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第509話 アンタ達みたいなのが許せないからだ

 シーロン商会を訪ねた私達だけど、事情を説明するとユーニャとステラ、リーラインの三人で食料などの調達からアグラヴェインの町へと配給を手配。

 もう一つの天使族に関しては私とミルル、チェリーでやることになった。


「あまり時間もかけたくないし、こういう段取りは普段慣れてる私達の方が向いてるからね」

「セシーリアは何でも出来るけれど、出来ることが限られてる私達に出来ることを任せてほしいのよ」


 なんてことを言われてちょっと戸惑う。

 私は別に何でも出来るなんて思ってないんだけど?


「私どもにもセシーリア様のお役に立てるところを、証明させてくださいませ」


 とステラにまで言われてしまえば頷くしかなかった。


「みんなはいてくれるだけで、いいのに……」

「セシル、みなさんちゃんとわかっておりますわ。それでも優しい貴女に頼られたいと思ってのこと。慮ってあげてくださいまし」


 横からミルルに抱き寄せられた私は彼女の胸の中でコクリと頷いた。


「それじゃセシル、行くの!」


 張り切って体を捻ってストレッチを繰り返すチェリーが微笑ましい。

 まさかここから走っていくつもりだろうか。

 途中で見つけた魔人たちの村は私の馬車を使って四日から五日くらいかかる。森の出口で調べたときからなので大凡でしかないけれど大きくは違わないはず。

 ということで森の出口からの方が近いのは間違いない。


「いいからチェリーちょっと来て」


 ミルルの胸の中からチェリーを呼び寄せると彼女を抱き寄せて長距離転移(ゲート)を使った。

 ぐわんと景色が揺らいだかと思うと、次に気付いた時には森の出口に立っていた。

 そのことに気付いたチェリーはやや不満そうに唇を尖らせていたけれど、彼女の頭を撫でてあげたらコロッと表情を明るくさせていた。


「それで、ここからはどうなさいますの?」


 私の頭の上からミルルが尋ねてきたので後ろ髪を引かれながらも彼女の胸の中から這い出る。

 時空理術で確認すると距離はだいたい馬車で一日くらいでしかないものの、その途中には碌な道もないような岩山が聳えていた。


「途中までは馬車で行って山を走り抜ける。もしくは高速飛行(ジェットフライ)で飛んでいく。そのどちらかかな?」

「早いのはどちらですの?」

「飛んでく方が断然早いよ」


 さすがに二人を天魔法の風で巻き込むように抱えての飛行なので速度はかなり落ちるけれど、馬車の倍は出る。走っても速いけどそれは私とチェリーの場合であってミルルは馬車と同じくらいの速度と考えた方がいい。


「本当はゆっくりとした旅を考えていたのですけれど、なるべく早くあちらの三人とも合流したいですわね」

「えぇぇぇ……私走りたいの……」

「チェリー、あまり我が儘を言うものではなくてよ。私達にとっての最優先はセシルの望みを叶えることですもの」

「うぅぅん……わかったの。ミルルの言う通りなの」


 この中では一番年上のチェリーだけど、精神年齢だと多分一番幼い。

 そこがまた可愛いところなんだけど、こうして他の奥さん達に説得されることが多い。


「ということで、セシルお願いしますわ」

「わかった。二人を落とさないように出来るだけ急いでみるよ」

「私達なら落ちたくらいじゃ死なないの」


 そうかもしれないけど、二人が怪我したら嫌だもん。


「それなら天魔法で、などと申さずに直接私達を抱いていけばよろしいのではなくて?」

「……それだ!」


 ということで善(?)は急げ。

 私は両腕にミルルとチェリーを抱き寄せると魔法を使って上空高くへ飛び上がった。

 チェリーは喜んでいるけれど、ミルルはやや体が強張っていて、私の体に強くしがみついている。


「ベッドの上じゃなくてもミルルは可愛いね」

「そういうことを言ってる状況じゃありませ……んわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ミルルの悲鳴を後ろに流しつつ、魔人達が暮らす村へと出発した。




 すたっと地面に降り立つとチェリーは「楽しかったの」と大喜びだったが、対するミルルはガクガクと震えながら地面に蹲った。


「ミルル大丈夫?」

「へ、平気、ですわ……」


 あれから鐘半分くらいの時間飛行した私達は目的地である魔人達が暮らす村からすぐ近くの岩場にいた。

 さすがに村の中に空から舞い降りる気はないしね。

 ただミルルが飛行に弱いとは思ってなかったなぁ。

 確かに彼女を連れて飛んだことはないし、人が空を飛ぶなんて考えることさえほとんどないのだから無理もない。

 ミルルの背中をチェリーと二人で撫でながらすぐ近くにある魔人の村を時空理術で調査しておくのも忘れない。

 いる。

 あの時助けた天使族も救出に参加した魔人達も。

 人数は全部で八十人くらいで女性の比率がかなり高く未成年や老人はほとんどいない。

 あの時話してくれた魔人の言った通りらしい。

 ただ……なんとなく、妙な感じがする。


「もう、大丈夫ですわ」


 しばらくして立ち直ったミルルと元気いっぱいで先行してくれるチェリーとともに村へ向かって歩き出したが、探り始めてからずっと天使族の女の子は他の魔人たちと交流している様子がない。

 避けているのか避けられているのか。

 気になったけれど、そのまま村に辿り着くと盗賊の砦を襲撃した時にいた魔人の一人が門番として立っていた。


「お前は……あの時の人間か?!」


 私のことを「お前」呼ばわりしたことでミルルの魔力がやや乱れたけれど、私は気にせず話を進める。


「えぇ、本当はここに来るつもりは無かったんだけど魔王アグラヴェインからの依頼でね」

「何? わかった、あの時お前と話していた男を覚えているか? 今はあいつがこの村の長をやっているから会えるように取り計らおう」

「お願いするよ」


 構えていた武器を下ろし、門番をもう一人の男に任せて彼は村の奥へと走っていった。

 私達はもう一人の門番から彼をゆっくり追うように言われたので村の中へ通してもらった後は言葉通り歩いて追う。

 それにしても本当に女性だらけだね。

 男性は僅かな男の子と老人がいるくらいで成人している男性はほんの数人。男の子と言ってももうすぐ成人しそうな子もいるし、村を維持していくだけなら大丈夫なのかな?

 いやでも、あの時助けた女性達の相手が出来るとは思えないし、何よりも将来的に村の存続は厳しいかもしれない。

 そうして村の中を観察しながら歩いていくと、見覚えのある男がこちらに向かって小走りでやってきた。

 彼は私の前にやってくると両手を胸の前で交差させて片膝をついた。


「セシル殿、ようこそ来てくださった。村を上げて歓迎を」

「いや、そういうのはいいしちょっと用事があってね」


 確かこの魔人の村長はデグフラブといったかな?

 もう会うことはないだろうと思っていたから名前はうろ覚え。


「先日盗賊の砦から保護した天使族の娘がいたはずですわ。その子は今どちらにいらっしゃいまして?」


 私が話しているとなかなか進まないと思ったのかミルルが挨拶を終えた私に変わって本題を話してくれた。


「あの娘、ですか……確かに我らの村で保護しております。今は村の仕事を手伝っている頃でしょう」

「ならさっさと連れてくるの」


 と、今度はチェリーがやや威圧的にデグフラブを見下ろした。

 彼女のこの態度からするとチェリーもあの天使族の子がどうなっているかわかっているみたいだ。


「で、ですが仕事中なので、今すぐにという、わけには……」

「さっき私を『歓迎する』と言ったのは嘘だったの?」

「……承知、しました」


 努めて平静に告げるとデグフラブは立ち上がり、近くにいた村人に天使族の子を連れてくるように指示した。

 私達は彼の案内されるまま村長邸へと招かれ、そこで天使族の子がやってくるのを待つことにした。


「ところで……何故突然あの娘を?」

「この魔王アグラヴェインからの依頼でね、天使族で行方不明になった女の子がいるから見つけ出して送り届けてほしいって」

「迷子は可哀想なの。家族はきっと心配してるの」


 チェリーさんや? 貴女がアグラヴェインに余計なこと言わなかったらこんなことになってないのだよ?

 今更だから言わないし、どんなにうっかり屋でも貴女のことは大好きだから咎めないけどね。


「お待たせした。ホラ、入れ」


 話らしい話はほとんどしてなかったけれど、四人で話しているうちに天使族の女の子は村人に連れられてやってきたようだ。

 私達が彼女の方に振り向くと、まだ少女と言っても差し支えないほどの外見なのに身体中にいくつもの傷を作り表情を無くした女の子が立っていた。


「これは?」


 怒りを噴き出させないよう慎重に魔人達に尋ねるとやや目線を逸らしながら「転んだ」などと平気で答えた。


「馬鹿じゃないんだからこれが転んで出来た傷かどうかなんてすぐわかる。まさか……よりにもよって魔王アグラヴェインが庇護する村の少女を嬲りものにするなんてね」

「ちっ、違うぞ?! 誤解だ!」


 毎日食べ物は渡されているのかもわからないほど頬が痩けている。

 食料事情の悪い第五大陸では無理もないけど、そのうえで村人たちの鬱憤の捌け口として利用されていたようだ。

 ろくに水浴び場もさせてもらえなかったその体からはすえた匂いとともに不快な生臭さが感じられる。


「この状態でよくもそんなことが言えたものだね? あの盗賊の砦っていう地獄から助け出してあげたのに、助けた先でも同じことをされたこの子の気持ちを考えなかったの?」

「だから誤解だ! 俺は面倒を見るよう村人たちに指示しただけで……」


 またか。

 またも世界はこんな理不尽を押し付けてくるのか。


「セシル、構いませんの?」


 私の顔を覗き込みながらミルルがその長い銀髪をかき上げ耳にかけた。

 チェリーにいたっては怒気を隠そうとするつもりもないのか「フーッフーッ!」と荒く息を吐き出している。


「どうやら、滅ぼす相手を間違えたのかもしれないね……ごめんねミルル」

「セシル、貴女が謝ることではなくてよ」

「ミルルの言う通りなのっ。こいつら、許せないのっ!」

「まっ、待て!」


 デグフラブが私達を止めるために声を荒げた。


「私は散々理不尽だの化け物だの言われてきたけど、それはこういう弱い立場の相手に理不尽を押し付ける、アンタ達みたいなのが許せないからだ! ミルル、チェリー、やっちゃって!」


 自分の掛け声と同時に少女を結界魔法で包み込むと、村全体に悪意を押し付けた。

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 おおぅ……暴走しちゃってるねぇ。  もうちょっと事実確認しないと。 これだと切れたナイフ……じゃねーや。 抜き身のナイフと変わらんっすね。  いやまあ“そう”なってる経緯も分かるけど、身体能力も権…
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