閑話 セイン
セシルと奥さんたちが新婚旅行に行く前の話です。
「司令、俺どうしたらいいんだ」
執務室でいくつかの書類を読み込んでいたところへ突然やってきたセインは開口一番泣き言を言い出した。
「まずそれより『司令』ってなに」
「え? だって理事長先生はクランリーダーのソフィアのお母さんで騎士団長の雇い主でこの家で一番偉い人だから?」
「……よくわかんないけど、私のことを変な呼び方すると周りの奥さん達が黙ってないから注意してね」
実際すぐ隣にいるステラの機嫌が目に見えて悪くなっている。
「えぇやん別にそんくらい。大目に見な器が知れるで」
「……嘘だ。師匠だって『師匠』って呼ばないと怒るくせに……」
「ウチはえぇんや。セシルらと違うて器がちっちゃいんやからな」
そして茶々を入れてくるのは応接セットで寛いでいるアイカ、ナナの師弟コンビである。
突然やってきたかと思えば何をするでもなくここでステラの出すお茶とお菓子を堪能しているだけだ。
「はぁ。まぁいいや。それで、何があったの?」
私は顔を青ざめさせているセインに問いかけた。
青ざめているのはステラがさっきからずっと彼に対して『殺意』スキルで威圧をかけているせいだろう。
ステラを落ち着かせ、話の続きを促すとセインはようやく事情を話し始めた。
「……ようするに、好きな人が出来たと? 良かったじゃない。セインがクランを続けてくれるなら結婚も認めるよ?」
「あ、いや……それが、ちょっと訳ありで……」
「訳あり? ……まさか、好きな人ってウチのソフィアのことじゃないでしょうね?」
「違う違う! ソフィアに手を出したら命がいくつあっても足りね……」
どさっ
突然セインは話の途中で意識を失って倒れてしまった。
悪い子じゃないんだけど、時々考えなしに物事を口にするのは良くないところだと学校にいた時からリーラインに注意されてたはずなのに。
「……おっかないわぁ。セシルとステラの二人から『殺意』向けられるとか、ウチなら死んでもお断りや」
「はぁ、馬鹿ね」
そりゃね。
いくらなんでも母親の前で娘のこと悪く言ったらこうなることくらいわかるでしょ。
「しかも、今のかてソフィアに手ぇ出したらセシルに何されるかわからんいう意味やったんちゃう? まぁ実際その通りになってもうたけどな」
「え、そういう意味?」
「どちらにしても許せることではありません」
わかってなかった私とわかっててやったステラ。
うん、ごめんねセイン。
ちょうどよくアイカもいることなので、彼女に気付け薬を出してもらってセインを起こすと改めて話を聞くことにした。
「相手の人はちょっと前に受けた依頼で護衛した貴族の令嬢でさ。ヘイシュオン男爵っていう王都の隣の領地だった」
「あぁヘイシュオン男爵の令嬢なんだね。彼の領地は隣のバッカン男爵領と合わせて一大農業地帯でね。農作物の質も良いし、ヘイシュオン男爵も穏やかなお爺さんだよ」
以前会った時には孫扱いされたことがある。
爵位は私の方が当時からずっと上なんだけど、好々爺としたヘイシュオン男爵から孫扱いされるのはくすぐったいだけで悪い気持ちにはならなかった。
うん? お爺さん?
「あれ? ヘイシュオン男爵の奥さんはまだ健在だし歳もそれほど離れてなかったはず。娘はいたけど、確か離縁されて実家に戻ってそれっきりだったかな。市井に隠し子でもいたの?」
「いやいや違うって。 その離縁されて実家に戻ったっていう令嬢のことだよ」
おー。
その出戻り令嬢は確かもうすぐ四十路じゃなかっただろうか。
いやいや年の差婚なんて別に珍しくもないし。
私とリーラインで八十。チェリーとで三百。ステラで五百。
うん、全然へーき。
ついでに言うと、そんなに綺麗な令嬢というわけじゃなかったと思う。ウチにいるメイドの方が綺麗だと思うけど……。
「ちなみに、どこにそんな惹かれたの?」
「……昔やってた特撮のヒロインにすげえ似てて。『あの人は今』みたいなので見た時の顔とそっくりなんだよ」
「ほおん? ちなみになんて作品や?」
セインの口から出た作品名はステラにだけは聞こえなかったはずだが、それを聞いた私もナナも当然首を傾げた。
男の子が観てたような特撮はあまり詳しくないし、私が知ってるのは日曜日の朝にやってた五色の戦隊かベルトで変身するヒーローくらいだ。
「またえらい昔の作品突っ込んできたなぁ……セイン前世でも生まれてなかったんちゃう?」
「俺『特撮』と名のつくものは片っ端から観たから!」
「ほなアレ知っとるか、タンス開けて変身する……」
「ブレ○ザーカ○ン砲発射準備完了!」
「それ必殺技やん!」
いつものように楽しそうに笑うアイカを見ていると私は嬉しくなるけれど、話の内容はさっぱりだった。
何の話してるんだろうね、とナナと二人で首を傾げるばかりだ。
ステラは既に退室して追加のお菓子を用意してくれているらしい。
「まぁ本気なら私から正式にヘイシュオン男爵に手紙を書くよ。セインは養子ではないけれど、私が後見してる学校を卒業した以上は大切な教え子だからね」
「……けど、俺みたいな孤児がそんな貴族の令嬢とか無理なのかなって……」
いやいや。
セインはまだAランク冒険者でしかないけどSランクになってもおかしくない実力は既に身に着けている。彼に足りないのは実績だけなのだから。
そしてSランク冒険者は最低でも準男爵以上。場合によっては子爵と同じ扱いになる。
その分認定は厳しい審査をされるわけだけど。
なのでセインと釣り合わないことはない。
そう説明しようとしたところでアイカが先に口を開いた。
「あんなぁ……セインはその令嬢が好きなんちゃうんか?」
「すっ、好きだよ! あのヒロインは俺の初恋だったんだ!」
「ならえぇやんけ。出戻り令嬢を貰ってくれる将来有望、Sランク冒険者確実な若者が現れたとか、相手の男爵にとっちゃ降って湧いた幸運としか思わへんわ」
「け、けど……俺礼儀とか知らないし、彼女とかいたこともないからよくわかんね……」
……デモデモダッテを繰り返し始めたところでナナが確実にイライラし始めていた。
私もちょっとうんざりしてきたけど、彼女を宥めるためにステラが新しく用意してくれた私の分のお菓子をそっとナナの前へと差し出した。
「ありがと、セシルサマ」
「いえいえ。貴女も私の可愛い教え子みたいなものだからね」
照れたように赤くなって顔を背けるナナは師匠であるアイカそっくりだけど、貴女も卒業生なんだから。
そしてまだ続いているアイカとセインの話。
「あーもうっ面倒くさいやっちゃな! 大事な話やから耳かっぽじってよう聞き! 『愛ってなんだ』?!」
「『躊躇わないことさ』!」
「もっかい聞くで! 『愛ってなんだ』?!」
「『悔やまないことさ』!」
「そういうことや」
「……そうでした……俺、大事なこと、忘れてました……」
ポカーン。
私とナナは二人が何を話しているかわからないままだったけれど、どうやらアイカとセインの間では通じるものがあったらしい。
……で、愛って躊躇わないことなの?
「司令! 手紙をお願いします!」
「……え、あ、はい」
そして私はセインに言われるまま手紙を認めることになった。
その手紙はデルポイを通して翌日にはヘイシュオン男爵に届けられ、私の下に返事が届いたのは更に十日以上過ぎてからだった。
「『是非に』だってさ」
届いた手紙をプラプラと振りながらセインに報告すると彼は叫び出したい気持ちを押さえ込むように一人で拳を握り込んだ。
「そうなるとセインも貴族の仲間入りってことになるかもね」
「え? それはちょっと……俺貴族とか無理だし」
「貴方ねぇ……」
貴族の令嬢に言い寄っておいて貴族になるのは嫌だとか、そんな我が儘が通るわけない。
「セインは別にいいけど、相手は今更平民の生活が出来るとは思えないよ? それはどうするの?」
「冒険者として貴族と同じくらい稼いでやるさ!」
「お金だけの問題じゃないっての」
それからセインに貴族の義務について説明してあげることに。
王国からの仕事。貴族年金の受給から報告。王宮での夜会の参加。その他貴族同士の付き合いまでやることは幅広い。
特に爵位の低い貴族は断ることも出来ずに出費だけが重なることも多いと聞く。
「……そこまで考えてなかった。でも、相手の人とは別れたくない……」
やれやれ。
結婚を恋愛の延長で考えているところは転生者らしいといえばそうだけど、こちらのしきたりに合わせろといっても馴染めないのは仕方ない。
「いくつか方法はあるけど、一番良いのはセインと相手の令嬢との間に子どもが出来ること。出来れば男の子が理想で、そうすれば次期ヘイシュオン男爵はその子に継がせる体で育てればいい」
「……けど、相手の人はもうすぐ四十だぞ?」
「デルポイで売ってる薬はアイカとリーゼさん監修だから前世では考えられないくらいの効果があるよ。ね、アイカ?」
ヘイシュオン男爵から返事が来たからセインを呼び出したと伝えたら今日もやってきたアイカとナナは例によってソファーで寛いでいた。
「デルポイがヴィーヴル商会やった時から売り出して五、六年くらいやけど、今でもリピーターが途切れんくらいの人気商品やねんで? 閉じたもんも再開するくらいびっくり効果の排卵誘発剤と発情期のオーク並みの絶倫になる精力剤っちゅう謳い文句は伊達ちゃうで」
その謳い文句はどうかと思う。
ちなみに女性用の媚薬もあるけど、犯罪行為に使用されることが多くなったため現在は幹部の取引材料かアネットの風俗部門でしか使われていない。
そして残念なことに『異常無効』スキルを持っていると効果がないのでどの程度の効果なのかは私は知らない。
「けど、高齢出産って危ないんじゃ……」
「この世界じゃどのみち出産は危ないものだよ。それかヘイシュオン男爵が何の関係もない養子を取るかだよ。学校にいる孤児の中には元貴族の子もいるし、うってつけかもね?」
悩むセインに選択肢を与えてみたけれど、結局結論は出ないままだった。
「どのみちどうするかを相手と話し合ってからの方がいいと思うよ?」
「そう、だな。そうする」
数ヶ月後、結婚した二人から薬を融通してほしい旨の手紙を受け取った私は一人で苦笑いを浮かべたのだった。
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