第60話 今夜は寝させないよ?
前回に引き続き宝石回ですが、ちょっと卑猥な表現が出てくるかもしれません。
屋敷に戻るとすぐに自室に直行して一人ニヤニヤと笑いが止まらなくなっていた。
「いくら小さい石でもアメジストはアメジスト。むふふ…」
小袋に分けて入れられたそれを手で掬って纏めて持つと鉱物操作を使う。すると小さな欠片でしかなかったそれらが徐々にくっ付いていき、最終的に一つの大きな塊になる。それを何度か繰り返すと大きな塊のアメジストが三つほど完成した。更にその三つを持って鉱物操作を行うと全てくっ付いて大きな一つの塊になる。この時点で中に入っていたクラックなども全て取り除かれている状態になる。
村にいたときも何度か行った操作なので実は四則魔法の中でも一番使い慣れていたりする。
出来上がったアメジストの原石を更に加工して小さく残っていた母岩を取り除いたり、色合いを均していく。その後必要ない不純物を摘出したら完成だ。
こんなこと前世では絶対に不可能な加工なのだが魔法のあるこの世界でならやってもいいよね。実際出来上がったアメジストはクラスターでもないのに五百グラムはある。つまり二千五百カラットのお化けアメジスト…。
「やばい!顔がニヤける!止められない!なんだこれ?!」
色合いを均一化して不純物を撤去したので透明度は高いものの、濃い紫色ではなく割と淡い紫になった。もちろん、だからと言って宝石の価値が下がるわけでもない。これをカットして最高の状態にできれば本当に完璧なんだけど、残念なことに私にそこまでの技術はない。鉱物操作で形は変えられるけど複雑な幾何学模様にするには自分の中にちゃんと完成形が見えていないと無理だしね。
それにしても綺麗な宝石…。
夜の宝石とも言われるアメジストだけに日光に当てすぎると退色してしまう。これは宝石全般に言えることだけど、使わないときはしっかりと宝石箱などにしまっておかないといけない。
私の場合は腰ベルトに収納しておけば他の石や素材に当たって欠けてしまったりする心配はないけどね。
あ、ちなみにアメジストはモース硬度七の割と硬い宝石だけど衝撃に強いわけではないのでぶつけたりすれば当然欠ける。これはダイヤモンドにも同じことが言えるので身につけるときも壁にぶつけないことはもちろん落下なんて言語道断だよ。
「…おっと。このままいつまででも眺めていられそうだけど他のも処理しなきゃね」
続いて同じように黄色い粒の原石を取り出す。これはシトリンと呼ばれているもので、実はアメジストの一種だったりする。さっきも言った通り、アメジストは日光に当てると退色する。退色し黄色くなったものがシトリンと呼ばれていて、前世で市場に出回っているものは人工的にアメジストを処理してシトリンにしたものしかないと思っていいほどだ。
続けてペリドット。夜会のエメラルドとも言われるこの石は人工灯でも日光、月光でも変わらない綺麗な緑色をすることからその名前がついたと言われている。透明度の高いものは淡い緑色が綺麗でエメラルドとは違った美しさを誇る。エメラルドの濃い緑色も好きだけどこのくらいの優しい色合いは心が落ち着くので、これはこれでとてもよいものだ。
シトリンとペリドットも同じように処理した後、同じように見入ってしまっていたのは言うまでもなく、ファムさんが呼びにくるまでの鐘一つ分、私はその三つを眺めて過ごしてしまった。
危なく夕飯まで食べ損ねるところだった。
夕飯を食べた後はさっきのおじさんから買った大きめの原石に取り掛かっていた。これは母岩に大きめのトパーズ原石がついてるものなので母岩から慎重に取り外す。
トパーズは諸説ある語源の中に「探し求める」という意味があるくらい探索者にとってはお守りみたいなもの。ある意味この綺麗な状態のトパーズを探し出せた人は立派な探索者と言えるだろう。
もう一つアクアマリンも母岩についており、これも慎重に取り外す。大きな結晶が母岩についた原石で一目で私の心を射抜いてきた美少女だ。薄い水色で透明感のあるアクアマリンは見ているだけで心を落ち着かせてくれる。
以前も説明したことがあるけど、アクアマリンもベリルなのでエメラルドの仲間である。同じくエメラルドの仲間であるレッドベリルも手に入れてみたいね。
ただこの二つは今のところはまだこのままにしておく。まだ腰ベルトの中には村から持ってきた原石も入ってることだし、時間を見て加工しよう。さすがに今やり始めたらしばらく休みなくやってしまいそうだからね、自重自重…。
もちろん原石は原石で綺麗だから、という理由もあるけどね。そのうち晶洞なんかも見付けてみたいね。アメジストドームといえばどういうものかわかると思う。
さて、いつまでも宝石を見ていたいけどそうもいかない。明日のこともあるし今日もファムさんとお風呂に入ったら早めに休むことにしよう。久々に魔物とたくさん戦ったから気疲れしちゃったしね。体力的な疲労は感じていないものの緊張感のある状況というのはやはり精神的な疲れは感じてしまう。
…結局宝石をずっと眺めてしまって夜更かししてしまったのはもう仕方ないということで…。
だってアメジストもシトリンもトパーズもアクアマリンもさ「今夜は寝させないぜ?」って言うんだよ?
何この逆ハーレム?幸せすぎてやばい…。
って思ったときには一の刻に迫っていたからね。流石に反省しました。
翌日、かなり眠い眼を擦りながら朝食を済ませた後に屋敷の外にある訓練場に行こうとしたところでファムさんから声が掛かった。
「セシル様、先日仕立てに出していた服が出来上がったと連絡がありました。つきましては本日これから納品に来るとのことです」
すっかり忘れてたけど、そういえばここに来た初日に新しい服を貰えることになってたんだっけ。
私はファムさんに了承の旨を伝えると訓練場に向かうことにした。訓練場に行くとリードは既に来ており他の講義の時とは違って随分やる気のようだ。
「おはようリード。今日はサボらなかったのね」
「おはようセシル。今日は初めてセシルとの訓練だからな、昨日は楽しみでなかなか寝付けなかったほどだ」
「そっかそっか、それは結構。じゃあこれ、訓練メニューね」
私はリードに一枚の紙を渡すとその通りに訓練するように伝え、私は少し離れた木陰に待機した。
私が渡した紙をじっと見ているがなかなか動き出す様子がない。そんなに難しいことは書いてないんだけどなぁ?
ランニング一万メテル、腕立て腹筋背筋二百回、素振り三百回、その後私と剣のみの模擬戦、魔法込みの模擬戦。これを昼までにやるという内容だ。今後彼が自発的に体力、筋力トレーニングを行うならばランニングは少し減らして腕立て腹筋背筋は無しにしてもいいと思っている。
「そんなにきつい内容じゃないはずだよ。時間ないんだから早く動く!」
「む…いや……。すまん、なんて書いてあるんだ?ところどころ読めない」
……明日はティオニン先生にみっちりやってもらおう。
そもそも予習も復習もしてないんじゃない?この子は…本当にダメダメ領主一直線じゃないだろうか。
「ねぇリード?一応聞いてみるけど百マス計算は毎日やって、文字の書き取りもしてるんだよね?」
「……あ、あぁ。やっているとも」
…怪しい。
そもそもちゃんと文字の書き取りをしていればこの文字だっていい加減読めるようになっていてもおかしくない。
「まぁいいや。じゃあ書いてあることちゃんと言ってみて」
「う…。は、走り込み一万メテル、腕…かて?腹筋、…さいきん?二百回、すずり?三百回…」
「あぁ、もういいよ。…全然ダメ」
「…勉強と訓練は関係ないだろう…」
「関係大有りだってこの前言ったよね?!罰として昼食後の自由時間無しで訓練続けるよ」
「ふん…訓練なら望むところだ。どれだけ厳しくともやり切ってみせるさ」
「ついでに百マス計算と文字の書き取りも三倍にするから」
「なっ?!」
驚いているリードに一瞥くれた後、私は最初の訓練メニューを伝える。この屋敷の塀を一周すると大体五千メテルあるので本来なら二周すれば良かったんだけど。
「この領主館の塀に沿って走り込みね。数は六周」
「…ろ、六周だと?!」
「訓練メニュー読めなかったら三倍って言っておいたでしょ?時間ないんだからさっさと行きなさい!」
グチグチ言うくらいなら「厳しくともやり切ってみせる」なんて言わなきゃいいのに。
私が怒りを露わにして手に小さな火の玉を作り出すとリードも剣を置いて慌てて走りに行った。
私も後で一緒に走ろう。レベル上がって体力も増えたからだろうけど疲れにくくなってきている。昨日もあれだけ魔物と連戦したのに息切れを起こすことは最後までなかった。レベルというのは便利なものだね。
走りに行ったリードはそのままにして私はファムさんのところへ行って新しい服を受け取ることにしよう。
ファムさんに指定された部屋に着くとファムさんとクラトスさんが既に来ていて、更に見かけたことのない四十代後半くらいのおじさんと若い女性がいた。恐らくこの人たちが仕立て屋なんだと思われる。
「すみません、お待たせしました」
「セシル様、お待ちしておりました」
私が挨拶するとファムさんがお辞儀してソファーに座るよう促してくれる。案内されるままに腰掛けると今度はクラトスさんから声が掛かる。
「セシル先生、こちらの者たちが今回仕立てた服をお持ちしましたのでご確認いただけますかな?」
「はい、わかりました」
私が頷くと待っていたかのようにおじさんの方から口を開いた。
「お初にお目にかかります。この度は当商会にお声を掛けてくださりありがとうございます」
「いえ、私はファムさんの言われるがままでしたから…。それで素敵な服をご用意していただいたとか?」
「はい。今回の服を仕立てましたのはこちらにいる私の娘でございます。身贔屓と取られるかもしれませんが貴族様からの評判も良く、今回の服に関しましてもきっとご満足いただけるかと存じます」
おじさんがそう言うと今度は隣にいた女性が用意していた服の入った箱を取り出し、中身をテーブルの上に並べてくれた。
するとファムさんが隣の部屋へと続くドアを開けて「こちらへ」と私とその女性を案内する。クラトスさんを見るとついていくように言わんばかりに頷いているので、私もそれに従い隣の部屋へ移動する。
「では、セシル様。服をお脱ぎください」
「…え。や、私自分で着れるから!」
「いけません。それに裸でしたらいつも私に見せているではありませんか」
「それとこれとは違うよ!というか今日はもう一人いるんだよ?」
「恐れながらセシル様。私めのことはどうか路傍の小石程度に思っていただければ」
「いやいや…無理でしょ…」
「セシル様、早くなさらないとリードルディ様の訓練に間が空いてしまいますよ?」
「うぅ…それは…。あぁもう…」
私は観念して服を脱ぎ始め、あっという間にパンツと肌着だけになる。確かにこの歳だから隠すものも何もないけどさ!
「セシル様、下着もですよ」
「嘘でしょっ?!」
「セシル様」
「うぅぅぅ…」
結局私は下着まで全部脱いで二人からされるがままに服を着せられた。仕立てられた服は全部で四着あり、そのどれもが今までこの世界で生きてきて触れたことがないほど上質な生地で出来ていた。場合によっては前世でもここまで上質な生地の服は持っていなかったかもしれない。
生地自体が厚いのに手触りは滑らかでごわごわとか突っ張った感じはしない。持ってきた服のほとんどは私の家庭教師としての仕事に向いた動きやすい服装になっており、ファムさんとクラトスさんの心遣いを感じる品だった。もちろん、目の前の仕立て屋の女性の腕もいいのだろう。糸の解れなど見られるわけもなく、細かいところに小さな刺繍が入っているなど芸の細かさでも一級だろう。
問題は、だ。
「ねぇ…なんでドレスなんてあるの…?」
そう、一着だけドレスが用意されていた。こんなの頼んでないんだけどぉ…。
半泣きでファムさんを見上げると楽しそうに微笑んでいるだけで助けてくれそうにはない。寧ろ。
「とてもよくお似合いでらっしゃいます」
と言って心の底から楽しいでいる。前世でもドレスを着る機会なんて無かったから、これはこれで貴重な機会を得たと思えばいいのかもしれない。
私自身は貴族ではないので、派手な色合いは避けて小さな女の子がよく着るであろう薄い黄色のシンプルなドレスで裾や袖、襟の部分に申し訳程度のフリルがついている。胸の部分に飾りはなく、スカート自体もプリーツもなければレースで二重になっているわけでもない。さすがにシンプルすぎる気がしなくもないけど普通の平民が着るドレスとしてはこんなものなのかな?
最終的に観念してドレスも受け入れて全ての服に「問題無し」と評価した後、一番最初に着た服を着てリードの訓練に戻ることにした。
最後に部屋を出るときに「セシル様、その服でリードルディ様を誘惑しちゃいましょう」などとファムさんが言っていてクラトスさんが「うぉっほん」とわざとらしく咳払いをしていたのだった。
今日もありがとうございました。
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