第502話 転生者夫婦
「へえぇ……すげえな!」
「それなりに大変だったんだけどね」
「俺もそれなりにやってきたとは思ったけど、セシルはそれ以上だな」
とは言え、彼もこんな世界に人間じゃない種族に転生させられたのにこうして店一軒持つに至ったのであれば相当の努力はしたのだと思う。
「それで、ヘルマンはこのままずっとここでお店をやるの」
お喋りな彼は前世での名前や出身地まで明かしてくれたけど、私はそこまで聞いてないしちょっと危機意識が足りない気がする。
「本当はどこか別のところにも行ってみたいんだけど仲間もいるし、多分そうなんじゃないか?」
「ふぅん……それならウチで働く?」
「ウチでって……そりゃセシルのとこならいろんな仕事もあるんだろうけど、仲間も出来るような仕事なんてあるかな」
更に話を聞いてみると、ヘルマンの仲間もどうやら転生者らしい。
そしてなんと彼の奥さんでもあるのだとか。
ここにアイカがいればどんな神の祝福を持っているのか確認出来るけど、彼女はナナが学校を卒業したと同時にしっかり引き取って研究に明け暮れているので私もしばらく姿を見ていない。
遠話で話し掛ければ通じると思うけど、ただ確認したいがために呼び出すのは気が引ける。
何より私の奥さん達を放置してアイカを呼ぶこと自体、奥さん達に良く思われないだろう。
……あ。
「ごめんみんな。つい話し込んじゃって」
ヘルマンとの話が盛り上がってしまい、五人の奥さんを放置してしまっていた私は彼女達に頭を下げた。
「セシルがそれだけ話すくらい気に入ったってこと? 男なのに?」
「私達の中に男性を招き入れるつもりはありませんわよ?」
わかりやすくヤキモチを妬いてくれたのはやっぱりユーニャとミルルだ。
他の長寿組はそれほど気にしていない様子。
「そういうのじゃないよ。ホラ、開発部にいるアノンと同じような人って言えばわかるかな?」
アノンとは以前私がスーミやチャリとワンバでデートしていた時に出会った転生者で、裁縫に特化した能力を持った女性のこと。
ワンバの服屋で働いていたところ、デルポイで引き抜いて開発部で好きなように服を作ってくれている。
なのでユーニャもそれだけで得心がいったようで「あぁ」と頷いていた。
「それで何の仕事をしてもらうの?」
「それを考えるのは私の仕事じゃないよ。でもちょっとだけ思い当たることはある、かな」
もし思った通りならばヘルマンとその奥さんがいれば、デルポイはまた一つ世界中で唯一無二の地位を得られるかもしれない。
私達はヘルマンも連れて彼の自宅近くまでやってきた。
ヘルマンの自宅は町の中心からかなり外れたところにあって、家の裏にある一ヘクタールくらいの畑には様々な野菜が育てられているのが見える。
「すごいね。第五大陸の荒れた土地じゃまともに農業が出来ないと思ってたのに」
「あぁ、あの畑が俺の奥さんが頑張ってくれてるからな。というか、それが奥さんの力だし」
奥さんの力、ということは『神の祝福』を農業関係の能力にしたということかな?
その噂の奥さんは畑に出ているようで、家の中には誰もおらず、裏手に建てた倉庫らしき小屋にもいない。
だがその倉庫の中にはいくつかの農機具と肥料のようなものが使い易いように整理され、天井の梁から吊された袋には何かの種も入っている。
「すごいね」
「俺が触ると怒るんどけどな」
「ふふ、なんかわかる」
この小屋は奥さんにとって自分の秘密基地同然なんだと思う。
「おーい、イネーー!」
小屋から出たところでヘルマンは奥さんの名前を大声で呼んだ。
しばらくすると赤い肌に真っ白な髪を後ろに束ねた背の高い女性が鍬を肩にしながら歩いてやってきた。
手に持った布で無造作に顔を拭いているので、かなり長い時間作業していたのかもしれない。
「ヘルマン、仕事はどうしたん? そっちの女どもになんかしよったんか?」
見た目通りなかなか豪快な性格な女性みたいで、話し方もやや独特なイネと呼ばれた女性は私達をジロジロと怪しむように見回してきた。
疑われるかのような視線にステラが物申そうと一歩足を進めたけれど、私はそれを手で制した。
「突然ごめんなさいイネさん。私はこことは違う大陸から来たセシル。ヘルマンから貴女も転生者だと聞いたから会いに来たの」
「転生者?! 聞こえたぞ?! ヘルマン本当にこの女は転生者なん?!」
やはり転生者というワードに反応してくれたようで、イネは担いでいた鍬を放り投げて足音荒く私の近くまでやってきた。
「ヘルマン以外の転生者は初めてなんよ。お前さんは人間なん?」
「普通の人間じゃなくて英人種って種族だね。折角の機会だからゆっくり話したいんだけどいいかな?」
「勿論じゃ! ヘルマン、すぐお茶の用意をしてやれ」
嬉しそうに笑うイネさんはヘルマンに指示すると彼も軽く返事をして家の中に入っていった。
しばらくしてお茶の用意は出来たけれど、あまりに人数が多くて家に入りきれないからと私が庭にテーブルセットを二台用意してあげた。
「悪かったのう、いきなりヘルマンがたくさんの女を連れてきたもんで疑ってしもうた」
お茶の用意も結局器が足りなかったのでこちらから茶器も出してあげた。
紅茶ではなく、ハーブティーのようなお茶ではあるけど、これは私どころかステラが淹れるよりも美味しいかもしれない。
「ヘルマンには前科でもあるの?」
「無えよ!」
「無いんじゃが……前世の旦那が他で子ども作って逃げよったんじゃ」
どうやらヘルマンではなく前世の旦那さんの話だったみたい。
「うわ最低」
「じゃろ? しかもその前に美人局にやられたこともあってのう。セシル達があまりに美人揃いじゃったけな」
「あはは……ありがとう。でも彼女達はみんな私の奥さんだから。今新婚旅行中なの」
「……驚くことばっかりじゃわ。女同士で? しかもそんなに大勢?」
「俺もびっくりしたけどな。でもセシルはすっげえ貴族で滅茶苦茶金持ちなんだってさ。しかもちゃんと自分で苦労して稼いだっていうんだから凄いと思うわ」
「……あっはっはっはっ! そりゃ随分な甲斐性持ちじゃのう! ワシも娶ってもらいたいくらいじゃ」
「なっ?! おっ、おい冗談だろ?!」
豪快に笑うイネさんに慌てるヘルマン。残念だけど既婚者を奪うつもりはないね。未亡人なら少し考えてもいいけど。愛人にもしないよ。私以外の相手がいる人に手を出したら私が嫉妬するに決まってる。
「奥さんや愛人にはしないけど」
「愛人までおるんっ?!」
「まぁ、それなりに。じゃなくて、二人とも私に雇われるつもりはない?」
そこからは仕事の話。
二人とも雇われないかと私が聞いた時から目に灯る光が変わったくらい真剣な表情になった。
こちらの条件、あちらの出来ること、やってほしいこと、やりたいこと。お互いの情報を齟齬無く伝えていく。
そして聞いた内容をまとめると、こうだ。
ヘルマンの神の祝福は「楽園の台所」。こと料理に関して出来ないことはないとまで言っていたけど、聞けば本当にすごい内容だった。
オーブン、鍋などの火力自動調節から時短処理。食材の冷凍処理、解凍処理。調理補助をさせるための自動人形作成。
自分の知っているレシピから、初めて見た食材の処理法が書かれた本などを納めた料理本書庫。
続いてイネさんの神の祝福は「楽園農家」。
楽園ってシリーズでもあるのかな?
あらゆる農作物を季節関係なく畑を最適な状態に保ちながら栽培出来る。収穫量最大、品質最大までついたお得パック。
農作物の栽培法、収穫方法などが書かれた菜園書庫もある。
二人合わせたら無敵のレストランが完成する、と息巻いていたそうだ。
ところが……。
「ワシら二人とも接客とかからっきしじゃけぇ……」
「俺もレストランで働いてたけど接客なんてしたことなくてさ」
経営も何もわからないまま始めたレストランは閑古鳥が鳴いていた、というわけだ。
経営については早速ユーニャを呼んでアドバイスしてもらい、菜園も訓練を経て成長したクローディアや同じくナナがいればありとあらゆる野菜や果物、薬草を育て放題になるだろう。
イネさんの管理出来る農地は彼女のMPに依存するらしく、一ヘクタールあたり三千。彼女をパワーレベリングすれば農地はどんどん広げられるだろう。
「こんなものに頼らなくても百姓仕事なんて出来るけぇな」
「俺だって普通に料理するのにこんな力いらないぞ」
という夢の広がる話までいただいた。
ならばやらない手はない。
私の適当な概算で全て決めるわけにはいかないので、ここから先はその道のプロに任せるべきだろう。
まずは遠話でラメルとイリゼに連絡。私のスケジュールとレベル1からだったとして魔王級のステータスにするためのパワーレベリングに必要な時間を割り出してもらう。
それによる仮のステータスを用いて農地管理を行った場合の収穫量の計算。そしてイネさん管理の農園を別に確保した人員で経営する場合の必要経費。
同じくヘルマンを一緒に育成した時、そして接客、呼び込みなどの営業、経営を担える人員の確保から多店舗経営に必要な時間。
このあたりはデルポイの社長、副社長が嬉々として取り組むだろう。
既にユーニャは頭の中で計算を始めているようで、さっきから視線が虚ろになるほど挙動不審になっている。
「ざっと、二週間で人生変えてあげるね」
「は?」
「え?」
私がどこか遠くの人と話していた、としか見えていなかったヘルマン、イネさん夫婦はキョトンとして他人事のように呆けていた。
「……またセシーリアの悪い癖ね」
「セシルなら仕方ないの。でも絶対不幸にならないの」
「それは……そうよね。私達も幸せだもの」
第五大陸だけでヘルマンの料理を広めるのは勿体ないから、外食部門を本格的に拡大させて世界的なレストランチェーン店を展開しなきゃね。
絶対人手が足りないから第一、第二大陸でも従業員募集しようかな。
しかし、あれこれと思考の海に浸かっていた私の肩がポンと叩かれた。
「セシル、少し落ち着きなさいな。明後日はヘイロンとの約束がありましてよ?」
「……そういえばそうだった。もう面倒くさいから無視しちゃ駄目かな?」
「さすがに拙いかと。正式に魔王と勇者の会談という体ですので、場合によっては対立することになります」
仕方ない、か。
それにどうせなら彼とはうまく付き合っていきたいし、ヘイロンのシーロン商会とだって良い取引をしたいし、片方だけが利益を吸い上げるような商売はしたくない。
「人員と販路の確保なら、昨日のスラムの人員とシーロン商会を使えばいろいろと楽が出来るのではなくて?」
ミルルの開いた扇子の向こうから聞こえた声に、私とユーニャはニコリと笑って頷いた。
イケる、と。




