第83話 そのプロポーズを俺に聞かせて
結局、『人生ゲーム(略)』は一夜さんが圧倒的な大差で優勝した。
「フフフ……まさか総資産一兆円を達成するとはね……結婚は最後までできなかったけど……独り身のままお金を稼ぎ続けてそのまま優勝……フフフ、私ってゲームの才能あるのかもしれないわね……」
だが、優勝という輝かしい結果とは対照的に一夜さんの表情はかなり暗い。目尻には悲しみの詰まった涙がキラリと輝いていた。
「まあ、ただのゲームなんだし気にしたって仕方がないわよ一夜ちゃん。それに独り身っていうのも結構楽しいものよ?」
「その慰めは普通に追い打ちなのでやめてください!」
どんよりとした一夜さんを日比野さんが慰めようとするが、完全に逆効果になっていた。そりゃあ、ゲーム内で結婚できずに落ち込んでいる人に「独り身も楽しいわよ」とか言っても全然響かんわな。
とりあえず、楽しさを求めてゲームをやろうとしていたのに、この結果はかなりまずい。なので、俺は他のゲームを提案することにした。
「つ、次はこれをやろうぜ! 『言葉を組み合わせてプロポーズを作るゲーム』!」
「あ、それこの前クラスの友達とやりましたよ。結構盛り上がりますよね」
「アミアミの作ったプロポーズ文が文法的にめちゃくちゃでみんなで笑ったとよねー」
「あ、あの時はまだちゃんと勉強してなかったから……今のあたしはセンパイとの勉強期間を経て頭脳レベルが上がってるし? そりゃあもう完璧なプロポーズ文を作れるよ!」
「へえ、それは楽しみね。プロポーズかぁ……わたしにもいつか縁があるかもしれないし、ちょっと本気で挑戦してみようかしら」
笑っていいのかどうか分からないギリギリのネタは本当にやめてほしい。ネタじゃないのかもしれないけど。
「ほーら一夜ちゃん。次はプロポーズ文を作るゲームをするらしいわよ?」
「フフフ……結婚できなかった私がプロポーズなんて……」
「あら? じゃあやらないでおく? ……加賀谷君に素敵なプロポーズを見せつけるいい機会になると思ったのだけれど(ボソッ)」
「やります! やるわ! この天王洲一夜、プロポーズにおいても天下無双であることをこの場にいる全員に証明してみせましょう!」
日比野さんが一夜さんの耳元で何かを囁いた瞬間、さっきまで落ち込んでいたはずの一夜さんが急にハイテンションになった。いったい何を吹き込んだんだあの人。
なにがあったのかは知らないけど、やる気になってくれたのなら良かった。後はさっきから様子のおかしい二葉だけど……。
「二葉もやれるか?」
「(こくん)。こういうゲームはあまり経験がないけど、やる」
「そうか。調子は大丈夫そうか?」
「うん。心配かけてごめんなさい。大丈夫だから、気にしないで」
大丈夫なヤツはそんなに不安そうな顔をしないと思うんだけど――そんな言葉を俺は寸でのところで呑み込んだ。これからゲームを楽しもうとしているのに、余計な茶々を入れるのは野暮だと思ったからだ。
全員の参加意思が取れたところで、俺はワードの書かれたカードの山を素早くシャッフルし始めた。
「手札は一人八枚で、単語と接続詞のカードがそれぞれ別で存在します。その中から最低でも三枚以上のカードを使うようにしてください」
「プロポーズされた人が採点するってゲームやったはずっちゃけど、誰が採点すると?」
「うーん、そうだなぁ……」
「加賀谷くんがプロポーズされる側でいいんじゃない? 他はみんな女の子だし、唯一の異性ってことで公平な評価が出来ると思うわ」
「分かりました。それじゃあ俺が採点役を務めさせていただきますね」
参加者全員にカードを配り終えたところで、俺はゲーム開始の宣言をする。
「それじゃあプロポーズ文が完成した人から俺にプロポーズしていってください。――ゲームスタート!」
「はいはいはい!」
ゲーム開始から数秒足らずで響き渡った元気な声。一瞬彩三かと思ったけど、この凛とした声は彼女の者ではなく――
「はい一夜さん!」
「フフフ。私にかかればプロポーズのセリフぐらい一瞬で思いつけるのよ」
「おおー。流石は天才美少女三姉妹の長女さんばい」
「理来、心の準備はいいかしら? 私の渾身のプロポーズであなたの心を射止めてみせるわ!」
一夜さんはテーブルの上にカードを叩きつけ、そこに作り出された文章を高らかに読み始める。
「『富士山』で『あなた』を『抱きしめたい』。『一緒』に『新年』を『アイラブユー』。――どうよ!」
「……それ、新年に告白してない?」
「え」
自信満々に胸を張る一夜さんに日比野さんのツッコミがグサリと突き刺さった。
日比野さんのツッコミを皮切りに他のメンバーからの指摘の雨が一夜さんに降り注ぐ。
「前半は凄く良かったっちゃけどねー。後半はただ新年が好きな人になっちゃっとるったい」
「ぷぷぷ。一姉は新年が大好きだったんだー。そういえば去年の年越しではコタツの中でだらだらしてたよねー」
「ぐ、ぐぅっ……そ、そこまで言うからには、あなたたちのプロポーズ文は私以上の出来栄えなんでしょうね!?」
「もっちろん! 度肝を抜いてあげるから、耳の穴かっぽじって聞いておいてね!」
ご令嬢がそんな下品な言葉を使うんじゃありません、と心の中でツッコんでおく。
彩三は得意げに目を光らせながら、己のプロポーズ文を開示した。
「『あなた』の『奥』まで『ズッコンバッコン』。『もう』『止まらない』『絶頂』ッッ!」
「下ネタじゃねえか!!!!!!!!」
最低最悪の下ネタだった。華の女子高生が言っていいレベルの下品さじゃない。
プロポーズ文の出来の悪さに反してやけに自信ありげな態度で彩三は微笑む。
「いいでしょう、このド直球さ! これなら愛情も伝わるってもんですよ!」
「伝わるのは君の下品さだけだよ! これのどこがプロポーズ文なんだ!?」
「え? だって恋人とはエッチなことをしたいじゃないですか」
「分かる分かる。やっぱり恋人にはそういうことも求めたくなるわよね」
「先生、彩三、そんな話題で盛り上がらないで……」
「でも、一夜さんもそういう話好きなんやろ? この前アミアミが一夜さんはムッツリだって言っとったよ?」
「あ、こらふくちゃん!」
「彩三……? あなた、また私にお説教してもらいたいのかしら……?」
「あ、あはは……じ、冗談だよ、冗談。彩三ちゃんの小粋なジョーク……」
「は?」
「ひいいいい! ごめんなさああああい!」
子供には見せられない顔で詰め寄る一夜さんに彩三が本気で恐怖していた。一夜さんの背後に修羅がくっきりと映し出されているように見えるんだけど、あれがスタンドというやつだろうか。天才は己の怒りを幽波紋として放出することもできるらしい。天才ってすごいね。
「今日という今日は許さないんだから! ほら、お尻出しなさい!」
「ふええええん……お許しをぉぉぉ……」
彩三が一夜さんにお尻ペンペンされる中、ふくちゃんと日比野さんが同時にカードを並べ始めた。
「あら? タイミングが被っちゃったわね」
「ふっふー。じゃあウチからプロポーズば言ってもよか?」
「ええ。どうぞ」
日比野さんに促されるがままに、ふくちゃんは自身が作ったプロポーズ文を読み上げる。
「『大きな』『愛』を『あなた』に『フォーユー』。『今日』の『ご飯』は『麻婆豆腐』」
「あまりにも竜頭蛇尾! つーか、後半はただの献立じゃねえか!」
「待って加賀谷くん。この文章……韻を踏んでいるわ!」
「そこそんなに重要ですかね!?」
しかも別にそんなに上手く踏めてねえし!
ふくちゃんはその豊満な胸を得意げに張りながら、
「ふっふー。自分の夜ご飯をつい教えたくなるぐらいに相手を愛してるってことばい」
「なるほど、奥が深いわね……」
「絶対今てきとーに考えましたよこの後輩。日比野さん、騙されないで下さい」
「ふっふー。ばれたかー」
悪びれる様子すら見せずにへらへら笑うふくちゃん。こういうどんな時でもマイペースなところは彼女の大きな長所かもしれないな。
「じゃあわたしの番ね」
ふくちゃんに順番を譲っていた日比野さんが、先ほど並べていたプロポーズ文を読み上げ始めた。
「『ぼく』は『きみだけ』の『ピエロ』。『いつでも』『その』『笑顔』が『待ち遠しい』」
「お、おお……」
「フフッ。これが経験の差というものよ」
テーブルに置いたカードを爪でトントンと叩きながら、勝ち誇った顔を浮かべる日比野さん。だが、そんな態度が許される程に、彼女の作った文章は圧倒的な完成度を誇っていた。
「おおー。すごかねー。ちょっとキュンとしちゃったったい」
「流石はさおりん。貫禄が違うね」
「これが年の功というやつなのね……」
「そこの失礼な姉妹。ちょっとは言葉を選びなさい」
さっきまでイチャイチャしていたはずの長女と三女がいつの間にか戻ってきていた。彩三が涙目になっているあたり、今回のお仕置きはかなりきつめだったらしい。まあこの歳でお尻ペンペンなんてされたらメンタル的にも泣きたくなるよな。
まあそれはそれとして、現状だと日比野さんが優勝ということになりそうだ。まだプロポーズ文を発表していない二葉次第なところではあるけど……。
「…………」
「二葉、どうだ? なんか文章は作れたか?」
「…………」
「二葉?」
「え? あ、うん。ちょっと悩んだけど、一応できたよ」
得意なゲーム分野のはずなのにどこか自信なさそうな様子で二葉はカードを並べていく。
「『好き』『この』『気持ち』。『大きな』『ハート』『LOVE』」
「これは……」
カードの引きが悪い訳じゃない。むしろプロポーズに使うワードとしてはかなり有利なものが配られていると思う。
だが、それでも……参加者たちが提示した中で最も響かないプロポーズ文が出来上がっていた。
「なんというか……心がこもってない感じがするわね」
「二姉らしいとは思うけどねー」
「……難しかった」
しゅん、と落ち込む二葉。なにかフォローを入れようと頭を回転させてみたものの、この文章をフォローできる言葉は残念ながら浮かんでこなかった。
だが、その代わりに、彼女を心配する言葉なら浮かんできていた。
「なあ、二葉。やっぱりどこか調子が悪いんじゃないか? さっきからゲームに集中できてないみたいだし……」
「……そうかも」
二葉はそう言ってソファから立ち上がると、
「今日は早めに寝る。みんな、また明日」
「ええ。また明日ね、二葉」
「おやすみー」
重そうな足取りで自室へと戻っていく二葉。女性陣が笑顔で彼女を送り出す中、俺は一人、胸の中のざわつきに顔をしかめていた。
サポーターとして、二葉の不調を見逃す訳にはいかない。
彼女がいったい何に悩んでいるのか、その原因に気付いてやりたい。
(明日、改めて聞いてみよう)
俺が相談に残ることで解決できるような悩みなのかどうかは分からない。
だけど、何もせずに放っておくなんてのは論外だから。
「じゃあ、ゲームの続きをしましょうか」
「その前にさっきの勝負の結果は? もちろんあたしが一位ですよね!?」
「いや、普通に日比野さんが一位だよ。完成度が圧倒的だったし」
「フフフ。これが恋愛経験の差というやつよ」
「ぐぬぬ……次こそはあたしが勝つからね!」
わいわい盛り上がる女性陣に苦笑しつつ、俺は次のゲームを始めるのだった。




