第71話 初めての帰省
「父様から聞いてはいたが…セシルが引き受けてくれるとは僕は思っていなかったな」
「えー?なんでよ?」
私は今リードと屋敷のテラスでお茶をしている。
すぐ近くにはファムさんも控えているし、リードのお付きのメイドさんもいる。でも話すのは私とリードだけだ。
そして話の内容は貴族院への入学について。リードは少し前から秋に入学することは伝えられていたし、私にも同じ話が聞かされていた。てっきり入学するまでの家庭教師かと思っていたので少し予定外ではあるけども。
「セシルはこの屋敷に来てから僕を仇か何かと勘違いしているのではないかというほど痛めつけてくれたからな」
「…あれは痛めつけてたわけじゃなくて訓練だし…騎士団にも同じくらいやったし」
「あぁ、お陰様でクアバーデス領騎士団は王都の騎士団よりも屈強だと噂が立っているそうだ」
リードの訓練の方向性が見えた後、私は騎士団の訓練にも参加することがあった。そしてゼグディナスさんが普段私がやっている訓練と同じものを希望したことから訓練後に泣く人まで出たとか…?班分けして参加させたことで仲間意識がより強くなり、連携なども高い精度で出来るようになったとか。
まぁでもやれるだけのことはやったと思っている。
「わかってはいてもな。僕はセシルに嫌われているのだろうかと自問の迷宮から抜け出せなくなった夜は数え切れない」
「えぇ?そんなのいつでも聞いてくればいいのに。『嫌ってない』ってちゃんと答えるよ?」
「…あくまで『嫌ってない』だけなのだな」
苦々しい顔をしたリードが面白くてニコリと微笑んであげると少し表情を緩めて苦笑いくらいになった。
まだ領主様が言っていた「婚約者」の話を諦めていないのかな?
私はあの時より更に力をつけているからこのままだと私に本気を出させることすら夢のまた夢だよ。
でも私だって一生独身っていうのは避けたいから是非とも頑張ってほしいものだけどね!
「とにかく貴族院は勉強だけじゃなくて訓練も社交もあるんだから、今まで以上に頑張らないといけないよ」
「…い、今まで以上、か」
リードは青い顔をしているけど、ちゃんと知ってるよ。最近は剣を振る時間がどんどん減って書庫から本を持ってきて勉強したり、クラトスさんに聞いて作法を習ったりしてることを。
だからかわからないけど動きの一つ一つが洗練されてきているし、知らない言葉も減ってきている。
実はナージュさんに聞いた話ではあるのだけど、リードの学力はそこそこのものになっている。今までの学習でも二年次の内容は既に終えているレベルで、戦闘能力は私の訓練を受けていたせいか現時点でも校内で上位に入るだろうとのこと。
ちなみに私は?と聞いてみたんだけど
「君の戦闘能力は既に王国でもトップクラス。文官としてもどの領地でも引く手数多。作法も陛下に拝謁しても問題ない。同じ年数努力してきた者達を嘲笑うような能力は理不尽の一言に尽きるだろうな」
というお褒めの言葉をいただいた。
なんか久々に理不尽って言葉を聞かされた気がするよ。くそぅ。
そんなわけでリードにはティオニン先生と相談して三年次、もしくは四年次くらいまでの内容は済ませておこうと午前の講義が終わった後に話をつけた。あとは礼儀作法の講義でも担当の先生にお願いすればいい。
「そういえば魔法の進み具合はどんななの?」
「うむ…今はこんな感じだな」
リードは手の平を上に向けると魔力を集中させて小さな火の玉を作り出す。数秒ほどの間には作れただろうか。
このくらいの使い手はごまんといるわけだけど、この年齢でとなると実はそんなにいない。これで火魔法 2だ。熱魔法から進化したのは数ヶ月前だったからかなり練習したんだと思う。
「頑張ってるね。付与魔法か魔闘術は?」
「そっちはまだだな。剣に魔力を通すところまではできたのだが、火を出すどころか維持すらままならない」
「そっちは本来の魔法の使い方とはちょっと違うんだし、地道に訓練していくしかないよ」
「あぁ…必ず使えるようになってみせる」
そう言ったリードはよく晴れた空の向こうへ視線を投げた。
目標ができたからか地道にちょっとずつ、でも確実に彼は実力を上げてきている。
その仕草がとても男の子らしくて私自身歳柄もなくちょっとときめいてしまう…ことはなく、彼の将来に期待するだけだ。
ちなみに、彼の努力はちゃんと数字になっている。魔闘術 1と彼のステータスにはちゃんと記載されているから。
そこからの日々は私にとってもリードにとっても怒涛の勢いだったと思う。
気付けば冬は過ぎ去っていて、過ごしやすくなったなと思った頃には暑くなっていた。はず。
私は熱操作で相変わらずの常春仕様なのでファムさんの服装で判断していた。最近は生地が薄いメイド服を着ているし、何より寝間着が半袖になっている。お風呂は少し熱めというのは年中変わらないらしい。
便利そうな魔法を更にいくつか覚え、一般教養の詰め込み、礼儀作法の最終確認。
私はそれに加えて貴族の一般常識、王国法、貴族院での習慣など習っていく。
闇の日の訓練は魔法も加えた複合的な戦い方になり、リードの怪我は私がここに来た頃と同じくらい増えたのにリード自身はかなり楽しそうだった。
…戦闘狂め…。
他にも下位文官三人組にはいなくなることに対してかなり引き留められたのだが、もう十分それぞれでやっていけることを伝えるとなんとか納得してくれた。
というか、インギスさんが本気で青い顔をしていた。でも後数年で彼のストライクゾーンから外れてしまうのにね。
そんな中私は領主様から長期休暇を貰う。
「ここに来てからはしばらくまとまった時間を取ることもなかったからな。たまにはランドールやイルーナに顔を見せに行ってやれ」
「はぁ…でもよろしいのですか?」
「何がだ?」
「いえ…今は入学に向けた追い込みの時期ですよね?いくら希望者はほぼ全員入学できるとは言え、少しでも良い成績を取って上のクラスに入るようにしないといけないかと」
そう。貴族院は入学を希望する貴族ほぼ全員を受け入れる。もちろん爵位や能力を鑑みて上の者ほど優先されるのは暗黙の了解ではある。しかし一応形だけの試験はあるし、その成績によって入学してからのクラス分けが行われるというものだ。
私は従者なのでクラスも従者向けの上と下しかないから気楽なものだけど、リードはAからFまでの6クラスに分けられることになる。
侯爵家の跡取りがFクラスになど入ったら笑い者では済まされないだろう。
「ここまできていきなり大きく実力が伸びるものでもあるまい。それにリードルディもセシルに頼らない力を身につけさせねばならん」
「そういうことでしたら…では折角なのでちょっと好きにさせていただきます」
「二十一日にはここを出発するからそれまでには戻るように。以上だ」
なんだかんだ領主様も私が全然村に帰ろうとしないことを気にしていたみたい。折角の好意なんだし甘えることにしよう。
私は領主様の執務室を出た足で自室へ戻り腰ベルトを巻くとまずはファムさんを探して屋敷内を歩き回ることにした。
彼女は洗濯当番だったようで、庭の一角に作られた物干しスペースで他の当番達と一緒に大量のシーツや服を干していた。
あの中には当然私の部屋のシーツもあるので感謝と同時に少しばかり申し訳ない気持ちになる。
「ファムさん」
「セシル様?いかがなさいましたか?」
声をかけると彼女は洗濯物を干す手を休めて私の側に駆け寄ってきた。相変わらずよく跳ねるメロンですね。
「領主様から少し長いお休みをもらったので、しばらく実家に帰ってこようと思うの」
「まぁ…セシル様はここに来られてからずっとお仕事か冒険者をされていましたし良い機会ではありませんか」
「うん、まぁそうなんだけどね。そんなわけでしばらくお風呂は我慢してね」
「うふふ、かしこまりました。それにセシル様が貴族院に行かれましたらずっとお預けですし、私も慣れておかないといけませんね」
相変わらずファムさんは私のことをお風呂のための人としか見てくれないようだ。私も彼女と一緒に入浴するのは楽しみだったので残念に思っているのは同じだけど、さすがにそれを顔に出すほどではない。
「それじゃ行ってくるね」
「はい…って今からですか?」
「そ。今から。遅くても二十日には帰ってくるからー」
それだけ言うとその場からすぐ走り出して領主館を飛び出した。
真っ直ぐ走って街の露天商が集まる通りに来るといくつかの食品やお茶、ハーブ等を買って腰ベルトに入れていく。
原石のおじさんの店に行く時間は取れないけど帰ってからタイミングが合えば顔を出すことにしよう。
「お、セシルちゃん。珍しいな週末じゃないのに外に出るのかい?」
門まで来て、外に出ようとしたところで門番のおじさんに声を掛けられた。冒険者として外に出たときに「おかえり」と言ってくれるおじさんだ。
「しばらくお休みを貰えたから久々に実家に帰ろうと思ってね」
「ほぉ?だがもう昼を過ぎちまってるぞ?近いところでも夜になるだろう?」
「うん、でも早く帰りたいからね。それに一人で野営するのも慣れたから」
「それもそうだが…セシルちゃんはかわいい女の子なんだから特に気をつけるんだぞ?」
「はーい、ありがとおじさん。それじゃ行ってきまーす」
門番のおじさんは「おう」とだけ返事をして見送ってくれた。
ここから私の村まで馬車で四日。今の私が全力で走れば多分二日。自重せずに飛んでいけば夕方には着くだろう。
もちろん、私が自重などするはずもない。
私は街から離れて人目につかないことを確認するとその身体を宙に浮かせて故郷の村を目指すことにした。
今日もありがとうございました。




