第86話 試験終了
カイザック殿との試験も終わり、不埒な馬鹿二人にお仕置きをしてスッキリ全部終わり、と思っていたら最後の最後に厄介なことを言い出すお嬢様の出現である。
多分、性格は悪くないと思う。若干天然気質なところはあるけど、幼い頃から魑魅魍魎が住まう貴族社会で生きてきたのだし胆力もあり頭の回転だって早いだろう。公爵令嬢という立場に負けないほどのカリスマ性、相当な魔力量もあり、尚且つこの美貌だ。恐らく同い年だと思うけど日焼けしていない白い肌、上質なシルクのような煌めく銀色の髪。まるで存在そのものがダイヤモンドのように輝く女の子だ。
「…恐れ多いことでございます。私などリードルディ様の一介の使用人です。それがミルリファーナ様のご友人になど…」
「そう、それよ。私のことはミルルでいいわ。もっと気楽に話せる友人が欲しかったのです」
駄目だ、この人聞いてない。
「それにカイザックをあっさりと打ち破るほどの強さ。私を上回るほどの魔力。この貴族院に入れるほどの教養も待ち合わせた上、可愛らしい外見。どれを取っても私は貴女のことが気に入ってしまいましたの。正直リードルディには勿体ないくらい…ねぇ、友人が駄目なら私の護衛になってくださらない?」
「…リードルディ様、そしてクアバーデス侯爵には多大な恩がございます。恐れ多くも公爵令嬢たるミルリファーナ様の願いではありますが…」
「…そう。だったらやっぱり友人になってもらうしかありませんわね?」
輝くような外見から更に光が溢れるような笑顔を向けられてさすがの私もちょっと後ずさりそうになった。
さっき立たされたので簡単に後ろに下がることはできるけど、ここで下がるのは更に不敬だろう。
試験が終わったこともあり、試験官は既に闘技場から姿を消しているが受験者達の何人かはまた観客席に残って私達のやり取りを眺めている。
見世物じゃないんだからとっとと宿にでも帰ってくれないかな。
「さぁセシル?もう観念なさいな」
「いや、何を観念するのよ」
突然「観念」なんて言葉を使われたせいで思わず突っ込んでしまった。
口から出た瞬間にハッとして私は両手で口元を押さえた。
公爵令嬢に対してとんでもない暴言を吐いたことにさあっと血の気が引いていく。
やってしまった…。
「ぷっ…。あはははは!うん、そういうのよ。そういうことお話できるお友だちが欲しいの。お願い、セシル。堅苦しい言葉とか貴族と使用人の立場とかどうでもいいの。ただ普通にお話してくれるだけでいいの。…駄目かしら?」
今までとは打って変わって少し寂しそうな表情を浮かべるミルリファーナ様。
ひょっとしたら、貴族社会の中で生きてるうちに本音が話せずに心が疲れきっているのかもしれない。
本音を言ってしまえば、物理的な、もしくは精神的な暴力で押さえつけられてしまう。
前世の私がそうであったように。
「…承知しました。ですがあくまでも公式の場や周りの目がある時は使用人としての立場がありますのでご容赦くださいますか?」
「勿論よ。そのくらいわたしだって弁えてるわ」
「…だったら、いいよ。これからよろしくね、ミルル」
この子は昔の私と同じ。だから他人事ではない気がして、結局その提案を受け入れるとしても後悔はない。
いつか本当に大切な人が出来て、私のような中途半端な関係の友だちが必要無くなるまでは彼女のごっこ遊びのようなお友だちでいてもいいと思った。
彼女の前に右手を差し出すと、ミルルは両手でそれを掴んでブンブンと大きく振り回した。
「はい!よろしくお願いしますわ、セシル」
とりあえず、普通の話し方で話せる友だちが欲しいというのであれば彼女にもそういう話し方をしてもらうようにしなきゃね?
「ではセシル殿、また説明会の時に」
「はっ、失礼致します」
私はミルルと並んで貴族院の入り口まで来るとそこからは再びリードと並んで彼等を見送った。
リードもリードでカイザックと気が合ったようで仲良く話していた。ところどころ「セシルは……板……まだ………」「ミルリファーナ様も……育って……」とか聞こえてきたので私とミルルが睨み付けると二人とも話と視線を逸らして剣術や盾の扱いのことについて話していた。
ちゃんと聞こえてたからね?後で覚えておきなさい?
ちなみにミルル達と別れる前に話していて、カイザックのことも呼び捨てで呼んで良いと言われた。もちろん公式の場では控えるけど、お互い堅苦しいことはやめようという話で落ち着いたということだ。
ほとんどの受験者が既に帰ってしまったところで私達もどちらかともなく歩き始め、宿へと戻ることにした。
「しかし、まさかミルリファーナがあそこまで強力な魔力を持つようになるとは思わなかったな」
「ミルルが?昔から魔力が強かったわけじゃないの?」
「あぁ、こう言ってはなんだが…物覚えも良くなかったし、何も無い廊下でよく転んでいたからな。まさか魔法で試験相手を圧倒するとは思わなかった」
「ふーん……。リードと一緒で必死に努力してきたんじゃない?」
「…僕と一緒、か…。そうかもな……あれでなかなか負けず嫌いで頑固だったのはよく覚えている」
なるほど。それならやっぱりリードに負けないように強くなろうとしたんじゃないかな?
…実はカイザックの前はリードのことが好きだったんじゃないの?
リードはそのあたりどうなんだろう?
「ねぇ、リードはミルルのことどう思ってるの?」
「ミルリファーナのこと?我が儘な妹としか言えないだろう」
「えぇ…女の子として、とか無いの?」
「無いな。それこそ産まれてからことある毎に顔を合わせていた。ここ数年は僕が王都に来る時しか会っていなかったがな」
幼なじみみたいなものなんだし、そういう話でもあれば面白いのに…。
「それに、彼女は叔母様の娘だしな。下手なことをしたらそれこそクアバーデス家が大変なことになる」
「え?そうなの?」
「あぁ。公爵とは王族の血を引く家系ということだからな、そのくらいは当然…」
いや、そうじゃないそうじゃない。今もっと重要なこと言った。
「じゃなくて、叔母様って…」
「うん?ミルリファーナは母様の姉の娘だ。母様は公爵家の次女でクアバーデス家に嫁いで来られたんだ」
…つまり、ミルルとリードはいとこ同士ということか。
いとこ同士での結婚なら王国法上では問題はないけど、やっぱりなんとなく親族間でとなるといろいろ問題もあるのだろうね。
それなら確かにリードがミルルのことを女の子として見るというのは希望薄かもしれない。
私達は夕暮れの王都を宿に向かってゆっくりと歩いて帰る。
町は夕飯の買い出しの人、外食をする人で随分賑わっている。ひょっとしたらこの中のどこかにユーニャがいるのかもしれない。今すぐにでもスキルを使えるだけ使って探し出したい気持ちにもなるのだけど……それはしない。
「いつか立派な商人になるために勉強する」と言っていたユーニャを信じてあげなきゃいけない。
ちょっとだけ寂しい気持ちになって表情に影が差すけど、無理矢理にでも笑い何もなかったかのように歩き続ける。
早く大人にならないかな、と思ってみたりもするけど結局は今歩いてる道の先にしか未来はない。
私も私ができることをしっかりやらなきゃ駄目だよね?
「セシル?どうかしたか?」
「…ううん、何でもない。入学式までは今日の試験で浮き彫りになったリードの弱点をしっかり鍛えなきゃなって思ってただけだよ」
「……お手柔らかに頼む…」
「ふふっ。さぁ…?それはリード次第じゃないかなー」
そんな話をしながらリードと二人で歩いていると、もう宿は目の前まで迫っていた。
そして数日後、私達は貴族院へクラス割を見に行き、更に寮についての説明を受けた。
寮への引っ越しはその日からすぐにでも行えると言われた私達は、宿へと戻り二人分の荷物を魔法の鞄に入れて宿を後をした。
宿を引き払う際に
「またいつでもお越しください」
とモンド商会系列の宿の支配人から挨拶を受けた。
五年後卒業して、再び王都を訪れることがあればその時はもちろん利用させてもらいたい。
そう思えるほどに快適で過ごしやすい宿だった。
その後、寮に入ったわけだけど…。
いや確かに私はリードの従者扱いだし?
クアバーデス家に雇われてるのは間違いはないし?
いざという時の為に近くにいるのは問題無いと思うよ?
「だからって同室ってのはどうなのよ…」
「殆どの貴族は従者と同室のようだな。それでもセシルの個室はあるのだから問題あるまい?」
リードの言う通り、各貴族に割り当てられた部屋はかなりの広さがある。貴族自身の寝室、応接間、お風呂、トイレ、そして従者用の狭い個室だ。狭いと言っても私が前世で住んでいたアパートの部屋よりは広い。入り口のすぐ隣にあり、誰かが訪問した場合はまず従者が出て対応するにはちょうどいい場所だ。
加えて簡易キッチンもあるが、寮内には食堂もあるためあまり使う人はいないらしい。
私は使う気満々ですよ?
しかしその日は引っ越しだけ済ませると、とりあえず試しにということで食堂を利用してみた。
食べてみた感想としては…まぁ、普通。
これを食べるとモースさんはかなり料理の腕があったことを実感する……あんな山賊みたいな喋り方するのにね。
食堂での食事を終えて部屋に戻った後、リードのためにお風呂を入れてあげると彼は一人で済ませてすぐに出てきた。
「洗ってあげなきゃいけないかと思ってたよ」
「…………僕はそんな子どもではない」
そんなに真っ赤な顔で言っても「一緒に入りたかった」って思ってるのが丸分かりだからね?
私も入浴を済ませてお風呂掃除をし……洗浄で。寝間着に着替えた頃にはちょうど七の鐘が小さく響いてきた。
入学式までにしなきゃいけない準備はまだいくつかあるのでそれに備えて慣れない天井を見ながら眠りにつくのだった。
今日もありがとうございました。




