第545話 セシルママがおかしい?
コミカライズもよろしくお願いします!
ソファイア•ジュエルエースです。
ダンジョン攻略して帰ってきたらセシルママがちょっと変。
なんというか……弱い?
本来ならこんなこと口が裂けても言えないんだけど、いつも感じていた圧倒的な安心感と威圧感がどこにも無くなっている。
優しそうな笑顔とたまに見せる厳しい目はいつも通りなんだけど……他のママ達が戻らないせいかな?
「主の子、帰った。ムース、一緒?」
「ただいまムース、ランカ。ううん、大丈夫だよ。……私よりムースもランカもセシルママの側にいてくれる?」
「わかった。主様の側いる」
私を出迎えてくれた二匹のスライムにセシルママの護衛を逆に頼む始末。
この二匹は未だに私よりずっとずっと強い。
確かセシルママが結婚式を挙げた頃でレベル六万を超えていたはずで、セシルママよりレベルが高いときもあるくらいだ。
更に言えばセシルママには十二の眷属達がいるから余程のことがなければ大丈夫なんだろうけど。
とにかく私はなるべくいつも通りに接しながら、ダンジョンの攻略が終わったことをセシルママに報告しながら、大変だったことや面白かったことも聞いてもらった。
「頑張ったね。でも、まだまだたくさんあるから油断は禁物だよ?」
「うんっ。みんなと足りない知識とか道具とかいろんなこと話しながら次のダンジョンに向かうつもり」
「そっか。もし必要なものがあれば言ってね。自分達でどうにもならないことがあった時にちゃんと他の人に助けを求めることも大事なことだから」
「はぁい」
「ちゃんと出来るもん」と言いたそうに見えたのだろうか、セシルママは私の頭を撫でてくれた。
久し振りの家ではセシルママと一緒にお風呂に入ったり、夜も一緒に寝たりした。
でもやっぱりすごく違和感がある。
そのことをクランハウスにメンバーの訓練に来ていたラーヴァにポツリと漏らすと。
「今ここにいる先生は『大公』の仕事をする先生っす。ソフィアっちの言う『ママ』は『管理者代理代行』の仕事をするために九天ルミナスってとこにいるんすよ」
「それって、転移でちょこちょこ移動してるってこと?」
「違うっす。先生は一人じゃないんすよ」
意味がわからない。
前世の本で読んだドッペルゲンガー?
「……じゃあここにいるセシルママは偽物なの?」
「なんでそうなるんすか。本物っすよ、当たり前じゃないすか。じゃなきゃアタシらがここで働いてるわけないっすよ」
それもそうか。
眷属達はセシルママの忠実な部下みたいなものだし、偽物の近くでなんて働くはずもない。
「とにかく安心してくださいっす! 先生は間違いなく本物だし、アタシらもここにいるっすよ!」
「そう、だね。うん、よろしくね」
私の質問に答えてくれたラーヴァはニカッと太陽のような笑顔を浮かべると再びクランメンバーたちの訓練に戻っていった。
でもセシルママが偽物じゃないってわかっていても、なんだか二の次にされているような寂しさは感じている。
セシルママがどれほど忙しい人なのかはわかっているつもりだから我儘なんて言うつもりはないけど、寂しい気持ちだけは無くならない。
「ソフィア? どうなさいまして?」
「ママがママじゃない……」
そうじゃない。
セシルママはセシルママだ。
優しくて強くて、たまに厳しくて……びっくりするくらい綺麗で可愛い。
綺麗なのはセシルママの奥さんたち……つまり他のママたちもそうなんだけど。
そうじゃなくて。
「セシーリア殿に化けているような者がいると?」
「違うの。ママが二人いるの」
「えっと、それは……セシーリアさんの奥さん、リーラインさんとかのこと、です?」
そうだよねぇ、普通はそう思うよねぇ。でも違うんだよぉ……。
「セシルママが二人いるの」
「……ソファイア、貴女疲れているのかもしれないわ。今日は早めに休みましょう?」
エミルシルが私の隣にやってきてそっと頭を撫でてくれた。
嬉しいけどそうじゃない。
「セシルママは私に秘密にしてるみたいなんだけど……多分『上』でやることがあるから新しいスキルか何かで身体を二つにしてるみたい」
いやもう、私自身も何言ってるかわからないけどさ。
みんなして私を可哀想な目で見るのやめてくれない?
「あ、の……ソフィアは嘘吐いてない。でもセシーリアさんは、ソフィアに寂しい思いさせたくなくて……かと、思うです」
アルーがゆっくり椅子から立ち上がったかと思うと、オドオドした態度で、でも、はっきりと口にしてくれた。
「ありがとアルー。そうだよね、セシルママが何も考えないでそんなことするはずないもんね」
「そうです。セシーリア殿はいつも深くソフィアのことを愛してくれているではないですか。それにあれほど智慮に富む方なのですから、それさえ何かしら重要な意義があるに違いありません」
なんかミサキってセシルママを凄く評価してるんだよね。
ジュエルエース家の使用人達みたいに……ステラは何もしてないよね?
「ミサキもありがとう。私、帰ったらセシルママに聞いてみるよ」
「ミサキはちょっと言い過ぎな気がしなくもないけれど、本当にソファイア自身が悶々としているくらいならちゃんと聞いた方がいいわ。セシーリア様はちゃんと答えてくださるはずよ」
「うん。みんなありがとね」
確かにセシルママは私が聞いたことはちゃんと答えてくれた。わからないことはわからないって言うし、言えない時も理由は教えてくれる。
今日帰ったらセシルママにはっきりと聞こう。
私が決意したのが顔にも出ていたのか、ランファがぱんっと手を叩いた。
「ソフィアの意志は決まったようですし、そろそろ次のダンジョン攻略について話し合いましょう。こうしている間にもどこかのダンジョンで連鎖襲撃が起きているかもしれなくてよ」
「確かにそうだな。ソフィア、構わないか?」
「うん、勿論だよ」
私のことでみんなに迷惑をかけるわけにはいかない。私達は自分たちで決めたことをちゃんとやり遂げたいからね。
話し合いは日が沈むまで続き、クランハウスに残る四人と違って私は一人ジュエルエースの屋敷へと向かう。
なんか一人だけ家に帰るのも寂しい。
私もクランハウスに泊まるようにするか、もしくはみんなを屋敷に住ませたらいいのかな。
それも相談してみようかなぁ。
「ただいまぁ」
「おかえりなさいませ、ソファイア様」
屋敷に入ると玄関で控えていたメイドが二人、私に頭を下げてきた。
ここのメイドは全部で三十人くらいいる。
家令やコック、庭師とか男性の使用人もそれなりにいるけれど、とにかく女性比率が高く世間では『ジュエルエースのメイドを嫁に貰えたら勝ち組』という風習さえある。
セシルママがいる限りメイドたちが他の男性に目移りするのはあまり考えられないし、私がこの家の子になってから一度も聞いたことがないけどね。
「セシーリア様は既に食堂でお待ちです」
「わかった。私ももうお腹ぺこぺこ」
メイドの一人に先導されながら私達は食堂へと入る。テーブルの一番奥にセシルママがいて、近くにはアネットさんやアイカさん、クドーさんが座っている。
「おかえりソフィア。それじゃいただきましょ」
ステラが作ったものではない夕食を食べるのもそろそろ慣れてきた。
美味しくないわけじゃないけど、ちょっと物足りない気がする。
「ほななぁ」
食後、まだ仕事を片付けるからと自室に籠もったアネットさん。そしてそれに続くようにアイカさんたちも食堂を出て浴場へと歩いていった。
食堂の中にはメイドが壁際に立っているものの、私とセシルママだけになったので、聞くなら今しかない。
「あの、セシルママ?」
「うん? どうしたのソフィア」
セシルママは紅茶の入ったカップを持ち上げたところで手を止めるとふわりと微笑んだ。
「えっと、その……」
「何か話しにくいことかな?」
セシルママは何かを察したのかメイド達に少し外してくれるよう頼んで本当に私達二人だけにしてくれた。
ここまで気遣ってくれたのだから私も聞かないわけにはいかない。
「セシルママは、二人いるの?」
「……あぁ、ラーヴァから聞いたんだね。しばらくは黙っておこうと思ったんだけど……」
どうやら本当だったらしい。
「ごめんなさい。でもラーヴァを責めないでほしいの」
「責めないよ。あの子はあんな感じだけど、貴女には話しても大丈夫だと判断したから伝えただけのことだから」
「……なんで、とか理由を聞いてもいいのかな?」
セシルママは一度紅茶を口に運んで唇を潤すと、「うーん」と少し唸って苦笑いを浮かべた。
「まずね、私が二人になっても意識は共通してるの。だから一人が経験してることはもう一人の私も経験してる」
「うん」
「本当に恥ずかしい理由なんだけど……私がソフィアと一緒にいたかった、っていうのが一番。やらなきゃいけない仕事があるからどうしても私がもう1人いないと対処出来なかったんだよ」
「……私、と?」
まさか二人になった理由がそんなこととは露知らず。きっともっと深刻な理由なのかと思ったのに。
「今まで学校に行かせたりはしたけど、ほとんどランカとムースに任せたり使用人たちに任せてたからね。ちゃんと親子の時間を取りたくて……あはは、お腹痛めて産んだわけでもないのにって思われるかもしれないけど」
「思うわけないよ。セシルママは私の記憶の中で今まで出会った誰よりも『ママ』だし、優しくて温かくて……大好きだもん」
ポツリと呟いた言葉に、セシルママはとても驚いていた。
ひょっとしたらセシルママも自分が母親になることに不安とかあったのかもしれない。あれほど何でも出来る人が、と私には不思議で仕方ない。
「ありがとね、ソフィア。セシルママはまだ全然ママらしくないけど、それでも貴女の母親だって胸を張って言えるように頑張るから」
「今でも胸を張って言ってほしいです。セシルママは……他のママもみんな私にとっては大切な家族で、でも私にとっての『ママ』はセシルママだけなの」
この人への感謝の気持ちを、私は生涯忘れない。普通の親子ならケンカの一つをするんだろうけど、私達は今まで一度もしたことがない。
私も逆らわないし、セシルママも私がやりたくないことを強要してきたりもしなかった。
だからか、私達は本当の親子以上にお互いを気遣っていたのだと思う。
「……ちょ、ごめ……嬉しすぎて久し振りの涙が止まらない……」
カツンコツンとテーブルの上に天上の雫が落ちる。
私にくれたチョーカーにもはまっているけど、凄い貴重品だと思っていたのにあんなにたくさん出さなくても……。
泣くことが出来なくなったとセシルママからいつか聞いたことがある。
なのにまた泣くことが出来るようになった彼女は、ひょっとしたら以前より泣き虫になってしまったのかもしれないね。
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