第74話 大人の余裕
二葉の水着消滅騒動から逃げるように砂浜に逃げてきた俺。必死に隠してはいるけど、さっきから俺の相棒がその存在を何度も主張してきている。
「今回の旅行、いろいろと刺激が強いなぁ……」
「お疲れ様、少年。面白いイベントに巻き込まれていたわね。ここから眺めさせてもらったわ」
「面白くないですよ……」
パラソルの下でサマーベッドに寝転んだまま、ニヤニヤ顔で俺の方を見てくる日比野さん。さっきまでサマーベッドなんて置かれてなかったと思うんだけど、いったいどこから持ち込んできたのだろうか。
俺は日比野さんの近くの砂浜に座り込み、大きなため息を零す。
「みんなもう少し露出とか抑えてくれたら助かったんですけどね……」
「あら、女の子が自分で選んだ水着にクレーム?」
「そういうんじゃないんですけど……刺激が強すぎて、目のやり場に困るというか……」
「あはは。まあいいじゃない。あの三姉妹の水着を堪能できる男の子なんて、世界であなたぐらいのものなんだから。役得だと思った方がいいわよ、少年」
個人的には、そう言う日比野さんの水着も大概刺激的なんだけど。なんだよその首から下半身にかけて真っ直ぐ伸びた細い布は。胸の先を隠す事だけしか考えられてないデザイン過ぎる。機能性という概念をどこかに捨ててきているとしか思えない。
「というか、さっきから何なんですかその少年呼び」
「あら、年頃の男の子は大人のお姉さんから少年呼びされると嬉しいものだって聞いたことがあるけれど?」
「ノーコメントでお願いします」
心から否定できない絶妙なラインだった。でも確かに憧れはするよね。大人の女性から少年呼びされるシチュエーション。
俺はクーラーボックスからスポドリを取り出し、一口分を喉に流し込む。海水が口に入っていたせいか、若干塩辛かった。
「しっかし、あの美少女三姉妹プラス絶世の美女と一緒に海水浴だなんて……幸せ者よね、加賀谷くんは」
「そうですね……学校の男子生徒とかに知られたらどうなるか想像したくもないっすね」
学校で三人と仲良く話しているだけでも殺意を向けられる現状、一緒に海で遊びましたーなんて公表したらそれこそ処刑されてしまうかもしれない。男だけならまだしも、最近は女子からも殺意を向けられ始めているし。
俺はもうひと口だけスポドリを飲むと、海で遊んでいる三姉妹の方に視線をやる。
「まあでも、俺なんかよりもあの三人が楽しめてるかどうかの方が大事ですからね」
「……こーら、そんなこと言わないの」
「わぷっ」
呆れたような声の後、日比野さんから勢いよく頭を押さえつけられた。
「あなたも同じ高校生なんだから。一緒にこの夏を楽しもう、ぐらいの心意気でいなさいな」
「でも、俺は三人のサポーターですから……」
「それ以前に高校生でしょう? 高校二年生の夏なんて人生で一度しかないんだから、余計なことなんて考えずに、子どもらしく楽しめばいいのよ」
難しいことは全部大人に任せちゃいなさい――そう言って、微笑む日比野さん。
大人の女性から笑顔を向けられることに慣れていないせいか、俺は思わず顔を逸らしてしまうのだった。




