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第63話 騎士団も訓練

 その日の午後はゼグディナスさんからの要請でリードを連れて訓練場に来ていた。昨日の頼み事の件で。


「よう嬢ちゃん。待ってたぜ」

「お待たせしました。それじゃ早速始めますか?」

「おう!こっちはいつでもいいぜ」


 ゼグディナスさんの後ろにはこのクアバーデス領騎士団の面々が揃っている。領都内の見回りのシフトがあるのでここにいるのは三分の一の四十人くらい。

 ゼグディナスさんからの頼み事というのは簡単なことで、私がリードにやっていた訓練を騎士団にもしてほしいというものだった。それを単純に受けてあげるほど私はお人好しではないので、交換条件としてリードも参加させることとした。


「お、おいセシル…僕は聞いていないぞ…?」

「大丈夫。昨日領主様から『是非やってくれ』って言われてるから。さぁ、最初は走り込みだよ。領主館外周一周!騎士団の皆さんは私についてきてください。遅れたら罰があります!」


 おぉぉぉっ!という野太い声が響いて四十人もの屈強な男性達を引き連れてランニングに出る。最初は体を慣らす為に軽いものからね。

 昨日ゼグディナスさんに聞いた話では騎士団の訓練は素振りと模擬戦ばっかりなのだそうだ。オスカーロがリードにそれしかさせていなかったのは騎士団がそもそもそういう訓練しかしていなかったからなんだね。

 そして昨日私がリードにやっていた訓練を見聞きして目から鱗が落ちたため、あの場ですぐ私に申し入れてきたのが今回の経緯だ。リードが素振りばっかりやっていても意味ないし、充実した日々を送らせるためにも参加させ基礎体力の向上を図ったわけだ。

 最初のゆっくりとしたペースに騎士団はしっかりついてきていた。中には「このくらいなら余裕だな」などと雑談しながら走っている人達もいるほどだ。この時点でリードは大きく遅れ、既に三百メテルは引き離されているけど、彼に罰則は設けていない。騎士団や軍人にしたいわけじゃないしね。

 それじゃここからセシルブートキャンプを始めようか。

 私は多分今とても悪い顔をしていると思う。

 でもこの領内の治安を預かる彼等はこのくらいきっと大丈夫に違いない。

 そして少しずつ走る速度を上げていく。魔人化を使うほどではないが通常状態でも私の身体能力についてこれる人がどれだけいるか確認もしたい。

 私のすぐ後ろにはゼグディナスさんがいるわけだけど、私のペースが上がったことに気付いたようで少しずつ呼吸が乱れてきている。後方では訳が分からず少し遅れてしまい「おい、早く行け!」というような声も出始めている。

 残り半分になったところで更に速度を上げると体力のない人達が徐々に脱落してきた。完全に顎が上を向いていて、乱れた呼吸が私まで聞こえてきている。


「お、おい嬢ちゃん!ま、まだ速くなるのか?!」

「ゼグディナスさん余裕ですね?じゃあラストスパート行きますよ!」


 残り千メテルになったところで私はほぼ短距離走を走るペースにまで加速した。百メテル十秒で走れる速度なので日本の国体に出場できるくらいのスピードを出しているが、この時点で誰もついてこれなくなってしまった。


 誰よりも早くゴールして息も切らさず一分単位でゴールしてくる騎士団の面々をグループ分けしていく。

 騎士団で一番遅いグループは十分遅れ。リードは更に十五分遅れて到着した。


「ゼグディナスさん、鈍ってるんじゃないですか?」

「じょっ、嬢ちゃんが異常なんだよ!」

「ふむ…まだそれだけ文句が言えるならもうちょっと厳しくしましょっか。ゼグディナスさんはあちらの最後尾グループに行ってください」


 私が指示すると彼も疲れた体を立ち上がらせて、一番遅かったグループに入った。ここからは昨日リードにした訓練をより強化したものをやる。


「リードは終わるまで一緒にやってみて?できなくなったらそこで終わりでいいし、続けられるなら休みながらでも頑張ってみよう?」

「セシル…うむ、わかった」


 リードの了解が得られたので私はこの後の訓練を公表することにした。


「じゃあ今から私がやる『腕立て伏せ』という腕の力を強くする訓練をします」

「うぅっ…また、アレをやるのか…」


 後ろからリードの嘆きが聞こえてきたけど今日は彼に無理をさせるつもりはない。ちゃんと筋肉を休ませないとまだ体のできていない彼では今後の成長に支障をきたし兼ねない。

 今日は騎士団訓練の初日なので参加させているだけだからね。実際にちゃんとやらせるのは闇と風の日だけにするつもり。

 そして騎士団の面々にどういう運動か見本を見せた後に回数を告げずに腕立て伏せを開始した。




「はい、二百ぅ。休みたい根性無しは休んでてくださいね」


 とは言ったものの、既に半数が脱落している。ここら更に百回やるのだが残っているのは片手で数えるほど。

 腹筋も背筋も結果はほぼ変わらず。

 やれやれと溜め息をつきながら私は地魔法で岩の壁を作り出した。高さはだいたい二メテルくらいなのでジャンプすればリード以外は届くはず。


「次は懸垂ですよ。この岩の上に指を掛けて腕の力で体を持ち上げる運動です。これで剣を握る力がつきます」


 結局百回を数える頃には誰も残っておらず、全員が岩から手を離して地面で大の字になって寝ていた。

 私は懸垂用の岩を地面に戻すとリードのところへ向かった。


「リードはとりあえずここまでだよ。今日はこれで自由にしていいからね」

「はっ!はっ!…あ、あぁ…」


 息も絶え絶えな彼は放置して同じような状況の騎士団に向かい、大きな声で罵倒する。映画で見たようなアメリカ海軍のように精神的にも追い詰めていくわけだ。

 私の見た目が幼すぎるのであまり威圧感はないかもしれないし、言葉使いもあまり汚くできないんだけどね。


「貴方達、私みたいな女の子が軽くできる運動も出来ないのですか?そんなことで騎士と名乗るなんて領内、ひいては王国の平和と安全を守る気概すら無いのですね。罰として今からもう一周外周回ってきなさい!…ほらいつまで寝てるんですか!立ち上がって走りなさい!」


 寝ている彼等真上から水の塊を落として冷やしてあげると一人二人とフラフラ立ち上がって門の方へ走っていった。いやもうあの姿は歩いているのと変わらない。

 そんな中ゼグディナスさんも立ち上がり私に声を掛けてきたが、息が絶え絶えすぎて何を言ってるかよくわからなかったので訳すとこんな感じだ。


「嬢ちゃん、この訓練はリードルディ様には厳しすぎるだろう?俺達でさえこんな状況なんだぞ?」

「私息も切れてないですけど?」

「……化け物め…」


 笑顔で彼の顔に水をかけると門の方を指差した。

 とっとと走ってこいの合図である。ちなみに目は笑っていない、あえてぎこちない作り笑顔を向けている。

 もちろん私も続けて走り出すのだが、ここで約十分ハンデをあげる。最初から全力で走っても私ならゴールするまで息切れを起こすこともない。というかこの程度で息切れを起こしていたら魔人化した際の負荷に身体が耐えきれなくて壊れてしまう。

 かなり時間を空けてから走り出したもののゴールするまでに全員抜かしてしまったので、全員戻ってきたところで罰としてもう一周追加しておいた。

 結局このあと模擬戦をやる予定だったが全員の体力が尽きてしまい、予定は全く消化出来なかったのを追加しておく。

 彼等はこれから訓練をする日は毎回これを行ってもらうことになる。有り得ないほどの筋肉を身につけた騎士団が出来上がったのは数ヶ月後の話だが、この時は彼等全員セシルが子どもの姿をした悪魔にしか見えなかったという。




「こんにちはー」

「「「お疲れ様です!」」」

「…だから私にはナージュさんにするみたいにしなくていいですってば」


 私は下位文官達の執務室にやってきていた。

 騎士団の訓練が思った以上に捗らなかったのでこちらでの仕事をすることにしたのだ。夕食までの数時間でしかないが、それでも何もしないよりマシだろう。

 私の予定としては火と風の日はここでの手伝いに当てたいところ。ここにいれば領内のことに詳しくなれるだろうからね。

 まだ執務机に私用の椅子が無かったので今日も応接セットで手伝いをしている。

 相変わらずギザニアさんは討伐要請の紙と睨めっこしているけど早い段階でゼグディナスさんに相談するようアドバイスする。

 インギスさんは私が近寄ると顔を赤くしてツンデレなセリフを連発するけど、仕事は真面目で今日も土木工事の予算編成に四苦八苦しているので出来れば現地視察するように言っておく。

 シャンパさんには計算間違いの指摘をした後、過去数年分の税の支払いを一覧表にしてもらった。ちゃんとチェック出来ないと不正があっても見破れない。特に村の村長などは老齢なためかかなりひねくれた方法をしていることもあると思う。

 その後はインギスさんから相談と言われて何度か話し掛けられ、都度アドバイスしたり一緒に考えてみたり。でもこの人ロリコン疑惑があるからあまり近寄りすぎるのは嫌だな…。今のところは触れたりすることはなく、至って真面目に冷静に仕事をしているので私としても丁寧な対応を続けているけど。

 他にはシャンパさんの計算間違いを何度となく指摘したりして執務をこなす。

 そんなにすごい量の仕事があるわけではないけど、この三人よりもハードな業務をしているというナージュさんは内政チート持ちなんじゃなかろうか?


「それじゃ時間なので私はこれで失礼しますね」


 私が書類を片付けて応接セットの上を布巾で拭いてから立ち上がると例によって三人は勢いよく立ち上がった。


「「「はい!お疲れ様でした!」」」

「…だからそれやめましょうよ…」


 すっかり躾られている三人だった。

 夕食を取った後、モースさんから話し掛けられて食堂に居座っていた。新しいレシピを早くくれとのことだ。

 少し考えて明日の魔法の講義が終わった後で良ければ一緒に料理をしようということで話がついたので、モースさんのアレンジパンケーキを食べながらお茶を飲んでいた。

 見た目が普通のプレーンながら、ジャムを塗ってみたり卵を変えてみたりとなるほどというアレンジではある。でも、それはアレンジではなくて付け足しや改良でしょう?

 明日の料理のときにはこういうところも教えてあげた方がいいのかな?歳を重ねたことで固くなってる頭を柔らかくしてあげなきゃね。


「…で………そうなのよ」

「えぇっ……んな…」


 モースさんと話していたところで食堂の中では侍女達も噂話に花を咲かせている。あまり小声で話していると良からぬことを考えていると思われても仕方ないよ?ついでにその話の内容って私のことだから。本人が近くにいるのによくやるね…。

 噂の内容は昨日から始まった私の武術訓練でリードがボロボロにされていて可哀想だと。あんなにやることない、人としての心がない、騎士達も動けなくなるほどキツイらしい等々。

 覚悟してたし女がこれだけ集まれば噂の一つや二つ、しかも可哀想な話や不幸話、スキャンダルなどは皆の大好物だから、食いつきも良いわけだ。

 とりあえず気にせず聞こえなかった振りをして部屋に戻って宝石でも眺めていることにしようと分かりやすく立ち上がると堂々と食堂から出ていくのだった。

今日もありがとうございました。

お盆の帰省中でストックが消費されていきます…。

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