第541話 ソフィアの仲間達
コミカライズもよろしくお願いします!
私の腰ベルトに入っている茶葉を使って五人に紅茶を淹れると、それぞれの机の上にカップを置いていく。
自分の分は宙に浮かせたお湯に茶葉を淹れて抽出して手に持ったカップに注いだ。
「……さすが、ソフィアの母上殿です。見事な魔力操作、感服しました」
「ありがとうミサキちゃん」
子どもの頃から出来てることなので褒められることは嬉しいけど、そんな大層なことじゃない。
そのミサキは私の淹れたお茶で唇を潤しつつ、依頼書と地図から各パーティーの割り振りをしてくれている。
「そういえばソフィア。今宝石箱には何パーティーが所属してるの?」
ほんの二カ月くらいで変わるとは思えないのだけど、ミサキの割り振りを見てるとパーティーの数が三つや四つじゃない気がする。
「現在宝石箱所属のパーティーは四つですわ、お母様」
ソフィアに代わって答えてくれたのはランファ。
「中でもソフィアがリーダーを務める『ダイヤモンドリリィ』がトップパーティーで、未だに依頼失敗数はゼロですの」
「へぇ……それならかなりの稼ぎ頭だよね?」
「はい。クランの経費を賄って余りある資金がありますわ」
一応宝石箱にはジュエルエース家から毎月運営費として聖金貨一枚を支給しているので、余程なことが無ければ資金が底をつくことはない。
でも多分だけど、運営資金にはほぼ手をつけてないんじゃないかな?
……それにしても『ダイヤモンドリリィ』、ですか……。
ママは貴女たちの将来が何となく見えてしまいそうなんですけど、気の所為ですかね?
「ただ幼い見た目のせいで舐められたり信用を得られにくいという難点があります。申し訳ないとは思ったのですが、セシーリア様の紋章を使わせていただいたこともございます」
「いいよ、そのくらい。好きにしちゃって」
「ソファイア、ミサキ、ランファが成人すればかなり改善されるとは思っています」
「貴女たちの強さと知識、対応力は私が保証する。だからジュエルエースの紋章でどうにかなるならうまく使えばいいよ」
第三大陸内で我が家の紋章の力はとても強い。
帝国や神聖国でもデルポイが商圏を拡大しているせいだ。デルポイの看板には私の紋章を入れてるからね。
「と、時折連鎖襲撃鎮圧の依頼が来る、です。こ、この五人ならいつも、たた対処出来てます、です」
「連鎖襲撃? そんなに起きてるの?」
連鎖襲撃はダンジョンから魔物が溢れ出る現象なのでちゃんとダンジョン攻略を進めていれば発生しないけど……あまり頻繁に起こるならかなりの異常自体だね。
「ソフィア。宝石箱を作ってから連鎖襲撃鎮圧は何回受けたか、洗い出してみて」
「わかった」
「全部で四回ですわ」
ソフィアが調べようと腰を浮かせかけたところでランファがすぐに答えてくれた。
「覚えてるの?」
「はい。特に重要な案件と愚考致しましたので」
「ランファちゃん。全然愚かな考えなんかじゃないよ。……けど」
多過ぎる。
正式にクランを発足させてからまだ一年も経っていないのに。何かの前触れなのか、世界の異常事態なのか、もしくは。
「人為的に起こされている可能性があるね」
「人為的に? つまりダンジョンを人の手によって暴走させるということですよね? そんなことが可能なのでしょうか」
「残念ながら可能だよ。方法はわからないけど、それを起こそうとした人を私は知ってる」
ディルグレイルは結局方法を知らなかった。黒いローブを着た者に魔道具だと言って渡されたのは真っ黒な液体が入った透明の箱。
それをダンジョンの中に置くとしばらくして連鎖襲撃が起こるのだと。
箱の中身は全くわからないらしい。
そして彼は処刑する直前、善人の振りをしてこう答えた。
「あの黒いローブの奴から貰った魔人薬も連鎖襲撃を起こす魔道具も結局何の意味もなかった。徒に民を傷付け、恐怖させただけに過ぎぬ」
聞き出すだけ聞き出して処刑したけど、ディルグレイルが怯えた目で私を睨んできた姿は情けなく、復讐を果たせた私の溜飲も少しは下がった。
でも、やっぱりまだ終わりじゃない。
「セシルママ、その人は?」
「……もういないの」
「そっかぁ……じゃあ手掛かりは無しなんだね。しばらくは連鎖襲撃が起きたら対処するくらいしか、私達に出来ることは無さそう」
エミルシルに見せてもらった報告書を見れば、今のところ大規模な連鎖襲撃は起きていない。せいぜい魔物の数も二千ほど。
これだって本来なら十分過ぎるほどの脅威なのだけど、ここにいる『ダイヤモンドリリィ』の面々にはいつものやっつけ仕事というか、ルーチンワークと化しているのだろう。
しかしもっと問題なのは汚染されたダンジョンのマスターはダンジョンポイントを喪失して消滅してしまうこと。
そうなるとダンジョンも機能しなくなるので、町や国単位で資産が減るようなもので、魔物の脅威もさることながらこちらはかなり深刻な問題。
「セシーリア様は何か良い方法をご存知ありませんか? 魔物が溢れてから対処しておりますと、どうしても民に被害が出てしまいますの」
ランファは別の資料を渡してきつつ、眉をひそめていた。
「町から近いダンジョンから魔物が溢れた時の被害が顕著だね。でも本来貴女たちが考える必要のないことだよ?」
「母上殿の仰ることは正論かと。しかしこの身を置く地が変わろうと、冒険者に身をやつそうと私は民のためにこの剣を振るいたく存じております」
ミサキの言葉にソフィアを含めた面々が頷く。
素晴らしい正義感。私には無いものだけにとても眩しい。希望に満ち溢れ、己を信じて疑わない十の眼はダイヤモンドにも劣らないくらいキラキラと輝いていた。
「あるにはある」
「ほっ、ホントです?!」
アルーリリスが少し舌っ足らずな言葉で食い気味に問い返してくる。
「えぇ。連鎖襲撃を起こすダンジョンは必ず兆候があるの。でもそれはかなり深いところまで、いえ場合によってはダンジョンマスターに会うまで感じ取れない」
「それはどのような兆候なのでしょうか?」
「一言では言い表せないけど、モヤモヤした悪意を感じるんだよ。貴女たちなら必ず感じ取れるはず」
魔力感知だけでは難しいかもしれないけど、ソフィアならまず大丈夫だ。
他の四人が感じ取れるかどうかは不明だけど、悪意に敏感なエルフのエミルシルなら感じられるかも。
「それじゃ早速調査してみよう!」
「えぇ、そうね」
「い、いくです!」
血の気の多いというか、考えなしというか……血が繋がってないのになんでこんなところまで似ちゃったかな。
「待って。どこを調査するつもり?」
「え、町から近いところにあるダンジョンを片っ端から」
「あのねぇ……それがいくつあるかもわからないのに?」
「それでも連鎖襲撃を起こしたダンジョンを見ればある程度絞り込めるかと」
「中規模ダンジョンね。大規模ダンジョンで連鎖襲撃が起きると、その被害規模は一つの国が容易に滅んでしまうくらいなのだから恐らく意図的に連鎖襲撃を起こそうと考えている連中も、そこまでの被害は求めていない可能性が高いと考えます」
エミルシルはかなり冷静みたい。でもそれは間違っている。
「そうじゃない。大規模ダンジョンで連鎖襲撃を起こす場合は近隣に魔物の巣窟となるような地域があってこそ、より被害が壊滅的になるの。アルマリノ王国で八年前に起きた連鎖襲撃ではクアバーデス侯爵領南の大森林にあった中規模ダンジョンから溢れ出た魔物は周辺の魔物を引き連れて約十万もの軍勢となってベオファウムへと向かった」
「十万……」
ランファの喉がゴクリと鳴る。
「その中には脅威度Sの魔物が十体ほど、汚染の影響を強く受けた魔物も脅威度S中位くらいのものが二十」
「……今の私なら、そのくらい倒せるよ?」
「そうだね。そのために貴女を徹底的に鍛えたから。最後に……人が魔人薬によって汚染されて魔物化したものが六体。最終的にはそれが合体して脅威度S上位の魔物になったっけ」
懐かしい。
アイカとクドーが来てくれなかったら間違いなく死んでただろうし、英人種に進化しなくても負けてたし、アルマリノ王国は地図から消えていたに違いない。
「なったっけ、って……その言い方では、まるでお母様が……」
「えぇ、十五の時にね。残り六体の魔物はアイカとクドーに手伝ってもらってやっとのことで倒した」
「で、では十万もの魔物はお一人で……?」
コクリと顎を引くと、ミサキは自分の身体をブルりと震わせた。
「多分これが連鎖襲撃の最悪な想定。それ以外のものは何を意図して起こしているかわからない。だから傾向だけ見てもあまり意味がない。そしてあの時の連鎖襲撃を起こしたダンジョンは未発見ダンジョンだった。さて、貴女たちはどこを調査するの?」
そこまで話してやっと五人は自分たちがあまりに軽く考えていたことを思い知ったらしい。
この子たちは本当に強いからユアちゃんのダンジョンだって攻略出来てしまうけど、だからと言って万能なわけじゃないから油断や驕りは捨ててほしい。
ちなみにユアちゃんのダンジョンは私が定期的に訪れているので今のところ汚染の兆候はない。
「セシルママ、私達が簡単に考えていたことは謝ります。ごめんなさい」
ソフィアが椅子から下りて私の前までやってくると、その緑色の髪をバサリと下へ垂らしながら頭を下げた。
すると他の四人もその場で立ち上がり、ソフィアに倣って口々に謝罪の言葉を並べる。
うん。
やっぱり、この子たちはとても素直で綺麗な心を持ってるね。
「その上で教えてほしいの。私はどうしたらいい? 私達はかっこいいから冒険者やってるわけじゃないし、仲良しごっこのためでもない。クラン『宝石箱』はみんなのキラキラを守るために、世界を宝石箱みたいに幸せの光で、キラキラでいっぱいにするのが目的です!」
「……そうなの?」
初めて聞いたんだけど?
「はいっ! この五人で決めました! 私たちが最強の冒険者『宝石の主』セシーリア•ジュエルエースの後継者となるために、貴女の……セシルママがいつも話してくれるたくさんのキラキラに囲まれて幸せに暮らしたいっていう目的を、みんなに届けたいの!」
凄い、信念を持っちゃったね。
なんで、こんな風になっちゃったのよ。
「ソフィアは、凄いね。貴女は、私の自慢の娘だよ」
その時、ぐにゃりと景色が歪んだ。
何事かと思ったけれど、すぐに懐かしい感覚を思い出して頬を撫でた。
「……涙?」
「セシルママが、泣いた?!」
久し振りの感覚に戸惑いながらも、目から溢れる雫は止まることがなく。
やがて頬を伝った涙が床に落ちると、カツンという音を立てて小さな宝石が転がっていた。
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