第499話 _%~#
タイトルは誤字じゃありません。
店員のおばさんにいろんな説明をしつつ、どうにかして現地のお金を手に入れる方法を教えてもらうことに成功した私とユーニャはお店の前で呆けていたチェリーとミルルを連れてその場を離れた。
そして少し歩いて建物の雰囲気が豪華になってきたところで目に付いた一軒のお店に入った。
「なんか、ヴィンセント商会みたいなお店だね」
「ふふっそうだね。なんだか懐かしいかも?」
「ふんっ、我が家の財政が傾いた時真っ先に取引を中止してきた恩知らずの商会など思い出したくもありませんわ」
ベルギリウス公爵家の財政が傾いたのはディルグレイルの起こした謀反のせいであり、公爵家には何の落ち度も無かった。
しいて言えば、前公爵がディルグレイルとミルルを婚約させてしまったことが一番の罪だろう。
私の眷属になってからのミルルは過去をどう振り切っているのか知らないけど、あの時の悲劇を愚痴ることもなく過ごしている。
たまにはミルルと二人だけで過ごしてもいいかもしれない。
ちなみに、ミルルが公爵家を継いでからはジュエルエース家が表も裏も力添えやら資金援助やらをさせてもらったので、今ではしっかり立て直している。
さすがにイーキッシュ、ゾノサヴァイル二公爵と同程度の資産とは言えないけど、王都にいる法衣貴族の侯爵家くらいの資産はあるはず。
その力を持ってヴィンセント商会に仕返ししたみたいで、今やヴィンセント商会はアルマリノ王国では五番目くらいの売上になっている。
デルポイが圧倒的すぎて二位から下はあまり気にしたこともないけどね。
「一応いろんな勉強させてもらった恩はあるんだけど、私もミルルに酷いことしたって聞いてたからデルポイではほとんどヴィンセント商会を相手にしないようにさせてるよ」
どうやらユーニャも怒ってるみたい。
この話が続くと二人から威圧が出てしまいそうだし、さっさと切り上げることにしよう。
「そんなことより二人とも行くよ。早くしないと今夜の宿が取れなくなっちゃうかもしれないし」
私がチェリーの腰に手を回しながら店内へと入るために歩き出すと、チェリーも腕と尻尾を私の身体に巻き付けてきてくれた。
「いらっしゃい」
大きな商会ではあるものの、あまり丁寧な接客はしないのが第五大陸流なのか、気さくな態度で入り口の番頭らしき人が声を掛けてきた。
「今日はどういったものをお探しで?」
「ここには今日来たばかりなの。だからまずは換金出来そうなもので通貨を手に入れたくて」
私達の中で唯一の商人であるユーニャが一歩前に出て番頭に説明すると、彼は素早く私達に目線を走らせてすぐ奥へと案内するために替わりの者を呼び寄せる。
そして私達と一緒にほどほどの調度品が置かれた個室へと入ると、室内に置かれたティーセットでお茶を入れてくれた。
「済まないね。実は一番良い部屋を使いたかったけど、今使用中みたいで」
「構わないわ」
「それで、どういった品を買い取ってもらいたいと?」
ユーニャの隣に腰を下ろそうとしていたものの、このソファーは二人掛けのためミルルとチェリーは私達の後ろに立ってもらった。
本当は私の膝にでも座らせたいけど、ユーニャの邪魔になっちゃうからね。
「例えば、こんなものはどうかしら?」
ユーニャが取り出したのは私がいらないと放置していたスキルオーブだった。
中身は「片手剣」「大剣」「水魔法」「隠蔽」の四つ。祭壇にあるクラン用ダンジョンの倉庫に置いてあったのにいつの間に持ち出したんだろ?
「ほほぅ……これは珍しい。スキルオーブですな? 失礼ながら鑑定しても?」
番頭が興味深そうにスキルオーブを手に取るとユーニャは「どうぞ」と手の平を上にして差し出した。
すると番頭はすぐに道具鑑定を使ったようで彼の前に白い半透明のボードが現れる。
四つのスキルオーブ全てを確認し終えると、彼はふうっと息を吐き出して額のあせを拭った。
「どれも本物であると確認しました。まさかこんなものが持ち込まれるとは」
スキルオーブ自体かなり珍しい品物なのは第五大陸でも変わらないらしい。
本来ならダンジョンからでしか入手出来ないから当たり前だけど、私なら自分の覚えたスキルやそれに付随する能力であれば作成可能なためいくらでも儲けることが出来る。面倒くさいからやりたくないし、ユーニャの商人としての矜持にも反する。
「ふむ……これならば八百万ボルでいかがでしょう?」
八百万ボルというのがどのくらいのものかイマイチわかりにくいところだが、さっき需要が高まっているポーションが四千ボルだったことを踏まえると、おそらく白金貨八枚。
片手剣と大剣は金貨七枚、水魔法が白金貨二枚、隠蔽が白金貨五枚程度が買取金額の相場だと思われるので妥当な金額設定だ。
しかし私達六人が何日間か過ごすには心許ないお小遣いと言えるだろう。
私は自分の腰ベルトに手を入れると一つのスキルオーブを取り出してテーブルに置いた。
「追加でこれも買い取ってくれる?」
「こちらもですね……こっ、これはっ?!」
私がテーブルに置いたのはユニークスキル『異常無効』のスキルオーブ。
異常耐性から進化した異常無効ならば同じユニークスキルでも隠蔽よりもこちらの方が遥かに希少で高額だろう。
「これを、お売りいただけるので……?」
心なしか言葉遣いが丁寧になってきている。
眼光がさっきよりも鋭いのはこの商売を逃してたまるかという意気込みのせいかな?
「私達には無用の物だからね。金額次第では譲っても良いと考えているよ」
「少しっ、お待ちを! 会長に聞いてくる!」
番頭はスキルオーブをそっとテーブルの上に戻すと慌てて立ち上がって部屋から出ていってしまった。
「もうっ……折角商人らしいところ見せてセシルに褒めてもらいたかったのに」
「そんなことしなくても私の奥さん達がみんな凄いことくらい知ってるからね」
私は隣にいるユーニャの手をそっと握った後に後ろを振り返ってミルル、チェリーとも目を合わせた。
「私もセシルが凄く凄いこと知ってるの」
「ふふ、ありがとう」
さて、ついでだしこの商会の現金をある程度戴いていこうかな。
テーブルの上に小さな小箱を置き、腰ベルトから今度はいくつかの宝石を取り出すとその場で付与魔法を使っていく。
ついでに布袋を取り出して魔法の鞄の素材になるものも用意して四つほど作ったところで慌ててこの部屋にやってくる人の気配を感じたので内職はそこまでにした。
「お待たせした!」
「大丈夫だよ」
息を切らせた番頭に続いて部屋に入ってきたのは龍人。
「待たせたな。それで……それか?」
商会長らしき龍人は私達を一瞥してからもう一度スキルオーブを見つめた。
「君、ここは私が引き継ぐから下がっていなさい」
「はっ、はい!」
まるで人払いするかのように番頭を部屋から追い出すと、私達の対面にゆっくりとした動作で腰を下ろした。
「久し振りじゃないか魔王チェリーツィア」
「……誰なの?」
龍人の商会長はさも知り合いだと言わんばかりにチェリーに声を掛けたけれど、チェリーはどうやら覚えていない様子。
てことは、これってまさかナンパ?
え? 私の目の前で、私の奥さんを?
「……私のチェリーにちょっかい掛けようって話なら、そのケンカ今すぐ高値で買って上げてあげるよ?」
「『私のチェリー』だと? おいおい、まさか魔王チェリーツィアが人間の女に惚れ込んだのか?」
私はチラリとユーニャへ視線を向けた。
彼女は深く溜め息を漏らすとコクリと頷いた。
「お前が誰かは知らないけど、セシルを馬鹿にするのは許さないの」
「本当に覚えてないのか。ったく……昔から馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで鳥頭だったとは。いや、猫頭か?」
「おまっ……」
「長距離転移」
限界を超えてしまいそうだった私は相手の了承を得ることなく部屋にいた者全てを巻き込んでここから数日前に通った荒野へと転移した。
「なっ?! なんだ? 何が起きた?!」
龍人の商会長は突然景色が変わったことに驚いているようだけど、私はそれどころじゃない。
「あのさ……さっきから私のチェリーを馬鹿にして何様のつもり?」
出力制限を完全解除した上で神技を発動させた私から溢れる力の波動は既に周囲の空気を巻き込んで暴風となって荒れ狂っている。
ビシビシと大地に亀裂が入り、私の中に抑え込み切れなかった力は金色の雷や刃となって空気を弾けさせていた。
「なっ、なんだ……なんだその力はっ?!」
「セシル! やり過ぎなの! 私は大丈夫なの!」
「駄目。絶対許さない。私のチェリーを、私の大切なものを踏みにじった」
なんか、もっと便利なものないの?
オリジンスキルは使い方が難しくてちょっと嫌になる。ガイアみたいに使いやすいといいのだけど。
私の、このっ、怒りをっ!
もっと具体的に、且つシンプルにっ!
はっきりと顕せるものを寄越せっ!
カチリ
私の思いが通じたのか形になったのかわからない。
しかし時折起こる「頭の中で何かが嵌まる感覚」を覚えた私に一つの声が聞こえてきた。
---特殊条件を満たしました---
---規定数のオリジンスキル取得、組み合わせにより神の祝福『_%~#』が与えられます---
って、肝心なところが聞き取れないけどっ?!
けど、なんとなくはわかる。言葉にしなくても、思うだけで良い。
神の祝福『_%~#』発動。
そう考えただけであれだけ周囲をまき散らされていた暴力の嵐はピタリと鳴りを潜めた。
それらが全て私の中に抑え込まれて制御可能になったせいだ。
しかし、それと同時に。
ジャラッ
音のした方を見るとユーニャ、ミルル、チェリーの三人の腕に金色の鎖が巻きついていた。
決して無骨な感じではないものの、特に宝石のついていない装飾品を身につけさせることには抵抗がある。
が、今はとりあえず目の前の問題を片付けてしまおう。
そう思って龍人の商会長を見ると腰を抜かして地面にへたり込んでいた。
どうやら戦意はないようだけど……さっきチェリーを馬鹿にしたことはやっぱり許せない。
「さて……人のことを馬鹿にしたんだから、仕返しされる覚悟くらい出来てるよね?」
「ひっ、ひいぃぃぃぃぃぃぃっ!」
目の前で拳を握り込んだだけで、既に失神寸前になっている。
殺意スキルがいつも以上に良い仕事をしているようだ。
一発拳骨食らわせてやろうかと思ったところへ、すぐ近くに空間の揺らぎを感知した。
「済まないが、ちょっとだけ待ってくれないか」
揺らいだ空間から現れたのは白いシャツと黒のスラックスという軽装をした龍人だった。
「ヘイロンなの!」
「ようチェリーツィア。悪いがちょっと取りなしてくれよ」
どうやら今度こそちゃんと知り合いのようだ。
つまり、魔王。
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