舞台裏02 エレノア(2)
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エレノアが思い出した前世の記憶では、ゲームが始まるのはエレノアが十六歳になった翌日からだった。
王都の待ち合わせ場所として有名な広場で、ヘンリーに出会うところから始まる。
記憶を取り戻してすぐに、そのことに思い当たったエレノアは何だかんだ理由を付けて、早速翌日広場へと向かった。
そして幸運なことに、広場には平民に扮したヘンリーが立っていた。
平民の服と言っても、ヘンリーが着ている物はかなり裕福な商人の子息が着るような、上質な物だった。
また、周りの平民たちと比べて体格が良く、顔立ちも非常に整っており、育ちから醸し出される高貴な雰囲気は全く隠しきれていなかった。
一見してどこかの貴族の子息がお忍びで町に遊びに来ていることがわかるほどで、広場周辺にはヘンリーを見て頬を染める女性たちが多くいた。
その姿はゲームのスチル通りだった。
しかし、遠巻きに見ているだけだ。
周りにいる大半の者は迂闊なことをして貴族の不興を買い、咎めを受けぬようにヘンリーから距離を取っていた。
(ヘンリー!)
ゲームのシナリオ通りにヘンリーが佇んでいるのを目にしたエレノアは目を輝かせた。
頭の中は、あっという間に、この後ヘンリーと知り合うための展開で占められ、エレノアは周りに気を配ることなくヘンリーに声をかけた。
「何かお困りですか?」
それとなく周りを見回して誰かを探している風のヘンリーに、エレノアはゲームの選択肢にあった台詞を告げた。
突然かけられた声に、ヘンリーは驚いたように目を丸くした。
ゲームでは一枚絵でしか表現されていなかったため、細かな表情の変化はわからなかった。
けれども、現実では次々と変わる表情を見ることができ、エレノアのテンションは鰻登りになった。
「連れと逸れてしまって……、探してたんだ」
エレノアに声をかけられたヘンリーは少しばかり逡巡した後、シナリオと同じ台詞を口にした。
そのことにエレノアはここがゲームの世界であるという実感を強くし、気分は益々高揚した。
そして、第二の選択肢へと駒を進めた。
「そうだったんですね。良かったら、私も一緒に探しましょうか?」
「いや「ハリー!」」
ヘンリーの言葉を遮るように、少し離れた場所から声がかけられた。
声がした方を向くと、周りにいる人よりも頭一つ分背が高い、がっしりとした体格で、燃える炎のような赤髪とシルバーグレーの瞳の青年が、こちらに息急き切って向かってきた。
その青年の姿を見て、エレノアは心の中でガッツポーズを決めた。
その青年の名はデイモン。
ゲームに出てくる相手役の一人だ。
騎士団団長の子息で、ヘンリーとはまた異なるタイプのイケメンである。
父親と同様に将来は騎士を目指していて、日々身体を鍛えているからか、相手役の中で最も体格がいい。
デイモンのルートでは主人公が暴漢に襲われるシーンがあるのだが、間一髪駆けつけたデイモンに守られ、最後に抱きしめられるスチルでは主人公との体格差が顕わになり、悶えるファンが続出した。
また普段は険しい表情をしていることが多いが、親密度が上がったときの優しい表情とのギャップもいいとファンの間では言われていた。
そんなデイモンとの出会いは、ヘンリーとは異なり、複数あった。
そのうちの一つがゲームの冒頭だった。
ゲーム開始直後の一つ目の選択肢はヘンリーに声をかけるか、かけないかだった。
ここで「かける」を選択するとヘンリーの親密度が上がり、「かけない」を選択すると上がらない仕様となっていた。
二つ目の選択肢は、連れを探しているというヘンリーの台詞に対しての行動だ。
選択肢は三つ。
ヘンリーを置いて立ち去るか、ヘンリーと一緒に連れが来るのを待つか、それとも一緒に探すかだ。
置いて立ち去る場合は親密度は下がる。
一緒に待つ場合は、ヘンリーの親密度は上がるが、連れは現れず、暫くしてヘンリーと別れることになる。
そして、一緒に探す場合だが、この場合はヘンリーの親密度が上がり、連れであるデイモンが現れるのだ。
ゲーム冒頭でデイモンと出会うのは必須ではない。
しかし、出会う回数と選ぶ選択肢によって親密度を上げるという特性上、ここでデイモンが登場する選択肢を選ぶ者は多かった。
何故なら、このゲームでは全員と結ばれるハーレムルートと呼ばれる結末はなかったが、結末に至るまでに複数のキャラの親密度を同時に上げて、各々のスチルを見ること――いわゆる、スチルの回収は可能だったからだ。
ヘンリーのことが一番好きだとはいえ、前世のエレノアは他のキャラクターのことも好んでいた。
なにせ、相手役は誰もがイケメンで、どのスチルも素敵なものばかり。
しかも、親密度を上げた後は誰もが主人公のことを溺愛し、ちやほやしてくれる。
当然のことながら、デイモンにヘンリーほどの執着はなかったが、前世ではデイモンのスチルも全て回収していた。
それ故、今回も前世の癖でデイモンが登場する選択肢を選んだのだ。
(ゲームと同じだ……)
ヘンリーの元へと走ってきたデイモンを見つめながら、エレノアはゲームと同じように事が運んだことに感動していた。
ゲームと同じ場所に同じ人物が現れ、話す内容まで一致していることは、エレノアにこの世界はゲームの世界だという思いをより一層抱かせた。
そして、ヘンリーとデイモンが話し終わり、ヘンリーがエレノアにお礼を言って立ち去る頃には、エレノアは次に相手役と会える場所と時間を思い返し、ゲームを進める算段を始めたのだった。
ヘンリーと出会った翌日、エレノアは王都にある図書館に出向いた。
ここでは宮廷魔道師の子息であるカルヴィンに出会うことができる。
家の者には図書館で勉強をすると言って、エレノアは朝から図書館に籠もった。
(ここでカルヴィンに出会うのって、午前じゃなかったっけ?)
ジリジリしながら待つこと数時間。
ゲームでは午前中に会うことができるカルヴィンは、昼近くになってから漸く現れた。
無事に出会えたことにほっとしつつ、エレノアは疑問を抱いた。
(ゲームでは、こんなに待ったりしなかったんだけど……)
ゲームで相手役に会うための条件は時間と場所だ。
決められた時間に決められた場所へ行くと、相手役に会うことができる。
ただ、場所はともかく、時間には色々な幅があった。
例えば、相手役と出会うイベントは「最初の月の午前に特定の場所に行く」という条件だが、他のイベントでは「特定の日の夕方六時に特定の場所に行く」という風に時間まで指定されていることもあった。
カルヴィンと出会うイベントの条件は「最初の月の午前に王都の図書館に行く」というものだった。
ゲームでは午前中であれば何時に行っても、すぐにカルヴィンに会うことができた。
しかし、現実では数時間待つことになった。
そこにエレノアは違和感を覚えたのだ。
しかし、図書館に行ってカルヴィンと出会うと「数時間経つ」というのもまた、ゲームの通りだった。
ゲームでは、場所を移動するごとに一時間が経過した。
移動先で相手役と出会うだけなら時間は経過しないが、スチルがあるようなイベントが発生した場合は、更に数時間が経過する。
そして、相手役と最初に出会うイベントにはスチルがあり、当然、出会った後には数時間が経過した。
具体的には、カルヴィンに会うために何時に図書館に行ったとしても、終わった後には午後になっているといった具合である。
(でも、午前中には会えたし、イベントの後は時間が経ってるものだったし、こんなもんなのかな)
だから、エレノアは一瞬妙だと思ったものの、すぐに納得し、違和感をどこかに押しやってしまった。





