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第87話 貴族院始まる

 入寮の翌日は制服の採寸だ。

 基本的にはいくつかサイズはあるものの、従者は年齢も様々な為特注になるケースがザラにあるそうだ。

 貴族側にそういったことはあまりないようだけど、ババンゴーア様のようにやたらと発育の良い人はやはり特注になるのだと。

 ファムさんにされたような全裸での採寸ではなく、あくまでも服の上からの採寸なので割とスムーズに終わった。

 私は一番小さいサイズだったよ…。

 …ちゃんと育ってるよ?身長だってリードより少し低いくらいだし?でもこれからよね、こーれーかーらー。

 私は女子の採寸が行われている教室から出て男子が採寸を行っている教室へと向かう。表向きとはいえ、私も従者なので早く用事が済めば主人の下へ向かうのが筋だろうと思ってのことだったが、リードはまだ採寸が終わっていないらしい。

 そのまま教室の外で待機しながらリードが出てくるのを待つことにした。

 この貴族院はとにかく広い。

 それでも生徒…貴族と従者を含めた人数、教師や講師を含めるとかなりの人数になる。

 今も廊下で佇んでいる私の前を制服を着た先輩方が通り過ぎていく。殆どが偶数人数なのは貴族と従者が一組になっているからだろうけど、あんなにいつもずっとついたままだと疲れないのかな?


「おや?セシルか?…あぁ、リードルディ様をお待ちなのだな」


 そこへ採寸が終わって出てきたカイザックが私に声を掛けてきた。今日は彼も武器や盾を持っていない上、戦闘を行わないからか随分身軽な格好をしている。


「こんにちはカイザック殿。ここは他の方々の目に触れる場所にございますよ?」


 軽く握った左手を口元に当てて鈴を転がすように涼やかに笑ってあげるとカイザックは右手で後ろ頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 そんなことしても誤魔化されないよ。公の場ではちゃんとしなさい。


「失礼した。女子の教室にはミルリファーナ様はおられただろうか?」

「申し訳ごさいません。女子の採寸は全員布で仕切られた個室のような場所で行っていたため誰がいらっしゃったかわかりかねます」

「左様か…。では私もあちらの廊下で主人を待つとしよう」

「はい。ごきげんよう、カイザック殿」

「ふふっ。ではセシル殿、失礼させていただく」


 こうして話している分にはなかなか礼儀正しくて笑顔の似合う好青年なんだけどなぁ。

 あのラッキースケベ体質はいただけない。

 さっきもそうだったけど、私は彼が自分より一メテル以内に入ることを拒否している。またあんなことされたらたまったものじゃない。

 勿論彼くらいならいきなり襲い掛かってきたところで返り討ちにするけどねっ!

 試験の時みたいに手加減してあげないんだからっ!


「何をそんな怖い顔をしているんだ?」

「あ、リー…ドルディ様。お疲れ様でございました」

「あぁ、待たせたな。それで?何を怖い顔していたのだ?」


 採寸が終わって出てきたリードに対し、右手を軽く握って胸に当てたまま礼をする。いわゆる臣下の礼というもの。

 でもその後に問われたことに答える気はないよ。

 …リードも結局はおっきい胸が好きみたいだしね。バカリードめ。

 まぁ?私も別にリードのことなんかなんとも思ってないし?胸なんて無くてもそういう需要の人を探せばいいんだし?いざとなったらユーニャと二人でずっとお店やればいいんだし?

 ふんだ。

 目だけ笑わず、口元だけに微笑みを浮かべてリードを見つめ…いや、睨むと彼も口を噤んだ。

 昨日のことを思い出して私が何を考えているのか察したのかもしれない。


「さ、さて、今日はこの後何かあったかな?」

「…リードルディ様、午後から講義の説明があり、明日の四の鐘までに選択した講義の提出です。それも寮の説明の際に一緒に私と聞いていたはずですが…」

「…そういうのはセシルが聞いていればいい。セシルは僕の従者なのだからな」


 やれやれ…都合の良いときだけ従者って言葉を使うんだから。

 普段は私をただの従者と見られるのを嫌がるくせに。


「あら?リードルディ卿はまだまだお子様のようですわね?」


 そんな風に呆れているところに声が掛かった。

 先日以来会う度に交流を深めているミルルだ。


「こんにちは、セシル殿」

「はっ、ミルリファーナ様におかれましても本日は…」

「セシル殿?先日の説明会でもあった通り、貴族院内では上位の者への過剰な挨拶は禁止ですのよ?」

「…ですが、これは過剰とは…」

「過剰ですわ」


 この子も言い出したら聞かないんだよね。ほんの数日の付き合いでしかない私ですらそのことは身に沁みてわかってきた。


「こんにちは、ミルリファーナ様」

「ありがとう。それで今からカイザックと昼食の予定ですけれど、リードルディ卿とセシル殿もご一緒にいかがかしら?」

「…良いですね。僕達もちょうど昼食の話をしていたところでしたから」


 …いつしたのよ、いつ?!

 誤魔化しが多分に含まれているだろうこの会話に水を差すことなく、私達は四人で食堂に向かうことにした。

 当然と言えば当然だけど、リードとミルルが並んで先を歩いて私とカイザックはその後ろからついていくことになる。

 貴族院内では警戒する必要はないものの、内部の事情を知るために試験以来ずっと魔力感知と気配察知を使用している。知覚限界も使いたいところだけど、さすがに一日中使っていたらMPが枯渇してしまうので必要な時だけの使用に留めている。


 後食堂では私とミルル、リードとカイザックのペアで話し込んでいた。

 遠巻きに階級が下であろう貴族達がこちらの様子を窺っていのが見えていたが、貴族であるリードとミルルが気にする様子を見せなかったので私とカイザックは周囲に気を配るだけに留めて特に動くこともなかった。


「それではリードルディ様、セシル殿、今度は入学式でお会いしましょう」

「はい、ミルリファーナ様。ご機嫌麗しゅう」


 何故か私とミルルが挨拶をして、リードとカイザックはお互いに「ではな」「はっ」とだけ答えていた。

 リードね、貴族としてちゃんと振る舞いなさいよ、もう…。




「なんなのだ、あの長い話は…」

「偉い人の話はそのようなものだと思っております」


 入学式を終えた私とリードは中庭で一度休憩している。

 やる気がないわけではなく、他にも同じような人がたくさんいる。

 貴族院の中庭はベンチをいくつも配置してあるだけでなく、いくつものガゼボもある。そこには既に出来上がったグループであろうか何人かの貴族達が自分の後ろに従者を立たせた状態でお茶を楽しんでいる。

 また花壇もしっかりと手入れがされており、これから深まる秋に相応しい花の苗が植えられている。その中にはまだ夏の花が残っている箇所もあり細かく丁寧な仕事をする庭師がいることを窺わせる。

 この中庭は生徒達の憩いの場であるのだが、別の場所にはちゃんとした庭園もありそちらもそのうち見に行ってみたいものだ。

 それにしてもどこの世界も偉い人の話は長くて退屈なのは一緒のようだね。

 私はベンチに座って背もたれに寄りかかっているリードに冷たく冷やした紅茶を手渡した。

 制服のポケットの一つを魔法の鞄のように改造したので私の上着からはいつでもカップが取り出せるようになっている。

 そしていつものように魔法を使い、空中で紅茶を入れてリードに手渡した後は残った茶葉をそのまま炎魔法で燃やし尽くして灰にして中庭の花壇に撒いておいた。


「…ふぅ…。セシルのお茶を飲むと落ち着くな…」

「ありがとうございます」

「それに……制服、よく似合っている」

「それもありがとうございます」


 でもその褒め言葉は今朝から何回も聞いてるからね?

 さすがに朝リードを呼びに行ったときに制服を着てたのだけど、それを見て数分固まってしまったときには私も少しだけ気恥ずかしいものがあったんだけど……ことある毎にそんな風に言われては有り難みも何もあったものじゃない。

 そういうところ、ほんっと女心わかってないよねっ?!

 ちなみに制服は前世の学生服ととてもよく似ている…某アイドルグループが着ている衣装のようだった。但し色合いは貴族達は明るい色を、従者は暗めの色と分かれている上に色は赤、青、黄、緑、紫、ピンク、白と七色から選べるという贅沢仕様。更に装飾品の類は自由に身に着けて良いことになっている。

 貴族らしいと言えばそれまでだけど…そこまで認めなきゃいけないようなことなのかな?

 ちなみに私は緑色を選んでいる。理由は単純に好きな色だから。故郷では毎日緑に囲まれていたからそれを思って、などと尤もらしい理由も付けられるけどそんな必要はないと思う。


「リードルディ様もその赤いジャケットがとてもよくお似合いでございます」

「うむ…セシルに言われるとは本当に似合っているのだろうな。少し自信がつく」


 お世辞ってものくらいわかるだろうに、よく言えば素直だけど単純だなぁ。

 それでも彼の茜色の髪、濃い琥珀のような瞳によく似合うのは本当だ。まるで七五三のように違和感の残る姿ではあるけども、高位貴族らしい落ち着いた雰囲気と純粋に強さを求める彼の心意気にはよく似合う。

 しばらくしてお茶を飲み干したリードは長い話の疲れもようやく消えて「さて」と言いながら立ち上がった。


「僕はこのまま貴族側のクラスに行くがセシルも従者側のクラスに行くのだろう?」

「はい。リードルディ様が迷子になるかもしれない不安はありますが、このまま私のクラスに向かおうと思います」

「……なんでそんなに棘のある言葉なんだ?」

「さて、なんのことでしょう?」


 ふーんだ。そんなこともわからないから私に嫌味を言われるんだよっ。

 しかしリードもそれほど気にした様子もなく「では昼食の時間にな」と言い残して去っていった。

 従者側の昼食の時間の一つ前の授業は他の授業より少し短い。それは自分の主人を昼食時に迎えに行かなければならないからで、これは先日あった講義の説明でも言われたことだ。

 そのためこの時間の講義は必修であり、尚且つあまり重要ではないものが当てられている。例えば、算術だったり文学だったり。戦術概論や礼儀作法、法律論、各種実技系の講義はそれ以外の時間で貴族側と時間を同じにするものもいくつかあるとのこと。

 このあたりは実際始まってみないと何とも言えない。

 今日のお昼までは言ってしまえばオリエンテーション。各自の自己紹介や院内の説明などが行われる。

 そんなわけで私もいつまでも中庭に立ち尽くしてないでそろそろクラスに向かうことにしよう。

今日もありがとうございました。

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