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第69話 ファムさん

 脱衣場で鼻歌混じりに服を脱いでいくファムさんを横目に私は驚愕していた。

 まだ育っている…だと?!!

 そう、明らかに。間違いなく私がこの屋敷に来たときより彼女のメロンは肥大化を促進させていた。しかも太ったわけではなくただ育っただけなのがおかしい。

 胸が大きくなれば体重だって増えるのが常識でしょう?!なのに彼女はさっきこう言ったのだ。


「最近胸がまたきつくなってきまして…腰回りは今まで通りなのにまたお直ししていただかないといけません」


 それは私に対する嫌がらせなのか?

 屋敷内の取り纏めをしているのが男性のクラトスさんのため、そういうボディサイズが変わったことによる制服の直しをお願いするのが戸惑われるとのこと。

 クラトスさんの名誉のために言っておくけど、彼はファムさん達使用人を厭らしい目で見たことはないと思う。彼の頭の中には領主様のことと奥さんのことしか入っていない。

 以前世間話をしていたらその二人のことしか話さなかったほどだ。

 隠すのが上手い人なだけと言われたら反論のしようがないけど、少なくとも私が見ている限りはそんな素振りを見せたことがなかった。


「お待たせしたました。さぁセシル様、参りましょう?」


 私は石鹸やシャンプーなどを入れた桶を手に背中からファムさんに押されて浴場へと入った。

 本来ならもう湯は抜かれている時間なのでかなり温くなっている。湯気もほとんどなく、温かそうに感じるものはなく、どちらかと言えばかなり寒々しい。実際雪はないものの、今はまだ春になる前。私はともかくファムさんはかなり寒いと思う。

 彼女は湯を肩から掛けると温まった様子もなく、そっと湯船の中へ入っていった。私もそれにならい、ファムさんの隣へと座る。

 今はまだ自分の周りの温度を最適に保っているので私はわからないが、ファムさんを見ると少しばかり寒そうで湯温が低いことを物語っている。一先ずいつも通りに熱操作で温度を上げて水流を作り出してあげるとファムさんはうっとりとした表情でお湯を手酌で肩にかけ始めた。

 しかし…普段この時間に入浴することがなかったせいか気付かなかったことがある。さすがに使用人の数が多いだけあってみんなが入った後の湯船が…かなり汚れている。女性用のお風呂ではあるけど使用人の中には掃除を主にする人や女性でも花壇の手入れをする人もいる。となればやはり相応に汚れを体に纏わせてしまうのかもしれない。

 ファムさんは気にした様子はないものの、さすがに私は気になってきた。日本の銭湯等であれば浄化装置でそういった汚れはなくなるだろうし、少なくとも世界的にも潔癖の部類に入るあの国にいた以上お風呂のお湯が汚れていることに我慢ができない。私も一人暮らしをするようになってからはそういうところは気になるようになったっけ。


聖浄化(ホーリークリーン)


 これも登録しておいた特異魔法の一つ。

 泥や埃の汚れや獣なんかの血や体液を浄化して綺麗にしてくれるもので、光魔法まで組み込んだせいかアンデッドにまで効果がありそうな魔法に仕上がった。

 で、この魔法をお湯に使うと。


「すごい…お湯があっという間に綺麗になりました。さっきまで垢や埃、ゴミなんかがたくさんあったのに」

「そういう魔法だからね。折角綺麗になるためにお風呂に入ってるのにお湯が汚れてたら嫌でしょう?」

「…さすがセシル様です…」


 いや、何がさすがなんですかね?

 あれ?そういえば使うのがかなり久々なせいか浴場全体に効果が広がったみたい。

 気付くと排水口周辺や石畳の角、湯船のヘリについた湯垢まで綺麗に無くなっている。想定より魔力を使わない方向でいかないと無駄に綺麗になって潔癖症とか言われてしまいそうだ。


「こんなに綺麗な浴場は初めて見ました。私がこの屋敷に来たときには既にだいぶ汚れも溜まっていましたので」


 そういえばファムさんのことお風呂好きなおっぱいさんとしか思ってなかったけど…あ、いやとても優秀な人であることは間違いないよ?

 彼女のことを私はそこまでよく知らない。

 ここに来る前のことや私が来る前のことも。いい機会だしちょっと聞いてみたくなったのでそのまま彼女に尋ねてみた。


「領主館に勤める前のこと、ですか?」

「うん、あと私が来る前はどうだったのかなって」


 あざとくファムさんの右腕に絡みつきながら上目遣いで見上げる私を彼女は優しく微笑みながら頭を撫でてくる。


「そうですね…。私はこちらでお仕事をさせていただく前は街で露店商人のお手伝いをしていました。あれは今のセシル様よりもう少し大きくなった頃まで、だったと思います」


 浴場の天井を何とはなしに見上げながら過去の話をしてくれる彼女は憂いも帯びてとても魅力的な雰囲気を出している。

 もう少し歳を重ねればその蠱惑的な魅力に落ちてしまう男性が後を絶たなくなるかもしれない。


「その時は果物を取り扱う露店商人のお手伝いをしていたのですが…当時まだこのクアバーデス領の次期領主だったザイオルディ様にお声を掛けていただいて…」

「え?領主様がなんで露店に?」

「あの時はまだザイオルディ様も冒険者をなさっていましたので」


 あぁ…なるほど。それで私の両親とも知り合いだったのか。こんなところで予想外の事実が発覚したよ。


「その時に『お前のような者が屋敷にいれば少しはあの堅物もマシになるか』と言われて、その日の内にこちらに連れられお仕事をいただいたわけです」

「へぇぇ…。でも領主様の言う『堅物』って?」

「ふふっ…ナージュ様ですよ」

「あー…ナージュさんか。確かに……あれ?ということはファムさんはナージュさんとそういう仲なの?」


 …あの堅物、実はきょぬー好きのムッツリだったのか?!


「いえ。ナージュ様は結局私のことは見向きもされませんでした。その後はクラトス様にご指導いただきながら現在まで…今はセシル様の専属とさせていただくほどに評価をいただいています」

「そっかぁ…しかし、ナージュさんはファムさんのこの凶器を見ても心揺るがないとは…すごいね」


 ファムさんの右腕に絡みつつ、右手で彼女のお湯に浮かぶメロンを下から持ち上げては放すを繰り返す。たぷんとお湯に浮かびながらも張りのある肌はその形状を常に正しく保っている。

 …これはあれか?形状記憶合金か何かか?

 目測でおよそHカップほどもあるこの二つのメロンのハイスペック加減に私のチート能力すら陰って見える。


「んん…もうセシル様、悪戯はやめてくださいませ」

「あはは…ごめんごめん。私に無いものだからつい…」

「前にもお話しましたが、セシル様ももう少し大きくなれば自然と出てきますよ」


 …だといいけど。

 イルーナもそこまで大きくなかったし…ファムさんのこれは明らかに人類の記録への挑戦なのではないかと思うほどだ。

 だと言うのに、ナージュさんは興味がないと?インギスさんのようにロリ○ンなのだろうか?…いや、それなら寧ろ今の私に興味があることに…そんな恐ろしいことは勘弁してもらいたい。

 実際のところどうなのか、それほど興味があるわけではないけれどファムさんの幸せのためなら重要なこと。仕事人間のナージュさんにどれほどの甲斐性があるかはわからないけど、ずっとここでファムさんがお婆さんになるまで飼い殺しというのもどうかと思う。

 折角知り得た情報なんだし領主様や文官三人組に今度聞いてみよう。


「それで私が来る前はどうだったの?」

「セシル様が来られる前となると他の使用人と同じです。朝の掃除から給仕、掃除、給仕…の繰り返しでしたね」

「うん?来客対応とかなかったの?」

「えぇ私はそういった外部のお客様の対応を命じられたことはありませんね。たまにナージュ様の執務室へ食事を運んだりするくらいでした」


 うん、ここらへんにクラトスさんや領主様の思惑が見て取れるね。でも分かりやすすぎてナージュさんが警戒しちゃってるんじゃないのかな?


 そんなことを話している内に少しのぼせそうになってきたので二人揃って湯船から上がり体を洗い始めた。

 ここ数ヶ月はファムさんの強い要望で私の体を彼女が洗ってくれる。お返しに私も彼女を洗ってあげようとしたのだが、胸ばっかり集中して洗うからと却下され背中を流すだけになっている。


「セシル様、それじゃ両手上げてくださいねー」

「ん」


 まったくもって言われるがまま、されるがままである。

 両手を上げると彼女は私の脇から腰までを石鹸で良く洗ってくれる。あれからいろいろ実験して作った特製石鹸。

 森の中の木から植物操作でエッセンシャルオイルを抽出したりとなかなか苦労させられたけど、出来上がった品は大満足の物。

 今はまだ私とファムさんしか使っていないけどそろそろ領主様にも渡してみようかと思案中。

 何故戸惑っているかと言うと、領主様に渡すとなればそれを領内の産業へと発展させたいと思うに違いない。事実このクアバーデス領はこれといった産業がないから。産業にするには私しか作れない時点で論外だし、それで私の行動が制限される事態は絶対に避けたい。


「はい、ではセシル様。湯雨(シャワー)をお願いします」

「はーい」


 特異魔法で湯雨(シャワー)を出すと泡まみれになった私の裸体が露わになっていく。私が流している間に彼女も自分の体を洗っており後は背中だけとなっていたので洗い流した私は早速背中を流してあげる。

 残るはコンディショナーだけなので二人とも髪と頭皮にしっかりと馴染ませてから再び湯船に浸かった。


「はぁぁぁ…やっぱりセシル様がいるととても幸せですぅ…」

「…お風呂のためだけ、よね?」

「そーんなことないですよぉ?」


 完全に頭の中が石鹸の香りで満たされている今のファムさんには何を言っても無駄か。

 お風呂のためだけ、とは言ったけど彼女が幸せそうに顔を綻ばせている様を見ると私の心も多幸感で満たされていく。

 例によって右腕に絡みつきその豊かな胸に横顔を押し付けたまま、特に会話もせずにゆっくりとお湯の温かさに身を委ねる。のぼせないように注意しながら押し付けた左耳から聞こえてくるファムさんの心音を子守歌に眠ってしまいそうだ。

 柔らかさ、安心感、安定感、心音の子守歌。どれを取っても秀逸な枕だ。これいかほどのお値段で?


「セシル様?お風呂で寝たらいけませんよ?」

「むー…今日はこの枕で寝たい…」

「もう。私は枕ではありません。さぁ頭を流して上がりましょう?」


 立ち上がったファムさんに手を引かれて再び洗い場に来た私は二人分の湯雨(シャワー)を出してコンディショナーを洗い流す。

 石鹸で洗ってキシキシしていた髪がしっとりと滑らかになる。上物の絹織物のような髪に真珠のようなしっとりとした輝きを放つ肌。美しい瞳は見る者の心まで解きほぐしてくれるような味わいのある琥珀色。ファムさんの体そのものがまるで一つの宝石箱のよう。

 ってこんな表現をしたら彼女のことまで手に入れたくなっちゃうね。自重しよう。


 脱衣場に戻ると体に水滴が残らないように丁寧に拭き上げ、満足したまま浴場を後にするのだった。

 ケツァルコアトルとの戦いを思えば二日間に渡った大変な依頼だったけど終わってみればいつも通り。

 明日からもこんな日々だといいなぁ。

今日もありがとうございました。

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