第80話 青春を楽しめ
バーベキューを堪能した後、俺はいそいそと後片付けを行っていた。
『ふくちゃんいくよ! はいパース!』
『ふっふー。いいパスばいアミアミ。一夜さん、次はそっちに飛ばしますねー』
『ま、待って。海の中だから上手く動けなくて……きゃあーっ!?』
『ごぼごぼ……ぷはっ。一姉、転ぶならせめて一人で転んで欲しい』
『けほけほっ……ご、ごめんなさい。すぐ近くにいたから、つい手を伸ばしちゃって……って、二葉!? あなた水着は!?』
『あ、またどこかいってる』
『二葉さんの水着ならこっちに漂流しとるばい。ウチがとってあげ……ひゃっ!? う、ウチの水着も脱げちゃったったい……』
『わーっ! 二姉とふくちゃんの爆乳がセンパイに見られちゃう! 隠して隠して!』
「何やってるんだあの人たちは……」
海の方から聞こえてくるドタバタ劇に思わず苦笑してしまう。水着が脱げたとか聞こえたし、あまり見ない方がいいだろう。
四人の声に耳だけ澄ましつつ、紙皿をゴミ袋に入れていく。
「加賀谷くん。こっちは粗方片付いたわよ」
「ありがとうございます、日比野さん。すいません、手伝ってもらっちゃって」
「こういうのは保護者であるわたしにさせておけばいいのよ。あなたも一緒に遊んで来たら?」
「いえ、これはサポーターである俺の仕事ですから。むしろやらせてください」
「あなたって意外と頑固よねぇ。もう少し甘えることを覚えたら?」
「甘えたい時は甘えさせてもらってますから。こういう時ぐらいちゃんとしておかないと、みんなに合わせる顔がありませんよ」
「はぁ……高校生とは思えない程に達観しているわねぇ……」
やれやれ、と肩を竦める日比野さん。
「それにしても、あの子たちったら本当に元気ねぇ。若い子が体力が有り余ってて羨ましいわ。青春ね、青春」
「あはは。みんないつも頑張ってるんですし、こういう時ぐらいたくさん羽を伸ばしてもらいたいっすね」
「発言がもう保護者なのよ。……で、どうなの?」
「どうなの、とは?」
「あなた、あの子たちの中で誰が好きなの?」
「げほぉ」
予想だにしない質問が不意に飛んできてしまったせいで、思わず咳き込んでしまった。今のはあまりにも回避不能すぎる。
咳き込んだ拍子に滲み出た涙を手の甲で拭いつつ、俺は日比野さんに冷たい視線を向ける。
「いきなりなにバカなこと聞いてんですか」
「バカなことなんかじゃないわよ。至って普通の質問でしょう?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
「保護者として気になるのよね。あの子たちとずっと一緒にいるんだし、そういうことを考えたことぐらい何度もあるでしょう?」
「そんなこと言われても……」
確かにないとは言い切れない。
でも、それはちょっと魔が差した時だけの話で――
「あんまり考えたことないですよ。俺とあの人たちはそういう関係じゃないですから」
「えぇー?」
「俺は下心があって一緒にいる訳じゃありませんから。あの三人がそれぞれのステージで最高のパフォーマンスを発揮できるようにサポートする……そのために傍にいさせてもらっているだけです」
こんな言い方をした事が一夜さん達にバレたら、きっと怒られるんだろう。
家族に遠慮なんかするな、などと説教をされてしまうかもしれない。
でも、この境界線だけは超える訳にはいかない。
何故なら、俺は心から、彼女達をサポートしたいと考えているんだから。
「なるほど……それが今のあなたの答えなのね」
どこか含みのある言葉を吐く日比野さん。その顔には、どこか寂しげで――俺を慈しむかのような、優しい笑みが浮かんでいた。
「あなたは本当に優しい子なんだと思う……けど、ちょっと達観しすぎだわ」
日比野さんは俺に優しく微笑みかけながら、俺の頭の上にゆっくりと手を添えた。
細くて長い、ピアニストらしい指が、俺の髪を梳いていく。そのこそばゆさに、つい姿勢を正してしまう。
「でもね、思春期ってすぐに終わってしまうなの。だから、あんまり達観しすぎるのも良くないとお姉さんは思うわ」
彼女の指は徐々に高度を落としていき、そのまま俺の頬に優しく添えられた。
「少しは青春を人並みに楽しむことも意識した方がいいかもね。あなたがどれだけ達観していても、恋愛真っ盛りの高校生であることに変わりはないんだから……ね♪」
そう言って、日比野さんは俺の頬から手を離した。
「じゃ、わたしはこのゴミをゴミ捨て場に運んでおくから。後はお願いねー」
「あっ……は、はい」
遠くなっていく日比野さんの背中に、俺はなんとか絞り出した声を送る。
青春を人並みに楽しむことを意識しろ、か……そんなこと、考えたこともなかった。
「…………」
作業の手はいつの間にか止まっていた。
海で遊ぶ三姉妹を遠目で見ることに、意識の全てが向けられていたから。
「青春を楽しむ、か……」
定まらない俺の思考を現すかのように、不定形の夕焼けが海にぼんやりと映し出されていた――。




