第58話 ランクアップアップ!
「セシルちゃん、私を過労死させるつもり…?」
戻ってきたヴァリーさんは目を血走らせながら幽霊のようにフラフラと私のところまでやってきた。
この短時間に何があったのだろうか。
「一応そのつもりはないんですけど多すぎるならどこか他のところででも手分けしてやってもらいます?」
親切心で提案したのだがヴァリーさんは首を左右にブルブルと振って両手で×の字を作った。
「駄目!駄目よ!セシルちゃんがこの街にいる限りはギルドに全部持ってきてもらうんだから!」
「私が持ってくるのは魔物の素材と依頼に沿った物になりますけどね」
そうしないと鉱石や宝石類まで全部渡すことになってしまう。それは私も許容できない。自分で使いたいものくらいは好きなようにしたい。
「まぁそれはそれよ。というわけで私の愚痴は聞かなかったことにして…算定の結果が出たわよ」
「待ってました!」
私は拍手をしながらヴァリーさんの発表を促し、その言葉が紡がれるのを待った。待ったが…。
「とりあえずざっと見て大きな傷がないのは確認したわ。フォルコアトルは首が切れてるけどこれは問題ないわね。残念だったのはダークウルフはほとんどの個体の牙が折れていたことね。ストームイーグルも羽の損傷がいくつか見られたし、一体は一番高価な風切羽がなかったわ。とは言え、これだけの数をこの程度の損傷で手に入れてくるなんてことがまず奇跡ね。そもそも普通は馬車でも運べないんだからそれだけでもセシルちゃんの異常性がわかるってものよね!」
ヴァリーさんは一気に捲し立てると大きく息を吸い、肩で息をし始めた。
というか、人のこと異常とか言わないでほしい。
ギルドの中は静まり返り、彼女の発表の続きを待っている。幸い今はまだ混み合う時間ではないので人は少ないが、それでもあまり他人に聞かせるのはどうなんだろうか。ここまで来たらもう手遅れだろうけどさ。この世界に個人情報の保護なんて訴えても無駄よねぇ…。
「フォルコアトル三体、クラッシュタイガー一体、ムーンフェンリル四体、ブラッディベア三体、キルエイプ十三体、ガッシュリザード三体、ストームイーグル五体、ダークウルフ十六体の計四十八体。もういっそおまけの端数は切り上げで金貨二十六枚よ」
「おぉぉぉぉっ!すごいすごい!ものすごい大金だね!」
「ただし、これはあくまで通常の適正価格ね。これに各魔物の使える希少素材を加えると合計金貨四十五枚、ノーラルアムエの花採集依頼達成と過剰採集分の支払いも含めて支払額は金貨六十枚!」
…思った以上の金額になってびっくりした。
だって金貨六十枚ということは白金貨六枚。白金貨は前世でいえば百万円程度の金額と思われる。つまり一回森の奥にいっただけで六百万円もの稼ぎを出せてしまったということよ?
うん?そういえば…。
「なんで白金貨六枚って言わないの?」
「貴女ねぇ…白金貨なんて持ってたって普通の人はどこで使うってのよ。この近くの酒場で一晩飲み食いしたってせいぜい小金二、三枚よ?よっぽどいい装備か魔道具、貴族様向けの貴金属でも買わない限り使わないわよ」
なるほど…確かに言われてみればその通りだ。前世でも突然百万円記念硬貨をコンビニの支払いで出されても困ってしまうのと同じってことか。
それでも金貨だって十万円相当なわけだから使える店が限られてしまう。今後はできれば小金もそれなりの数持ってた方がいいのかもしれないね。
「セシルちゃん、金額はそれでいいかしら?」
「うん、十分です。ヴァリーさんありがとう」
「いいのよー?ありがとうはお互い様なんだから。でももう少し数が少ないとこちらとしても助かるんだけど…」
「ごめんなさい。それはなんとも言えません」
疲れた笑顔を向けるヴァリーさんに頭を下げると「これが私の仕事だから」と言ってギルドの奥に引っ込んでいった。
お金を取ってくるらしい。
それにしても無一文からなかなかの小金持ちになってしまったね。折角手に入れたお金なんだし、街に出て何か買ってみよっと。
しばらくリコリスさんとお喋りしながら待っているとヴァリーさんとブルーノさんが一緒にやってきて、私に執務室へ来るようにと言ってまた戻っていった。なんなんだろう?
小首を傾げる私にリコリスさんはいつもの営業スマイルで私を二階に行くよう促してきたので、訝しく思いながらも一人執務室へ向かった。
コンコンコン
「ブルーノさん、セシルです」
「おーう。入っていいぞー」
中から野太いオヤジ声が聞こえてきたので私はドアを開けて中に入った。二人は既に応接セットのソファーに腰を下ろしていてお茶の支度をしているところだったので二人の前のソファーに腰掛けると用件を聞くことにした。
「それで、ここに呼び出した理由は何ですか?」
「とりあえず、ランクアップおめでとう」
「うん?ありがとうございます?」
「まさかこの依頼をこうもあっさり片付けられるとは思わなかったがな」
「一応それなりに大変な思いはしたのであっさりって言うのは語弊があると思います」
「『一応』『それなりに』か…。実はな…今回の依頼はBランクの依頼なんだわ」
「…は?え、だって私昨日登録したばっかりのFランクって」
「指名依頼をする場合はランクに関係なく依頼を出すことができるのよ。もちろん本来はギルド側が実力不相応な場合はその時点でお断りしちゃうんだけどね」
「今回出された依頼はいつも頼みに来る変わった客からの依頼でな。時期不定、実力不定、人間性不定、少し常識が足りないくらいの人の場合は店に来てくれってのが条件なんだわ」
「…うーん?なんだか話が見えないんだけど?」
「つまり、セシルの嬢ちゃんみたいな常識外れの人間に任せてみて達成したら店まで連れてこいってことだ」
私を非常識みたいに言わないでほしいんだけど!
最近理不尽だの非常識だのと私に対する扱いがどんどんひどくなっていってる気がする。
「てことで、ちょっとその店に行ってみてくれ」
「はぁ…まぁどのみちお金貰ったら買い物してこようかなって思ってたからいいですけど…」
「それが一つ目な。もう一つ」
ブルーノさんは私の前に指を一つ立てた後すぐにもう一本立ててニヤニヤと笑い出した。
「セシルの嬢ちゃんは今日からCランクな」
「…えっと?理由を聞いても?」
「今回の依頼はBランクって言ったが、それはあくまでもBランク冒険者が数人のパーティーを組んでやるものだ。それを単独、しかもこんな短時間で達成するような人材をいつまでも低ランクにしておけるわけがない」
「えぇ…それって完全にそっちの都合でしょう?」
私の言葉にブルーノさんも困った顔を浮かべた。
気持ちはわかるけどね。できる人をいつまでも閑職にしておけるほど冒険者の世界も人手が足りてるわけではないのだろう。人は多くとも能力のある人は極一握りと言われているみたいだしね。
「とにかく腕の立つ冒険者は一人でも多く必要なんだ。これからも毎日バリバリ依頼をこなしてくれ」
「あ、それは無理です」
「…なんでだっ?!ぶっ?!」
私の即答にブルーノさん、我を忘れて食ってかかってきた。
あまりに怖かったので思わず手が出てしまった…彼は顔面を殴られてソファーから後ろに倒れ鼻を押さえながら悶えている。
こんな幼女にあんなおじさんが勢いよく顔を近付けてきたらそれだけでも事案だよ?
「えっと…セシルちゃん?何故依頼ができないか教えてくれる?」
「あー…私普段は領主様の館でリードルディ様の家庭教師をしているので冒険者としての活動ができるのは地と光の日だけになります」
「…週末冒険者ってことかよ…」
何その響き…ちょっといいかも。週末だけ副業のアルバイトしてる人みたい。
さっきの精算のおかげでお金に困ってるわけじゃないけど。
「そんなわけで普段は無理です。特に明日の闇の日は私が担当しますし他の日もリードルディ様と一緒に講義を受けてますので」
「…うーむ、まぁそれなら…。どうせ冒険者ってもんは言っても聞きゃしねぇんだからよ」
人を我が儘な子どもみたいに言わないでほしい。見た目は子どもだけど。
でもここの人達にはそれなりに親切にしてもらっているし、いろんなことを教えてもらった恩もあるからあまり不義理なことはしたくない。
目の前に置かれたお茶を啜って一息つくと提案という形で私に連絡したい場合の方法だけ伝えておいた。
尤も、ただ領主館の衛兵に「セシル先生に冒険者ギルドからの遣い」と言ってもらうだけなんだけどね。
「それじゃ、話はこれで終わりね。はい、これが今回の報酬よ」
「はい、ありがとうございます。…あ、ちゃんと小金も入ってる」
「常識外れの『セシル先生』に私からのお節介よ」
ヴァリーさんもなかなかいい性格をしてる。これで悪徳商人でなければ好感が持てるのにね。
私も話は終わりだと言うかのように席を立つとそのまま部屋の出口に向かったが背中からブルーノさんに声を掛けられた。
「依頼はそれでいいがもし何かしら助けが必要な時は手を貸してもらうぞ。嬢ちゃんの持ってきた素材を見たが森の中の魔物もだいぶ活発になってきたみたいだからな」
「うん?…よくわからないけど、週末じゃないなら毎日領主館にはいるから連絡してください。それでは失礼します」
私は執務室を出るとカウンターでリコリスさんから新しいCランクの金カードを受け取った。確かに金は含まれているけどかなり純度は低そうだ。しかしカウンターにある箱に入れて情報の書き込みをするのであれば何かしらの魔道具なのだろうから金の含有量は関係ないのかもしれない。
そしてリコリスさんからすっ飛ばしてしまったランクアップの特典を聞いてから次に来るのは地の日になるだろうことを伝え私はギルドを後にした。
今日もありがとうございました。




