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塔の悪魔は天を仰ぐ  作者: あやさと六花


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6話 語らう

「ベネディクト様、昨夜もまた夜ふかししたんですか?」


 一緒に星を眺めた日から数週間後。

 いつものように朝食を持って塔を訪れたジェシカは、眠そうなベネディクトの顔を見て、そう尋ねた。

 ベネディクトは少し気まずそうに視線を逸らした。


「少しだけ。昨日は流れ星が多かったからな」

「確かに綺麗でしたが……夜はちゃんと寝ませんと。不健康ですよ」


 やんわりと注意をすると、ベネディクトはしぶしぶ頷いた。

 この様子ではまた夜更かしをするだろう。だが、日の出まで起きているのが当たり前だった頃と比べれば、生活習慣はかなり改善したほうだ。

 

「顔色もくまも、だいぶ良くなりましたね」

「ああ。君が、しっかり寝ないとダメだという割に、日中に寝ていると叩き起こしてくれるからな。おかげで夜に気絶するように眠る習慣がついたよ」

 

 嫌味を口にしながら、ベネディクトがじとりとジェシカを睨む。以前ならば竦んでいただろうが、彼と打ち解けた今は全く怖くはなかった。

 

「申し訳ございません。ですが、ベネディクト様が健康で快適に過ごせるように気を配るのも、私の大事な役目なので」

「……優秀な侍女がついてくれて嬉しいよ。エリザベスに感謝しないとな」


 ベネディクトは肩をすくめて観念したように笑うと、定位置である椅子に座った。

 ジェシカは彼の前に食事を並べる。


「今日のデザートも美味しそうだな」


 ベネディクトの声が弾む。星を見ているのと同じように、彼の目が輝いている。

 毒を盛られたことを知ってからデザートを出すのはやめようとした。

 だが、ベネディクトが「君なら信頼できるからデザートはこれからも出してほしい」と希望したため、時折朝食にデザートがつくようになった。


「リンゴがたくさん手に入ったそうなので、パイにしたそうです」

「それは楽しみだ。この間のデザートも美味かったからな」


 仲良くなってから知ったが、ベネディクトは大の甘いもの好きだった。

 これまではジェシカを含めて全ての侍女を警戒していたため、好物が出ても一切顔に出すことをしなかったらしい。


 ベネディクトの好みを知ってからは、間食としてお菓子を出すようにした。毒が入ってないと信頼できたからか食事の量も増え、彼の痩せこけていた頬は少しだけ健康的になった。

 以前は近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが、今は病弱なだけの貴族に見える。もう少しだけ筋肉をつければ、彼を悪魔付きだと恐れる者も減るのではないだろうか。

 

「ベネディクト様、剣に興味ありませんか?」

 

 ベネディクトが食事を終えたのを見計らって、ジェシカはそう声をかけた。

 突然の誘いに、ベネディクトは胡乱げにジェシカを見やる。

 

「藪から棒だね」

「じっとしているのも退屈ではないかと思いまして。体を動かすといい気分転換にもなりますよ」

「別に、今のままでいいよ。興味ないし。気分転換なら、僕にはこれがある」

 

 ベネディクトは近くにあった本を手に取る。彼の愛読書である哲学書だ。


「ベネディクト様、哲学がお好きなんですね」

「……ああ。これは、違うんだ」


 ベネディクトは首を振り、本を開いてジェシカに見せた。


「! これは……」

「帝王学の本だよ」

「何故、表紙と中身が違うんですか?」

「ここに届けられた時から偽装されていたから憶測でしかないけど……王妃の監視の目をごまかすためだろうね。僕が治水学や経済学の本を読んでいるのを知ったら、うるさいだろうから」


 王妃はベネディクトが文字を学ぶことすら嫌ったと聞いたことがある。政治的な本を読んでいると知れば、王位を狙っているのだと騒いだのかもしれない。


 ジェシカは本棚に目をやった。哲学書だけでなく、詩集や冒険小説なども並んでいる。


「もしかして、これらの本も……?」

「全部、カモフラージュで表紙を変えているんだ」


 ぱっと見では偽の表紙であることがわからないほど、それらの本は作り込まれていた。

 これだけ手をかけてでもベネディクトに知識を与えたかったのだろう。


 国王は文字だけでもベネディクトに教えようとしていたと聞いたが、影ではもっとたくさん教育をうけさせようとしていたのか。


「嬉しい差し入れですね」

「……ああ。僕にとって、とても大切な本なんだ」


 ベネディクトは言葉通り大事そうに本を手に取り、めくった。


「治水学の本も読まれるんですね」

「ちらっと見ただけでわかるのか?」 

「はい。幼い頃に父の勧めで読んだことがあるので」

「令嬢がこれを読んでいるとは珍しいな。大概は家を継ぐ令息か、そのスペアくらいしか読まないものだろう?」

「……父が、大変教育熱心でしたので。私は王太子殿下にお仕えすることが決まっていたので、多少の知識はあったほうがいいと言われたんです」

「なるほど」


 ベネディクトは納得したように頷いた。 

 

「なら、こっちの本は読んだことがある?」

 

 ベネディクトは本棚から次々と本を取り出した。

 ジェシカが読んだことのあるものが多く、話は大いに弾んだ。

 

「こちらはかなり新し目の本ですね」

 

 ベネディクトはチラリとその表紙を見て、頷いた。


「ああ。これは最近また届いたんだ」 


 ベネディクトは本棚から取り出して、ジェシカに渡した。

 

 貴族大鑑だった。国内の貴族の情報が書かれている本だ。あの本を読んでいたからジェシカの家のことなどを知っていたのだと合点がいった。


「数年に一度、定期的に届いているんだ。ところどころ送り主が追記した部分があるんだけど、結構私情が見えて面白いよ。ジェシカも読んでみる?」


 書き手はおそらく国王だろう。そのようなものを自分が見るのは申し訳ないと、ジェシカは首を横に降った。

 

「そっか。それなら、こっちの本はどう? 星の位置や瞬き具合から今後の天候や災害を推測するんだ」

「異国の星読みですね。聞いたことはあります」

 

 食事を下げるのも忘れて、ベネディクトと語らうのは楽しかった。それと同時に、ジェシカは後ろめたさを覚える。


 ベネディクトの今後の選択次第では、彼の未来は閉ざされることになるだろうから。

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