第531話 ヴォルガロンデの仕込み
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キュピラとネレイアの二人はヴォルガロンデに挨拶した直後に武器を構えた。
キュピラは短めのロッドを、ネレイアは身の丈ほどもある槍を。
「何のつもり、なんて聞く気はないよ」
ヴォルガロンデはさっき私と話していた時と同じような笑顔を浮かべたまま、二人の天使を見下ろしている。
そうされるだけの理由が彼にあるという、肯定の意味であろう。
「大昔、天使族の浮島が無くなったのは一人の魔王に奪われたからだと聞きました」
「勇者に逆らうのは駄目、そうとも言われてきた」
話が理解出来ない。
魔王? 勇者? それとヴォルガロンデに何の関係が?
私のことなどお構い無しに強い敵意を向ける二人に対してヴォルガロンデは続きを、という風に手を前に出した。
「天使族に名前伝わってる」
「その者を前にするまで口に出すことを禁止されました。それが『ヴォルガロンデ』、貴方です」
今まで二人がヴォルガロンデのことを何となくよく思わないような空気を出していたのはそれが理由か。
彼の工房でもヴォルガロンデの気配を感じて不安になったり、浮島を変に睨むような目で見つめていたり。思い当たる節はいくつかあった。
「天使族の浮島は確かに実験に使った。悪いとは思っているからアグラヴェインに頼んで保護してもらうようにした」
「それで助けたつもりですかっ」
「当時の長とはそれで話をつけた。あの島は放っておいても百年しないには落ちただろうけど」
実際ここに来るまでに地上に墜落したと思われる浮島をいくつか見ている。それなりの高さから落ちたから粉々になっているものがほとんどで、それに巻き込まれたならちょっとやそっと普通のレベルを上げただけの人では怪我では済まないはず。
「どうあっても、キュー達は地上で暮らすしかなかったわけですか」
「今更な話だと思うよ? 君達の先祖が決めたことだし。仮にもし浮島が落ちなかったとして、天使族が今も浮島で暮らしていた場合はセシルに出会うことはなかった。いや、そもそも君達が生まれてくることさえなかったんじゃないかな」
「それはない。天使族、地上に下りてからも減り続けてる」
ヴォルガロンデの言葉を即答で否定するネレイア。
多分二人はわかっている。それでも天使族の故郷である浮島を好きなようにしてしまったヴォルガロンデを問い詰めずにはいられなかった。
「それは君達天使族の寿命のせいだよ。寿命の長い種族は元々子どもが生まれにくい。慣れない環境。良くならない生活。頭の固い老人たち。滅びに瀕しているのは天使族だけじゃない」
「……なら、最後に一つだけ。故郷は、どうなったのでしょう?」
「天使族の浮島には巨大な魔石となってもらった。世界を管理するための補助をしてもらうために。この宮殿『九天ルミナス』を作り上げるときの補助にも使ったけどね」
ヴォルガロンデは何でもないことのように淡々と説明し、キュピラとネレイアはそれっきり黙って武器を下ろして私の後ろへと下がっていった。
「他に、何かある?」
よし、今度は私がたっぷり文句を……。
「私からいいかな?」
そう思っていたら、今度はユーニャが手を上げていた。
けどユーニャはヴォルガロンデに対して因縁らしいものなんてないと思うけど。
「私達のセシルはずっと貴方に会うために頑張ってきた」
「うん。それは認めるよ。努力して何も手に入れることがないこともあるけれど、何かを手に入れる人は必ず努力しているからね。セシルがここに来たということだけでも、それは賞賛に値する」
「それがセシルのオリジンスキル『メリクリウス』によって誘導されていたものなのに? おかしいよね? 本来自分の欲望が姿を表すものなのに、セシルが大好きな宝石に関わるスキルの方が後なんて」
ユーニャ達には管理者について説明したことはある。転生に関することは話すことが出来ないけれど、管理者は伝えることが出来た。
「君達が管理者についてどれほどのことを知っているかはわからない。それでも僕は『管理者の資格』を持つセシルにはとても期待していたんだ。だから彼女がオリジンスキルを手に入れる時にちょっとだけ干渉させてもらったんだよ」
「それ、本来なら必要ないことでしょう? ならセシルには本来得るべきだったものを与えるべきでは?」
「それはない。彼女は必ずどこかで管理者になるために必要な標を得るオリジンスキルを得ていたはずだからね。勿論干渉してしまった以上は見返りを用意しているよ」
ヴォルガロンデは嬉しそうに笑うと自分の前に半透明のモニターを表示させた。
そのまま画面を何箇所か触っていくと「よし」と短く声を上げて「ッターン」と最後のボタンを叩いていた。
「あぁ、まだ何も起こらないよ。それは必要な要素をちゃんと満たした時に、ね」
「考慮していただいたことは感謝します。けれど貴方の言う管理者として期待していたというにはセシルの人生はあまりに辛いことが多かったと思います。貴方にはそれを手助けすることが出来たのではありませんか?」
「君がセシルのことをとても大切に思っていることは伝わってきたよ。それで、僕にどうしてほしいんだい? 『辛い目に合わせてごめんね』とでも言えば満足かな?」
私でもユーニャの言いたいことがわからない。
ヴォルガロンデには本来交渉なんてする必要なんてないのに、何故ユーニャがそこまで食い下がろうとするのか。
本来なら止めるべきだろうけど、何故かミルルやリーラインも何も口を挟もうとしない。そしてチェリーに至ってはヴォルガロンデの威圧を感じてからずっと対抗するように闘志を剥き出しにしていた。
「私の求めたいことは二つ」
ユーニャは自分の指を二本立ててヴォルガロンデへと突き出す。
そんな交渉を持ち掛けられている当の本人は妙に楽しそうで、もうすぐ寿命が尽きそうな様子など全く感じさせないから不思議だ。
「一つは貴方の目的とも合致していると思われる管理者の立場をセシルへ譲ること」
「うん……まぁ代理代行だけど……それはこれから彼女と改めて話してからになるね」
「もう一つはそのために貴方に侍る彼女達の近付けさせないこと」
「ん……それは、まぁいいか」
ヴォルガロンデがユーニャの提案を受け入れると三人の女達は口々に彼の名を呼んだ。
それが済めばユーニャを罵倒する言葉だけが紡がれていく。
「やめろ、馬鹿者どもがっ。君がどうしてそんな条件を出してきたかはわからないけど、その話に乗ってあげるよ。それに、早くしないと僕の時間も無くなりそうだしね」
ヴォルガロンデの時間は思ったよりも残っていないのかもしれない。
「さて、それじゃ他にはもうないかな?」
ユーニャを下がらせた後、彼は私達を見回して最後に今までで一番強い威圧を放ってきた。
それだけで私の奥さん達はその場に崩れ落ちたし、彼に侍っていた三人の女達もドサリと音を立てて倒れ込む。
かく言う私も意識を保つだけで精一杯で床に膝をついたまま立ち上がることさえ出来なかった。
こんなに、管理者代理代行というのは力ある存在なのかと、畏怖を覚えたのは初めてだった。
「悪いね。とても他の人に聞かせられる話じゃないんだ」
「それは貴方についていた三人の女性にも?」
「あぁ、彼女達はただの『神』だよ。セシルが管理者代理代行を引き継いでも世界の運営は彼女達に任せるといい。もっとも、あと九人いるけどね」
世界を管理するのは管理者の仕事、運営するのは神の仕事、と以前メルから聞いたことがある。
そもそも運営って何、と問い質したいところだけど今はそんな余裕無さそうだ。
「いろいろ質問に答えてあげたいところだけど、正直僕も限界でね」
顔をくしゃりと歪めてひどい苦笑いを浮かべたヴォルガロンデが左手を上げると、既に先端部がうっすらと透けてきていた。
死ぬのに遺体すら残らないということなのか、しかもそれを受け入れている節さえある。
「そうは言ってもこのままならあと数日は大丈夫。だから、少し長い話になるけど、聞いてくれるかい?」
「いや、ちょっと待って。奥さんたちの言いたいことは終わったけど、私が言いたいことも山程あるんだけど」
「あぁ、そういえばそうだった。いいよ、何でも言って」
私はヴォルガロンデに対して言いたいことを言う前にまずはメルを出しておく。
「呼んだのだ? ヴォルガロンデ、はじめましてなのだ」
「オリジンスキル『メルクリウス』……セシルの転生元だね。確か◆$#▼◎&>様の計らいでこの世界にやってきたんでしょ」
「うむ! セシルには管理者になってもらうのだ!」
この名前、らしき響き。
以前にもメルから聞いたことがある。
あの『◆$#▼◎&>様』っていうのは誰なんだろう?
うまく聞き取れないのは今の私では権限が足りないからだと白竜王からも聞かされたっけ。
「セシルが管理者になれるかどうかはともかく……僕としては管理者の資格を持った人がこの世界に来てくれただけでありがたいよ。僕の寿命に間に合わせるためにちょっと大変な思いはしてもらったけどね」
「そうっ、それだよ! なんか私がやたら強い魔物とか悪者と戦ってばっかりだったのって貴方のせいなのっ?!」
「まさか。それは本当に偶然……あ、最初と二番目のeggだけは僕の方で操作したけど」
最初と二番目の、egg?
ケツァルコアトルとオーガキング?
「確かに、あんな何年も廃坑になってたような場所にケツァルコアトルがいるのはおかしい。オーガキングだって、森の外から突然走ってやってくるのも変……って、あれって確か盗賊がおかしな行動をして呼び込んだんじゃなかったっけ?」
「そうそう、その盗賊の行動を操作したんだよ。ただの人間の盗賊が魔王種の行動を操ることが出来るわけがない」
なるほど、言われてみればそうかも。
それで盗賊を操ってオーガキングを森へ誘導したんだね。
それも思うところはあるけど、何よりも!
「あとは僕の研究所。いくつかは普通に生きていたら辿り着くことさえ出来なかったはずなのにさ」
「ドラゴンアーマーにしろ、ゼレディール、MPを吸い上げるドアノブ。変な謎解き。工房は何も無かったけど」
「工房の入場許可レベルはパーティーメンバーの合計で十万だよ。大陸を回る順番を間違えていたら無駄足を踏むところだったけれど……これはメルクリウスのお手柄かな?」
ヴォルガロンデがチラリとメルの黄色い体に視線を送った。本人も「のだ!」と胸を張っている。
……どこが胸がわからないけど。
しかし、思ったよりも少なかったとはいえ彼の仕込みはやはりそこかしこに用意されていたようだ。
「とにかくお疲れ様でした。よく僕の与えた試練をここまで完璧に全部達成出来たね」
パチパチと手を叩きながらヴォルガロンデは玉座から立ち上がった。
どんどん近付く彼に対して私もにっこりと微笑み……一気に全力まで力を解放して左頬目掛けて拳を振り抜いた。
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