第506話 宝石の主
コミカライズもよろしくお願いします!
イーキッシュ公爵領都のシャイアンへやってきた私達はお祖父様に案内されてディックと彼の奥さんであるレーアのいる部屋にやってきた。
「ふわあぁぁぁ……赤ちゃん可愛い」
そしてまた生まれたばかりの赤ちゃんに見入ってしまうソフィア。
「ソフィアの従姉妹になるね」
「従姉妹……?」
「ママの姉弟の子同士だからね。とは言ってもソフィアにとっては少し年の離れた妹みたいなものだよ」
「……いもう、と……」
妹という言葉に明らかに表情を暗くしたソフィア。なかなか話してくれない前世のことと何か関係があるのかもしれない。
「ねえね、来てくれてありがとう」
ソフィアとの話が途切れたタイミングでレーアに寄り添っていたディックが近寄ってきた。
私はこの子が赤ちゃんの頃から知ってるだけにこんな風に父親になった姿を見るのは感無量だ。
出来れば両親、ランドールとイルーナにも見せてあげたかった。
「たった一人の弟のためだからね。けど、本当におめでとう。レーアも良く頑張ったね」
「ありがとうセシルさ、あ、セシーリア様」
今更なんで名前を間違えたのか知らないけど、彼女も次期公爵夫人、且つ義理の妹なのだから気にしなくていいのに。
「セシルでもセシーリアでもいいよ」
「は、はい。あの、抱いてあげてくれますか?」
「もちろん、喜んで。それでこの子の名前は?」
レーアの隣で眠る赤ちゃんを抱き上げるとやはりほんのりとお日様の匂いがした。
軽く体を揺らしながら軽い、けれどもとても重く大事な命を慈しむように頬を当てた。
「名前は、まだ決めてないんだ。なかなかこれっていうのが浮かばなくて」
「そうなの? レーアは?」
「それが私も……まさか自分が本当に母親になれる日が来るとは思っていなかったので……」
まぁ、最初に出会った時点でかなり悲惨な目に遭ってたはずだしね。
それを言ったらユーニャやミルルもそうだし、リーラインだって未遂とはいえ未だに大人の男と二人きりになるのを避けるくらいに心に傷を負っている。
「良かったらねえねが付けてくれない?」
「いや……いやいやいや! 駄目でしょ?! 女の子だから公爵にはなれなくても公爵夫人になるかもしれないんだよ?」
「尚更だよ。大公閣下に名付けをしてもらったっていう箔ができるんだから。レーアもいいでしょ?」
ベッドで横になったままのレーアにディックが尋ねると彼女も微笑みながら頷いた。
「えぇ……あんまり名付けとか得意じゃないんだけど」
何を隠そう、あの十二人の眷属達の名前を全て決めるのに一月以上の時間を要したからね!
でも、私が決めるとなるとあまり時間はかけられない。その上貴族名を付ける必要がある。
「気に入らなくても怒らないでよ?」
二人が期待の目で私を見てくるから断るに断れない状況になってしまった。
赤ちゃんはリーラインに任せて私は一度身を引いて窓際へと足を進めた。
さて、どうしよう。
髪はディックそっくりの深い緑。瞳の色はわからないけど、ディックに似ていればエメラルドグリーンだろう。
かと言って「エメラルド」ではこの国の女性名としては相応しくない。
ならば。
「エスメラルダ、でどうかな?」
「エスメラルダ? ……なんだか不思議な名前ですね」
首を傾げるレーアに笑いかけながら手元に小さめのエメラルドを取り出す。
生まれたばかりの赤ちゃんに渡すのはいつも同じ。
『幸運』だけを魔石化したエメラルドに込めると金で蔦のレリーフを象ってブローチに仕上げた。
そのブローチをディックの娘のお包みに取り付けてあげる。
「このエメラルドがよく似合う素敵な女性になってほしいなって」
確か、エスメラルダはエメラルドのスペイン語だったかと思う。
「ふふ、さすが『宝石の主』ジュエルエース大公ですね」
「『宝石の主』? なにそれ?」
「ご存知ないのですか? 最近社交界ではセシーリア様のことをそう呼ぶ女性が増えているんです」
初耳だけど?!
後ろを振り返りミルルと目を合わせると彼女はこくりと頷いた。
我が家で社交界に通じているのはミルルだけ。その彼女が認めるということは間違いない。
けど。
「いいね、それ」
宝石から生まれた眷属達の主人だし、たくさんの宝石に囲まれた生活だし……いやもっともっとたくさんの宝石が欲しいけど。
そんな私が『宝石の主』だなんて。
最高でしょ!
「良い話が聞けたよ。それで、名前はどうかな?」
「ねえねに決めてもらったんだから良いと思うよ。レーアは?」
「私も良いと思います。セシーリア様に決めてもらい、贈り物まで貰えたのですから」
うんうん。すっかり次期公爵夫人らしい言葉使いが身についてるようで安心だね。
「セシルママ、この子の名前決まったの?」
「うん、そうだよ。この子はエスメラルダ。エメ、って呼んであげて」
「うんっ、わかった! エメちゃん、よろしくね」
妹と聞いて暗い表情をしていた気がしていたけれど、どうやら気の所為だったようだ。
それから私がレーアの近くから離れると、入れ替わりでユーニャ達が殺到する。
ミルルは一人イーキッシュ公と話していた。
王国内でもベルギリウス公の正体が前公爵の娘ミルリファーナだと知る数少ない一人だったりする。
お祝いは改めて贈ることを約束し、私達は公爵邸を後にした。
「ほんの二日ばかりだったのに、なんだか随分久し振りに感じるものね」
第五大陸に戻った私達はヘイロンに用意された宿で寛いでいた。
屋敷に戻る時はソフィアが珍しく帰りたくなさそうに顔を伏せていたので、イーキッシュ公にいつでも来て良いという約束を交わすことでなんとか連れ帰った。
でもその割には妹って言ったときには暗い顔してたような?
「セシルまた考え事なの」
「そんなにたいしたことじゃないよ。今回の件が落ち着いたらソフィアとの時間を取らなきゃなって」
「落ち着いたらって……ヴォルガロンデに会えたらってこと?」
そういえばヴォルガロンデにはもうあまり時間がないんだった。
なので出来れば彼に会うまで、としたいところだけど、ソフィアのことも放置していい話じゃない。
「セシルがソフィアのことを大切にしてるのはわかってるけど、私達のこともちゃんと考えてる?」
ソファーで腕を組みながら思案に耽っていたけれど、ユーニャが背後から私に抱き着いてきた。
考えることが多すぎる上にすぐ結論を出せないものばかり。
私は考えることを止め、正面にいたミルルを抱き寄せると熟れたフルーツのような唇に吸い付いた。
それからしばらく全員と爛れた時間を過ごした私は奥さん達の回復を待ってから宿を出てシーロン商会へと足を向けた。
私達がシーロン商会に顔を出すと受付をした番頭がホンイーにかなり痛そうな拳骨を食らっていた。
「通達で連絡しましたよね? セシーリア様の特徴、ユーニャさんの特徴、そして女性だけの六人組だと! やる気ないんですか?」
ごつんごつんと何度も拳骨を落としているけれど、あまりにすごいパワハラなので止めるタイミングを完全に無くしてしまった。
「ホンイーさん、そのくらいで。罰はもっと効果的に与える方が良いですよ? 今度参考までに弊社の罰則規定についてお話しましょう」
「……忝ないです。どうやら商売に関してはユーニャさんからもっとたくさんのことを学べそうですね」
なんか、やっぱり仲良くなってるね。
ユーニャは私のユーニャなのに。
ちょっとだけ拗ねた気持ちになってそっぽを向く。
それに気付いたチェリーとステラが私の両隣へやってきた。
「大丈夫なの。セシルには私がいるの」
「チェリーツィア様同様、私もおります。何時如何なる時でもセシーリア様の全てを受け止めてみせます」
……奥さん達の愛が重い。
でも、ちょっと嬉しい。
「二人とも何を言ってるの。あんなの仕事の話でしょう? ユーニャは何もかもがセシーリアのために動いているのだから絶対大丈夫よ」
「ユーニャのことだから、ひょっとしたらホンイー女史を引き抜こうとしているのかもしれませんわね」
引き抜きって、いくらなんでもそれはないでしょ。
そう思って否定すべく口を開こうとしたところで、私が会う約束をしていた人物が向こうからやってきた。
「引き抜きとは聞き捨てならんな」
「ヘイロン? いやいや本当にするわけないって」
「……だが正直な話。セシーリアの商会の方が規模はデカいし儲かってる。やり甲斐を求めてそっちで世話になりてぇって言われると、困っちまうな」
そうなったら止めるんだろうけど、どれほど効果的かわからないから「困る」なんて言葉が出てきたのだろう。
とはいえヘイロンから恨まれても良いことなんて一つもないのだから、この場は冗談で通すのが一番。
「だから引き抜きなんてしないってば。それより、農場とレストランの方はどう?」
「あぁ。今まで気付かなかった自分の節穴さ加減に嫌気が差していたところだ。セシーリアはよくあの二人のことに気付いたな?」
「どれだけ私達が強くていろんなことが出来るって言っても、結局一人で出来ることには限界があるでしょ? だから人を見る目だけはしっかり養ってるんだよ」
本当は鑑定を弾かれたから神の祝福を持ってるんじゃないかと疑ったからなんだけどね。
けどヘイロンがそれを知らないとは思えない。
気になったのでそれとなく聞いてみたけど、神の祝福は戦闘能力に特化されているものと勘違いされてるみたいで、鑑定が弾かれてもあまり気にしないのだそうだ。もったいない。
「とにかくこれで腹を空かす奴も、うまい飯が食いたい奴も助けられそうだ。おかげでウチも儲かってる」
「それは何よりだね。私もいろんな宝石が買えて嬉しいし、これから持ちつ持たれつで宜しくね」
ヘイロンは「そうだな」と顔を背けると右手を差し出してきたので私もその手をしっかりと握り返した。
「あれって浮気に入るの?」
「一応仕事だし大目に見ようよ」
「私は仕事でも男と触れ合うのはごめんね」
後ろで奥さん達が散々なことを言っているけど気にしたらいけないよね。
「なんというか……大変だな」
ヘイロンの同情に塗れた目が優しかったのがちょっと悔しい。
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