第522話 血痕式
コミカライズもよろしくお願いします!
私とユーニャは抱き合ったまま周囲を見渡す。
教会の様子はまるで変わっておらず、あれだけみんなが全力で暴れ回ったのにどこも破壊された痕がない。
「それよりみんなを……っ?! か……あぐっ……」
「ユーニャ? ユーニャしっかりし……うぐっ?!」
突然頭を抱えて苦しみ出したユーニャの背中に手を当てて回復魔法を使おうとしたけれど、私も頭を掻き回されるような酷い船酔いのような気分の悪さに襲われた。
これはまさか、また、頭がおかしくなりそうな……っ?!
ドゴンッ
そうこうしている間に真横から強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
まさかユー……あ、れ? まさかまたあの水色髪の女かっ?!
すぐに自分が元いた場所を見ると、銀髪の少女が水色髪の女に殴りかかっていた。
「ああぁぁぁぁぁぁっ!」
「うがあああっ!」
けれど、その様子はもはや人のそれではなくまるで獣のように互いを傷付けるために拳を振るい、蹴り上げていく。
また別の方向を見ると、先ほど氷の中に閉じ込めたはずの女たちもいつの間にか解放されていて今は緑髪の女が闇灰色髪の少女と白髪の少女の二人に殴り倒され足蹴にされているところだった。
「シャアァァァァァッ!」
「だああぁぁぁっ!」
回りの様子に呆けそうになっていた私のところへ今度は藍色髪の女が襲い掛かってきた。
それを防ぐべく私も腕を上げようとして……口から出たのは他の女たちと同じような獣如き咆哮。
そしてそのまま襲ってきた女を殴り倒す。
次に目に入ったのは黒髪女の足が目の前に迫っているところだった。
めきっ
自分の顔の奥で何かが軋む音がする。
直後に頭の後ろから強い衝撃を受けて視界が歪んでいくも、黒髪女が足を振り上げていたので必死に起き上がって彼女の身体の中心目掛けて腕を突き出した。
ぽきんぽきんと何かが折れる感触がしてそのまま腕を振り抜くと黒髪女は後ろに吹き飛んでいく。
がごっ
「がああぁっ!」
次々に襲い掛かってくる女達。
彼女達も相手は私だけでなく、とにかく誰か目についた相手を殴りにいく。蹴りにいく。
魔法もスキルも使わずにただ肉弾戦のみで。
自分の拳もボロボロで、足も折れている。理性を無くした手負いの獣の如く、それでも戦うことを止めない。
血の流れていないところなんてないくらい、全身が血塗れになった。
真っ白なウェディングドレスが真っ赤に染まるほどに。
ウェディング、ドレス?
「……ああぁぁぁぁぁぁっ!」
またかっ!
また正気を失ってた!
何なの! 何をされているのっ?!
「みんな止めて! ここおかしい! みんなを殴りたくなんてない!」
必死になって声を上げてみたけれど、誰も戦うことを止めてくれない。
なんで?
ただ私達は結婚式をしたかっただけなのに。
絶対これから幸せになるために。
「うっ?!」
正気に戻ると、また頭の中を掻き回されるような感覚。
これ……まさか、また?
……嫌だ。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!
「私の大切なものを壊さないで!」
なのに、状況は容赦無くて……私はまた、正気を……。
「無くさないっ! お願いっ、みんな……っ!」
口ではみんなを止めようとする。
心でも止めたいと思い続ける。
なのに、私の身体はそれに反してユーニャの顔を殴りつけていた。
「お願いっ! 止めてユーニャ! 愛してるのっ! 止まって!」
口では愛を叫びながら、ユーニャを血塗れにしていく。ボロボロにして、切れた口や折れた鼻から血が吹き出して真っ白なドレスと大理石を赤く染めていく。
「止まってよミルル! みんな大切なっ、私の奥さんなんでしょ?! 愛してよっ!」
ミルルの銀髪が血でところどころ赤くなり、可愛らしいプリンセスドレスはおどろおどろしいほどに赤くなっていた。
「ステラ! 私とずっと一緒にいてくれるんでしょっ?! なんで止まってくれないのっ! 私は貴女が大好きなんだよ?!」
生体神性人形でも血は出る。
頭から流れ出た血が彼女の顔の半分以上を真っ赤に染めている。
「愛してるのリーライン! お願いっ、また好きって言ってよっ!」
リーラインのドレスは他の人のドレスよりも布地が少ないせいか、もはや白い部分を探す方が早いくらいに血で染め上がっていた。
「チェリーと戦うのはもう終わりにしたいの! もう止めて! 私は貴女と笑い合っていたいのっ!」
金虎族の彼女は最も獣らしく、爪を立てられて私の肌を引き裂いて血に塗れていく。
それに負けじと私もチェリーの全身へ拳の雨を降らせていく。
「キュピラ! 姉様の言うこと聞いて! 私のこと好きなんじゃないのっ?! 私はもう貴女が大好きなんだよっ!」
キュピラの背中の羽は白く輝いており、今までそんな様子は見たことがなかった。
そのせいか、彼女の力はとても強く外見の幼さに反して私の身体に小さな拳がめり込んでくる。
けれど、その羽も白から赤へと変わったように血に染まった。
「ネレイアはこれからずっと私に愛されていくんでしょ?! 止まって! 私に貴女を愛させてよ!」
彼女の血で染まりきったミニのウェディングドレスは背中の黒い羽と相まって、まるで御伽噺に出てくる魔王のよう。
でも魔王だろうと悪魔だろうと、私は貴女を愛してる。
「みんな止まってってば! 私はみんなを愛してるからっ!」
そう口に出しているのに、私の身体はみんなを殴り続けていた。
みんなも私を、他の人をも殴り続けていた。
止まって。お願い、止まって。
愛してるから。みんなのこと、好きだから。
それだけを思いながらいうことを聞かない身体がユーニャを、みんなを殴り倒していく。
既に全員がボロボロでリーラインは左手から骨が剥き出しに、キュピラの右足は膝から前に曲がったまま。
私も左肩の骨をユーニャに粉砕されていて全く動かせない。
本当に、殺し合いを、させようっていうの……?
一体誰が……って、ヴォルガロンデしかいないよね。何のためにこんなことを?
---超特殊条件の完了を確認しました---
心を絶望で満たされそうになった時、突然アナウンスが響いた。
何の脈絡もないのはいつものことだけど、何の要因があって『完了』したのか全くわからない。
---最高条件による試験を終了します---
---結魂式を終了します---
---血痕式を終了します---
---超高レベル者同士の戦闘終了を確認しました---
---世界への破壊行為を阻止---
---オリジンスキル選択権を与えます---
---超高レベル者同士の戦闘勝利者に対し、孵化待機中のeggを与えます---
---状況終了に伴い参加者全員の身体を回復します---
---更に管理者の資格所持者以外の肉体を最適化、最高状態へと進化する権利を与えます---
いろいろ突っ込みたいところは満載だけど、さっきまで言うことを聞かなかった身体はちゃんと自分の意思で動かせるようになっている。
しかもちゃんとアナウンス通り回復しているようでリーラインの左手、キュピラの右足も元通りに回復していた。
頭の中を掻き回されるような気持ちの悪さも無ければ暴力的な衝動もない。
けれどそんなことより気になることがある。
「あの……みんな、大丈夫?」
私はそれが一番気になっていた。
さっきまで全力で殴り倒していたのに、それが全員自分の奥さんという事実に凄まじい自己嫌悪に陥っているけれど。
「……大丈夫、とは言えないけど……身体は何ともないよ」
「そう、ですわね。えぇ、身体は何ともありませんわ」
ユーニャとミルルが返事をすると他のみんなも口々に大丈夫と言って頷いた。
「とりあえず、何が起こったかわからないけど……みんなが無事で良かった。それと……わけわかんなくなっちゃってたとはいえ、みんなにひどいことを……」
俯いて握り込んだ自分の手を見つめる。
さっきまでの、みんなを殴り続けた感触は今もありありと残っていて、それが私の罪悪感を更に加速させる。
「セシーリア、それはお互い様でしょ?」
「でもっ」
「なら、さっきは私も貴女を散々殴ったり蹴ったりしたわ。貴女はそんな私を嫌いかしら?」
「大好きに決まってるよ!」
リーラインは何を言ってるの?
私がみんなを嫌いになるなんて絶対にあり得ない。
でもみんなが私を嫌いになることは、あるかもしれなくて……。
「姉様。私は姉様を嫌いになんてなりません。私のことも嫌ってほしくありません」
「セシルは相変わらず自己評価が低いの。誰もセシルを嫌いになんてならないの」
まさかチェリーに諭される日が来るとは思わなかったけど。
けどそれが顔に出ていたのかな。
「今凄く失礼なことを考えているの……ひどいの」
「いや、あの……ごめんね?」
「謝ったらもっとひどいのっ」
拗ねてしまったチェリーは私に詰め寄るとポカポカと肩を叩いてきた。
チェリーの明るさは本当に助けられる。
今も貴女のその言葉がみんなを笑顔をしてくれた。
「ありがとうチェリー、チェリーツィア。愛してるよ」
目の前で笑う彼女が愛しくて強く抱き寄せるとそのまま唇を重ねた。
「んぅっ?! んーっ! ……ぷは、もうっセシルは突然すぎるのっ……私も、大好き……愛してるの」
今度は怒らずにそっぽを向いてしまった。
こういうことにはやっぱりなかなか慣れないのか、すぐに照れてしまうところが可愛いね。
「それにしても……見事にみんな血塗れですね。これはさすがに洗濯しても落としきれないかもしれません」
「床の大理石も血塗れだからね。あちこちに血痕があるもん」
みんな全力でやり合ったからね。
寧ろよくこの程度で終わってくれたと思うよ。
本来なら決闘システムはお互いのどちらかが死ぬまで続くはずだし。
「……ひょっとして、『条件の完了』ってこのとこだったのかしら?」
「え、あぁ……血痕ってことね。じゃあ結魂は?」
よくわかんないけど、私はちょっとだけ心当たりがある。
ユーニャと本気でやり合っていた時に感じた心と心、魂が結びつくような愛しさ。
きっとあれのことかなと。
違っていたとしても良い。
私はそうであってほしいと思っているのだから。
どうしても、どうしても書きたかったんです……!




