第79話 天王洲二葉は食べさせるのがお好き
「ん~、美味しい~♪」
肉を食べた日比野さんの口から、感嘆の声が零れ出る。
ふくちゃんの胸を女性陣がもみくちゃにする時間の後、俺達はようやくバーベキューを堪能し始めていた。
日比野さんは口元をウェットティッシュで拭きながら、俺に親指を立ててきた。
「最高の焼き加減よ、加賀谷くん」
「あはは、ありがとうございます。でも美味しさの理由のほとんどは肉のおかげだと思いますよ。俺はただ焼いてるだけなんで」
「またそんなことを言っちゃって。いい材料を使っていても、調理する人の腕によってその味は変わるんだから。素直に誉め言葉を受け取っておきなさい」
ぴしゃりと叱られてしまう俺。一夜さんから自己肯定感が低いのを何とかしろと言われて以来、なんとか素直になろうとしているんだけど、まだどうしても上手くいかない。根っこの部分にこびりついた凡人精神はそう簡単に払しょくされるものではないのだ。
肉が焼けた傍から皿に移し、また新しい肉を網の上に置いていく。
と。
「理来」
「ん? どうした二葉? 肉の追加ならそっちに置いてるぞ?」
「そうじゃなくて、理来もちゃんと食べてる?」
「一応肉を焼きながらちょこちょこつまんではいるぞ」
他のみんなと比べれば、食べてないと言ってもいいかもしれないけど。
二葉は自分の皿から肉を一枚割り箸でつまみ上げると、
「理来もちゃんと食べないとダメ。はい、あーん」
そのまま俺の口の方に差し出してきた。
「い、いいって、ちゃんと食べてるから」
「ダメ。そう言って全然食べないのが理来」
「ぐっ……よくご存じのようで……」
「理来のことならなんでもお見通し」
二葉の言う通り、俺は基本的に俺以外の人間を優先するので、焼いた肉のほとんどをみんなに分け与えてしまいかねない。最低限食べているからいいだろ、と言い訳を並べる未来まで見える。
図星を突かれた時点でどんな反論も棄却されるに違いない。そう悟った俺は諦めて口を開くことにした。
「俺の負けだ。その肉を受け入れますよ」
「ふふっ。素直な理来は好き。はい、あーん」
「あー……ん」
差し出された肉を食べ、咀嚼して呑み込む。味見の時から知っていたけど、やっぱり美味しい。このレベルの肉をあの予算で食べられるなんて、今日は本当にいい日だ。
二葉は俺の顔をじーっと見つめたまま、
「どう? 美味しい?」
「ああ。美味しいよ」
「ふふっ、よかった……他のお肉も食べさせてあげる」
「ありがとな」
二葉が差し出した肉を俺が食べ、その度に感想を伝えるという謎のイベントが開始された。わんこそばみたいに肉を差し出さなくてもいいんだけど、二葉が楽しそうなので好きにやらせておこうと思う。
「ふっふー。二葉さんってやっぱり大胆っちゃね。みんなの前であーんさせるなんて……」
「三姉妹の中だと一番思い切りがあるのよね、二葉ちゃんって。そこのツンデレと強がりとは違ってねー」
「だ、誰がツンデレですって!?」
「誰が強がりだってー!?」
「誰も名前は言ってないわよ? うぷぷ……」
「「ぐ、ぐぐぐぐぐ……!」」
視界の端で日比野さんが一夜さんと彩三を煽っていた。よく分からないけど、これから俺がその余波をくらうことになる気がする。
「理来! 私もお肉を食べさせてあげるわ!」
「センパイ! この玉ねぎも美味しいですよ!」
案の定、日比野さんに煽られた二人がズカズカとこちらに近づいてきた。その手にはそれぞれの食材を掴んだ箸が見える。
「あの、今ちょっと肉を焼いてるんで、あんまり激しく動かないで欲しいんですけど……」
「分かってるわ! 必要最低限の動きで最高の結果を出してあげるから安心してちょうだい!」
「センパイはそこに立ってあたし達からのあーんを黙って受け入れればいいんです!」
「むぅ。二人に邪魔された。でも、あたしもあーんしてあげる。はい、あーん」
三方向から差し出される肉と野菜に、ついついたじろいでしまう。
こういう状況こそが、他人から見て羨ましい状況なんだろうなあ……とぼんやり考えながら、俺は肉と野菜を一気に頬張るのだった。




