第34話 マリーの再会 2
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賑やかな街を歩きながら、マリーの姉シンシアにジュリとエレナはあれこれと説明をする。
美味しいと評判の屋台を巡りながら、シンシアもにこやかな表情だ。
「素敵な街で良かったわ。マリーもこの街に馴染んでいるみたいだし」
そう言うシンシアの横顔をジュリはじっと見る。
彼女の言葉も表情も嘘を言っているようには感じられない。
しかし、ジュリには疑問もあった。
「なぜ、今になって訪ねて来たんだ?」
「ジュリ、言い方が失礼でしょ?」
「ふふ、いいのよ。そうよね、そう思うのが自然なことだわ」
シンシアは長い睫毛を寂し気に臥せる。
雰囲気は異なるがその目はマリーによく似ている。
「マリーにずっと会えなかったのは私達のせいだわ。マリーに多くを求め、押し付けてしまっていたの。そのことに気付いたのはあの子に会えなくなってからよ」
「いつ、マリーがこの街にいると知ったんだ?」
「私の住む街である話を聞いたの。リディルの街の酒場ロルマリタには美声と美貌のマリーという歌姫がいるって」
「それだけで来たのか? マリーと言ったら他にもいるだろう」
ジュリの指摘にエレナも頷く。
マリーという名はめずらしいものではない。
噂の歌姫が自分の妹だという確証もなく、どうやらシンシアはリディルの街へと来たらしい。
だが、シンシアはジュリの疑問に首を振る。
「だって、愛らしくって歌が上手いマリーはうちのマリーに違いないもの! 昔からあの子は可愛いらしいのよ。髪の毛の色合いや瞳の色も聞いたら、ウチのマリーと一緒なの。これはもう絶対マリーに違いないって、仕事を休んでここに来たのよ」
「……違っていたらどうするつもりだったんだ?」
「それはえっと……リディルを観光して帰るつもりだったわ。でも、実際には本当に私のマリーだったでしょう?」
目を輝かせながら言うシンシアの無計画な一面に少々驚くジュリとエレナだが、それほどまでに妹マリーに会いたかったのだろう。
にこにこと幼い頃のマリーの話をし出すシンシアを見て、なぜマリーが姉を拒絶するのかとジュリとエレナの疑問は深まるのだった。
夜も更け、酒場ロルマリタにも客はもういない。
マリーの表情が暗いことに気付いた店主のアレックスが声をかけた。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「問題ないわ。ただ疲れただけよ」
そう言って笑いながらマリーは階段を上がっていく。その後姿を心配そうにアレックスは見送った。
自室へと戻ったマリーは鏡を見ながら、ふぅと大きなため息を溢す。
久しぶりに姉に会ったことでマリーは少なからず動揺もしていた。
「歌うことが私の全てなんだから、しっかりしなくちゃ……」
自分しかいない部屋で呟いたその言葉はマリー自身を奮い立たせるためのものだ。歌うことがマリーの仕事であり、今までの人生を支えてきたのだ。
「あんたはマリー、歌わなきゃいけないのよ」
鏡の中の自分自身に言い聞かせるように、マリーは呟くのだった。
*****
その日、ジュリとエレナの相談所に訪れた依頼者は、既に二人が知る人物であった。マリーの姉、シンシアである。
「二人がお守りを作ってくれるって聞いてお願いしたいと思ったの。それに悩み相談もね、マリーのことよ」
「あぁ、ジョーさんから聞いている。ここに座ってくれ」
ジュリに席を勧められ、笑みを見せるシンシアだが、その表情にはどこか陰りがある。エレナは湯を沸かし、茶を入れる準備を始める。
「実はね、もうすぐ帰らなきゃいけないの。仕事もあるしね」
「あぁ、そう言っていたな」
「マリーって言う歌姫がリディルの街にいるって聞いて、いてもたってもいられずにこっちに来たの。幼い頃からマリーは歌が上手で可愛らしくって、その歌声は決して裕福ではない暮らしを明るくしてくれたわ」
そう言うシンシアはその頃を思い出すかのように微笑む。
姉妹などいたことのないジュリだが、シンシアの言葉にアンバーとメイジーの姿が浮かぶ。愛らしいあの二人のように、シンシアとマリーも仲の良い姉妹だったのだろうか。
エレナもまたシンシアの話にほんのり口元を緩める。
「でも、その愛らしさと歌声がマリーの日々を変えてしまったの」
「――どういう意味だ?」
「マリーの歌声が評判を呼んで、母は家計のためにマリーに歌わせるようになったの。次第に母とマリーが家を空けることが増えたわ。体の弱い父の代わりに、マリーが稼ぎ頭になったのよ」
眉根を寄せて、悲し気な表情になったシンシアの言葉に、ジュリとエレナもまた複雑な思いになる。家計のためとはいえ、幼いマリーが背負った重圧と責任、それはどれほど重いものだったであろう。
「マリーが私に会いたくなくても仕方がないの。まだ幼いあの子に家計を背負わせた。子どもらしい時間をあの子から奪ってしまったんだもの。それでも、どうしてもあの子に一目会いたかったの」
「……マリーに会って、あなたはどう思ったんだ?」
ジュリの言葉にシンシアの瞳が潤む。
華やかで人目を引くマリーと落ちついて堅実なシンシア――印象の異なる二人だが、その眼差しは本当によく似ている。
「元気そうに私に怒りをぶつけてきたわ。それでいいのよ、自分の気持ちにあの子は正直になれたんだわ。今、あの子は自分のために歌っているんだわ」
不思議そうな表情を浮かべるエレナに気付いたのだろう。
シンシアが口を開く。
「明るかったマリーはだんだん大人しくなっていったの。そんなあの子によく母は言っていたわ。『歌うことがあんたの全て。しっかりしなさいマリー』ってね。そのときは妹を奮い立たせているのかと思っていたけれど、あれは母の欲でしかなかったんだわ」
ふぅと深いため息をシンシアは溢して、ジュリとエレナを見て微笑む。
「本当にこの街に来てよかった。急に来た姉に対して、皆が警戒してくれる。それはマリーが愛されているからね」
突然訪れた姉を名乗る女性に、不信感を抱いていたのは事実である。
それに気付いていたシンシアはしかし、それを不快には思わなかったようだ。
彼女は悩みではなく、過去の思いや抱えてきた心苦しさをどこかで打ち明けたかったのだろう。帰る前に、自分の気持ちを整理するためにここに来た――同時に、マリーの過去を話すことで、彼女の力になってほしいと暗に伝えているのだ。
「そうだな、マリーの歌は人気があるようだ」
「うん、自分でも美貌と美声が自慢だって話してるくらいだもん」
「ふふ、そうでしょう? あの子は可愛くって美しい歌声をしているもの」
お湯が沸いたことに気付いたエレナは慌てて、席を立つ。
安堵したようなシンシアの表情に、ジュリもまたこの街を去る彼女の心が軽くなったことに安心するのだった。
「少し休んだらどうだ?」
「問題ないわ。今日だってちゃんと歌えるもの」
「わかった。だが、まだ昼だろう。少し休んでも問題はない」
アレックスがマリーを気遣うが、マリーは断固としてその申し出を拒否する。
ロルマリタが開店するまで、まだ時間は十分にある。少々休んだところで仕事に戻ることは可能なのだ。
しかし、それを拒むという事は横になったら起きれなくなる程、体調が悪いのだろうとアレックスは感じていた。
「怖いのよ、ステージに立てなきゃ必要とされなくなるかもしれないじゃない!」
「そんなことはない。この店にマリーの歌は必要だ。やはり、休んだ方がいい。うん、額が熱いな。風邪でも引いたのかもしれん」
「だから、私は……!」
「なら、部屋で静かに過ごすのなら問題ないだろう?」
アレックスの言葉に渋々マリーは頷く。
自室に戻ったマリーはベッドに腰かけ、ため息をつく。
当然、マリーもアレックスが正しいとはわかっている。だが、それ以上に不安が胸に押し寄せるのだ。
もしも、体調を崩し、ステージに立てなかったら――そんな不安にマリーは被りを振った。
そのときである。コンコンと小さなノックにマリーは声をかける。
「はい。いいわよ、開けても」
そおっとドアの隙間から顔を出したのはアンバーとメイジーだ。
アレックスから話を聞いて、マリーの様子を案じたらしい。
「アンバー、メイジー。入ってきちゃダメよ、もし風邪なら移るかもしれないから」
「でも……」
「こら、マリーが休めないだろう?」
トレイにスープを乗せたアレックスが、アンバーとメイジーをたしなめる。
しかし、アンバーもメイジーもドアから顔を覗かせたまま、動く気配はない。
どうやら、マリーが言った「入ってきちゃいけない」という言葉を忠実に守っているらしい。
口元を緩めたマリーだが、同時になぜか瞳も潤む。
風邪を引いた自分を皆が案じてくれる――あの頃とは違うのだと。
「さぁ、ここにいたらマリーが休めないからな。俺達は出て行こう」
「うん、わかった! マリー、あとでね」
「ちゃんと休むのよ、マリー」
幼い二人に言われ、少々くすぐったい思いになりながらもマリーは頷く。
涙ぐむマリーに近付かず、アレックスはスープの入ったトレイを近くにあった椅子の上に置いて行ってくれたのだ。
肉と野菜を細かく切って煮込んだそのスープを見て、再びマリーの目が潤む。
思い出したのは姉シンシアが作ってくれたスープだ。
肉など入っていない、余った野菜と豆を煮込んだスープを姉は良く作ってくれた。
母は外で働き、体の弱い父を世話しながら、姉は家のことを任されていた。年が離れた妹のマリーの面倒も彼女が見ていたのだ。
「……お姉ちゃん、ごめんね」
小さく呟いたマリーの頬から、涙がぽとりと伝って落ちた。
余談ですが、アンバーとメイジーは宝石を意味しています。
琥珀と真珠だそうです。
姉妹の共通点がほしいなとつけました。




