第69話 からかい好きの保護者
どこまでも晴れ渡った、雲一つない青空。
道路沿いには切り揃えられた木々が並び立ち、遠くの砂浜は海水浴客で賑わっている。
窓の向こう側で凄まじい速度で通り過ぎていく夏の風景から目を離し、俺は助手席から運転席へと視線をやる。
「今日はありがとうございます。えっと……」
「日比野沙織。日比野さんでも沙織さんでもなんでもいいわよ」
「では、日比野さんで。保護者役だけじゃなくて運転までお願いしてしまって……本当にありがたいです」
「いえいえ。一夜ちゃん達のお母さんとは古くからの知り合いだからね。ちょうど予定も空いていたし、これぐらいお安い御用よ」
今回の小旅行に三姉妹の両親は参加することが出来なかった。両親共に多忙を極めていたため、予定を合わせられなかったのだ。
『夏の暑さにあてられて娘達に手を出したら……どうなるか分かっているな?』
そんな言葉を電話越しでぶつけられたのは記憶に新しい。今回の旅行中は何が何でも一線を超えないように細心の注意を払わなくては。
「しっかし、君があの理来くんねぇ……」
「あの……? 俺、どこかで噂になってるんですか?」
もしかしたら周囲から天才美少女三姉妹にくっついてる凡人のハエみたいな悪評を垂れ流されているかもしれない。普通の男子高校生からしてみれば、美少女と一つ屋根の下で暮らしているだけでも嫉妬の対象になりかねないし。
俺の質問に日比谷さんは首を横に振る。
「そんなんじゃないわよ。ただ、一夜ちゃんがいつも君のことを話してくれてねー」
「え? 一夜さんが?」
「ええ。料理が上手ーとか、いつも優しいーとか、それと……」
「先生!!! 余計なことを言わないでください!」
「ありゃ、怒られちゃった」
額にビギリと青筋を浮かべながら、後部座席から顔を覗かせる一夜さん。
「理来も! 今のは本気にしないでね? 先生はいつも変な事ばっかり言うんですから!」
「いやあ、一夜さんに裏で褒められてるなんて嬉しいなあ」
「本気にするなって言ったそばから!」
そんなこと言われても、嬉しいものは嬉しいんだからしょうがないよね。
「まあまあ、そう怒るものじゃないわよ一夜ちゃん。褒められて嬉しくない人はいない。でしょ?」
「私が理来を褒めていたという秘密を勝手に漏洩した先生に対して怒ってるんです!」
「褒めていたこと自体は認めるのね」
「ぐっ……ァ、あァあああああァァァ……!」
「そこまでにしといてあげなよさおりーん。このままだと一姉が闇の力に目覚めちゃう」
「ふふふ。ごめんなさいね。一夜ちゃんってからかい甲斐があるから、つい」
一夜さんは割と冗談が通じにくいタイプではあるけど、ここまで翻弄されるとは……天才ピアニストである一夜さんが師事を受けるほどだし、意外と油断ならない先生なのかもしれない。
日比谷さんは大人の魅力あふれる笑顔を見せながら、
「とにかく、私は今回ただの保護者だから。君たちは学生として思いっきりはしゃぎなさいね」
「理来とたくさん思い出を作る」
「ふふっ。流石は二葉ちゃんね。他の二人も見習った方がいいんじゃない?」
「「余計なお世話です!」」
日比谷さんからのからかいに、後部座席から長女と三女のツッコミが炸裂した。
★★★
私――天王洲一夜は先生と仲良さそうに話す理来を後部座席から眺めながら、小さくため息を吐いた。
私は今回の旅行に、大きな期待を寄せている。
何故なら、今回の旅行は私にとって大きなチャンスになると踏んでいるからだ。
理来が全員のスケジュールを調整してくれたことで実現した二泊三日の小旅行。
行先は私達天王洲家が所有しているプライベートビーチ。海水浴やバーベキューを楽しみつつ、ビーチ付近にあるロッジに宿泊するというプラン。
(私はこの旅行で、理来との距離を縮めてみせる……!)
理来への恋心を自覚して二ヶ月程。アプローチらしいアプローチを出来た試しがない。一緒に出掛けたりはしているし、一緒にゴキブリにビビったりはしたけれど……恋人になるための過程を踏めているかと言うと答えはノー。はっきり言って、一歩たりとも前進できていない。
何なら、私よりも彩三の方が理来との距離を詰めている気がする。何があったのか知らないけれど、最近の彩三はやけに理来との距離が近い。ボディタッチは当たり前、事ある毎に「センパイだーいすき」とか「毎日この料理が食べたいです」とか、もうそれ愛の告白なんじゃないの? みたいな言葉を高頻度で吐くようになっている。
彩三が理来に惚れているのかどうかは分からないけれど、少なくとも、彼女は私よりも数歩先を歩いている。
だからこそ、私はこの旅行で今までの遅れを取り戻すの。
理来に相応しい存在になるために、理来に私が魅力的な女性だと気づいてもらえるように、どんな手段だって使ってみせる。
私の高校生としての夏はこれが最後だから。
最後の夏でぐらい、自分の恋を成就させなくては――――!
★★★
隣でセンパイとさおりんを睨みつける一姉に苦笑しながら、あたし――天王洲彩三は密かに計画を練っていた。
それは、この旅行中を通じてセンパイにあたしを好きになってもらうという計画だ。
センパイは相手の性別と年齢に関係なく、とにかく優しく接してくれるスパダリだ。二姉からの話だとクラスメイト達からも親切な同級生として慕われているらしいし、家にいる時も背中に目がついてるんじゃないかってぐらい色んなことに気付いてくれる。
センパイは誰にでも優しい。
でもそれは、誰もがセンパイにとって特別じゃないということだ。
あたしはセンパイにとっての特別でありたい。
センパイに世界で一番好きでいてもらいたいし、センパイの頭の中の全部をあたし一色で染め上げたい。
だからこそ、あたしは今回の旅行に賭けている。
おそらくセンパイに惚れているであろう一姉、惚れているのかどうかいまいち分からない二姉。この二人があたしにとって最大最強のライバルだ。スタイルも頭脳もあたしは完全に負けている。
でも、こと積極性に関しては、あたしに大きなアドバンテージがある。
かつて、どこかの国の偉い人がこんなことを言っていたような言ってなかったような気がする。
恋はいつでも積極的な奴が勝つ――と!
(水着も新調したし、夏に向けてスタイル維持も頑張った……は、裸を見られてもいいように、いろいろケアもしたし……この旅行であたしは、センパイの一番になってみせる!)
大好きなセンパイは、誰にも渡さない。
絶対に、渡してなんかなるもんか――!
★★★
恋する長女と三女が車内の温度を無意識に上昇させる中。
無自覚ながらに現在最も理来との距離が近いマイペース次女はというと――
(防水加工はしてないけど、海に落とさなければセーフだよね……?)
――海水浴中にゲームが出来るかどうかを真剣に考えているのだった。




