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第79話 試験前の前哨戦?

 試験当日。

 この試験の成績で合否があるわけではない。

 極端な話ではあるが試験を受けなくてもいい。その場合貴族院でのクラス分けが最低辺になるというだけのこと。

 しかしリードは仮にも侯爵家の跡取りだからそんなことになっては領主様に顔向けもできないし、これからずっと続いていく貴族としての人生で常に後ろ指を差され続けることになる。舐められたら終わりとは冒険者も貴族も同じということだ。

 予定通り宿を出た私達はウォーミングアップを兼ねて走って貴族院へと向かうことにした。

 町中を走っているととにかく馬車が多い。

 これが全て貴族院へと行くのだとしたらすごい渋滞になることは目に見えている。


「すごい馬車の数だね。やっぱり走ってきて正解だったね」

「そうだな。僕もセシルから訓練を受けていなかったらイライラしながらあぁやって馬車に乗っていただろうがな」


 走りながらそんな話をしているとすぐに貴族院の建物が見えてきた。

 散々訓練で私に走らされたリードは十五分くらい走っても息を乱すこともなくなった。今も余裕で走りながら私と会話している。ちゃんと真面目に訓練してくれたリードを褒めてあげたい。

 そして貴族院の前に来ると受付を兼ねた門番に止められた。


「試験票と紋章の提示をお願いします」


 私は腰ベルトから自分とリードの試験票を取り出し門番に渡すとリードは胸に忍ばせていた紋章入りの短剣を見せた。

 国中から貴族が集まるとあってかここはちゃんとセキュリティが機能していて、しっかりと確認している。


「クアバーデス侯爵家リードルディ・クアバーデス卿、従者セシル殿。紋章も間違いありません。どうぞお通りください」

「ありがとうございます」


 門番に試験票を返してもらい私は腰を折って挨拶すると、リードの後ろについて貴族院へと入る。

 隣の馬車用の門を見ると豪華な細工がされた煌びやかな馬車とそれを引く毛並みの綺麗な馬が今審査を受けているところだった。そしてその後ろにはズラリと似たような馬車が並んでいる。これ、試験時間までに間に合うのかな?


「セシル、どうし…う…あの紋章は…」

「うん?どうし…いかがなさいました?」


 危ない。この中はもういつも通りにしてたらまずい。あくまで私はリードに仕える従者としてここに来ているのだから、私が彼に馴れ馴れしい態度を取ったらそれを見た周りからリードが舐められてしまう。気をつけよう。

 リードが見ていた馬車は先ほど審査を受けた馬車で門をくぐり抜け、ちょうど繋ぎ場に停めたところだった。

 馬車にはわかりやすく紋章が描かれていてどこの家の物かすぐわかるようになっている。

 あの紋章はティオニン先生の講義で何度か見たことがある。


「ゴルドオード侯爵家でしたか。確か王国北部の領地でしたね」

「あぁ。あそこの長男は僕と同い年でな。何かと言い掛かりをつけてくるんだ。面倒なことに前に会ったときに手合わせした時、剣の腕ではあいつには勝てなかった」

「へぇ…それはすごい才能をお持ちなんですね」

「…才能、か」

「でもそれがなんだって言うんです?」


 リードは拳を握り締め、俯きかけた視線をくるりと私に向けると大きく見開いた目で私を見つめてくる。目が「何を言ってるんだ?」と雄弁に語りかけてくるが私もちゃんと伝えてあげよう。


「リードルディ様は私の訓練を続けてこられました。今では騎士団と比べても指折りの腕前です。自信を持ってください。貴方の強さは私が保証します」

「…セシル…ありがとう」


 立ち直った彼は気分を入れ替えるように空を見上げて大きく息を吸うと私に向き直った。


「よし、それじゃ試験会場に行くか」

「おぉ?そこにいるのはクアバーデス侯爵家のリードルディ卿ではないか?」

「…ババンゴーア…卿」


 歩き出そうとしたところで先ほどの馬車から降りてきた人物が話し掛けてきた。

 咄嗟のことでもちゃんと相手が敬称をつけてきたので、リードも敬称をつけて返すことができたのは評価したい。しかも「卿」と言っているし、ここにいるということはこの人がゴルドオード侯爵家の長男なのだろう。

 …というか、本当にリードと同い年?この身体で?

 それは正に巨体と呼ぶに相応しいサイズ。

 なんだろう?天馬の聖なる衣を掛けて戦う二人の中学生を思い出す。アレは相手の巨漢の方が少し年上だったか?

 しかし、身長が私とあまり変わらないリードは大体一・四メテルくらい。対して相手のババンゴーア卿って男の子は約二メテル。出てくる作品を間違えているかのような世紀末覇者的な出で立ちだ。


「懐かしいな、リードルディ卿。こうして顔を合わせるのは七歳のお披露目の時以来だな」

「…そうだな、ババンゴーア卿。壮健そうで何よりだ」

「ふははははっ!俺はこの通り体の丈夫さは何よりの取り柄だからな!無論、今ではそれだけではないがな」


 ババンゴーア卿は大きな体を豪快を揺らしながら笑うと自分の頭を人差し指でトントンと突いた。

 かなりしっかり勉強してきたと言いたいのだろう。

 実際豪快な素振りをしているし、言葉もかなり砕けたものではあるが一つ一つの所作自体は貴族のものであることに間違いない。

 当然それはリードも同様なのだが、身体の大きいババンゴーア卿がやると一つ一つがかなり目立つ。


「リードルディ卿はあのお披露目の立会からあまり食事を摂られなかったのかな?」

「うん?そんなことはないが?」

「そうか!あまりにも身長に差が出てしまったからショックのあまり食事も喉を通らなかったのかと思ってな!」


 うわぁ…そんなあからさまなこと言うのか。ちょっとびっくりしたよ。貴族らしくもっと遠回りなことを言ってくると思ってたんだけど…見た目通りの脳筋なのかな?


「それにしても、クアバーデス領は財政難のようだ。そのような平民の小娘を従者に連れてくるとはな」

「…セシルは僕の家庭教師だ。どこにでもいるような平民の娘とは違う」

「かっ!家庭教師だと?!その小娘がか!……ふっ…ふははははははっ!リードルディ卿、しばらく会わぬうちにジョークのセンスが悪くなったものだな」

「何がおかしい。実際僕は彼女に一度として勝てたことはない。何一つにおいてな」


 それを聞いたババンゴーア卿は更に大きく笑い出し、周囲の視線を大いに集めてくれる。

 今のうちからこんなに注目を集めるつもりもなかったのに、どうしてこうなった…。

 かと言って貴族の二人が話してる間に私が入っていくわけにもいかず、結局はリードに任せるしかないんだけど。


「大方、今のうちから夜の家庭教師を頼んでいるのだろう?クアバーデス家の者は女泣かせと聞いているからな」

「なっ?!…貴殿、我がクアバーデス家を侮辱するか…」

「侮辱ではない、事実だろう。俺の発言が気に入らんのならば実力で黙らせるがいい。…もっともそんな実力も気概も無いだろうが。…さて、それでは俺はそろそろ会場へ向かわせてもらう。では、また貴族院で」


 言うだけ言ってババンゴーア卿はようやくこの場から歩き去っていった。


「なかなか個性的な方でしたね。あとでかい」

「あぁ…。彼はあの恵まれた身体から繰り出される攻撃で七歳のときに王都で行われた御披露目での立ち会いの際、他の子ども達を寄せ付けずに圧倒したんだ」

「へぇ…七歳のときにそんなことがあったんですね」


 そういえば一度リードが村に来たときにやたら不機嫌だったことがあったっけ。あのときは父親にでも叱られたのかなって思ってたけど、そんなことがあったんだね。


「でもそれはもう昔の話ですよ。今のリードルディ様なら決して後れを取ることはないと思います。とりあえず今は目の前の試験に全力を出しましょう!」

「……そうだな。ありがとうセシル」


 そう言うとリードは苦笑いを浮かべながらもちょっとだけ元気になってくれた。

 無理矢理貼り付けた笑顔でも空元気でも、笑顔になれるならなんでもいい。

 私達はそれから少し歩いて校舎の入り口に差し掛かったところで立ち止まった。

 ここからは主人と従者は別々だ。更に別れた従者でも貴族院で勉強するなら試験会場に、勉強しないなら待機室へだ。


「それでは僕は行く。セシルも頑張ってくれ」

「はい。リードルディ様もご武運を」


 恭しく腰を曲げて挨拶してリードを見送ると私は案内に従って従者用の試験会場へ足を向けた。




 扉が開け放たれた試験会場に入ると既に何人かの従者が席に着いて試験が始まるのを待っていた。ざっと見回すと机の上に置かれている試験票の数からして受験者は凡そ六十人くらい。うち到着しているのはまだ二十人くらいだ。ほとんどが主人と同じくらいの年代の人だが、中には四十代くらいの人もいるのでこれはこれでなかなか面白い光景だ。

 時刻を見るとあと二十分で入場禁止になることを考えると集まりはかなり悪い方だと思うけど、これも日本人的な考え方なんだろうか。

 私も試験票に書かれた番号を探して室内を歩いて席に着くと他の受験者同様静かに試験開始を待つことにした。

 但し、あくまで静かにしているだけでこの状況でも集められる情報は集めておこうと思う。

 まずは魔力感知で室内の様子を探る。

 魔力が高い人が何人かいるがアドロノトス先生レベルの人は当然いない。魔力が全てではないが、それだけでもある程度の実力を図ることはできる。

 続いて自分より前の席についている人を片っ端から人物鑑定していく。

 こちらも今のところはこれといった人はいない。精々騎士団の上の下くらいの実力だが、一人だけ槍スキルが八まで上がっている人がいた。念の為注意だけはしておこう。

 …そういえば私まだ槍スキルって手に入れてないね。今後何があるかわからないから貴族院に入ったら取得できるように訓練しなきゃね。

 その後もパラパラと受験希望の従者が入ってきて、次々に席に着いていく。一応私より後に入ってきた人には全員鑑定したが、これと言って特筆すべき人物はいなかったもののやはりほとんどが主人と同年代。この若さからすればかなりのスキルを持った人物もいたし、妙にレベルが高い人もいた。

 そう考えるとこの国の未来は明るいのかもしれないね。

 そして、校舎の屋上に設置されているという鐘が鳴り、試験会場への入場ができなくなる。

 いよいよ試験開始だ!

今日もありがとうございました。

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