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塔の悪魔は天を仰ぐ  作者: あやさと六花


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12/20

12話 もしもの話

 職場に復帰してから、二週間が経った。

 アネットは何度かベネディクトの侍女としてついた。ベネディクトへの嫌悪感はすっかり和らいだようだ。


「思ったより、穏やかな方なのね。最初は寡黙だし怖い顔をされてて恐ろしくて仕方なかったけれど、あなたのことを話題にした途端、とても優しい表情になったのよ。それからは普通に接することができるようになったわ」


 アネットはそう言って笑った。

 ベネディクトもアネットに慣れて来ているようだ。この様子なら、今後他の侍女を増やすことも可能だろう。


 そんなことを思いながら、ベネディクトの部屋に向かう。


 扉を開くと、ベネディクトは熱心に本を読んでいた。

 先日、ジェシカが渡した本だ。


「ベネディクト様、朝食をお持ちいたしました」

「……ああ。もう、そんな時間か」


 ベネディクトがはっとしたように顔を上げる。

 久しぶりに見る光景だとジェシカは懐かしく思う。生活習慣を改善する前は、食事の時間になっても彼は読書をしていた。


「あ。ちゃんといつもの時間に起きてから読書を始めたから安心して。夜更かしはしていないよ」

 

 ジェシカの視線に、ベネディクトは本を閉じながら付け加える。

 その顔には疲労や隈などはなく、彼のいう通り夜更かしはしていないことがうかがえた。

 

「この本、面白いから時間があると読んでいるんだ」

 

 朝食を終えた後、ベネディクトは本を手に取りつぶやいた。

 

「同じ国とはいえ、地域によって街の造りや祭り事などがずいぶん違っていて、興味深いね」

「そうですね。私は北方出身ですから、南方の文化は異国の文化のように思えました」

「ジェシカの領地はこの辺りだったっけ。……雪に関する祭りが多いんだな」

「はい。雪が多い地域でしたから。冬になるとあまり外には出れませんでしたが……」

 

 ジェシカは領地のことやその周辺地域のことについて語った。

 幼少期の頃しか過ごしたことがなかったが、たった数年でも令嬢としてのびのびと過ごした楽しい思い出がある。


「いい思い出があるんだな。領地に帰ることはあるのか?」

「最近はほとんどないですね」

「帰りたくはならないか? いつか向こうに戻りたいとか思わない?」

「特にはないですね。もうこちらの生活の方が長いですし……王都以外に住むとしても、もっと南の方がいいです」


 ジェシカは本に目を落とした。そこには南方で暮らす少女の挿絵がある。


「幼い頃は南方に行ってみたかったんです。温厚な気候で過ごしやすそうですし、色鮮やかな花が咲き乱れていて、幸せな気持ちになれるだろうなと思っていました」

 

 絵の少女のように、美しい服を着て街を歩いてみたかった。幼い頃の感傷が蘇り、ジェシカは苦笑した。


 この地域には花祭りと呼ばれる祭りがある。街中を美しい花で飾り、様々な花にまつわる品々が売られる。

 一番の目玉は、近くの峡谷から吹き上がる風に花びらを乗せ街に流す『花送り』と呼ばれるイベントだ。

 とても美しいと評判で、想い人と見れたら永遠に結ばれるという言い伝えもあった。だから、いつか好きな人と行きたいと思っていた。

 当時はまだ結婚に夢を抱いており、無邪気にそんな想像をしたものだ。


 あの頃の自分は、大人になったらこんなに冷めた人間になるとは思ってもいなかった。


「確かに、南は色鮮やかだな。海が近くて海外との交流があるところもあるし。絵で見ても美しい」

 

 ベネディクトは本に手を伸ばし、ページをめくった。

 めくるたびに、憧れた世界が姿を現すのをジェシカはじっと見ていた。

 

「実際にこの目で見れたらいいのにな」

 

 ジェシカは返す言葉が見つからなかった。

 悪魔付きである彼がこの塔を出る日が来ることはない。あるとしたら、亡くなった時だけ。それだけ、彼の存在は禁忌だ。

 

 言葉なく自分を見つめるジェシカに、ベネディクトは微笑んだ。

 

「いつかここから出れたら、一緒に花祭りに行かないか?」

 

 かつて自分もよくしていた「もしもの話」に、ジェシカは頷いた。

 どんなに願っても、叶わないことは知っている。それでも苦しい現状を耐えるためには必要なことだった。

 

 ベネディクトも同じなのだろう。だから、ジェシカもそれに乗った。

 

「是非、ご一緒したいです。祭り名物の菓子も食べてみたいです」

「いいな。海辺をのんびり歩きながら食べたいな。この辺りは砂の質が細かいから、歩き心地が良さそうだし」

「ここの砂は、歩くと沈むらしいですね。不慣れだと転ぶ者もいると聞いたことがあります」

「……僕は転びそうだな。もしそうなったら手を貸してくれ」

 

 本を眺めながら、ジェシカとベネディクトは決して訪れることがない未来をたくさん語り合った。

 子どものするような空想話だったが、とても楽しい時間だった。




 平穏な日々が流れた。ジェシカは侍女として過ごしながらも、ベネディクトの監視は怠らなかった。

 ベネディクトは玉座に興味がなく、エリザベスにも負の感情を抱いていない――それが、ジェシカの最終的な結論だった。


 エリザベスに報告した矢先。病床についていた王妃が、亡くなった。

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