33 職人(3)
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お兄様こと、シドニー・クランプーズはクランプーズ伯爵家の嫡男だ。
我がアシュリー家とは領地が隣同士で、数代前から家族ぐるみでの付き合いが続いている。
父の代では、双方共に子供が一人ずつしかいなかったこともあり、子供の頃からお兄様には実の妹のように可愛がってもらった。
私がお兄様と呼ぶようになったのも、その影響だ。
クランプーズ家は我が国の貴族としては真ん中の位である伯爵家ではあるものの、位と実態は伴っていない。
我が家のように代々王宮で役職を得ている家ではないが、力のある家なのだ。
クランプーズ家の領地には王国有数の港町があり、外国との貿易港として非常に栄えているため、公爵家にも匹敵するほどの資産を持っているからだ。
この港町を漁村から貿易港にまで発展させたのは、お兄様の父親である伯爵様だ。
その功績により、侯爵への陞爵を王家から打診されたこともあるそうなのだけど、伯爵様はあっさり断ったらしい。
表立っては、伯爵家としては比較的歴史が浅いことを理由に断ったらしいけど、本当は王家に納める税金が上がることを嫌ったからだとはお兄様の談だ。
領地に大きな港があるからか、クランプーズ家はいくつかの商会を経営している。
この国では古くから貴族が商売に手を出すことをあまり良しとしていないので、表立っては後見しているという立場なんだけどね。
そして、後見している商会の中で今最も勢いのある商会は、お兄様が経営している。
この商会がこれほど急成長したのはここ数年の話だ。
そう、具体的に言うと、お兄様が経営するようになってから。
お兄様も伯爵様の才覚を十二分に受け継いでいるというわけだ。
クランプーズ家は元々商家から興った家らしいので、家系的に商いが得意なのかもしれない。
このところ、お兄様は外国に留学していたが、勉強に励んでいたのはもちろんのこと、商会に関することにも励んでいた。
社交場にでて仕事に役立つ人脈を築いたり、新しく出す支店のための土地の下見したりと、細々とした準備にも奔走していたらしい。
一体どこにそんな体力があるのか。
お兄様から色々な話を聞くたびに、そう思う。
そんな精力的なお兄様は、髪は緑青色で瞳は暗緑色と派手な容姿ではない。
しかし、少し垂れた目と、常に顔に浮かべる優しげな表情が、柔らかな物腰と相まって甘い雰囲気を醸し出している人だ。
加えて、実家が裕福で、本人も優秀なことから、将来有望な子息として、社交界の御令嬢方からは常に熱い視線を向けられている。
それでも、女性と浮き名を流したことはないことから、誠実な人物だと評判でもあった。
そういうわけで、血は繋がってはいないが、自慢のお兄様だったりする。
「お久しぶりです、お兄様」
「久しぶりだね」
訪問伺いの手紙に返事をしてから数日後。
やって来たお兄様を玄関で出迎える。
自然に顔に笑みを浮かべて挨拶をすると、お兄様も目を優しく細め、微笑んでくれた。
そして、簡単に挨拶を交わした後は、執事のウォルターの先導で応接室へと移動した。
「思ったよりも元気そうだね」
「ありがとうございます。お兄様もお変わりなさそうで、何よりです」
ソファーへと腰を落ち着け、マギーが淹れてくれた紅茶を一口飲むと、お兄様が口を開いた。
その口振りに、思わず苦笑いを返す。
シドニーもだけど、お兄様もかなりの情報通だ。
私の婚約について、既に色々と聞き及んでいるのだろう。
「前からあまり良い印象はなかったけど、やっぱりと言うか、何と言うか……」
「そうでしたの?」
「うん。ソフィアへの態度はどうかと思っていたし、特にここ最近の噂がね」
はっきりと名指しはしなかったけど、お兄様もヘンリー殿下に良い印象は持っていなかったらしい。
今日ここで話すまで、お兄様が態度に出すことはなかったため、全然気付かなかった。
珍しく苦い表情を浮かべながら話すお兄様に、随分と心配をかけていたのだと気付き、ありがたい気持ちと一緒に、少々申し訳ないとも思う。
お兄様が言う、私への態度というのは、交流が途絶えてしまった頃の話だろうか?
あの頃、お兄様にも相談をした記憶がある。
ただ、相談する前から、殿下は私にそっけない態度を示すようになっていたので、お兄様が殿下のことを微妙に思うようになったのは、もっと前からかもしれない。
お兄様なら、私が話すよりも先に知っていそうだもの。
そうして、冷たくあしらう態度を微妙に思っているところに、最近の噂が更なる追い討ちをかけたようだ。
噂というのは、恐らくゴードン男爵令嬢との噂のことだろう。
ずっと外国にいたお兄様が、殿下とゴードン男爵令嬢の様子を実際に目にすることはなかったと思う。
けれども、噂は届いていたようだ。
「陛下たちがいない間にソフィアを呼び出したあたり、少しは頭が回るみたいだけど、全くなっていないよね。ソフィアとの婚約って王命だったでしょ?」
「はい。陛下からの強い後押しで決まったと聞いています」
「それを勝手に破棄するなんて、何を考えているのかな?」
「さあ? 私にもわかりませんわ」
お兄様が言う通り、国王陛下からの命令で結ばれた契約を、陛下の許可もなく王子が破棄するのは前代未聞の話だ。
実際は、破棄したいと提案されただけだけど、それでも問題となるのは間違いない。
単純に考えるなら、陛下からお咎めを受けても婚約を破棄したいほど、殿下はゴードン男爵令嬢のことを思っているのかもしれない。
しかし、今となってはどうでもいいことだ。
私も殿下に対して全く未練はないので、深く考えもしなかった。
だから、ばっさりと切り捨てたのだけど、それがお兄様の琴線に触れたらしい。
素知らぬ顔でティーカップを口元に運べば、お兄様は面白そうに声を上げて笑った。
「本当に落ち込んでいないようだね。前に相談されたことがあるから、今回の件で落ち込んでいるかと思ってたんだけど」
「お兄様は噂しか聞いていないようですけど、私は実際に目にしましたからね。結構前から吹っ切れてましたわ」
にっこりと微笑んで返せば、お兄様は困ったように笑った。
実際に返答に困ったのかもしれない。
その証拠に、お兄様は話題を切り替えた。





