第547話 勢いって大事なんだよ
コミカライズもよろしくお願いします!
第五大陸のダンジョン攻略を終えた私たちは一度ジュエルエースのお屋敷へと戻ることになった。
斥候役がいないことで、今回のダンジョンでは非常に手間取ってしまったこと、そしてそれは場合によってはとても危険な状況に陥った可能性があることも理解している。
「なるほどね。それは危なかったね」
「うん……。ねぇセシルママ、どうしたら良いのかな? 私達の誰かが斥候役として鍛え直さなきゃ駄目?」
「それはちょっと効率が悪いし、今さらそんなことするくらいなら斥候役を一人パーティに入れた方がいいんじゃない?」
やっぱりそうだよね。
私は全距離攻撃役。ランファは魔法による阻害と遠距離火力。エミルシルは弓と魔法による遠距離火力と回復、援護役。ミサキは近距離専門。アルーが遊撃。一番斥候役として向いているのはアルーだけど、本人が嫌がっているし無理だ。
でも今はこの五人で連携も取れているし、下手に実力の低い人を迎え入れたくはない。
「恐れながら申し上げますわお母様」
私が言おうかどうしようかと悩んでる間にランファが一歩前に出ていた。
セシルママは私じゃなくてランファが前に出たことに驚いているようだった。
「なに、ランファちゃん」
「お言葉ですが、今私たちは五人でとてもまとまっておりますの。今更よくわからない者を一人加えるなど気持ちにも時間にも余裕はありませんわ」
私が言いたかったことをランファはそっくりそのまま伝えてくれた。
こういうのって本当はクランリーダーである私の役目なのに。
でも、ランファが思ってるってことは他の三人もきっと同じことを考えているだろう。
「別に貴女たちの気持ちなんて世界の情勢にとっては関係ないよね? それに時間がないって言うけど、今は毎回罠に嵌って時間を取られているけど、最初から罠を回避出来るなら時間は大幅に短縮されるでしょ。そのための時間を作るために今、新しい人を迎えて人間関係とその人を強くすること、貴女たちとの連携を作り上げる時間はどっちが短く済むんだろうね?」
「それ、は……」
セシルママが言っているのはあまりに正論が過ぎる。
でも、やっぱり……。
「セシルママ……私も、今から新しい人を迎えるのは反対。理屈じゃないの。でも……ちゃんと説明しないと駄目、ですか……?」
自然と丁寧な言い方になってしまったのはセシルママが私に対してもいつもの優しい表情ではなく、冒険者『セシーリア・ジュエルエース』としての顔を見せていたから。
レベルは著しく下げているとセシルママは言っていた。だから、多分今の私の実力なら目の前にいるセシルママよりは強いはず。
はずなのに、セシルママから発せられる気配を受けるととてもじゃないけど勝てる気がしない。
私とあの人との間にはどれほどの実力差があるのだろうか。
「理屈じゃない。説明出来ない。それで貴女たちはこの私にどうしてほしいの? 私を納得させられるだけの何かを、貴女たちは私に見せてくれるの?」
「納得って……私がみんなと、この五人で一緒にいたいの。それじゃ駄目なの?」
「駄目だよ。一緒にいたいだけの人なんていくらでもいる」
「むぅ……っ! じゃあママたちみたいに結婚する! それならいいでしょ!」
……あれ? 私は何を口走っているんだろう?
「……ソフィア……貴女ねぇ……」
さすがのセシルママもかなり呆れてしまったらしく、頭を抱えてしまった。
いや、うん。私もなんでこんなこと口走ったのかわからないよ。昨夜のランファとのことが原因かもしれないけど。
そもそも私は同性同士の恋愛とかそういうのに偏見はないけど、いつか知り合う男の人と結婚するものだと思ってたし?
これってママたちを見ていたから、なのかな?
「わっ、わたくし、はっ! セシーリア様がお許しいただけるのであれば、ソフィアと添い遂げたいと思っておりますわ!」
「ランファ、ずるいわ。私だってソファイアとずっと一緒にいたいのに。抜け駆けは許さないわよ」
「ぼっ、僕もソフィアと離れたくない! そのために結婚することが条件なら結婚したい!」
……あれ? ランファは何となくわかるけど、エミルシルとアルーまで?
ミサキが何も言わないのは武人気質だし、同性同士の結婚なんて駄目って言いそうだからかな? 彼女の父親はブルングナス魔国の元帥らしいし、跡継ぎの問題とかもありそうだもんね。
「私は結婚などということは申しませぬ。しかしソフィアの目的のためにはあらゆる手段を取るつもりでおりますれば……彼女が私を娶りたいというならば、拒むことなどあり得ませぬ。喜んで身も心も差し出しましょう」
違いました。
思いっきりその気になってます。しかも自分から言わないだけで私から言ってくれるよねってことを遠回しに言われてる気がする。
「ソフィアとは血の繋がりはないのに、なんでこういうところが似ちゃうんだろう……」
セシルママは立ち上がって窓の外へ目をやると、はあっと大きな溜息を零した。
「私やリーライン、チェリーを見ているだろうから同性同士の結婚って言うほど世間には歓迎されないってことはわかってる?」
「知らない。でもママ達は幸せそうだよ?」
セシルママは左のこめかみに指を当てるとしばらく考え込んだ後にゆっくり顔を上げた。
「わかったよ。ソフィアも、貴女たちも、生半可な気持ちじゃないってことだね。……ホントなんでこうなるんだか……」
私を除く四人は背を向けたままのセシルママに大きな声で肯定の意を返した。
私が何かここで下手なことを言うとそれこそパーティーが空中分解してしまう。言い出しっぺは私なので否定的な話は厳禁だ。
「私、本気だよ」
長い言葉は言わない。
ただ私の気持ちを素直に伝えたい。
「じゃあいくつか条件を出すね」
セシルママは未だに眉間に皺を寄せたまま振り返ると三本の指を立てた。
その条件とはこうだ。
一つ、全員が成人してから同時に結婚すること。アルーの十五の誕生日を超えた翌年以降とされた。
二つ、全員でそれぞれの親に挨拶に行って許可を貰ってくること。
三つ、人数が増えるときは必ずその人とも結婚すること。
これらを守った上で、もし結婚しなかったらクランを解散させること。
当然離婚や離縁もそれに含まれ、該当しないのは誰かが死んだときのみ。
「一先ず許可を取ってきたら、取っておきの方法を教えてあげるよ」
どういう方法かはわからないけど、セシルママがとっておきと言うくらいなのだから相当凄いものなんだと思う。
実際、セシルママはほとんどジュエルエース家の敷地内にいるのに王都内のことならほとんど把握しているような節がある。
それは情報を集めるのがうまいだけかもしれないけど、鐘一つ後の来客をピタリと言い当てることが日常的に行われているのを目の当たりにしているからだ。
きっと何か凄いことを教えてくれるに違いない。
「絶対すぐ帰ってくるから!」
「えぇ、待ってるから気をつけていってらっしゃい」
みんなに「行こう」と声をかけると、私に続いてセシルママの執務室を後にした。
そしてそのままの足でターミナルステーションへやってくると、そこでようやく私はみんなに振り返って頭を下げた。
「ごめんなさいっ! なんか、勢いであんなこと言っちゃって……あのっ、今ならまだやっぱり止めるって言ってもセシルママも許してくれると思うから……」
下に目線を落としたまま一気に喋ってしまおうと、そんなズルい考えをしていた私だけどそれは一人の声によって遮られた。
「私はやめませんわっ! 絶対にソフィアとずっと一緒にいますの! 他の方々がいなくなっても、私だけは絶対ソフィアの側から離れませんの……」
必死な願い事の最後は掠れるように小さくなってしまったけれど、ランファは握り込んだ両拳をぶんぶんと振りながら自分の気持ちを伝えてくれた。
「ランファ? 私達が勝手にいなくなる前提で言わないでもらえるかしら。私だってソファイアと離れるつもりはないわ」
「まったくだ。あまり私達を舐めないでもらいたい。長い間一緒にいるわけではないがそれでも一緒に死線をくぐり抜け、一つのパンを分け合った仲なんだぞ?」
みんながあまりに優しくて顔を上げられないでいると、アルーがすぐ隣にやってきて私の身体をそっと起こしてくれた。
「僕もずっと側にいる、です。あ、あんまり役に立ってない、かもですけど……一緒に笑って、一緒に冒険したい、です」
「……みんな、優しすぎるよ……」
ヤバい。こんなの、泣いちゃうよ。
もう遅いけど。
私の両目からは既にポロポロと大粒の涙が零れ落ちている。それは悲しい、辛い涙じゃなくて嬉しい涙。
セシルママが教えてくれた優しい心。
「みんな、大好き。本当はまだ結婚とかよくわかってないけど、どうしたらいいかわかんないことばっかりだけど……私と結婚してください!」
その素直な気持ちのまま、もう一度みんなに頭を下げた。
「も、勿論、です!」
「えぇ、言質は取りましたわ。もう取り消しは認めなくてよ?」
「ふふっ、私リーライン様の娘になるのですね」
「……エミルシル、お前天才か? ということは私もセシーリア殿の娘になるということか?! なんたることだ!」
なんだかちょっと違う方向で感激してる人達もいるけど、それでもみんな受け入れてくれたみたいだ。
「ありがとう、凄く、本当にすっごく嬉しいよ!」
「ぼっ、僕だって! あんまり、役には立ってないかもしれないけど……ちゃんと頑張るよ!」
アルーが役に立ってないなんてことあるはずがない。それはこのダイヤモンドリリィのみんなはわかってる。
それでも言わずにいられないのは彼女の叔母であり、義母にもなるチェリーママが原因。あの人も魔王っていうだけあって物凄く強いからね。
レベル上がってから訓練を見てもらったことがあるけど速いし攻撃重いし、なのにこっちの攻撃は全然当たらない。
魔王でも弱い方の相手なら私でも勝てるってセシルママは言ってたけど、間違いなくチェリーママは魔王の中でも強い方だと思う。
そんな人が身内にいたら卑屈になっても仕方ないよね。
「セシーリア殿の娘たるソフィアの妻となるならば、私も勇者を目指してみるのも良いかもしれぬな」
「あら? 魔王を討伐なさるおつもり?」
「ははっ、ヘイロン殿やチェリーツィア殿の相手をしようなどとは考えぬよ。無論我が王たるヒマリ様にもだ」
魔王ヒマリさんか。
私も何度か会ったけど、あの人には勝てる気がしないよ。
「よく考えたらセシルママは魔王と縁があるね」
「魔王パーティーと言っても過言ではありませんものね」
「ならば我らは勇者パーティーを目指してみるのはとうだろうか」
「ふふっ、面白そうだけどそう簡単になれるものではないのよ?」
それもそうだね、と笑い話をしていたけれど本来の目的を思い出した私達は一つの扉を開いて別の都市へと転移した。
さぁこの勢いのままぱぱっと許可をもらってこなきゃね!
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