第36話 魔女とエルフ
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「おい、あれが噂の魔女だろ? 言い伝え通りの黒い髪と黒い瞳、不吉の象徴だな」
「共に現れた聖女様がお心を痛めてはいけないとここに置いておくらしいぞ」
「まったく慈悲深い御方だなぁ。聖女様なら俺も一目見てみたいもんだ」
この国に召喚されて二か月ほどが経つ。彼女は陰口を叩かれるのにも悲しいことに慣れてしまっていた。
黒髪黒目、聖女と呼ばれる少女と比べたら年齢も重ねている。
だからといって、容姿をどうのこうのと言う者達に卑屈になる気は彼女にはないのだ。
「まったく失礼な話ですよ! 魔女だなんて!」
全く怒らない彼女、広瀬あかりに代わり、なぜか憤っているのはメイドのケイトだ。不名誉なことに聖女ではなく、魔女の世話係となった彼女だが、すっかり魔女の味方になっていた。
「聖女様ばかり皆、称賛して! あかり様だってあり得ないほどの攻撃魔法をご披露なさったのに!」
「多分、魔女と忌み嫌われるのに拍車をかけたはずよ」
「そんな! 癒しの魔法も攻撃魔法も魔法を使えるのには違いないじゃないですか! お二人とも膨大な魔力をお持ちですし!」
攻撃魔法と膨大な魔力――それが聖女ではないにもかかわらず、あかりがこの王宮から追放されない一番の理由であろう。
異世界召喚に巻き込まれた形でこの国ベティールに来た広瀬あかり。巻き込まれたものの戻ることも出来ない被害者なのだ。
攻撃魔法が扱えること、また聖女と同郷なのでまだ利用価値があるため、置いているに過ぎないのだろう。そうあかりは考えている。
問題はこれから自分がどうするべきか、判断に迷っていることだ。
この国や近隣国の状況や情報を把握せねば、出てもすぐに王宮に戻されてしまうはずだ。
「はい。どうぞ、お入りください」
ドアを叩く音にあかりが声をかける。開いたドアから長い足が伸び、姿を現したのは金の髪が美しい一人の女性だ。
「どうしたの? 仕事が忙しいのに大丈夫?」
「時間があったのでな、どうしているかと気になってな」
彼女もまたケイト同様、この国であかりを気遣う数少ない人物である。
エルフと呼ばれる種族である彼女は優しい表情であかりを見つめる。
自身もまた他国から訪れているためか、この国の生活に不慣れなあかりの元に彼女はよく顔を出している。
そんな彼女にあかりは駆け寄り、笑顔で出迎える。
それは魔女と呼ぶにはあまりにも無防備で、釣られるように彼女もまた、笑顔を浮かべるのだった。
*****
ジョーの家に訪れた依頼者は座っていてもわかる背の高さ、凛とした佇まいで全身を布で覆い隠している。
驚くテッドにエレナがそっと耳打ちをする。
「多分、砂漠の民か、山岳の民だと思う。住んでいる国や地域によって服装とかも違うんだよ」
「そうなのか? でもさ、この人詳しい事情を教えてくれないんだろう? 大丈夫か?」
「大丈夫だよ!……多分」
今日、ジュリは体調不良のため不在である。
そのため、アビゲイルと名乗るこの依頼者との話し合いもジョーの家にした。
ジュリにはゆっくり家で過ごしてもらいたいとエレナが提案したのだ。
悩み相談をするには当然、自分のことを語ってもらう必要がある。
しかし、今回の依頼者は自分のことを多く語らない。ただ、悩みの方は深刻な様で話している様子からは強い後悔が伝わってくる。
「――あの子と別れて長い月日が経つ。なのに、私は今もその痛みが胸から離れないんだ。あの子が幸せであるように祈ってきた。だが、祈りだけでいいのかという迷いが生まれたんだ」
布に覆われた体では、性別も不明だ。
しかし、その声から女性ではないかとエレナとテッドは推測した。
ジョーはなにか思うところがあるようで、会話に口を挟むことなくエレナに任せている。
「その人には会うことは出来ないんですか?」
一瞬、彼女が逡巡したのが布越しにもわかった。
だが首を振って彼女はその問いを否定する。
「それは難しいだろう。私はあの子に許されぬことをしたのだ」
これ以上踏み込むことを許さないかのような低い声。気のせいだろうか、エレナはまるでこちらを拒絶するかのような印象を抱く。
相談しに来たものの、それは触れられたくない彼女の心の傷なのかもしれない。
「他の種族を知りたいとベティールの王都へと向かった。周囲は止め、強い非難も受けた。しかし、世界を知りたい。そんな思いは消えることはなかったんだ」
「ベティールの王都っていやぁ、聖女が有名だな」
「……そうらしいな。しかし、私にはかかわりのないことだ」
相変わらず、ジョーはただ黙ってエレナと依頼者のやり取りを眺めているだけだ。
風変わりな依頼者にエレナは戸惑い、こんなときこそ率直に何でも聞いてくれるジュリが隣にいて欲しいと思うのだった。
「そうか、依頼者と会ったのか」
「うん。山岳地帯の出身みたいでね、布で体を覆っているの」
ベッドに横たわりながら、ジュリはエレナに依頼者のことを尋ねる。
シリウスもその足元で丸くなり、二人の話を聞いている。
少々風邪を引いたジュリのため、エレナはジョーに頼み、作った料理を分けて貰った。スープを温めるだけならエレナでも問題がないのだ。
「布で体を覆っているのか。風から身を守るためだろうか……。世界は広く、様々な人がいるんだな。興味深いな」
「でも、凄く後悔もしているみたいでね。別れたその子のことを今でも心配して、苦しんでいるそうなの」
顔こそ見えなかったが、目の部分は覆われておらず、青い瞳は苦し気な思いを伝えていた。お守りは形も大きさもなんでもよいので、持ち運びやすいものがいいと彼女アビゲイルは言っていた。
「持ち歩けるものがいいというのは、それだけ不安や苦しみを彼女が抱えているという事かもしれないな……。よし、そのアビゲイルの心に寄り添うようなお守りを考えよう」
「しかし、風邪を治すことも忘れずにお願いしますね」
「シリウスの言う通りだね。ジュリは自分の体のことも大事に!」
魔女がいた頃もこのようにスープを作って貰ったり、しっかり休むように促されたものだとジュリは思う。
一人で過ごしてきた頃はなんとも思ってはいなかったが、体調を崩すと不安になり、寂しさも感じるものなのだ。
当たり前のことに、ジュリは今さらながら気が付く。
エレナと出会ったことをきっかけに、広がっていくジュリの世界。
それはジュリの気持ちにも自然に変化をもたらしていくのだった。
*****
リディルの街には宿も多くある。
その一軒に依頼者アビゲイルの姿があった。
部屋に入ったアビゲイルは施錠をしっかりと行うと、自身を覆っていた布をゆっくりと取り払う。
はらりと落ちる金の髪、青い瞳、人形のごとく整った風貌、彼女の姿を見た人々はエルフだとすぐに悟るだろう。人目を集めるその容姿を隠すため、彼女の一族は里を出る際には、布で体中を覆う。
そうすることで風貌を隠し、山岳地帯や砂漠地帯の民だと周囲に思わせることが出来るのだ。
しかし、最後に里を出たのは数十年前のこと。そして出たのはアビゲイル本人である。里の者達は他の民族とのかかわりを持つことを極端に嫌うのだ。
そして、他の民族や国と関わろうとする者もまた嫌う。
つまり、アビゲイルは里では異端な存在であった。
「あの子はこんな私をどう思うのだろうな」
掠れるような小さな呟きに答える者はいない。
知らぬ土地、知らぬ人々、その方がアビゲイルには心地が良くなったのはいつからだったであろう。
アビゲイルは深いため息を溢した。




