出世払い
ボスを倒した直後、残心を解いたソラは膝から崩れ落ちた。
ずいぶん体に無理をさせすぎていたようだ。
ボスから受けたダメージもそうだが、それよりも膝や手首が痛む。
自分の攻撃の負荷に、体が耐えられなくなっているのだ。
「ちゃんとVITも伸ばさないと駄目そうだな」
『STRに全振りして一撃必殺』のような戦い方を思い浮かべたことも、ないではない。
だがそれでは、こちらが木っ端微塵になりかねない。
最低でも、自分の攻撃で反発ダメージを負わないようにならなければ、この先生きのこれない。
次にレベルが上がったらVITを上げようと心に決める。
ボスを倒したので、これでEランクのテンポラリーダンジョン攻略だ。
それも、イレギュラータイプである。
(まるで他人の話みたいだ)
そう思うのも無理もない。数日前までソラは底辺Fランクの冒険者だったのだ。
まさか自分がここまで戦えるようになるなんて、夢にも思わなかった。
「……でも、もっと強くならないと」
Eランクになったとはいえ、冒険者の中ではまだまだ低級だ。
これからも、冒険者であるかぎりは大なり小なり火の粉が降りかかる。
その火の粉を振り払えるだけの力を蓄えなければなるまい。
もう二度と、大切なものを奪われないように。
ドロップアイテムが気になるが、テンポラリーダンジョンはボスを倒して数十分で消滅する。
ソラは足早に出入り口へと向かう。
出入り口付近にはまだ、血だまりが残っていた。
加藤と安田が死んだ跡だ。
ソラは立ち止まり、その血だまりを目にしっかり焼き付けてからダンジョンを出た。
ダンジョンゲートが閉ざされ消えるのを見ていると、突如体に柔らかい光が灯った。
(ヒール?)
こんな所で辻ヒールを受けるなど思いも寄らなかった。
いったい誰がかけたのか、訝しげな表情を浮かべて振り返る。
そこには、
「天水さん、大丈夫でしたか!?」
「……春日さん?」
Cランクヒーラーの春日がいた。
彼女は息を切らしながら、ソラの下へと小走りで近づいてきた。
「いったいどうしたんですか」
「天水さんが、二人の冒険者に無理矢理連れていかれるのを見たって聞いたから助けに――って、あれ、他の冒険者は……」
春日がキョロキョロと見回した。
しかしどこにも、加藤と安田の姿はない。
「あ、あのぅ、天水さん。他の冒険者の……ええと、名前は……」
「加藤と安田」
そう言うと、ソラはインベントリから魔石を取り出し、春日の手に乗せた。
「ヒールありがとうございます。本当に、助かりました」
「はい。ええと、これは?」
「ヒールの報酬」
「……えっ」
「前に言ってた、出世払い」
「い、言ってましたけど」
「美味しいものでも食べてください」
そう言い残して、ソラはその場を足早に立ち去った。
春日がこんな自分を心配して、助けに来てくれたことはとても嬉しかった。
そういう冒険者がいると分かっただけでも、救われる思いだ。
その反面、ソラはダンジョンで死を強く意識した。
あの二人の血だまりを見て、『弱かったらお前もこうなるぞ』と見せつけられた気がした。
自分は弱い。まだまだ、ダンジョンの脅威を退けられるほど強くない。
だからもっと、強くならないといけない。
(今日は豪勢な食事にしようと思ってたけど……無理だなこれは)
いまはどんなに美味しい食事でも、味を堪能する余裕がないだろう。
ソラは肩を落とし、自宅へと戻っていくのだった。
その背中を見て、春日はぐっと胸が掴まれる思いがした。
自分が知っている天水は、どこか垢抜けない少年だった。
それがたった一日二日で、明らかに変わった。
加藤と安田の二人から乱暴を受けたせいか。
以前よりも雰囲気が大人になった気がした。
(もう。出世払いって、こういう意味じゃないんだけどなあ……)
ダンジョンで出てきたと思しき魔石を見つめる。
そのサイズから、Eランクのボス級の魔石だとわかる。
Fランクの彼が、Eランクのボスを討伐出来たとは考えにくい。
だが、彼は一人だった。
いったいなにがあったのか考えているうちに、返すタイミングを失ってしまった。
ボスの魔石はEランクでも、売却すれば十数万円の値が付く。
春日はただ、天水に辻ヒールしていただけだ。
たったそれだけで、この金額の魔石は受け取れない。
「これ、どうしよう」
天水が立ち去ったあと、手の中に収まる魔石の扱いに頭を抱えるのだった。




