第548話 ダイヤモンドリリィの特訓
コミカライズもよろしくお願いします!
私達は第一大陸にある学校専用ダンジョン内の一フロアで全員が這いつくばっていた。
ここは学校で冒険者としてやっていくためにダンジョンで魔物相手に実戦するための設備。
何をどうしたか知らないけどセシルママがダンジョンマスターを捕獲して作ったらしい。というかそもそもダンジョンマスターを捕獲とか意味がわからない。
その意味がわからないセシルママは本体じゃないからと、訓練のために連れてきたのは宝石の化身というべき十二人の眷属。そのうちの三人だけ。
「ランファ様、ヘイロン様のお嬢様といえどあまりにお粗末な魔力操作ですわ。だから魔法の威力が安定なさらないんですの。エミルシル様もですわ。魔法と弓を同時に使用せずにエルフを名乗るなど烏滸がましい。リーライン様を見習いなさいな」
扇子で口元を隠しながら辛辣な言葉を吐き出しているのはレーア。
目の覚めるような青いドレスを身にまとい、その場を一歩も動かないまま二人を圧倒して見せた。
「ミサキ殿も筋は良いが、剣が素直すぎる。それでは受けてくれ、避けてくれと言ってるようなもの。アルーリリス殿も動きは素早いが単調すぎる。知恵のある高レベルの魔物には通じぬよ」
ジェイは腰に佩いた刀の柄に手を添えて二人に指導していた。
私からすれば二人の動きは十分過ぎるほどに速くて対応するのに苦慮するというのに、それでは駄目らしい。
そして私ソフィアはというと。
「お嬢様、我が君よりレベルを上げてもらったことは存じておりますが、些か修行不足ですよ。攻撃の手数で相手を翻弄するのがお嬢様のやり方だとしても、今の五倍は出していただかないと」
ジョーカーに手も足も出ないままボロボロにされていた。
彼は剣を使っても魔法を使っても、その多彩な攻撃方法で私の動きをほぼ初動で封じてくる。確かにレベル差はあるけれど、これほど何もさせてもらえないとは思わなかった。
「むぅ……レベル上げさえすればある程度は大丈夫だと思ってたから放っておいたけど、まさかここまでとは思わなかったなぁ。これじゃキュピラにすら及ばないよ」
そんな私達五人の様子を離れたところから見ているのがセシルママだ。
こうしていると、以前セシルママから受けた訓練は本当に基本中の基本だけだったんだと思い知る。
学校でもいろいろ勉強したり訓練したりしたはずなのに、まだまだ全然足りなかったんだと。
キュピラママはセシルママの奥さんの中で一番遅く加わった双子の一人。私と同じくらい幼い容姿だし戦う経験だってそんなにあるわけじゃない。なのに私の方がずっと弱いと、セシルママは判断している。
それは、すごく悔しい。
「なるべく教え方が上手い三人を連れてきたんだから、頑張って訓練してね」
私もそれほど詳しいわけじゃないけど、セシルママの眷属には純粋に硬くて攻撃が強いエース。搦手を多用するノア。魔法の扱いに長けたルージュとシアン。彼等を相手取るとしたらどう対処したらいいか、今の私では思いつくことさえ出来ない。
「我が君、お嬢様やご友人方にはまだ早いのはございませんか?」
「そう思って甘やかした結果、ダンジョンのトラップなんかに苦戦したんだから手は抜かないよ。嫌な役を任せて悪いけど、もうちょっと付き合ってあげてくれる?」
は、と短く答えたジョーカーは手元に何本もの短剣を取り出していた。
「我が君より頼まれてしまいましたので、心苦しいですが訓練を続行します。お嬢様、今しばらくダンスの授業と参りましょう」
ニッコリと笑うジョーカー。
あいつ絶対嗜虐癖があるでしょ……。
「はい。今日はみんなに贈り物があります」
来る日も来る日も訓練漬け。
ふと、なんで私達こんなことしてるんだっけと思うこともあったけれど、三ヶ月が過ぎる頃にようやく一段落だとセシルママから伝えられた。
というか喋り方が学校の先生みたいだ。
「贈り物、ですの?」
「……まさか、訓練相手の追加、です?」
アルーやめて。
今だって眷属一人を相手するのに二人がかりでもあしらわれてるのに、追加されたら何も出来なくなっちゃう。
「あはは、さすがにそんなことしないよ。まだ」
「……『まだ』と仰いましたね……」
贈り物が何なのかはともかく、何かあるのは間違いないと思う。
だから今日は普段いないアイカさんとクドーさんも訓練場にやってきていた。
「ほなウチからやな。じゃーんっ、これやっ!」
アイカさんが両手で広げながら取り出したのは一着の服。
白を基調に金色の糸で模様が織り込んであるもので、どこかセシルママの貴族服に似ている。というよりあれは前世の学生服の方が近いようだが、インナーはワンピースで更にジャケットを着るみたい。
……でも、スカート短くない?
「安心してえぇで。スカートの中は見せパンや!」
「嘘吐かないの。スパッツになってるから」
「おもんないなぁ……あとはオッサン大好きニーソも標準装備やねんで!」
「どう考えてもアイカの趣味じゃない?」
「ちゃうわ! デザイン案はアノンや!」
アノン、というのはママ達のウェディングドレスを作ったデルポイの商品開発部長、だったかな?
あの人も転生者でセシルママがどこかの町で拾ってきたと聞いてる。
そのせいか前世の世界であった服をいろいろ作ってて、完成した彼女の屋敷にはジュエルエース家の衣装室より遥かに大きな衣装室があるのだとか。
「普通の服みたいに見えるかもしれへんけど、セシルの服と一緒で並の鎧より遥かに頑丈やさかい、普通の剣じゃ傷一つつけられんのや」
「普通の、ってことは普通じゃない剣なんてあるの?」
「あるやろ。セシルの剣とか、ジェイの刀とか」
そういえばセシルママが本気で戦うときの短剣は魔力で強化されるんだっけ。魔闘術よりずっと多い魔力を込めるって聞いたことがある。
「アイカ、そこまででいいだろう。俺は早く帰って寝たい」
「へいへい、りょーかいや」
続いて前に出たのはクドーさん。
彼は魔法の鞄から布で包まれたものを取り出して床に並べた。
「お前たちの前に置いたのがそれぞれの新しい武器だ。開けてみろ」
言われるがまま、私達は自分の前にある包みを開いていく。
私が手にしたのはセシルママと同じ短剣。でもどこか少し違う気がする。
「お前たちはまだまだ武器の扱いに不慣れだからな。簡単に壊れんよう、ひとまず頑丈に作ってやった」
手にした短剣に魔力を流してみると、以前使っていたものに比べて遥かに魔力の通りが良い。
全体的に黒光りした感じからしてアダマンタイトだと思うけど、それだとこの軽さの説明がつかない。
「一体何で出来てるんだろ?」
「お前たち未熟者が武器の素材を気にするなど十年早い。今後攻撃する時、防御する時は必ず魔闘術を使え。まずそれを身に着けたら次の段階に進めてやる」
ちなみにセシルママの眷属達との訓練で私達は全員何度も武器を壊している。
レーア、ジェイ、ジョーカーの三人はそんなに力が強いわけじゃないのにあちらの攻撃を受け止めるだけで簡単に武器が砕けてしまう。
「魔闘術が身に着けられたらエースとの訓練を追加するよ。でも今は……」
セシルママはそこで一度言葉を切ると彼女の後ろに立つジョーカーへと視線を向けた。
「ジョーカー、貴方の『牧場』にいるのを一匹出してちょうだい」
「……お見逸れいたしました。いつからお気付きに?」
「おかしいなと思ったのは貴方とエースが魔石を持ち帰った時だけど、確信したのは最近だよ。てことでライナール鼻にいたのと同じくらいのがいいな」
「御意」
ジョーカーは誰もいないところへ手を向けるとその空間がぐにゃりと歪んで黒い穴が出来上がった。おそらく転移魔法の一種だと思う。
その歪んだ空間の穴に彼は徐ろに手を突っ込むと力任せに何かを引っ張った。
ずにゅる びちゃんっ
すると、穴の大きさに対してあまりに大きさが合っていないほど巨大な蛙が現れた。
濃い緑色の粘膜に覆われた身体も小さければまだ可愛げがあるのに、この蛙の大きさは私が縦に三人並んでもまだ足りないほど巨大だ。
「おっと、まだ動いちゃ駄目だよ?」
セシルママは蛙に向かって結界魔法を使ってその動きを封じ込めた。
それは以前見たときよりもずっと強力で、巨大な蛙は半透明の結界に阻まれて完全に身動きを封じ込められている。
レベルが下がっているはずなのに魔法の威力、精度は比べ物にならないくらい上がっていた。
説明を求めたところで理解出来ないことの方が多いから聞かないけど。
「さて、と。それじゃ最後は私から」
セシルママは自分の魔法の鞄からいくつかの小袋を取り出して私達の手に置いてくれる。
じゃらりと音がするその小袋はセシルママのことだから何かの魔石だろうか?
「じゃあ開けていいよ」
私がみんなの顔を見渡すと戸惑うことなくその小袋を開いた。
中には小さなガラス玉のような物が入っていて、それが何なのかすぐにわかった。
「これって、スキルオーブ?」
「そうだよ。今の貴女たちに必要なもの」
なるほど、セシルママだからこそ出来る方法だね。
自分が持っているスキルならほぼ無制限で生み出せるらしい。
本当はかなりのMPを使うんだけど、セシルママのMPは普通の魔法使い何万人分もあるからね。
いくつか私も貰ったことがあるから既に見慣れたものだけど、更に追加で渡されたってことはやっぱりセシルママにとって私はまだまだ弱いってことなんだね。
一人納得していたのだけど、私のそれはどうやら一般的な感覚ではなかったようで正しい反応をしてくれた人がいた。
「スッ、スキルオーブですのっ?!」
「……これ一つで、普通の冒険者ならしばらく遊んでいられるほどの金額になるな……」
ランファとミサキである。
確かにスキルオーブは安いものでも白金貨くらいの価値がある。ユニークスキルにもなれば白金貨十枚してもおかしくない。
「そんなに驚かなくていいよ。まだまだかなり余ってるし、ちゃんと使っちゃって」
「余ってる、ん、ですの?」
「うん。どうでもいいものからとても貴重なものまでいろいろ。多分一万個くらいあるんじゃないかな」
具体的な数は知らなかったけど、その話が本当なら白金貨一万枚にもなるということ。
それこそ残りの人生遊んで暮らしても平気でお釣りがくるであろう金額だ。
「とにかくそのスキルは今のみんなに足りないものを選んだつもりだよ。それを使って、後ろの蛙と戦ってもらうから」
「脅威度S上位と、仰っておりませんでしたか?」
「そうだね。多分五人がかりでも倒せないかもしれないから、本気でやってね?」
やっぱりセシルママはスパルタだったよ……。
私達は数字のカウントダウンを始めたセシルママの声に押されて慌ててスキルオーブを使用すると、クドーさんにもらった武器を構えるのだった。
「……ウチの服は着ないんやな……」
ごめんねアイカさん。
今そんな余裕無さそうなので。
そうしてセシルママによる訓練は続いていくのだった。
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