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第493話 ソフィアの記憶

年末年始特別連続投稿です!

1/3までの四日間ですが、毎日投稿します。

 やっとの思いで試験を終わらせたところだというのに、何も知らない子ども達に私はズル呼ばわりされていた。


「……貴方達、言い掛かりはやめなさい。この方は自分で討伐した素材を売っただけよ」


 エリーは眉間に皺を作りながらも丁寧に子ども達へと説明してくれる。

 折角の綺麗な顔をあんな風に歪ませてしまっているのは半分私のせいだと思うと心苦しい。


「そんなわけあるかっ! 俺達が四人で朝から夕方まで駆け回ったって金貨すらもらえないんだぞ!」

「金貨でなくても小金は貰えるのね。その歳でそれだけ稼げるなら大したものよ? しっかり鍛えていけば高ランク冒険者だってすぐなれるわ」

「うるさいっ! おばさんには聞いてねぇんだよ!」

「おば……っ?!」


 あ、拙い。


「エリー、ちょっと待って!」

「ソ……お嬢様……。承知しました」


 頭に血が上っていても私の名前を呼ばなかったのはさすがだね。

 エリーの外観については心当たりがある。

 エリーは同じ騎士団副団長のノルファとともにセシルママの大切な人だ。

 一度だけ、エリーとノルファの二人から頬にキスされているところを目撃したことがあるけれど、三人とも凄く嬉しそうな顔をしてたっけ。

 ちなみに覗きみたいになってしまったことを悩んだこともあったけど、ユーニャママとアネットさんに話したら。


「大丈夫だよ。私達はそれも含めてセシルを愛しているからね。それと今まで黙っててごめんね」

「屋敷の人ならみんな知ってるわ。セシルはセシルで自分のスキルのせいで抑えきれない時があるのよ。だから嫌わないであげてほしいの」


 みんな知ってることだったみたい。

 それからたまに見ていたけど、セシルママには奥さんと呼ぶべき特に大切な人が五人と恋人、みたいな人が十人くらいいた。

 エリーとノルファはその中に含まれていて、セシルママからも「いつまでも若くて可愛いエリー、綺麗で美しいノルファ」と愛の言葉を囁かれていたことも知ってる。

 だから「若い」とセシルママに褒められているのにそれを否定するようなことを言ったこの子に対して怒りを持つのは当たり前かな。


「な、なんだよ。そっちのおばさんを止めたと思ったら黙って……いてっ?!」


 ピュン、という音がして男の子の額に石射(ストーンショット)を打ち込んだ。

 砂礫で作った弾丸だから痛みはあっても血は出ない。


「何すんだよっ!」

「別に私を何と罵ってもいいよ。でも私の連れを悪く言うのは絶対に許さない」


ピュンピュン


「てっ! いてっ! くそっ、もう許さないぞっ!」

「だいたい、四人で一日駆け回って金貨一枚にもならない? ということは貴方達はせいぜいFランク冒険者くらいでしょ」


 カウンターの上に置きっぱなしにしていたギルドカードを手に取ると彼等にその色が見やすいように前に突き出す。


「き、金色……し、Cランク冒険者?」

「そっ、そんなもん、お前の連れが強いかなんかで……」


 あぁ、そう言っちゃうのかぁ。

 これはもうしっかりとわからせてあげた方が彼等のためにも良いかもしれない。

 と小さく溜め息を吐いたところでカウンターの向こうから大きな声が上がった。


「やめんかガキ共がっ!」


 何事かと思って振り返ると、ジュエルエース騎士団四番隊のツバルゴ隊長みたいなおじさんが腕組みをして立っていた。

 ツバルゴ隊長は大剣を使う人で重騎士隊とも呼ばれる四番隊をセシルママから任されてる人だ。

 セシルママから「おじさん」と呼ばれていて平民で冒険者をしていた時の知り合いらしいけど、ここにいるおじさんと同じように厳つい風貌をしているのでみんなに怖がられている。


「ギルドマスター?! なんでだよっ、先に手を出してきたのはコイツの方だ!」

「いいからやめろ!」

「納得いかねえよ! なんで俺が……っ?!」


 口で言ってもわからないと判断したのかギルドマスターはドスドスと大きな足音を鳴らして少年に近付いていくとその脳天に特大の拳骨を振り下ろした。


「うわぁ痛そう」

「自業自得です」


 それからギルドマスターは私に振り返るとその大きな体を窮屈そうに折り畳んで頭を下げた。


「申し訳ないっ! この馬鹿は俺が後できっちり教育しおくから今はこれで納めてもらえんだろうか」

「えっと……? 私は別に……」


 とりあえず今目の前のトラブルさえ解決出来るなら何でも良いし。

 そう答えようとしたところで後ろにいたエリーが一歩前に進み出た。


「我等が主様より今回の件に関して身分を出さないようにと言付かっていますので不問とします。貴方も幼いお嬢様に対して頭を下げるなどなさいませんように」

「……承知した。だがそちらのお嬢さんはともかく、アンタに対してはそうもいかんだろ。Sランク冒険者『魔剣』のエリー」


 Sランクという単語を聞いて周囲にいた冒険者達も俄かにざわめく。ギルドマスターが頭を下げた時には驚いた様子はなかったのに。

 そういえば騎士団の団長、副団長、隊長、副隊長は全員Sランク冒険者認定されているんだった。

 Sランク冒険者として認められるのは王族を含めた伯爵以上の貴族十人以上からの推薦が必要なんだけど、セシルママがいくつかの貴族家に声をかけたらすぐに集まったとか。


「私に対しても不問です。用事は済みましたので帰ります。お嬢様もよろしいですね?」

「うん、いつでも」


 では、と短く挨拶したエリーを伴って私達は冒険者ギルドを後にするべく踵を返す。

 私につっかかってきた冒険者の少年少女達は顔を青ざめさせていたけれど、気にしてない風を装って手を振っておいた。




 デルポイの支店を使って王都の学校へと戻ると、たまたまセシルママも来ているとのことで私はすぐに校長室へと向かった。

 エリーも報告までは付き合ってくれるらしい。


「セシルママッ!」

「わっ?! ……おかえり、ソフィア」


 ノックをして返事がしたと同時にドアを開いて私はセシルママへと飛び付いた。


「ソファイア、報告が先ですよ」


 しかしそれを見たリーラママに怒られてしまったので、名残惜しくもセシルママの膝から下りるとリーラママの前まで進む。


「特別クラスのソフィアです! 卒業試験のSランク魔石の入手と販売が終わりましたので報告します!」


 そこで私は冒険者ギルドで買い取ってもらった魔石の販売代金をリーラママへ提出した。

 当然そこには明細もついている。

 リーラママはペラリとその明細を手にとって目を走らせるとニコリと微笑んだ。


「はい、間違いありません。ソファイアは卒業試験合格とします」

「やったーーーっ! ありがとうっリーラママッ!」

「キャッ……もう……」


 私は合格したことが嬉しくてセシルママにしたのと同じようにリーラママにも飛び付いた。

 ちょっと怒っているような声もしたけれど、リーラママは私を優しく撫でてくれている。


「エリー、迎えに行ってくれてありがとう。何も無かったみたいで良かったよ」

「冒険者ギルドで幼い低ランク冒険者に絡まれていましたが、それもソファイア様はうまくあしらっておいででした」

「良かった。いろんなやっかみとか受けることにはなるだろうから、ちょっと絡まれたくらいで困ってたら拙いからね」


 ちなみに私が使った石射(ストーンシュート)はセシルママが初めて冒険者登録した時に絡まれた相手に使ったもの。

 セシルママはもっと固い石の弾丸を使ったらしいけど、私は砂の弾丸くらいしか使えなかった。

 けど便利なので今後も絡まれたりした時は遠慮なく使うことにしよう。


「ソフィアも戻ったし、後は通常クラスの子達だけね」

「ジルバ達も戻ったの?」

「えぇ、五日で戻ってきたわ。もう一つのパーティーは残念だけど不合格ね」


 特別クラスのジルバ達以外のパーティーとは、ほとんど普通のスキルと変わらない神の祝福を与えられたメンバーだけで構成されていた、はず。

 下手をしたら通常クラスでも良かったんじゃないかと思うけど、前世で大人まで生きた人が多いからか何事も効率良くこなしていくパーティーだった。

 確か十日後に再試験のはずだし、それまでに今回の試験を振り返って対策してほしい。


「通常クラスの方もあと一パーティーね。こちらも残念ながら不合格になったところが一つ。格上の魔物との戦闘を前衛が怖がってしまったからここはもう厳しいかもしれないわね」


 そういうこともあるんだ?

 もっと話していたかったけれど、二人から仕事があるからと言われたので校長室から出た私は一人屋敷に戻ることにした。

 その日の夜。

 昨夜まで野外にいたせいか、妙に眠気が無かったので椅子に座って窓の外を眺めていた。

 ポツポツと灯る明かりが未だにそこで活動している誰かがいることを物語っている。


「前のソフィアだった頃も、こうして外を見てたっけ……」


 物心ついた時には既に私の母親はいなかった。継母と父親との間には子どもがいたけれど、私は近寄ることさえ許されなかった。

 毎日継母から怒鳴られ、妹から馬鹿にされ、父親には無視された。

 食事は家族のいるリビングから離れた物置で一人質素なものを食べていたけれど、それが当たり前だった。

 継母の暴力は言葉から物理的なものに変わったのは私が初等学校二年になって間もない頃。

 明かりのない部屋で勉強なんて出来ず、わからないところを聞くことも出来ず、学校が終わったらすぐ家に帰って妹のサンドバッグにならなければいけない日々。

 私の学力に不安を覚えた教師が継母を呼び出して注意してしまったことに腹を立てて歯が折れるまで打たれた。

 血塗れでボロボロになった私を父親は病院には連れて行かず、物置で傷が消えるまで放置したけれど、毎日繰り返される継母と妹からの暴力に傷が消えることはなかった。

 そして、私が抵抗しないのが気に入らないのか、妹に父親のゴルフクラブで殴られ続けて死んでしまった。

 あの後家族がどうなったかは知らないけれど、生まれ変わったこの世界でも暴力に怯える日々が続くことになるなんて夢にも思わなかった。


「でも……セシルママに拾われて、優しくしてもらって……本当に嬉しかったな……」


 セシルママだけじゃない。

 ユーニャママもミルルママも、リーラママもチェリーママも。ステラもアイカさん、クドーさん、アネットさん。

 みんな凄く優しくしてくれて……。


『いつか君の中の憎悪がこの汚れた世界を浄化してくれることを願うよ。君の中の悪魔にはその力がある』


 生まれ変わる時に神様に言われた言葉。

 あのままこの世界のお父さんのところにいたら本当にそうなっていたかもしれない。

 でも私はこの優しい人達がたくさんいる今の家が大好きだから。

 絶対にそんなことになんてならないから。

 いつの間にか強く握り込んだ拳は手のひらに爪が食い込んで少しだけ血が滲んでいた。

 自分で回復魔法を使って傷を消そうとしたところへ、部屋の中で空間が揺らいだ。


「ソフィア、何かあった?」


 セシルママが寝間着姿のまま現れた。

 いつもならこの時間はパートナーさん達と一緒のベッドで休んでいるはずなのに。


「あ……こんな傷作っちゃって……小治癒(ヒール)


 自分で使おうと思ってた回復魔法は突然現れたセシルママによって使われてしまい、温かな光がすぐに癒やしてくれた。


「あのね……私はソフィアが何を抱えていてもいいと思ってる。話したければ聞くし、話したくないなら聞かない。でも、私は貴女のお母さんだから……必ず力になるし味方だから。それだけは忘れないで」


 私の前にしゃがみ込んだセシルママは何も言わなかったことを咎めるでもなく、微笑みながらそっと頭撫でてくれた。


「今日はママ達と寝る?」

「……いいの?」

「毎日は駄目だけど、今日くらいはね? みんなソフィアのこと心配してたから」

「うん。じゃあ……ママと寝たい」


 セシルママは何も言わずに私を抱き抱えると空間が揺らいで自分の寝室へと私を連れて行ってくれた。

 優しいママ達はセシルママと同じように微笑みながら私を一度ずつ抱き締めるとみんなで一緒にベッドへ入った。


「良い、匂い……。ママ、みんな……すき……」


 そうして私は夢と現の区別がつかなくなりながら、あっと言う間に意識を手放したのだった。

 

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