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閑話 リードと冒険者

次の話に入る前にどうしても触れておきたかったので、急いで書いてました。

そのせいで更新がちょっと遅れてしまいました。申し訳ありません。

 新しく作られたばかりのギルドカードを手に、心を躍らせていた。

 僕はリードルディ・クアバーデス。

 このクアバーデス侯爵領を治めるザイオルディ・クアバーデスの一人息子だ。つまりは次期侯爵でもある。そんな僕が新しく作られたギルドカードを手にしている理由は父様も昔は冒険者として腕を磨いていたという話を聞いて、僕自身も冒険者になりたいと家庭教師に申し出たからだ。

 僕の家庭教師はいつの間にか冒険者登録をしていて、既になかなかのランクに達しているという。今どのランクなのかはまだ教えてもらってはいないが…恐らく彼女のことだから既に父様のランク…Cランクには達しているのではないかと推測している。

 僕は革でできたギルドカードをもう一度握りしめると腰につけている魔法の鞄に入れた。


「では『マッドベア』の討伐…数は五体以上で証明部位は『手』ということだな」

「え、えぇ…で、でも本当によろしいのでしょうか…」

「む?何がだ?」

「え、えっと…」


 僕が依頼の確認をしていると受付嬢…確か名前はリコリスだったか。彼女は慌てたような表情を浮かべた後、僕の背中の方へ視線を走らせた。

 そっちにいるのは僕の家庭教師兼護衛兼従者となっている少女がいる。


「大丈夫ですよ、リコリスさん。私もついていくし森もそんなに深いところまで入るつもりはないから」

「はぁ…セシルちゃんがそういうなら大丈夫なのかもしれないけど…もし万が一があったら…」


 受付嬢は僕を間に挟みながらセシルと話を続けている。

 万が一とはなんだ。僕だってセシルに鍛えられて一年近く。今では領内の騎士団で敵わないのはゼグディナスのみとなっているというのに。

 このセシルという少女、最初に会ったときはただの生意気な女でしかなかったのだが今では僕の家庭教師として屋敷に常駐している。

 本来ならば僕の武術、戦闘関係の家庭教師を務めることになっていたのだが、今ではコックへのレシピ提供、下位文官への仕事指導、魔法関係教師と一緒に僕への魔法訓練の指導、領内騎士団への訓練指導まで行っている。どう考えても仕事のしすぎだが、驚くことにこの子は僕と同い年。今年の春に九歳になったところだ。

 間違いなくアルマリノ王国始まって以来の天才…いや、化け物だろう。

 と、考えてることが顔に出ていたのかもしれない。

 セシルが僕の方を見てニコリと微笑んでいる。

 僕はあの笑顔を知っている。

 あの笑顔に何度癒され、何度涙し、何度絶望の淵に立ち、痛みにのた打ち回ることになったか。

 あれは…とても危険なものだ。


「大丈夫ですよ、リードルディ様はこの程度の魔物如きに後れを取ることはありません。そんなことになったら私が領主様に『今まで何をしていたんだ』と叱られてしまいます」


 嘘を吐け!!!

 そんなことになったらセシルの訓練がもっと過酷になるだけだろう?!父様には「魔物なんかに後れを取ったのでちょっとだけ厳しくしました」としか言ってないのを知ってるんだぞ?!

 いや冷静になれリードルディ。

 セシルも「この程度の魔物如き」と言っていたじゃないか。なら、訓練通りに戦えば決して恐れることなどないはずだ。


「うぅん…じゃあセシルちゃん本当にお願いね?次期領主様にお怪我をさせたってなったら…」

「なったら?」

「…よくて奴隷落ち…うぅん、絶対死刑になっちゃうわよーーーー!」

「だ、大丈夫ですって。本当に万が一のときには私が助けますから」


 おい、受付嬢よ…さすがに怪我くらいでは父様もそこまで酷いことはしないと思うぞ?多分。

 その後もセシルは何度も「くれぐれも!」と言われていたがいい加減出発しないと慌てて余計なトラブルに遭遇するかもしれないからと無理矢理に引き剥がして、出発できたのは四の鐘が鳴る少し前だった。




 セシルと僕は町を出た後すぐに目的の森まで真っ直ぐ歩いていき、四の鐘が鳴ったときには森の入口まで来ていた。

 当然ここに来るまでも走ってきているのだが、毎日の走り込みのおかげでこの程度の距離なら走っても全く疲れなど出ない。


「じゃあこれから森に入るけど、闇雲に探してもマッドベアはなかなか見つかりません」

「む?そうなのか…それは参ったな」

「本来なら何日か森で野営を繰り返しながら目標数を集めるんだけど、私達には時間が限られています」

「野営か…今日は地の日で明日もまだ光の日だ。一日くらいなら大丈夫だろうが、屋敷の者には何も言ってきていないな」

「あぁ、それは私がナージュさんに言っておいたから大丈夫」


 …ここまで用意周到にするということはセシルはもう既に一日だけ野営するつもりで来ているのではないだろうか…。

 森の入口で自分達の姿を見下ろす。

 僕は自分の魔法の鞄に薬や日持ちのする携帯食糧を入れてあるが、他の荷物は腰から下げた剣一本だけだ。

 セシルも同様でいつも身に着けている腰のベルトに通した三つの小さな鞄とそのベルトに挿した二本の短剣だけ。あの鞄の中にはやはり薬などが入っているのだろうが大きさからすると自分の分だけだろう。

 とにかく下手に怪我などせずにいたいが、何よりも効率良く狩りをしないと明日までには終わりそうにない。


「そんなわけで別に野営するのは問題ないんだけど、明日は明日で別のことしたいから今日の六の鐘までに五体狩って屋敷に戻るのを目標にします」

「……なぁセシル。今さっき自分で『本来なら何日か森で野営を繰り返しながら』と言っていたのを忘れたとは言わせんぞ?」

「忘れていないよ?でも確かに時間はないから早速行くよ!」


 教師役をやろうとするときは丁寧な言葉を意識しているようだが、少しでも気分が高まるとすぐに地の言葉遣いが出てしまうようだ。

 そういうところがセシルの可愛いところでもあるのだがな。

 無論、見た目は絵本で見た妖精のようだしその規格外の強さに惚れているのもあるが…やはり可愛い、な。


「ちょっとリード!行くって言ったでしょ?!これはリードの訓練の一環なんだからね?!」

「…あぁ、悪かった。よし行こう」




 セシルに促されて森の中を走り続けて、もう鐘一つ分は経過しただろう。

 今僕は無傷でマッドベアを狩ることに成功した。

 セシルの言っていた通り、普段の訓練のおかげかあの巨体から振り下ろされる丸太のような腕はちゃんと見ていれば避けられるし、剣で受け止めてもなんとか耐えきることができた。

 普通の冒険者であれば簡単に弾き飛ばされるほどの一撃なんだとか。

 そして攻撃をかいくぐり、熊の懐に入り込むと分厚い毛皮に覆われた胸に剣を突き立ててその心臓を貫けば、マッドベア討伐の完了だ。

 僕は自分で思ったよりも強くなっているのかもしれない。

 セシルは僕が狩ったマッドベアを僕自身の魔法の鞄に収納するように指示してきたので、そのまま処理をせずに魔法の鞄に入れた。

 僕の魔法の鞄の収納力は大体部屋一つ分くらいだと聞いているが、恐らくそろそろ限界だと思われる。

 なんとか()()()のマッドベアを収納するとセシルに向き直った。


「なぁ、そろそろいいんじゃないか?」

「え?あぁ…マッドベアはついでだったからね。本命がすぐ近くにいるから、そろそろ準備して」

「本命?」

「うん、多分最近増えてたマッドベアはあれが原因だね。多分マッドベアのボスだと思うんだけど…大丈夫、ブラッディアベアよりは弱いみたいだしリードでも倒せるよ」


 そう言って振り返ったセシルはとても晴れやかな笑顔をしていた。

 あぁ…またこの笑顔だ。

 大丈夫、知っている。この笑顔は僕を絶望の淵へと追い込む笑顔だ。

 そしてその笑顔の後ろから、セシルの背の四倍、すぐ近くの木の高さと相違ない大きさの熊が立ち上がって僕達を見下ろしていた。この場にはさっき倒したマッドベアの血の匂いが残っているし、何より僕の手にはまだその血が少し付着している。


グオォォォォォォォッ


 普通のマッドベアの攻撃が丸太での一撃だとすればこのボス熊の一撃は巨木、もしくは大岩での攻撃に等しい。

 避けることは難しくないものの、その腕が振り下ろされた木は簡単に圧し折れて倒れ掛かり、隣の木によって支えられている。

 さすがにあれを受け止めるのは無理だ。剣で受けようものなら剣が折れる。仮に折れなかったとしても僕の小さな体では簡単に吹き飛ばされてしまう。


「ホラ、止まっててもボス熊は倒れてくれないよ。今までのマッドベアより大きいだけだけどリードはあの攻撃を食らっただけで死んじゃうから全部回避すること。あと大きい分毛皮も分厚いから胸に剣を突き立てるのは難しい。どうしたらいいか、考えて動いて」

「くそっ!相変わらず助言無し(ノーヒント)かっ!この鬼めっ!」


 とは言え、今セシルに毒づいても仕方ない。

 熊は僕にだけ攻撃をしてきており、セシルには見向きもしない。

 彼女が何かしらのスキルを使っているのかもしれないが、どうせ理不尽が服を着て歩いてるのがセシルだ。今更何をしようと驚くこともない。


 繰り出される腕の攻撃や噛み付き、突進などの攻撃は全て回避していく。

 大きさはかなりのものだが、速度は他のマッドベアと大差はないので回避に問題はない。

 問題があるのは攻撃だ。セシルの言った通り、胸に剣を突き立ててみようと試みたが皮に刺さるだけで中まで届きそうにない。

 只管攻撃を避けながら、あちこち斬りつけてみてはいるがどれもイマイチだ。


「くそっ!全然剣が通らない!」

「リード、馬鹿の一つ覚えみたいにただ斬ればいいってもんじゃないでしょう!心臓に刺せないならどこに刺したらいいか考えなさい!」

「くっ!言いたいこと言ってくれるな…後で覚えてろ!」

「覚えてて欲しかったら何も言われずに倒してみせなさい」


 この女…っ!

 顔が良くて強くて料理が上手くて腹黒いところもある笑顔が可愛いからって……可愛いよなぁ…。


「リード!!」

「はっ?!ぶわああぁぁぁぁっ?!??!」


 ゴガッ


 セシルの可愛いところを思い出していたら意識が逸れてしまい、気付いたときにはボス熊の腕が回避できないところまで迫っていた。

 当たる直前に覚悟を決めて目を閉じたが…いつまでも衝撃が体に走ることは無く、すぐ近くで何かが叩きつけられたような音がした。

 そしてその数瞬後に、大地を轟かすほどの大音量が響いた。


「…え…これ…」

「……リードの馬鹿…。……怪我はないよね?」


 目の前には足を脛まで地面にめり込ませたセシルがボス熊の一撃を右手で受け止めており、突き出された左手の先のボス熊の胸には大きな風穴が空いていた。

 あの一撃を?生身で受け止めた?…セシルの体はアダマンタイトでできているのだろうか?腕が折れている様子もなければかすり傷も見当たらない。


「セシル、これは…一体…?」

「リードが馬鹿みたいな顔したと思ったらボス熊の攻撃から目を離したから私が代わりに受け止めて、地魔法で倒したんだよ。…魔物を前にして呆けるとか死にたいの?私がいるからって気を抜くくらいなら実地訓練なんかしないからねっ?!」

「あ…いや、すまない。今回は僕の…せいだ。セシルは怪我していないか?」


 セシルは熊の体を横にずらすと地面に刺さった自分の足を力任せに引き抜いて僕の前に立つとその頭を下げた。


「…大丈夫よ。それに私が怪我したとしてもリードが怪我しなきゃいいの。…ごめんなさい。ちゃんともっと実力に見合った魔物を相手にするべきだったね。これは…リードに期待しすぎてた私のミスだよ」

「い、いや…そんなことはない!僕のせいだ!それに…セシルからの期待なら応えねばなるまい…僕はセシルを諦めたわけじゃないんだ」


 顔が異様に熱い。

 だが、それでも大事なことなのでしっかりと伝えておいた。

 僕はセシルから期待されている?だったらもっと気合を入れて訓練せねばならん!


「ありがとリード。…それじゃ今日はここまでにしよっか」

「…あぁ。…とそれはいいが、このボス熊はどうする?さすがにこれは僕の魔法の鞄が空でも入らないぞ?」

「うん?…あぁ」


 セシルは頷くと腰の鞄の一つを開けた。

 解体用の道具でも出すのかと思って見ていると、ボス熊の巨体がその鞄に吸い込まれてしまった。


「魔法の…鞄?……それ、どこで…?」

「…あー……これ領主様にも内緒だよ?……作った」

「つく……は、はは…」

「あー…それとさっきのボス熊も戦わせたのは私が悪かったと思ってるけど、戦闘中に呆けるような間抜けさんは明後日の訓練をとっても楽しみにしていてね?」


 僕は今日一番のセシルの笑顔を見た気がする。何やらこめかみのあたりがピクピクしていたような気がしたけど、それは気付かない振りをするのが紳士の役割というものだろう。


「なんか浸ってるみたいだけど、覚悟しなさいよね」


 そして彼女の顔から笑顔が消えた。


「………やっぱりセシルは理不尽だな」

今日もありがとうございました。

明日からはメインストーリーに戻ります。

評価、感想、レビューなどいただけるととっても喜びます。頑張って書こうって気になります。

あと、感想にはちゃんと全部お返事するつもりです。

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