31 職人(1)
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「順調そうね」
「あ、ソフィア様!」
鶏小屋で、今日もせっせとコッコたちの世話をしていたノアの背中に声を掛ける。
振り返ったノアは満面の笑みを浮かべてお辞儀をした。
ノアと一緒にコッコの世話をしていた使用人たちも、同じように挨拶をする。
片手を上げて、作業に戻るよう手振りで示せば、ノア以外の人たちは再び作業に向き直った。
ノアが持つ、【ブリーダー】という【称号】の効果が確認されてから、屋敷で飼うコッコの数は更に増えた。
どれくらいの数まで【称号】の効果が及ぶのかという実験をしたためだったのだけど、ちょっと調子に乗り過ぎたらしい。
小さな雛のうちは良かったのだけど、大きくなったコッコたちには、当初用意していた鶏小屋では手狭になってしまったのだ。
元々、前世の鶏よりも大きめのコッコとはいえ、やっぱり数を増やし過ぎた。
叔父様や私たちだけでなく使用人たちの食事にも使えるほど、沢山の卵が手に入るようになったことは歓迎できるんだけどね。
コッコが育つにつれて、どんどん隙間がなくなっていく鶏小屋を見て、慌てて拡張したのは言うまでもない。
拡張された鶏小屋は、小屋と言うのも烏滸がましいほどの大きさだ。
それ故、コッコたちの世話もノア一人では賄えなくなったので、コッコ専用の飼育員が増員された。
先程、ノアと一緒に作業していたのが、増員された飼育員たちだ。
【称号】の効果で、我が家のコッコたちは人を襲わない。
以前から屋敷で働いていた使用人たちの中には、コッコのことを可愛いと言って、休憩時間に餌やりにくる人もいたりする。
けれども、今までの経緯を知らない人からしてみれば、コッコは恐ろしい魔物の一種だ。
新しく雇おうとしても、なかなか人は集まらなかった。
そんな中、一計を案じたのは叔父だ。
魔物に慣れた、とある職業の人たちの中から人手を募ることにしたのだ。
その職業とは狩人だ。
狩人は森や山に入り、魔物を狩って、その肉や皮を売り、生計を立てている人たちだ。
前世では、冒険者や探索者とも呼ばれていたわね。
魔物を相手取るため、狩人は他の職業と比べて怪我をする確率が高い。
怪我が軽ければいいけど、重い場合は引退を余儀なくされることもある。
叔父は、そんな怪我を理由に狩人を引退した人を、コッコの飼育員として募ったのだ。
この募集を聞いて、職を辞さなければいけないほどの怪我をした人が、飼育員をできるのかと不思議に思う人は多かった。
けれども、雇い主がアシュリー侯爵家ということで、目敏い人は問題がないことに気付いたようだ。
何故なら、アシュリー侯爵家には聖女と呼ばれる【大神官】がいる。
もしかしたら、【大神官】の治療を受けられるのかもしれない。
そう考えた人たちは、詳しい話を聞かせて欲しいと、屋敷に問い合わせてきた。
その考えは、半分当たりだ。
屋敷の使用人が大きな怪我をした場合、高額な費用が掛かる神殿に行かなくても、我が家で無料で治療をしている。
もちろん、今回募集した飼育員も、希望すれば治療を受けることは可能だ。
ただし、治療するのは【大神官】である母ではなく、私だけどね。
こう見えても、生きてさえいれば大概のことは治せる腕はあるので、問題はない。
そうして、【大神官】にではないけど、神聖魔法での治療を受けられるという話は、問い合わせて来た人たちから人伝で広まったようだ。
初めは数日に一人くらいの割合で来ていた応募が、徐々に増えていき、最終的には当初予定していた期日よりも前に締め切ることになったほどだった。
選り取り見取りだと叔父が喜んでいたのは記憶に新しい。
「ソフィア様やダニエル様が増員してくださったお陰です。新しく入ってくださった方は、皆さん本当に良くしてくださって……。コッコ以外の魔物についても色々と教えてくださるので、とても勉強になります」
「そう。それは良かったわ」
狩人は気性の荒い人が多いイメージがあったのだが、イメージは良い意味で覆された。
叔父が選別したからか、新しく入ってきた人たちは多少粗野なところはあるものの、思ったよりも穏やかな性格の人が多かった。
希望者に治療を施したのもいい影響を与えたようだ。
飼育員たちは皆、若輩者の私にも彼等なりの敬意を払って接してくれる。
それでも、ノアに対してはどうだろうかと、少し心配していた。
ニコニコと応じるノアに、新しく入った飼育員との関係も順調なことが伺えて、ほっと胸を撫で下ろす。
ノアの話によると、弟のように可愛がってくれる人が多く、良い兄貴分のようだ。
面倒見の良い人が多かったのかもしれない。
コッコ飼育の中心となるノアが働きやすいのなら何よりだ。
「コッコの飼育はいいとして、問題は雛のための環境ね」
「そうですね。今いるコッコの半分が卵を産んだとすると、もう少し大きな箱を用意した方がいいかもしれません」
コッコの飼育は順調だけど、この先のことを考えると準備しなければいけない物がある。
それが、ノアが言う箱こと、雛の保温器だ。
今いるコッコが卵を産んだ場合、親鳥が卵を温めて孵し、雛の世話もしてくれるかもしれない。
けれども、前世の記憶を辿れば、親鳥が世話を放棄する場合も考えられる。
ならば、始めから卵の孵化や雛の保温は飼育員たちが行うことにした方が確実だろう。
人工で卵を孵化させたり、雛を育てたりするには、保温器が必要になる。
今ある保温器は底に湯たんぽを置き、その上に藁を敷いた、ただの木箱だ。
これを箱の大きさを変えて、湯たんぽの数を増やすだけでもいいのだけど、どうせならもっと手間が掛からない物にしたい。
温度を保つために湯たんぽを交換するのも、それなりの手間だしね。





