32 職人(2)
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「なら、魔道具を用意しようかしら?」
「魔道具ですか?」
「えぇ。卵や雛を温めることができる」
「湯たんぽの代わりになるような物ということですか」
「そうよ。日に何度もお湯を交換するのも面倒でしょ?」
そうなると、候補に挙がるのは魔道具だ。
魔道具というのは、魔物の体内にある、魔力を内包した石――通称、魔石を利用して魔法を発動させる道具のことだ。
どのような魔法が発動するかは、道具に刻まれた魔法陣と呼ばれる紋様によって決まる。
また、魔石に内包された魔力がなくなると、魔道具は動作しなくなる。
前世でいうならば、魔法陣は回路、魔石は電池と言ったところか。
そんな魔道具は使用者の魔法の力量に依らず、また魔力も使わずに、決められた魔法効果を発揮するため、誰にでも使える便利な物だ。
しかし、作るのは大変だ。
まず、道具に魔法陣を刻むのにも技術がいる。
魔法陣を刻むのは、金属の板に小さなタガネで細かい文字を彫るようなものだ。
綺麗な魔法陣を刻むためには、それなりの修練が必要になることは想像に難くない。
もっと正確に言うなら、刻む際には製作者が自身の魔力を操る必要もあるため、タガネで文字を彫るよりも修練が必要だったりもする。
次に、一定の規則があるものの、魔法陣の内容はある程度自由に描ける。
そのため、同じ効果の魔法陣でも製作者によって紋様が異なってくる。
掌くらいの大きさの火や水を出す魔法陣であれば、そう変わることはないけど、より複雑な効果の魔法陣であれば、腕の良い人が描く魔法陣ほど小さくなる傾向がある。
発動する魔法が高度なものになれば、対応する魔法陣も巨大で、複雑な紋様になるので、製作者の腕の良し悪しは重要だ。
ちなみに、転移魔法を発動する魔法陣ともなると、腕の良い人が描いたとしても、王城と同じ大きさの円の中に、爪先ほどのサイズの文字や数字、記号などがびっしりと書き込まれた物になる。
ただ、魔法陣は圧縮することも可能だ。
転移魔法の魔法陣も圧縮すれば、大人五人分の背丈と同じくらいの円に縮めることができる。
その代わり、円の中に描かれる内容はさらに難しい、暗号のような物になるんだけどね。
そして、魔道具の大きさは刻む魔法陣の大きさによるところが大きいため、元の魔法陣をどれほど圧縮できるかというのも、魔道具を作る職人の腕の見せ所だったりする。
転移魔法の魔法陣を先程挙げた通りの大きさに圧縮できる職人ともなると、各国の王家お抱えの職人くらいではないだろうか。
「手間はかかりますけど、魔道具って高いですよね?」
「湯たんぽよりはね。でも、保温器なら割と単純な物だし、うちで買えないような物ではないと思うわ」
そういう訳で、職人の腕が必要な魔道具はそれなりに高価だ。
ノアも魔道具が高価なことは知っているらしく、歯切れが悪い。
とはいえ、保温器程度なら我が家で買えない物でもないだろう。
新しく開発してもらうことになるから、守秘義務契約は必要だ。
なら、その分も代金に上乗せする必要があるだろうか?
うーん、考えないといけないことが多いわね。
職人との価格交渉は不慣れなので、叔父かウォーレン辺りと相談した方が良さそうだ。
「ソフィア様、お話中申し訳ありません」
「ウォルター、どうしたの?」
「早急に確認していただきたいことがございまして」
頭の中で考えを巡らせつつ、並行してノアと話していると、横からウォーレンが声をかけてきた。
話の途中に声をかけてくるなんて、珍しい。
不思議に思って首を傾げると、ウォルターが銀盆に載せた手紙を差し出してきた。
既に確認済みの物らしく、封は開いている。
ウォルターの表情も柔かなものなので、悪い内容ではなさそうだ。
手に取って、中の手紙を読むと、思わず笑みが浮かんだ。
「お兄様が戻っていらしたのね。すぐにお返事しないと。ウォルター、準備をお願いね」
「かしこまりました」
手紙の送り主は、隣の領地を治めている領主の子息で、幼馴染だった。
二つ年上の幼馴染は子供の頃から妹のように可愛がってくれていたので、私も実の兄のように慕っている。
その幼馴染は、ここ数年外国に留学していたのだけど、つい先日戻って来たようだ。
手紙によると、帰郷の挨拶をしに来たいので、都合のいい日を教えて欲しいとのことだった。
嬉しい連絡に顔が緩むのを堪えきれない。
ノアとの話も終わってはいないけど、キリはいい。
今日はここまでにして、すぐに返事を書きに屋敷に戻ろう。
心が決まればあとは早い。
続きはまた明日話そうとノアに告げると、ノアも快く頷いてくれた。
そうして、私は足早に屋敷へと戻ったのであった。





