つめるアビゲイル、布に覆われていない青い瞳は優しい。
長い睫毛に覆われたその瞳をじっと見つめ返したエレナはハッとする。
形の良いその瞳がエレナの良く知る人物に似ていることに気付いたのだ。
しかし、そんなはずはない――頭に浮かんだ考えをエレナはすぐに否定する。
彼女達は里を離れることを良しとしない。船に乗って他国へ訪れることなど考えられないことなのだ。
そう思ったエレナはジョーとアビゲイルの会話を思い起こす。
「他の種族を知りたいとベティールの王都へと向かった。周囲は止め、強い非難も受けた。しかし、世界を知りたい。そんな思いは消えることはなかったんだ」
「ベティールの王都っていやぁ、聖女が有名だな」
「……そうらしいな。しかし、私にはかかわりのないことだ」
他の種族を知りたいと思ったのは誰だろう。あの子であろうか、アビゲイルだろうか? いずれにせよ、それを周囲が良く思わないほど排他的な人々。
やはり、エレナの中にアビゲイルはエルフであり、ジュリの母なのではないだろうかという思いは消えないのだった。
*****
家に戻ったエレナは先程のアビゲイルとの会話を思い出す。
彼女が会いたくとも会えない、会う資格がないという人物、それはジュリなのではないか。そんな考えが浮かんだエレナは心配そうにジュリを見る。
「どんなお守りがいいだろうな。持ち運べるものでずっと持っていられるものがいいだろう。付与は……ジュリ? 聞いているのか?」
「え、あぁ、うん!」
つい考え込んでしまっていたエレナに気付いたのだろう。
ジュリが心配そうにエレナの顔を覗き込む。
慌てて微笑んだエレナにもう一度、ジュリは説明をする。
「付与はどんなものがいいと思う? 実際に彼女に会ったジュリの方が必要なものがわかると思うんだ」
「そ、そうだね……」
もしも、アビゲイルの言うあの子がジュリならば、付与はどんなものがいいのだろう。
一瞬、そう考えたエレナだが、慌ててその考えを打ち消す。
必要なのはジュリのための付与ではない。依頼者であるアビゲイルのためになるものでなければならないのだ。
一方で、もしもアビゲイルがジュリの母であれば、この森に置いていった張本人ということも気がかりである。
「ジュリはさ、エルフの人達のことをどう思っているの?」
ハーフエルフとして生まれたジュリ、そんな彼女からエレナは魔女の話しか聞いたことがない。踏み込んだ質問であり、エレナ自身も聞きづらかったのだが、ジュリの返答は簡潔なものだ。
「別に、どうも思っていないな」
「……え? 気にしていないっていうこと?」
「うーむ。気にしていないというか関心がないな。物心ついた頃には私には魔女がいた。その暮らしが私の全てだったんだ。会ったことのない人々について考える必要はないだろう?」
エレナは目を瞬かせるが、ジュリはなぜそんなことを尋ねるのかと不思議そうな表情を浮かべる。エレナとしてはかなり思い切って口にしたのだが、どうやら本当にジュリは関心を持っていないらしい。
「それよりもだな、考えねばならんのは依頼者の付与だ。それに何に付与をするかもだな」
ジュリは真剣にアビゲイルのための付与を考えている。
エレナもまた真剣にアビゲイルのための付与を考え始める。
旅が多いのであれば、移動も多く、持ち物も多くなる。ついうっかり失くしてしまうことのない物に付与を施した方がいいだろう。
「じゃあ、ネックレスはどうかな?」
「ネックレス? 金属だぞ」
「うん。刺繍を刺した生地をブローチにして、チェーンを通すの。そうしたら、刺繍のネックレスになるでしょう?」
「なるほど。それなら落とすこともないな。良いアイディアだ!」
ジュリの言葉にエレナも嬉しそうに微笑む。
アビゲイルの過去に何があるのか、ジュリと接点があるのかもわからない。
だが、彼女は依頼者であり、ここはジュリとエレナのお悩み相談所なのだ。
「付与はアビゲイルさんの後悔や不安が少しでも晴れる。そんな付与はどうかな」
アビゲイルが何を後悔しているのかを知らぬエレナだが、今もその不安を抱えて苦しんでいることだけは言葉の端々から伝わってきた。
悲しみや反省を心から全て取り除く必要はない。そう思うこと自体が心の自然な動きである。
だが、それがあまりに心を占めると、他のことに思いを寄せることが出来なくなる。ジュリとエレナの相談所に足を運ぶ多くの人々もまた、悩みや悲しみを抱えきれなくなっていた。
「それはいいな! 刺繍のデザインは魔女の残したものも探してみよう。きっと良い物が出来るぞ」
そう言って笑うジュリの瞳はやはりどこかアビゲイルに似ていて、どきりとするエレナであった。
「そうか、やはりあの御方は亡くなっているのか……」
アビゲイルの言葉にジョーは軽く肩を竦める。
「人の命は短いからな。あんたはいいのか? あの子に会わなくて」
「……言ったろう? 私にはその資格はないと」
「――そうか」
それ以上、会うことをジョーが薦めることはない。
「あんなに小さな命を、私は、私の一族は見放したんだ」
「だが、あんたは実際には捨てなかった。魔女に託したんだ――違うか?」
「――しかし、無責任であることには変わりない」
「頑固だな、あんたは」
呆れが混じったため息を溢したジョーだが、アビゲイルの思いもわかる。
里に置いておくことも出来ず、魔女を頼ったことでジュリの命は救われた。
アビゲイルに探りを入れてわかったのは、彼女が森にジュリを置き去りにしていたのではないということだ。
しかし、彼女にとっては同じことなのだろう。ジョーはそれ以上の過去の話をするべきではないと考えた。
代わりに口にしたのは名のことである。
「あの子の名はな、ジュリって言うんだ。ジュリっていう名前はな、『受け止めて、認める』魔女がそう言って名付けたんだ? どうだ、なかなかいい名だろう?」
「受け止めて、認める……」
小さく呟いたアビゲイルは青い瞳を潤ませ、目頭を押さえる。
「そうか……やはりあの御方は魔女などではない。女神に等しい清らかな御方だ」
女神というには随分、無理難題を言う魔女であったとジョーは思う。
そこでジョーはふと気付く。ジョーは魔女の名を知らない。
初めて出会ったときから、彼女は魔女と名乗っていたのだ。
「なぁ、あんたあいつの名を知っているのか?」
「ひろせあかり様というそうだ。不思議な響きだろう?」
「ひろせあかり――そうだな、変わっている。だが、魔女という呼び名よりはずっといい」
初めて知った魔女の名を噛み締めるようにジョーは口にする。
魔女が他界して長い月日が経った。
アビゲイルの話で、ジョーは魔女ひろせあかりが異世界召喚に巻き込まれたと知る。自身の元に現れた攻撃魔法を扱える魔女――しかし、彼女は複雑な事情を持つ一人の女性であったのだ。
ひろせあかり――奇妙な響きのその名は、彼女のいきいきとした表情、声をジョーに鮮明に思い起こさせるのだった。
ジュリとエレナのお話も少しずつ終わりに近づいています。
皆さんにお楽しみ頂けるよう書き進めていきますね。
また2/8の更新以降、週1回の更新になりそうです。
どうぞよろしくお願いします。




