舞台裏03 エレノア(3)
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隠しキャラであるシリルを除いた相手役の全員との出会いを果たした後も、エレノアは積極的に動いた。
前世の知識通りに、王都の決まった場所へ、決まった時間に出かければ、ゲームのシナリオ通りに相手役に会うことができた。
相手役と会うときに交わす会話も、ほぼゲーム通りで、エレノアもまた同じようにゲームと同じ台詞を口にしたのだった。
その甲斐あってか、エレノアから見て、相手役との仲も徐々に深まっていった。
特に本命のヘンリーとの仲は順調で、このまま行けばゲームのエンディングと同じようにヘンリーと結ばれるのではと考えるほどだった。
思い通りに物事が進むのだから、エレノアが浮かれたのも仕方がないだろう。
しかし、時が経つにつれ、順調に思えた道程には暗雲が垂れ込めてきた。
徐々にゲームとの差異が大きく目に付くようになったのだ。
それまでも細々とした違いがあったのだが、エレノアがはっきりと気付いたのは、ゲームでは中盤の頃だ。
ゲームでは相手役に婚約者は存在しなかったのだが、現実では婚約者が存在したのだ。
相手役である子息たちは皆貴族で、将来を有望視されている者ばかりだ。
現実のラクサローム王国の常識からすると、幼い頃から決められた婚約者がいても、全くおかしなことではなかった。
誰と誰が婚約しているかという情報は社交界で公になっているもので、多くの人が知っているものだ。
特に、相手役たちの家は社交界でそれなりの権力を持っている家だったので、少しでも社交を齧っている者であれば、知っていて当然の話だった。
子供たちも例外ではない。
それなりの年齢の者であれば、本人が社交の場に参加せずとも、親から話を聞くなりして知っていた。
しかし、エレノアは知らなかった。
十四歳で男爵家に引き取られたときから男爵夫人や嫡男とは没交渉で、実の父である男爵ですらほとんど会話をすることはなかった。
家庭教師は付いていたものの、記憶を取り戻すまでにエレノアが教えられたのは貴族に最低限必要なマナーや知識ばかりだ。
記憶を取り戻してからは、相手役との仲を深めるのに忙しく、エレノアの方が真面目に勉強しなくなったため、教師もそこまで熱心に教えなくなった。
そういうわけで、エレノアに貴族家同士の関わりを教える者は誰もいなかったのだ。
相手役たちから婚約者の話を聞いて、エレノアはゲームとは明らかに異なっていることに気付き、非常に驚いた。
一抹の不安を抱いたが、差異が発生している原因については「不具合が発生したのか」としか思い付かなかった。
ひとえに、ここまで順調に相手役との仲を深めることができていたことで、この世界がゲームの世界だと思い込んでしまったせいである。
エレノアは不安に思いつつも、ヘンリーとは既に友達以上恋人未満くらいの仲となっていたため、今更仲を進展させることを諦めることはできなかった。
結局、不安に蓋をして、エレノアは相手役たちと更に親密になるように動き続けた。
そして、ゲームの最終盤に至ったとき、最も大きな違いが明らかとなった。
最も大きな違いは、エレノアが【聖女】として目覚めなかったことだ。
【聖女】として目覚めるのにはきっかけがあるのだが、そのきっかけとなるイベントが発生しなかったのだ。
イベントはゲームの展開としてはよくあるものだ。
ゲームでは途中で必ず、王都近郊の森で大量に魔物が発生し、森から溢れた魔物に王都が襲撃される。
魔物を王都で迎え撃つのは相手役であるヘンリーとデイモンとカルヴィンだ。
たった三人で多くの魔物を迎え撃てるのかと疑問に思うかもしれないが、そこはゲームなので気にしてはいけない。
剣と魔法の世界でもあるゲームの世界では、彼らは優秀で、王都の守りとして選抜されるほどの能力があった。
それぞれの親密度が一定の高さを超えている場合は、エレノアも優秀な回復魔法の使い手として、三人と行動を共にする。
エレノアが参戦してもしなくても、向かってくる魔物は多く、三人は徐々に押されて、危機的状況に陥る。
ただし、エレノアが一緒にいる場合は、エレノアが【聖女】として覚醒し、大きな力を得るのだ。
同時に、そのときに最も親密度の高い相手役が【勇者】として目覚め、【聖女】と【勇者】が力を合わせて魔物を殲滅し、王都を守るというのがイベントの概要だ。
現実のエレノアはもちろん、このイベントが発生するのを期待していた。
なにせ、現実にも【称号】と呼ばれるものがある。
ゲームに出てきた【聖女】や【勇者】とは、この【称号】のことではないかとエレノアは考えていた。
けれども、実際には魔物は森から溢れることはなく、エレノアが【聖女】として目覚めることもなかった。
ゲームでは一番盛り上がるイベントだっただけに、イベントの発生時期が過ぎても何も起きなかったことに、エレノアは非常に気落ちした。
事ここに至って、エレノアはゲームとの差異に目を背けることを止めた。
しかし、この世界がゲームの世界ではなく現実だと認識したわけではない。
ゲームの世界だと思ったまま、ヘンリーの婚約者こそが不具合だと思い込んだのだ。
(侯爵令嬢で【賢者】とか、ふざけているにもほどがあるよね。まるで、ヒロインの立場を奪ったみたい。やっぱり、あの女がバグね。あの女がいる限り、ヘンリーとは結婚できないし)
ヘンリーの婚約者は、世にも珍しい【賢者】という【称号】を持っている。
また、侯爵令嬢という王族の婚約者として相応しい高い身分を持っていた。
【聖女】でもない、ただの男爵令嬢であるエレノアでは到底太刀打ちできないと思われたが、唯一エレノアが勝っていることがあった。
ヘンリーとの親密度だ。
ヘンリーは【称号】を持っていなかった。
【称号】持ちが崇められている世界とはいえ、元々持っている者は少ないため、ヘンリーが持っていなくても何ら問題はない。
けれども、婚約者が【称号】持ちであったために、ヘンリーは婚約者に対してコンプレックスを抱いていた。
そのせいで、エレノアが出会ったときには既に、ヘンリーと婚約者の親密度は高くなかったのだ。
(ヘンリーとはもう恋人同士だって言ってもいいくらいだし、ヘンリーもあの女のことは嫌ってるみたいよね。婚約破棄してって言えば、してくれそうね)
エレノアが【聖女】として目覚めることはなかったが、それでもヘンリーとの仲は進展した。
時期的に、後はエンディングを残すだけ。
今結ばれている婚約さえなくなれば、ヘンリーと結ばれるのは確実だとエレノアは手応えを感じていた。
(舞踏会より前に破棄してもらわないとダメよね。そうすれば、舞踏会で新しい婚約者として大々的にお披露目してもらえるかも)
ゲームのヘンリーと結ばれるシナリオでは、エンディング直前にヘンリーから王宮で開かれる舞踏会へ一緒に参加しないかと誘われる。
王宮で開かれるその舞踏会では貴族たちへエレノアが【聖女】であることと同時に、ヘンリーの婚約者になったお披露目も兼ねていた。
ゲームではエレノアたちが魔物の襲撃を退けたお祝いで開かれた舞踏会だが、新たな婚約者が決まったとなれば、ヘンリーにお願いすれば開催してもらえるだろう。
エレノアはそう考え、早速ヘンリーに話を持ちかけることにした。
今までと同様に物事は都合良く進むだろうと楽観視しているエレノアは、自身に新たな【称号】がもたらされていることに、未だ気付くことはなかった。





