第77話 新たな伏兵
彩三と合流した後、そのまま三人で別荘に戻った俺達。
ちょうど一夜さん達がリビングに出てきていたので、夕食の準備を進めることにした。
「アミアミとは同じクラスで、福澤福美っていいますー。福がたくさんふくちゃんと覚えてほしかです」
ふくちゃんの自己紹介に、俺達から軽い拍手が送られる。と言っても、俺と日比野さん以外の三人はもともと知り合いみたいだけど。
「ごめんなさいね理来。こちらの不手際で買い出しに行ってもらうことになっちゃって」
「いえいえ。これが俺の仕事ですから。あと、こういう時はありがとうって言ってもらえた方が嬉しいです」
「ふふっ、そうね。ありがとう、理来」
水着からカジュアルな私服に着替えていた一夜さんが、口元に手をやりながらくすりと笑う。やはりこの人は落ち着いている姿が一番素敵だ。
俺はロッジの中に運んでいた箱の中から野菜をいくつか取り出しながら、
「それじゃあ、俺は野菜を切っておくんで、皆さんはそこで寛いでてください」
「バーベキューセットの準備ぐらいあたし達がしておきますよー」
「……取扱説明書とかちゃんと読んでくれよ? 後、箱とか袋とかをそこら辺にポイッて置いておかないように……」
「バーベキューセットの設営だけでどんだけ心配されてるんですかあたし達!? こんなの子供でもできるでしょう!?」
「彩三の言う通り。私達にかかれば、火だって簡単につけられる」
「日比野さん。火の取り扱いをあなたに前任するので本当によろしくお願いします」
「任せておいて。この三人には絶対に触らせないわ。火気厳禁」
「理来!? さおりんも!?」
二葉が珍しく激しく動揺していた。いや、でもしょうがないじゃん。この三姉妹に火を扱わせるなんて、どう考えても危険信号だし。
バーベキューセットの準備を始める日比野さんに次女と三女が猛抗議をするのを遠目で見つつ、俺は野菜のカットを始める。
「センパイさん。ウチも手伝っていいかいな?」
「それはありがたいけど……」
「心配せんでも大丈夫とよ。ウチ、家でも料理とかするけん」
「なるほど、それなら安心だな」
周りに料理をしない女子が多いせいでつい疑ってしまった。
俺は野菜のいくつかをふくちゃんに手渡ししながら、
「じゃあ、そっちのを切っといてくれるか? 包丁は下の収納に入ってるから、好きに使ってくれ」
「了解ばーい♪」
可愛らしく返事しつつ、洗った包丁で野菜を切り始めるふくちゃん。普段から料理をするという言葉通り、手際よく野菜を切っていく。
「おお、上手いな」
「ふっふー。センパイさんを驚かせちゃったばい」
野菜を切る手は止めないまま、得意げに笑うふくちゃん。
「普段はどんな料理を作るんだ?」
「そんなに凝った料理は作れんったい。軽く焼いたり炒めたり煮たりぐらいの……やけん、いろんな料理が作れるセンパイさんのことは、実は結構尊敬しとるとよ」
「あはは。ありがとう。でも、俺もそんなにたくさんの料理を作れる訳じゃないよ。ネットでレシピを調べながら作る時だって多いしな」
「それでも凄かよー。今度ウチにも料理ば教えて欲しいぐらいったい」
「いいぞ。俺に教えられる範囲にはなるけどな」
「ふっふー。大歓迎ばい」
料理仲間が出来たみたいでちょっと嬉しくなってしまった。周りで料理が出来る人ってあんまりいないからな。クラスの連中とはそもそもそんな話はしないし、二葉達三姉妹はそもそも料理なんて出来ないし、海外にいる妹も料理なんてした事ないだろうしな。
「……ふくちゃんとセンパイ、凄くいい感じじゃない?」
「まさかの伏兵だったわね。警戒だけはしておきましょう」
「私も理来とお料理したい……」
リビングのソファの陰からこちらを見てくる三人分の頭が見えたような気がするけど、きっと気のせいなので一旦見ないふりをしておく。
「センパイさん、こっちのは切り終わったばい?」
「お、ありがとう。こっちもそろそろ終わりそうだ。水気を切ったら、そこのトレイに適当に置いといてもらえるか?」
「おっけーばーい♪」
鼻歌交じりにいそいそと作業を進めていくふくちゃん。この子、本当にいい子だな。同年代の男子からはさぞやモテるに違いない。
と。
「センパイセンパイセンパイ! 野菜を外に運ぶのはあたしがやりますね!」
「理来! 外に運ぶ食器はこれでいいかしら!?」
「理来。ジュースの入ったクーラーボックスも外に出しておくね」
「お、おう。ありがとう……?」
「ふっふー♪ 三人ともかわいか~♪ 青春ったい♪」
様子のおかしい三姉妹に首を傾げる俺の隣で、何故かふくちゃんが楽しそうに声を弾ませていた。




